第12話 卒業の日に1人だけ進路が決まってない件

 ギター部の教室に入るのは本当に久しぶりだ。

 半年前までは毎日のごとく通っていたこの部屋も、受験に専念した8月からは全く足を向けていなかった。佐藤は自分の推薦が決まってからは何度か来ていたようだが。


 そんな部室に久々に来た理由。

 それは今日が3月1日の卒業式であり、その日の午後に部活の後輩が卒業おめでとう会を開いてくれるのが通例になっているためだ。

 もちろんそれはギター部だけでなく、多くの部活で行われていることである。


「先輩のみなさぁーん、卒業おめでとーございまーす!」

 甲高い佐々木のアニメ声によって開始が宣言され、後輩と歓談するのはもちろん、スマホで写真撮ったり、持ち合わせたお菓子やジュースをつまんだり飲んだり。

 校則にうるさい先生方も、この日だけは無礼講で目をつむってくれている。


 ただ、俺は素直に喜べない。

 なぜなら、進路が決まってないのだ。しかも俺だけ。

 ある意味仕方ないとは言える。国立大の合格発表は大概3月1日以降だからだ。

 手応えはあったし、いけるとは思う。だが受験は水ものだ。発表されるまでは落ち着かない。

 こころなしか、皆も俺には絡みづらそうに思える…。


 そしてこういう場での佐藤の人気は、すごい。

 多くの後輩同級生に囲まれ、にこにこと話している。1人が離れればまた1人が来るといった感じで、途切れる気配がない。

 俺といえば部屋の片隅で、前と変わらず高橋と話していた。

「どうだ、副部長は?」

「どうなんですかねぇ?あ、でも1年男子とは仲良くなりましたよー。彼らと話してるんです。来年はもっと男子入れようって」

 それは城東高ギター部の長年の課題だ。

「でも、1年男子4人は誰もやめなかったからな。これは大きいよ。男子の母数が増えると次も入りやすいだろう」

 と高橋を励ます。その意味では高橋はよくやってると思う。


「せっかくだから聞きたいんですけど」

 と、ちょっと声を抑えて高橋が言う。

「先輩は佐藤元部長と、今も仲良くしてるんですよね?」

 ギター部内では俺たちの付き合いは周知の事実らしい。

「それなりにうまくやってると思っているが、それがどうした?」

「えーとですね、うまく付き合う秘決みたいなものは、何かあるんですかねぇ?」

「どういう事だ?」

「佐藤元部長って、普段はあんな感じで頼りになる人ですけど、怒ったら怖そうじゃないですか?その辺り、うまくやっていくやり方は何かあるのかなって」

「あー、そうだなぁ…。確かに佐藤は怒ると怖い。目に力がある」

 何度か睨まれた。

「だけど、怒りが長引かないんだよな。怒ったらその話はそれで終わりだから、付き合いやすいというか」

 素直に言葉を聞けて、反省できるというか。

「あー、やはりそれはありますよね〜。一度終わった話を後でグチグチ蒸し返されても、勘弁してよ〜ってなりますよねぇ」

 実感こもった高橋の言葉。多少は恋愛経験値が上がったらしい俺には、高橋の悩みが分かった気がする。


「…秋本とうまくいってないのか?」

 ピクッと反応する高橋。

「…なんて言うんですかね。悪い子じゃないとは思うんですよ、レナちゃん。だけど、思ったことをその場では言わないのに、後であの時は嫌だった、なんて言われても…」

 わかる。俺も、そう言う事言われるとどうしていいかわからないタイプだ。

 だが、ここは高橋に同調しない方がいい気がする。なんとなく。

「そこはこっちが引いてだな、相手が何を望んでいるか考えてみる事が必要なんじゃないか?」

「え〜っ、そんな事できませんよぉ。エスパーじゃないんですから」

「でも一緒にいる時間が長いと、なんとなくわかってこないか?」

「…そりゃ、先輩たちみたいに恋愛慣れしてればわかるんでしょうけど」

 いやいやいや。俺もこれが最初の恋愛だから。


 考えてみれば、俺と佐藤の場合は相性がよかったから、こうして2人で付き合いを続けられているわけで、全てのカップルがそう上手くいくわけないのはわかる。

 どちらが悪いわけじゃないんだろうけど、高橋と秋本はあまり合わないのかもしれない。2人の付き合いを詳しく知ってるわけではないので、下手なことは言えないけど。


 そう考えると、ほんと幸運な出会いだったんだな。俺と佐藤は。

 これを当たり前と考えたらバチが当たる。多分。


 なおも彼女の愚痴を話す高橋をなぐさめ、時に励まししたら、もう少し頑張ってみますと言って離ていった。

