第10話 彼女との初詣デートがあらぬ方へ転がった件

 佐藤が少女マンガや女子向けラノベのかなりの愛好者と知ったのは、付き合ってからだ。


 そうなれば、クリスマスとか誕生日といった季節イベントに特別な思い入れがあるのも理解できる。あの手の話にはそういったシチュエーションが満載だからな。

「言っとくけど、女の子なら多かれ少なかれ、そういったものに憧れがあるんだからね」

 とは佐藤の弁だ。

 …でも、そんな彼女だから花火大会という定番の恋愛シチュエーションに煽られたところもあるだろうし、今のこの関係があると思えば、俺にとってはラッキーな趣味であったとは思う。


 だけど、恋人にとっては1番のビッグイベントといえるクリスマスイブは、俺が一日中予備校ということで逢うのは断った。

 受験を控えている身、というのを建前としたのだが、多少(相当)気は引けた。


 佐藤に逢いたい気持ちは、ある。ありすぎる。

 けど、受験を控えていると思うと心理的ブレーキがかかってしまうのだ。

「今はそんな時じゃないだろう」「東京の大学に行けなくなったら、絶対後悔するぜ」などという受験派と、「でも高校3年のクリスマスは今しかないわけだし」「来年のクリスマスに、佐藤と付き合ってると断言出来る?」というラブラブ派が、かなり激しく脳内バトルした。

 さらに、プレゼントはどうする?サプライズ?いや、佐藤の気に入らないものをあげても…、皆はどうしてるんだ?などと考えているうちに日が過ぎ、結局考えがまとまらぬまま、予備校に逃げたというのが真相に近い。

 無理しなくていいよ、という彼女の言葉に甘えた形で、スマホで「メリークリスマス」を交わしただけだった。


 そういう引け目もあったので、『初詣は一緒に行ける?』という彼女のメールには二つ返事で『OK』と返していた。


『自分から誘っておいてなんなんだけどさ、初詣大丈夫なの?』

 と、すぐさま佐藤から通話がきたのも、そのためだろう。

「もともと正月くらいは勉強封印するつもりだったから。勉強づけで体調崩しても仕方ないし」

『そっか。そうだよねー。1日くらい息を抜いてもバチは当たらないよねぇ。それどころか、神様にお願いに行くんだからね、霊験あらたかだよきっと』

 かなり喜んでくれているようだ。

「でも、どこの神社に行くんだ?浅間神社せんげんじんじゃ?」

『そのつもりだけど。てか、静岡市民ならお浅間さん一択じゃない?』

 まあ、市内で1番有名な神社だしな。高校からも近い。

「でも俺のウチからは結構距離あるんだよなぁ。自転車で行っても停めるとこあったっけ?」

『うーん、どうなんだろ。正月三が日はかなりごった返すからね。わたしは毎年歩いていくから…』

 佐藤の家は浅間神社からそう遠くない場所だったはず。行ったことないけど。

『あ、そーだ。ウチに停めればいいんじゃない?』

「え」

『ウチの庭に自転車置いて、歩いて行けばいいんだよっ。これなら待ち合わせする必要もないし』

 佐藤は名案のように言うが。

「え、でも…、正月で佐藤の両親も家にいるんだよね…?」

『ん?いるんじゃないかな。よくわかんないけど』

 なんでそんなこと聞くの?という風の佐藤だが、こっちとしては大ごとだよ!

 だって、正月に彼女の家で両親と会うんだよ⁉︎


『あー、そんなに身構えなくても大丈夫。娘の彼氏だからって家に入れん!って人じゃないから』

 そうは言うが、それは肉親だからそう見えるだけで、完全アウェーに我が身一つで乗り込むこっちとしては、だな。

『一緒に昼ご飯食べたいから、昼前にウチでいいかな。近くまで来たら、メールしてねぇ』

 …さらに両親と会食というオプションがついたよ。


 なにこれ⁈

 ただ一緒に初詣に行くつもりが、めちゃくちゃハードル上がってるし!

 ツケか?考えすぎてクリスマスをスルーしたツケが、回ってきたのか⁈

 こんなに楽しみにしてくれている佐藤の声をきけば、今更やーめた、は出来ないだろうし…。

 受験以上の難問がのしかかってきた感じだわ。


 ♢♢♢


 1月2日。


 グーグル先生をフル活用して、勉強そっちのけで彼女のお宅訪問ミッションのための準備をした。

 よそ行きの正装を持ってないので、学校もないのに制服を着てダッフルコートを羽織る。散髪にも行った。手土産も用意した。……お年玉が一瞬で消えた。

 そして時間も余裕を持って向かっている。

 佐藤から送られてきた地図からすると、あと5分ほどでつく。『もうすぐ着く』とメールに書き、一回フーッと息を吐いてから佐藤に発信。


 送ってしまった。

 もう引き返せない。仮病も急な用事も使えない。

 いや、大丈夫だ。そんなにビビる事じゃない。漫画なんかでは頑固親父がやたらと多いけど、あれは誇張されてるだけだ。「こんな軟弱な奴に娘はやらんっ」とか、昭和じゃあるまいし。…そう、思いたい。


 そんなことを考えながら地図をみると、もう佐藤の家はすぐそこのようだ。

 この角を曲がって、数軒行くと…。

「あ、来た来たあ」

 佐藤が家の前で待ってくれていた。正月だから振袖かもなどと妄想したが、いつもの通学用コートだった。中も普通の私服のようだ。

「なんで制服?予備校でもあった?」

「そりゃ、佐藤の両親に会うんだから」

「親、いないけど?」

「…………は?」


 予想外の言葉に、しばしフリーズ。

「年始まわりに両親揃って出かけてるんだ。ウチ、こういう昔からの風習を大切にする家なんだよね〜」

「でも、前、両親は家にいるって…」

「そんなこと言ったっけ?」

 言ったっけって…。その一言でここ3日ほどどれだけワタワタしてたことか!


 どっと緊張がほぐれる。自転車と一緒に転倒しそうになる。

「え、何?そんなにウチの両親に会いたかったの?」

「逆だよ逆。……え、じゃあ家には佐藤の他に誰も?」

「兄貴が2人、帰省してるけど……会っていく?」

「あー、遠慮します…」

 そういや、大学生と社会人の兄がいるって聞いたことがあったな。

 …「俺たちのかわいい妹に云々」というマッチョな兄貴2人を想像してしまった俺は、やはり漫画に影響されているな。









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