第4話 レベル上げ
三月十八日 朝六時。
アストランド中の様々なお店が開店の準備を始めたり、ギルドが冒険者向けにその日のクエストを掲示板に公開し始めるこの時間帯。
私は、朝の六時を知らせる鐘の音と同時に、部屋で眠っているファルミリアとナーヴァの二人を置いて、一人ギルドで手頃なクエストを受け、東門近くに広がる草原へとやって来ていた。
今回受けたクエストの内容は、東門近くの草原に住むゴブリン十体の討伐。
クエストのクリア報酬は一万ガルス。
一ガルス一円の換算だから、今回のクエストは一万円相当のクエストとなる。
昨日クリアした、スライムαとβの討伐に支払われた報酬金額は五千ガルスだから、昨日受けたクエストよりかは報酬の良いクエストとはなっている。
だけど……。
「『
「ッッッッ!!!」
「……今ので、ようやくレベルが4。休憩無しで戦い続けてもまだこのレベルか……」
ぶっちゃけ、そんな事はどうでも良い。
ゼウスから貰った初期活動資金がまだ残っている以上、今はお金には困っていない。
では、何を目的にこんな朝早くに一人でモンスター討伐のクエストなんて受けているのかって?
それはとても簡単な話、私自身のレベル上げの為だ。
昨日のクエストを通して、魔法剣士が持つデメリットの大きさについては良く理解した。
初期の職業を選ぶ時に、"他職業に比べてレベルアップが遅い"というデメリットに関して深く考えなかったバカな自分を殴ってやりたいと思う程に。
これから先、あの二人と同じペースでクエストを進めていけば、確実に私だけレベルがかけ離れてしまうのは明白。
そうなれば二人の援護をするどころか、二人に援護してもらわないと、まともに戦いに参加する事すら出来ないという最悪な状況になりかねない。
そうならない為にも、これから毎朝、二人が眠っているこの時間を利用して一人レベル上げに励む事にした。
「……とは言え、ぶっ通しで戦い続けたせいで魔力も底を尽きちゃったし、今日はここまでにしてギルドに報告して帰ろうかな」
左腕に付けている腕時計を見ると、既に時計の針は八時を指し示していた。
ファルミリアとナーヴァの二人が起きるのは、決まっていつも朝の九時。
今からギルドに報告しに戻って、家に帰って朝食の準備をすれば丁度いい位の時間だ。
「そうと決まれば、早いこと此処から離れるとしましょうか。魔力が尽きた今の状況で、モンスターに襲われでもしたら大変だし」
ちゃんとクエストクリア分のゴブリンを討伐しているのを確認したところで、今日の日課を終えた。
──冒険者ギルド
平日の朝だと言うのにも関わらず、沢山の人で賑わうこのギルド。
朝御飯を食べに来ている人や、今日の寝床をいち早く確保しに来ている人達の間を通り抜け、私はクエストのクリア報告をする為ある人物の元へと足を運ぶ。
「はい、サルナ。今回のクエスト対象のゴブリン、ちゃんと必要数倒してきたから確認よろしく」
「あ、リオン。お疲れ様。今から冒険者カードの方をチェックするから、少し待っててね」
お互い名前を知ってからまだ二日目にも関わらず、すっかりタメ口で話し合う仲になったギルドの受付嬢のサルナ・ハーレスト。
彼女とここまで仲良くなったのは昨晩、冒険者登録の件と、私達に初心者向けのクエストを圧政してくれたお礼として、私達の拠点に招待して夕飯をご馳走したのがきっかけ。
まあ厳密に言えば、お酒を飲み過ぎて酔っ払ったファルミリアが、サルナに対して『一つ屋根の下でお酒を飲み交わした以上、私達は家族同然!』だの『私達は家族同士なんですから、暑苦しい言葉遣いは無しで気楽にいきましょう!』だの良く分からない理屈を押し付けたのが、本当のきっかけなんだけどね。
「確認終わったよ。はい、これが今回のクエストクリア報酬」
私がクエストのクリア条件を満たしている事を確認し終え、冒険者カードと今回クリア報酬を渡してくる。
「ありがと」
「……しかし、依頼分のゴブリンだけじゃなく、スライムβ十匹にミニゴーレム五体と、結果的に魔力が底を尽きたとは言え、よくもまあこれだけの数を一人で倒したね。ビックリだよ」
「それについては正直、私自身もよくそんなに戦えたなって思う。けど、そのくらいしないと、レベルがまともに上がらないからね」
「確かに……。魔法剣士のデメリットについては把握しているつもりだったけど、まさかそこまでレベル上げに苦労が必要だとは知らなかったなぁ」
まるで自分の事かの様に深い溜め息をつく。
「知らなかったって、サルナは魔法剣士に関する情報を他の人から聞いたりしてある程度は知ってるんじゃないの?」
ギルドの職員なら、私以外の魔法剣士から色んな話を聞いてると思うんだけど……。
「あれ? 昨日言わなかったっけ。魔法剣士なんてレアな職業に就いたのは、リオンが人類で初。つまり、リオン以外に魔法剣士は他に存在しないから、情報は全くと言っていいほど無いんだよ」
……え?