 と、思ったら。

「高橋君と何話してたの?」

 高橋が離れるのを待ってたかのように、佐藤が近づいてきた。

「あー、秋本との付き合いのことでちょっとな」

「やっぱりかー」

 佐藤は俺の横に来ると、目で秋本の方を見る。

「わたしのほうはレナから相談を受けてた。どうしたら先輩たちのようにラブラブになれるんですかって」

 高橋と同じだな。言ってる事も。

「高橋君はなんて言ってた?」

「秋本は、嫌なことをその場で言わずに溜め込んで、後でドカンと爆発させるので困るとか」

「レナは、高橋君が言っても言っても行動を改めてくれないってさ」

「…水掛け論だな。こうなるとどちらの言葉が正しいかわからん」

 第三者では特に。

「きっと、どっちにも正しさがあり、間違いや誤解もあるんでしょうね…」

 佐藤のつぶやきに軽くうなづく。


「…わたしは、やっちゃんでよかった」

 小さい声、しかもあえて俺の方に向かず部員たちがいる方を見て話す佐藤。

 佐藤は、学校では思わせぶりな行動はとらないという約束を守ってくれていた。

 俺たちの関係は部員にバレバレのようだけど、知り合いの前でいちゃつくのは、いまだに恥ずかしい。その俺の気持ちを汲み取ってくれているのだろう。

 …人目もはばからず仲良くすると、反感も買いそうだし。

 それが分かるから、佐藤の配慮が嬉しい。


「3月9日」

 俺も佐藤を見ずに小声で話したのだが、意味がわからなかったらしい佐藤はけげんな顔を向けてきた。

「東工大の合格発表。一緒に見てくれるか?」

 12時にウェブで一斉発表される。…1人で見るのは、怖い。

「…わかった。一緒に合格を祝おうね」

 佐藤は顔を前に戻して答える。ちょっとだけ顔が赤い。


「そこぉ〜。いちゃついてるところキョーシュクですがぁ」

 不意に佐々木の茶々が入った。俺たちのことを指しているのは明白だ。

「そろそろお開きの時間ですのでぇー、締めの言葉を前部長にお願いしたいんですがぁ」

 もうそんな時間か。

「わかった。じゃあ、卒業する3年は黒板前に並んでー」

 急にふられても、まったく動じずにてきぱき指示するのはさすが。

 卒業する3年は14名。佐藤が真ん中、黒一点の俺は右端に並ぶのがポジションだ。

「えー、今日は私たち卒業生のために、このような会を開いてくれて、ほんっと〜にありがとう!」

 と、滔々と口上を述べる佐藤。事前に言葉を考えていたとも思えないのだが、堂々として澱みない。外弁慶だなあと、つくづく思う。

 長すぎず、1分ほどでお礼の言葉を言い、3年揃って礼をする。1、2年が拍手で応じる。


「では、恒例の写真撮影しまぁーす!先輩方、中央に寄ってくださいねぇ〜」

 佐々木の声で3年生が集まろうとすると。

「あ、岡本セェンパイは中央ですよ〜」

「えっ」

「佐藤先輩の隣に収まるのは、岡本先輩しかいませんからぁ〜」

 佐々木はニヤついている。面白い見世物を見物する目だ。

 いや、佐々木だけじゃない。梶もだ。

 あだ名の件で、佐藤が「キュッと締めといた」といってたからなあ。その意趣返しかも。

「ほらっ、早く行きなよ」「今さらなに遠慮してるの?」「ヒューヒュー」

 他の3年女子からも声がかかる。みんなニヤつき顔だ。…3年もグルか。


 当然だが、佐藤は知らされてなかったのだろう。外弁慶が消え、困ったような笑い顔を浮かべている。

 その泳いだ目が俺を捉え、『どうしようか?』と訴えかけてきた(と、俺には思えた)

 ここまで外堀埋められたら、あがいても無駄だな。

 ずかずかと歩き、佐藤の横にいく。

 驚いた顔の佐藤に、はやしたてる3年女子。

「……いいの?」

 小さい佐藤の問い声に答える。

「仕方ない。どうせなら、見せつけてやろうぜ」

 もう隠してる必要もないしな。半分ヤケも入っている。

「…わかった」

 佐藤はうなずくと、外弁慶が戻ってくる。

「ほらほらっ、3年集まった集まった。さっさと撮ってしまうよっ」

 佐藤が呼びかけると、3年がわっと俺たちの周りに集まる。

 俺はわざとらしく佐藤の肩に手を回し、スマホ構える1、2年の方を向く。

 パシャパシャというスマホのシャッター音、ストロボの光がいくつもいくつも。


 最初で最後の、学校での2人の一枚となった。









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