第3話 初戦闘
異世界にやって来て、早一週間。
この一週間の内に、ゼウスから与えられた初期費用を元手に、日用品を買い揃えて生活の基盤を安定させたり、冒険者をする上で必要な知識を頭に入れたり、戦いに必要な武器を買い揃えたりと、様々な準備を進めた。
そして、準備が始まってから一週間が経過した今日、ようやくそれらの準備に一区切りを付ける事が出来た私達は、この世界に来て初のクエストに挑むべく、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「なんだか前に来た時と比べて、人の数があんまり変わってなくないですか?」
「まあ人が多くて賑やかなのは悪いことじゃないし、別に良いんじゃない?」
一週間ぶりにやって来た冒険者ギルドは、以前来た時と変わらず多くの人でごった返し、かなりの賑やかさを見せていた。
そんな人混みの中、私達は初めてのクエストを受けるべく、冒険者登録をした時と同じ受付と足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。あ、皆さん、お久しぶりです」
そう言って、私達に頭をぺこりと下げる受付のお姉さん。
どうやら、私達の事を覚えていてくれたらしい。
「良く覚えていますね。……えーっと」
「サルナ・ハーレストと言います。サルナとお呼び下さい」
「サルナさんね。改めてよろしく。ところで、よく私達の事を覚えていましたね」
「そりゃあ覚えてますよ。何せ、初期ステータスの段階で特別職に就かれた方が二人も居る超レアなパーティーですからね。忘れる方が難しいですよ。……それと、ここだけの話、今や皆さんはギルドの職員だけでなく、冒険者達の間でもかなりの有名人になってますよ。世界初の複合職スタートをした冒険者だって」
「……え? 複合職スタートって、私達が初なんですか?」
「当たり前じゃないですか。だって、複合職は文字通り二つ以上の職業のレベルを上げて複合させる事によって、初めてなれる職業なんです。ヴァーレミリオンさんの魔法剣士であれば、剣士と魔法使いの職業レベルが40にならないとなれませんし、ファルミリアさんの狂戦士は、狂人と戦士のレベルが40になってないとなれない職業なんですよ? 本来であれば、どれだけ初期のステータスが良かったとしても、 その様な職業が初期の段階で出てくる事はまずあり得ないんです」
そうだったんだ……。
私とファルミリアの、魔法剣士と狂戦士が複合職だってのは知ってたけど、複合職スタートがそんなにも凄いことまでは知らなかったな。
「まあその話は置いておいて。皆様は今日、クエストを受けに来たのですか?」
突然、話を元に戻すわね……。
「そうです。戦う為に必要な武器をようやく買い揃える事が出来たので、クエストを受けようと思って来たんですけど、何か良いのはありませんか? できれば、初めての人でも安心安全にクリア出来る物だと助かるんですけど」
「それでしたら……これなんてどうです? スライムαとスライムβの討伐クエスト。こちらのクエストは、この街の東門を出て、直ぐの草原に住んでいるスライムαとβを五匹ずつ討伐するというクエストです。東門の近くの草原ですので、凶悪なモンスターと遭遇する恐れもありませんので、比較的安全に挑戦出来るクエストになります」
スライムか。
確かにスライム相手なら、比較的安全かもね。
「じゃあ、そのクエストで。二人とも、受けるクエストはこれで問題無い?」
二人はこのクエストを受ける事に異論は無いらしく、ただただ首を縦に動かしている。
その二人の反応を見たサルナさんは、クエストの紙とはまた別に新しく一枚の紙を取り出し、その紙に何かを書き記す。
「では、本日三月十七日、日曜日。代表者名をアスタロト・ヴァーミリオンさんで、こちらのクエストを受理しました。皆様のご武運をお祈りします」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アストランドの東門を出て、直ぐ近くに広がる草原。
別名、始まりの草原とも呼ばれているこの場所は、サルナさんが言ってた通り、スライムやらゴブリンといった初心者に比較的優しいモンスターが多く生息している。
「ところで、一つ疑問に思ったんですけど、スライムαとスライムβの違いってなんですか?」
早速、クエスト対象であるスライムを探す為に辺りを見渡す私に対して、ファルミリアがそんな質問を投げかけてくる。
「αは青色のスライムで、βは緑色のスライム」
そんなの知るはずがないと私が答えるよりも先に、ナーヴァがファルミリアの質問に答えた。
「……博識ね」
「……博識ですね」
「私がスライムの事を知ってるのは、この本を読んだから」
