第11話 初詣デートを楽しんだ後、ラスボスが出た件。
なんだかんだ言って、佐藤の両親と会わずに済んだことは俺の気持ちを軽くしてくれた。
「えっ、手土産なんか持ってきたの?そんな気を使わなくてもいいのに」
「いいって。自転車預かってもらうんだし。それにほんとはさ…」
と、口も軽くなって佐藤の両親に会うプレッシャーのことも話した。
「…そんなこと気にしてたんだねー」
「そりゃ気にするよ。どうせなら、親御さんともいい関係を持ちたいと思うのは自然だろ」
結局、俺は佐藤の家には入らず、手土産は佐藤が持っていってくれて、そのまま神社に向かって歩く2人。
「するとやっちゃんは、『お嬢さんと付き合うのを認めてください!』ってのをやるつもりだったんだ〜」
佐藤がウリウリと肘で突いてくる。
「いや、やらなくていいならそれに越したことはないけどさ、どうなるかなんてわからないからな」
「ふぅ〜ん」
そう言いながら、急に佐藤が左腕にしがみついてきた。
「やっぱ、いいヤツだなぁ、やっちゃんは」
「お、おい」
もうかなりの人混みなんだが。こっちを見てる人もいるし。
「いいじゃん。付き合ってるんだし。クリスマスだって我慢したんだよ?」
それ言われると、反論出来ない。
「それと、やっちゃん。わたしの言うこと守ってくれてないぞ」
腕にしがみついたまま、佐藤が顔を上げてこっちを見た。
「なんだっけ」
「…忘れたふりして、とぼけてる?」
図星。
「恥ずかしいんだよなぁ。もう佐藤って言い方が定着しちゃてるし」
「でもいつまでも佐藤だとさ、恋人感がないってゆーか」
あだ名好きの佐藤は、俺がいつまでも愛称で呼ばない事が不満らしい。
「えーと、いーさん、だっけ」
佐藤郁だからいーさん。安易なネーミングだが、それでいいらしい。
「そうそう。この言い方に慣れていかないとね」
にっこり笑う佐藤。
実はこのあだ名を決める時、ちょっとしたいざこざというか、下らない出来事があった。
別にあだ名じゃなくても名前の「郁」でいいんじゃない?と軽くきいたら、真顔で「それは嫌」と拒否られたのだ。
今まであまり見たことない嫌悪顔だったので、理由を聞いてみたところ。
「最近ピー子がネタにしてるらしいんだよ。わたしの名前で」
なんでも佐藤や俺がいなくなった部活で、梶が俺と佐藤のエロ妄想話を披露してるらしく、佐藤が俺と、その…、性交渉、してる時に、「郁、いくぅ〜!」と叫んでる(あくまで梶の妄想だから‼︎)というしょーもないダジャレらしい。
「受験勉強で、そんなことする暇ないっちゅーに」
「わたしも18年生きてて、初めて自分の名前に嫌悪感持ったよ…」
「ほんとろくなことせんな、ピー子は」
「卒業前に一度キツく言っておかなきゃって思ってるんだ」
妙に団結した瞬間だった。
閑話休題。
神社に近づくにつれ、人混みは激しくなり、ざわめきも雑踏も大きくなる。車道には渋滞した車が並び、交通指導員の指示をうけている。
そして境内に足を踏み入れると、参拝客でごった返している。参道には屋台が並び、いろとりどりのおもちゃ、湯気をあげてるお好み焼き、並べられた串焼き。
こういうのを見ると、それだけでなんか心沸き立つんだよね。
「よーし、せっかくだから全部のお宮にお参りしよう!」
浅間神社の境内には7つの神社が祀られているときいた。それを全部回るらしい。
「えー、めんどくさくないか?」
「何言ってんのよ。ここまできたら神頼みでもなんでも、やれることは全部やるべきでしょ」
俺は基本的には神頼みなど、眉に唾つける話だと思っているが、彼女が気合入れてることに水を差すこともない。好きにさせることにする。
お宮を見つけるたびに二拝二拍手、賽銭投げておみくじ引いて、どっちがより良いくじを引いたか勝負した。
また長い石段のとこでは「どっちが先に駆け上がるか勝負!」と言って走り出す。
体育会系の彼女は、やたらと勝負したがるんだよな…。
俺はインドア派だし、体力もない。彼女の後ろからふうふう言いながら石段を上がる。
「勉強ばかりで体鈍ってるんじゃない?もっと体力つけないと受験に勝ち残れないよ?」
と、上がりきった石段の上から、文字通りの上から目線で言われてしまった。
その後、結構歩いたこともあり、じゃがバタやからあげ、お好み焼きなんかを屋台で買い込み、2人で食べ合う。