「ちょちょ、ちょっと待って! 確かに昨日貴女から、初期ステータスの段階で特別職に就くのは、私達が初めての事例だっていうのは聞いたけど、私以外に魔法剣士が一人も存在しないとまでは聞いてないわよ!」
「あー、じゃあ単なる伝え忘れだね」
伝え忘れって……。
当の本人は、ごめんごめんと言いながら手をひらひらとさせている。
彼女のそんなお気楽な姿を見てると、怒る気にもなれなかった。
「今度、お酒でも奢るからそれで許してよ。リオンが昨晩飲んだ量から考えると、生粋のお酒好きみたいだし」
あれは単に、初めて飲むお酒が予想以上に美味しかったから沢山飲んだだけで、別にお酒が好きな訳ではないんだけど……。
……まあ、良いか。
本人も悪気があって、伝え忘れてた訳じゃないだろうし。
それに魔法剣士が私しか居ないからといって、何か大きな問題になる訳でもないしね。
「……分かった。今回の件は、それでチャラね。ただし、次からは気を付けてよね?」
「優しい! ありがとう、リオン!」
「ありがとうって言いながらカウンター越しに抱きつかないの! 他の冒険者とかに変な誤解でもされたらどうするの!」
「はーい」
なんだろうこの感じ、なんだかファルミリアがもう一人増えたよう気がする。
「はぁ。取り敢えず、今後そういう大事な事があったらちゃんと伝えてるように。それじゃあ、私は帰るから」
「ありゃ、もう帰るの?」
「家でぐっすりと眠ってる二人がそろそろ起きてくる時間だからね。朝食を作ってあげないといけないの」
「成る程。朝食を食べたらまた来る?」
「私の魔力が回復したら来るかもね。じゃあ、またね」
そう言って、ギルドを後にしようとした時だった。
「"
冒険者と思われる一人の男が、大声でそう叫びながらギルドの中へと駆け込んで来た。
男の声を聞くと同時に、ギルドの中に居た人達は、一斉に入り口の方へ駆け寄っていく。
そこには、ギルドに来ていた一般客だけでなく、職員の姿も見える。
そんな光景を見た私は、思わずサルナの居る受付まで後ろ足で戻ってしまった。
「……ねぇ、何事? てか、雷剣のルノワールって誰?」
「雷剣のルノワール。世界に名を馳せる大規模パーティー『輝く聖剣に集いし英雄』に所属するリーダー格の一人で、職業は上級職の剣豪。名前の通り雷系のスキルを主軸に戦う凄腕冒険者 だよ。普段はアストランドじゃなくて、王国で活動している事が多いんだけど、実家がこの街にあるからたまにこうして帰ってくることがあるんだ。まあその度、ルノワールが帰って来たって、今みたいにお祭り騒ぎになるんだけどね。なんで帰って来ただけでお祭り騒ぎになるのかは私も詳しくは知らないけど、なんでも性格が良い上に見た目もかなり良くて、老若男女関係なく色んな人から好かれて、人気が高いってのが毎回騒ぎになる原因じゃないかって。他にも、裏で女性達が勝手にファンクラブなんかを作ったりしてるなんてのも聞いたかな」
へ、へー……。
なんだか良く分からないけど、取り敢えずとんでもなく凄い人って事だけは分かったわ。
……にしても。
「凄い人だかり。よっぽど人気なのね、そのルノワールとかって人」
「さっきも言ったけど、裏でファンクラブが作られるぐらい人気のある人だからね」
皆、ルノワールとかいう人を一目見たいのか、ギルドの入り口の付近で人一人通れない程密集してしまっていた。
「サルナは興味無いの? そのルノワールとかって男の事」
「あまり興味無いかなぁ」
「そうなんだ」
「なんというか、別に顔と性格が良いだけの男なら他にも沢山居そうだし、あれだけ人気の高い人と変に関わり持つと、裏で変に憎まれたりしそうで怖いってのが理由かなぁ……」
あー、確かに。
サルナの言うとおり、あれだけ人気のある人と妙に関わると、裏で憎まれたりしそうってのは分かる様な気がする。
ファンクラブなんかが作られてるなら、なおのことだしね。
万が一、ルノワールとかいうヤツと変に関わりを持とうものなら、そのファンクラブから呪いとかが飛んで来そうだもん。
「それより、拠点には帰らなくて良いの? 後三十分もしない内に九時になるけど」
「入り口があんな状況じゃ、帰るに帰れないわよ」
二人が起きるまで後三十分。
時間的に、もうそろそろ家に帰りついて朝食の準備をしてないと、間に合わない時間なんだけど、どうしたものかな……。
「それなら、ギルドの裏口を使う? 裏口にある小道なら人も居ないはずだから、真っ直ぐ家に帰れると思うけど」
「それは凄く助かるけど、裏口って使って大丈夫なの?」
「本来、職員以外の使用は禁止されてるんだけど、状況が状況だからね。今回だけ特別に使って良いよ。それに、私以外の職員は皆向こうに行ってるから、今なら使ってもバレないし」
そう言って、受付の奥へと歩いていきながら、私に対してこっちに来いと言わんばかりに手招きをしてくる。
サルナに招かれるまま、受付の奥の方へ歩いていくと、扉以外には何も無い小さなスペースにたどり着いた。
「この扉を出て南へ真っ直ぐ行けば、あの人混みに衝突することなく、リオン達の拠点までたどり着くはずだと思う」
「こんな道あったんだ……。何はともあれありがと。このお礼はいつかするから」
そう言い残し、扉の外に出てサルナに言われた通りに南の方へ向かって走りだす。
そんな私に対して、サルナが聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でこう言った。
「お礼なら、今度ギュッとハグしてくれるだけで良いからねー」
……あの子ってもしかして、
そんな疑問抱きながらも、もうそろそろ起きてくる二人の朝食を作る為、拠点へと急ぐ。
天人達のセカンドライフ @onjoji_megu
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