第8話 フードコートで進路相談が始まった件

 吹っ切ったのか、佐藤は一度話し出すと、堰を切ったように言葉を並べた。


「わたしの中で進路がよく見えてないんだよねぇ。若葉の家政だってなんとなく選んだだけだし。やりたい事があればいいんだろうけど…。

 ないんだよ、やりたい事が。

 部活終わったら、みんなすぐに進路実現に切り替えちゃってるのをみると、根無草のような自分は焦っちゃってさあ。

 やっちゃんも、すぐに切り替えたよね?予備校とかもバンバン行ってるし、すごいなぁって。

 他人と比べても仕方ないのはわかってるんだけどねぇ…


 ね、わたしに似合う仕事ってなんだろう?

 やっちゃんの意見でいいからさ、参考にしたいんだ」


 まあ、話の流れから進路の悩みだろうとは察しがついた。

 とはいえ、もともとあまり他者に興味がない俺に、いいアドバイスできるか疑問はあるが、曲がりなりにも彼氏となっているわけだし、悩みを話せといったのも俺だしな。

 最大限の努力はしよう。


「なんだろう、佐藤は部活のためとか友達のためとかなら積極的に動けると思うんだ。それが自分のことになると、急に動けなくなってしまうのが謎だけど」

「…結局、自分に自信がないんだと思う。情けないよねー」

「でも、他人のことなら積極的にできるんだから、そういう仕事ならいけるんじゃないかな」

「具体的には?」

「そうだなぁ、教師とかかな?保母さんとか」

「教師かあ…体育ぐらいしか教えれる自信がないな」

 ギター部部長だけど、中学まではバリバリのバスケット部だと言ってたな。怪我で高校でやるのは諦めたそうだけど。

「体力勝負なら、介護士とかもあるかも。看護師は…」

 と、口籠もる。勉強嫌いに看護師は向かないだろうから。危険だし。患者が。


「介護士か…。それもいいかも。となると福祉系の学部だよねー」

 もうちょっと広げてみよっかなと言う佐藤。

「あ、参考までに聞きたいんだけど」

 と、少し間が開いて佐藤が尋ねてくる。

「やっちゃんはどうやって大学や学部を選んだの?」

「…うちは経済的に豊かじゃなくて弟が2人控えているから、国公立がマストなんだよ。まずはそれで範囲が限られる」

「本命東工大だったっけ?国立なら静岡にもあるじゃない?」

「一応静大の理工も考えてはいるけどね。ただ、もうちょい高めのランクの大学を狙えそうだからさ」

「…やっちゃん、そんなにできるんだ…」

 佐藤は驚いているが、俺は理系選択者では校内で三位以下に落ちた事はない。ちょっと自慢。

「奨学金もらわないと進学できないからなぁ。今は好成績なら返済免除できる制度もあるし」

 アルバイトして家計を助けるより、成績上げて奨学金免除狙った方が金額はでかい。

 というのは建前で、本音は対人接客に苦手意識があるためなのだが。


「それに、家、といってもアパートなんだけど狭くてさ。俺の部屋、上の弟と四畳半を間仕切りして使っているし、ベッドと机、あと衣装箱入れるといっぱいで」

「…初めて聞いた」

「言ってなかったからな」

 貧しいのは恥とは思わないが、かと言って言いふらす気もない。

「え、でも、そうすると、夜遅くまでスマホで通話してるの迷惑じゃなかった?」

「あー、弟は俺以上に他人に興味がないやつだから」

実の兄貴であっても。

兄に彼女が出来たらしいことは察しているようだが、だからってそれを聞いてくることもしない。ちなみに俺以上に勉強は出来る。

「で、下の弟は自分の部屋なくて居間が勉強場所だからなあ。俺が出ていかんと居場所がない」

「それで関東ってわけね…」

「まあ、今後の模試の合格判定とかも見て、いくつか絞って受験するつもり。浪人はできないから」

 受験料もバカにはならない。本命と静大、あとは滑り止めでどこか一つのイメージだ。


「やっぱり、やっちゃんはしっかりしてるなあ…」

「そんな事はないよ。俺は選択肢が限られるからそうするしかないだけだよ。情報工学系の学部だって、なんとなく選んでるだけだし」

 これからの時代、情報工学はつぶしがきくかなとか、そのぐらいの理由だ。

「まあ、仕事とか就職とかは大学に入ってから考えればいいんじゃない?まずは目先の進学だよ」

「目先かー…」