正月だが暖かな日差しの日だったので、ベンチで食べても寒くは感じない。佐藤とたわいもない話をしながら食べ合うのは、たとえ今日が風の吹きあれる寒い日であっても暖かく感じられたかもしれないが。
食後も残りの神社にお参りしたり(7宮全部回るのは義務らしい…)、池の鯉に餌をやっていたら、いつの間にかどちらがより遠くに餌を投げられるか?の勝負にすり替わっていたり。
「ね、最後に絵馬を買おうよ」
と、佐藤が言った時にはそれなりに時間が過ぎていた。
「絵馬か…」
実は今まで買ったことなかったりする。もともと無神論者なので。
でもどんなものかは知っている。願い事を書いて奉納する、七夕みたいなもんだろう。
どうやら、神社が近い佐藤家では初詣で絵馬を買うことはよくあるらしく。
「じゃーん。願い事書くためのペンも持ってきてるんだ〜」
「用意がいいな」
強いて断る理由もない。巫女さんに割り勘で支払って、絵馬を手に入れる。
「やっちゃんが最初に書いていいよ」
とペンを渡されたので、しばし考えて書いた言葉。
「…本命合格、無病息災ね。やっちゃんらしいけど、硬いねー」
「まずは体調崩さずに共通テストを受ける事が第一だからな」
そう言いながらペンを渡すと、佐藤はすぐさまに書き始める。
相合い傘に『やっちゃん』『いーさん』。そして『いつまでも一緒にいれますように』と女の子っぽい丸っこい字で書く。
「なんというか…、ぶれないな。さ、いーさんは」
「わたしにとっては、やっちゃんといることが一番だから。あ、でも当然やっちゃんの応援もしてるよ」
と、続けて『やっちゃんも受験がんばれ‼︎』と書いた。
「もうこうなると願い事ではなく、エールだよなぁ」
「いいんだよ、絵馬なんてそんなもんだよ〜」
意に返すことなく、佐藤は絵馬掛けにたくさん奉納されている絵馬のひとつとして手際良く吊るし、パンパンと柏手打つことさえした。
佐藤に目で催促されて、俺もやったが。
帰路は参拝から帰る人の波と、これから参拝にむかおうとする人の波で、狭い歩道は混雑していた。はぐれないように佐藤の手を繋いで、混雑を乗り切る。
少し離れば人混みは一気に減少したが、手は繋いだままだ。
2人とも手袋をしてないこともあり、グーグル先生に教わった「恋人繋ぎ」なるものをしてみたら、佐藤も嬉しそうにしてくれた。
「今日は楽しかったよー」
佐藤の家の前に着くと、彼女が笑顔を向け、そして両手を広げてくる。
合格発表からこっち、彼女は別れ際にハグを要求してくるようになった。
慣れたもので、俺もすぐに抱き締めた。
「…共通テストが終わるまでは、こんなことできないよね…」
「まあ、ちょっと我慢してくれ」
「んー、じゃあ今日は多めにやっちゃんを注入しとこう」
「なんだよ、やっちゃん注入って」
佐藤は時々変な言い回しをする。ま、それがかわいくもあるんだが。
「?さ、いーさん?」
抱き合ったまま、佐藤の動きが止まる。いつもならこの状態でも色々話しかけてくるんだが。
「何かあった?」
佐藤の両肩を持って体を離すが、佐藤の目は俺を通り越した背後に向けられていた。
振り返ると、そこには一台の自家用車。佐藤家の駐車場にいつの間にか止まっていた。
ハイブリッドか電気自動車なのか、全然音が聞こえなかった…。
「あらあら、まあまあ」
運転席から女性が降りてきて、にっこり笑いかけてきた。見たことある笑顔、歳格好からして彼女は…
「あ、お母さん帰ってきてたんだ」
やっぱり!
「はいはい、今帰ってきたところ。で、こんなシーンが見れるなんて」
そう言われて、固まる俺。抱き合っているところを見られた…‼︎
「えと、岡本君だったかしら?娘から話は聞いてますー。郁と仲良くしてくださっているんですってね?」
「は、はいっ…」
直立不動でそれだけ答えるのがやっとだった。
「あらあら、そんなにかしこまらなくてもいいのに。郁の母です。明けましておめでとうござます」
丁寧に挨拶され、俺も慌てて「明けまして、おめでとうございますっ」と頭を下げる。
「そしてこっちが父で」
にこにこ笑顔で彼女の母親が指し示したのは助手席。その声を合図にしたかのように助手席のドアが開き、のそっと人影が現れる。
で、でかい…。
背もそうだが横幅も大きい。100kgはゆうに越えてそうだ。腕も太い。
ギョロリと大きい目は俺から離ず、こちらに近づきながらもそれることはない。顔が赤いのは、怒りのためなのか…?