「本って、街を出る時からずっと手に持ってるその本のこと?」
「うん。この本には、現時点で判明してる分のモンスター情報が詳細に書かれている。ただ、現時点で判明してる分だけだから、この本に載ってないモンスターもこの世界にはまだまだ沢山いる」
モンスター図鑑みたい物か。
冒険者になったばかりの私達にとっては、かなり役に立つ代物ね。
でも、
「そんな物、何処で手に入れたの?」
「サルナさんから貰った」
……いつの間に。
「てことは、今回のクエスト目標は、その青色のスライム五匹と緑色のスライム五匹を討伐すればいいんですね? 任せて下さい。スライムなんて一撃で粉砕してやりますよ」
初めての戦闘という事もあってか、やたらと気合いの入っているファルミリアが、準備期間の間に用意した両手剣を素振りしながらそんな事を言ってくる。
「もしかして、一人で全部倒すつもり?」
「勿論です!」
「勿論です! じゃないわよ……」
私達がクエストに挑戦した理由は、あくまで私達、各個人個人がモンスターを相手にどの程度戦えるのかを把握する為であって、決して日頃の
その事を、もう一度ファルミリアに説明すると、不満そうに頬をぷくーと膨らませしまう。
……全く、仕方無い子ね……。
「……今回だけ特別に、スライム以外の相手になら好きな様にやって良いわよ」
「え、良いんですか!?」
「今回だけね。ただし、貴女にとってもこれが初めての戦闘になる訳だから、ちゃんと自分の能力と相手の力量を見極めた上で、戦いを挑みなさいよ?」
「分かりました! では、早速あそこに見える変なモンスターから倒してきます!」
「ちょっ! 待ちなさ……って、行っちゃった……」
好きなようにやって良いと言われたのが余程嬉しかったのか、私の静止も聞かずに何処かへ突っ走って行ってしまった。
そんなんだから、好戦的な子って言われるのよ。
「行かせて良かったの?」
「……まあ、今回だけ好きな様にやらせてあげましょう。一回でも好き勝手に動けばあの子も満足するでしょうしね。……さて、私達は私達で、スライム討伐って大事な仕事を済ませるとしましょうか」
「分かった」
今回のクエスト目標は、スライムα五匹とスライムβ五匹の討伐。
それぞれのスライムがどれ程の強さなのかはまだ分からないけど、恐らく遅れを取る事は無いはず。
なにせ、ナーヴァにはそれなりに良い魔法の杖を、そして私は、魔法剣士にしか装備する事が出来ない
ファルミリアの両手剣を含めて、これらは全てお金の力でどうにかして手に入れた代物ばかりだ。
「ところで、そのスライムとやらは何処に居るの? さっきから辺りを確認してるけど、それらしき姿は一切見えないんだけど」
「スライムは基本的に岩場の裏とか下に隠れている。例えば、こんな岩場の裏とかに……」
そう言って、ナーヴァが近くにあった大岩の裏を覗く。
すると、何かを見つけたらしく岩場の裏を指差して、私に合図を送ってくる。
その正体確認するべく、私もその大岩の裏を覗く。
するとそこには、カプセル程の大きさで、愛らしい目付きをした、五匹の青色スライムの姿が。
「スライムって言うから、もっとこうドロッした液体上のモンスターをイメージしてたけど、実際はイメージと全く違うのね」
「数多くある異世界の中では、リオンがイメージしてる様なスライムも居る。だけど、この世界のスライムは丸い形をしているのが基本」
「へー」
スライム達は私達の存在に気付くことなく、可愛い鳴き声を発しながらその場でぴょんぴょんと跳ね続けている。
「……ねぇ、ナーヴァ。この子達を倒す権利、貴女に譲ってあげてもいいわよ?」
「モンスターを倒すのに権利なんて無い。けど、リオンがそう言うなら、私がスライムを倒すけど本当にいいの? 二人で倒せば経験値も山分けになるけど」
「いいって言ったらいいの。私はちょっと向こうを見てるから、その間に倒しちゃって」
……これは単にスライムが可愛いくて、自分の手で倒すのが嫌になったとかそういう訳では無い。
あくまで、ナーヴァに権利を譲ったのは、魔法剣士の私よりも、パーティーの中で一番重要とも言える回復職のナーヴァが、どの程度の攻撃魔法が使えるのかを把握する方が大事だと思ったからだ。
何度も言うけど、決して目の前に居るスライムが可愛くて、自分の手で倒すのが嫌になった訳では無い。
私がスライムとは全く違う方向に向きを変えると同時に、ナーヴァが杖を構える。
その様子をなるべくスライムが視線に入らない様、横目で確認だけし続けておく。
「……『ファイヤー』」
そう唱えると、ナーヴァの持っている杖の先から火の玉が飛び出した。
その火の玉は、スライム達に直撃したらしく、背中の方からチリチリと何かが焼ける様な音が聞こえてくる。
「そこに居たスライムは全部倒した」
「……そう」