 佐藤は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


 ♢♢♢


 帰り道。

 佐藤は歩いてきたが、俺は自転車で来ていたので、チャリを引きながら並んで帰る。

 この季節、まだ午後5時代では明るさは充分だが、暑さは多少はマシになっている。

 彼氏としては、佐藤を家まで送って行くべきだと思い、そう言ったのだが。

「まだ明るいし、大丈夫だよ。第一やっちゃんち逆方向でしょ?さすがに申し訳ないよ〜」

 と笑って言われてしまった。

 そのため、このさきにある公園で別れる事になっていた。


 不思議と、別れる公園が近づくにつれ2人の会話がなくなっていって、2人とも道路を見ながらとぼとぼ歩く。

 なんとなく感傷的な気分になるのは、付き合ってる人たちにはあるあるなことなんだろうか?今生の別れってわけでもないのに。

 多分、理屈じゃないんだろうな。恋愛経験値低い俺が言っても説得力ないけどさ。

 もっと付き合いが長くなれば、慣れてきてこんなに物悲しくはならないのかもしれないが。


 そのうち、別れる公園に着く。チャリを停める。

「じゃあ…」

「わたしさ」

 俺の声に被って佐藤が声をあげる。声の大きさも佐藤の方が上だ。となれば、当然俺が口を閉ざす事になる。

「東京の大学を、受けてみようと思う」

「…え、若葉の学校推薦は?」

「もともとバッティングしそうだと言われてるし、やめるつもり。東京で福祉系の推薦があれば考えてみる」

「それは…大きく進路方針を変えるって事になるけど…、いいのか?」

 本人だけでなく親の意見もあるだろうし、そんなに簡単に変えて大丈夫か?

「いい」

 佐藤は大きく首を振る。

「うちの親はどっちかと言うと、親元から離れて自立しろって考えだから。自分の道は自分で歩けって」

「でも…、だったら東京の大学でなくても…」

 …あ。佐藤に睨まれた。

「鈍感!」

 肩パン、痛い…。


「なんでわたしが、東京の大学に行きたいのか、本当にわからない?」

「…あー、それはつまり、俺?が?行くから?」

「当たり前じゃん!」

 再び肩パン。…さっきよりは少し弱い。

「わたしは遠距離なんてヤなのっ。逢いたいと思えば逢える、そのくらいの場所にいて欲しいのにっ」

 …ヤバい。佐藤、直球すぎるっ。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、めちゃくちゃ嬉しい。

「東京と静岡で離れる事になるかもしれないのに、やっちゃん、全然寂しそうじゃないしっ」

「いや、だってそれは…」

「だってじゃないっ!」

 さっきと同程度の肩パン3発目。…こういうのもツンデレっていうんだろうか??


「高校の時は仲のいいカップルでも、大学で離れちゃうと自然消滅って話はよく聞くよっ。でも、わたしはやっちゃんとそんな感じで終わらせたくないっ」

 真剣な眼で、そう言い募る佐藤。でも顔は赤い。

 …愛おしすぎる。心がキュンとする。ホカホカする。

「やっちゃんはどう思っ」


 佐藤の声が途中で途切れたのは、俺が抱きしめたから。

「……もちろん、俺だって佐藤に近くにいて欲しいよ」

 愛おしすぎて、もう留まらんかった。


「んっ…」

 最初こそ驚いた感じだったが、背中に手を回し抱きつき返してくれる佐藤。

「……結局、大阪の夜ではハグ出来なかったから、初ハグだね…」

 そう言えばそうだった。俺の右肩上で発せられた佐藤の言葉が、右耳をくすぐる。


 暑かった。そして熱かった。

 8月の暑さと、佐藤の体温の熱さが混在していた。

 それでいて、不快ではなかった。

 めちゃくちゃ嬉しかった。舞い上がっていた。ふわふわしてた。

 愛情が感じられるって事が、こんなにも嬉しいとは。


 佐藤とこんな仲にならなければ、感じる事がなかっただろうな。絶対。


 でも、佐藤の胸のふくらみが当たっていたところに意識が集中していたのは、高校男子の性として、許して欲しい。


「一緒に、東京行こうね…」

 佐藤の呟きに、俺は大きくうなづいていた。






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