『
と俺は本能で感じたが、蛇に睨まれた蛙のように動けない。
そんな俺の気持ちにお構いなく、佐藤の父親が一歩一歩近づいてきて…。
「いやあ〜!君が岡本君かっ!」
急に相好を崩して俺の両手を取った父。
「すごい勉強ができるんだってなあ!娘にも教えてやってくれよ!」
「もぅー、そんな話を今しなくてもいいでしょっ。ほら、やっちゃ、じゃなくて岡本氏もお父さんの大声にびっくりしてるじゃないっ」
佐藤からの助け舟が入る。確かに大声ではあったが、びっくりしたのはそこじゃない。
「お父さん、年始周り先でかなりお酒貰いましたからね。酔うと声が大きくなるんですよ、この人」
と佐藤母。顔が赤いのはそのためだったか…。
「まあこんな玄関先でもなんだ!ささ、家にはいって下さいよ!」
そのまま家に引っ張って行こうとする父に対し、
「ちょっと、岡本氏は今帰ろうとしてたとこなんだよ?」
と佐藤が止めに入ってくれる。
「そうなのか?まだ日は明るいが…」
「受験生なんだからねっ。無理言ったらだめだよ」
「……そうなのか…」
急にしょぼんとする佐藤父。大きい体も縮んで見える。
「まあまあ、ちょっとばかりお話をするくらいいいじゃないですか?いろいろ2人のことも聞きたいですし」
佐藤母も参入してきた。父もこっちを伺うような目で見ている。
こりゃ断れん、と諦めた。
「分かりました。少しだけお邪魔させていただきます」
「おおっ、ありがとう!」
佐藤父の顔がパァと明るくなる。
「いやあ、娘があれだけ自慢していた君と、どーしても話したくてなぁ!ささ、上がってくれ!母さん、なんか甘いものを出してやってくれよ!ワシにはビールを、な⁈」
「あらあら、まだ飲むんですか。仕方ない人ですね。…ごめんなさいね、あの人酔うといつもあんな感じなの」
にっこり、佐藤とよく似た笑い顔をうかべながら謝る佐藤母。当の佐藤は「せっかく助け舟出したのに」と不満顔だ。
でも、彼女の両親の誘いを断るのは、鉄の心臓が必要だと思う。
♢♢♢
結局滞在時間は2時間以上に及んだ。
酔って陽気に話す父に、2人の付き合いを根掘り葉掘り聞こうとする母、さらに帰省中の2人の兄も乱入してきて、佐藤の子供時代のお転婆物語を披露しては、佐藤に怒られていた。
ちなみに俺の妄想とは違い、スリムで人懐っこい兄貴達だった。
夕飯も一緒にどうかと言われたので、流石にそれは固辞して退去してきた。
「返す返すもごめん。ウチの家族鬱陶しいよねぇ…」
もう18時を回るとかなり暗くなる季節だから、送ってもらわなくてもいいと言ったのだが、どうしても送っていくという佐藤。家族のいないところで謝りたかったらしい。
「いや、明るくていい家族じゃないかな」
これは本心だ。裏表がなく思ったことをそのまま口にするあの家族環境が、今の佐藤を形成したというのはよくわかる感じがする。
「でも、俺の事あんなにいろいろ話してたんだな。しかも相当美化して」
佐藤の両親から話される俺って、「誰それ?」と思うぐらい聖人かつスーパー高校生だった。聞いてる俺のほうが恥ずかしいくらい。誉め殺しかと思った。
「ま、まあ多少は盛ったけどさー。でも、わたしにとってやっちゃんはそういう存在なんだよ」
体がもぞもぞする。そんな大した男じゃないんだけどなぁ。
「じゃ、ここで」
佐藤の家からさほど離てない曲がり角で別れることにした。
佐藤は周りを見回し、「誰もいないね?」と言ってくる。
これは、アレの要求だよなあ?
「んっ…」
突き出してきた佐藤の唇に、キスをする。
「…このシチュエーションにも慣れてきたな」
口を離していう俺に、
「でも、…気持ちはマンネリ化してないよ、わたしは。毎回嬉しいよ」
という佐藤。
「俺もだ」
もう一回キスした。
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