あんなにも可愛いモンスターを、後五匹も倒さないといけないと思うと、先が思いやられるわね……。
このまま残りのスライム討伐はナーヴァに任せて、私は明日にでも一人で能力確認しようかな。
そんな事を思いながら
「なに?」
「さっきの魔法に反応して、緑の方のスライムが出てきた。次はリオンがスライムを倒す番」
「……ごめんナーヴァ。今日は少し気分が乗らなくて、悪いけどスライムを討伐するのは全部任せても……い……い?」
そこまで言った時だった。
ナーヴァが指を差す方向には、緑色をした五匹のスライムがこちらを見つめている姿が私の目に映った。
というか、見つめているというよりは。
「こっちを睨んでる」
そう、ナーヴァの言うとおり、こちらをおもいっきり睨んでる。
先程のスライムαとは違い、目に見えて敵意を剥き出しにしているスライムβ達は、私達から視線を逸らさず徐々に距離を縮めて来ていた。
「私が全部倒す?」
先程のスライムの件もあってか、心配そうな表情でそんな事を聞いてくる。
だが、
「大丈夫。ここは私がやるから、ナーヴァは後ろで見てて」
そう告げると、どこか安心した様な表情を見せ、言われた通りに私へと後ろに下がる。
……大丈夫。
さっきの可愛らしい見た目をしたスライムとは違って、こっちのスライムはなんだかムカつく顔をしてて全然可愛くない。
このスライムが相手なら、なんの躊躇いもなく剣を抜く事が出来る。
「今の段階で使えるスキルは一つしか無い。でも、目の前のスライムを倒すのには、そのスキルだけで充分なはず……!」
いつ目の前のスライム達が襲ってきても良いように、スキル発動の準備をし、腰に携えている魔法剣を握りしめる。
「さぁ来なさい。貴方達じゃ私に勝てないって事を教えてあげる」
そんな挑発的な言葉を発した瞬間、その言葉の意味を理解したのか、スライム達の目付きがより一層鋭い物になり、一斉に襲いかかってきた。
「……『
「スッ……!?」
スライム達が襲いかかってくるのと同時に、腰にある魔法剣を勢い良く引き抜き、カウンター気味にそれをスライム達に向け力任せで振りかざす。
振りかざした魔法剣は、襲いかかる五匹のスライムを的確に捉え、スライム達を真っ二つに引き裂いてみせた。
引き裂かれたスライム達は、死体が残る訳でもなくそのまま蒸発して消えてしまった。
「……ふぅ。無事に倒せて良かったわ」
「お疲れ様。ところで、今のスキルは?」
「あれは魔連撃って言って、魔法剣士が最初に覚える
「……成る程」
まあ最大十五連撃って言っても、今保有してる魔力量じゃ、さっきの五連撃が限界なんだけどね。
最大連撃数を出すためには、まだまだレベルを上げて強くならないと。
「そう言えば、スライムを倒したんだから経験値が貰えたんじゃない?」
ふとそんな事を思い、自分の冒険者カードを取り出して見てみる。
「……えっと何々、スライムβ五匹で得られた経験値の量は20。つまり、スライムβ一匹辺りの経験値は4ってところか。まあスライムにしては多い方なのかな? ナーヴァの方はどんな感じ?」
「スライムα五匹の討伐で得られた経験値は全部で18。リオンが倒したβより、一匹辺りで貰える経験値が少し少ない」
βよりαの方が貰える経験値の量は少ないのね。
てっきり、同じスライムだから貰える経験値の量も同じだと思ったけど、違うみたい。
「あ、でも、さっきのスライムを倒してレベルが1上がってる」
「本当!?」
「うん。冒険者カードを見たら分かるけど、レベル2って書かれてある」
「本当だ……」
スライムを4匹倒しただけで、もうレベル2か。
流石はレベル1、成長が早いね。
待てよ?
ナーヴァのレベルが上がったっててことは、私もレベルが2に上がっててもおかしくないんじゃない?
ふとそんな事を思い、自分のレベルを確認するべく、もう一度だけ冒険者カードを見てみる。
しかしそこには、レベル5という表記は無く、代わりにレベル1という表記と、次のレベルアップに必要な経験値量、残り10という数字が書かれてあった。
「残り10!? つまり、レベル1からレベル2に上がるのに必要な経験値量は合計で30も必要ってこと!?」
「リオンのレベルアップが遅いのは、魔法剣士に付いてるデメリットのせい」
……あぁ、そう言えば、魔法剣士のデメリットに、他の職業よりレベルアップに必要な経験値量が多いって書かれてあったっけ?
必要量が多いって言っても、そんなに大したことじゃないと思ってたけど、これは予想以上に痛いデメリットだなぁ……。
デメリットの辛さを今更ながらにひしひしと痛感した後、一人でモンスター討伐に励んでいたファルミリアと合流し、ギルドへ帰還した。
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