第7話 アオハルエピソードを彼女が求めた件
8月。
世の中は夏真っ盛りであり、旅行にバカンスにいそしむ季節だが、高校三年生だけはその枠から外れる。
部活も終わったこともあり、予備校の夏季講座や学校の特別補講を渡り歩く日々だ。
だが、彼女はそれが寂しいらしく。
『夏だし、アオハル的なことしたい〜』
というメールと、しょんぼり絵文字や夏バカンスのスタンプが一緒に送られてきた。
まあ、こういうとこがかわいいわけで。
しかも最近はデレが日常化してきており、こんなメールが増え、それを見て俺もニヤニヤしているのが、予備校でキモがわれている。
ということで、いわゆるデートという事をすることになった。
と言っても、彼女なぞいた事ない俺にデートプランなど難題中の難題。
いろいろググッてみたが、情報過多で決めきれない。
第一静岡市周辺に、いわゆるデートスポット的な遊ぶ場所がないという問題もある。
海やプールはあるが、俺が泳げない。基本アウトドアはダメな人間なのだ。
映画館は、佐藤がダメらしい。曰く『暗いとこだと眠くなる』とのこと。
結局、駅前の大型商業施設に行って、買い物やゲームコーナーを楽しみ、フードコートでアイスを食べるという、あまり特別感もないコースになった。
♢♢♢
「でも、わたしはこんなので充分なんだよー。あまり特別な事じゃなくても」
フードコートでアイスを食べながら、佐藤が満足げな顔で言った。
「やっちゃんと顔を合わせ、こうやってアイスを食べる。このどこにでもあるような風景がアオハルっぽいというか」
「まあ、一緒にいるだけで楽しいってのはあるか」
「でしょ?アイスもさ、何を食べるかより、誰と食べるかが大事じゃん?」
「確かに。佐藤が一緒にいると、このB&Rのアイスも1.75倍おいしいわ」
「何、その具体的な数字。じゃあ、わたしのアイスは3倍おいしいですー」
「張り合うなよ」
こんなどーでもよい会話が、楽しいんだよな。
「もうお盆かあ…。宿題やらなきゃあ…」
急に現実的なことを佐藤がつぶやく。
「宿題なんて、たいして出てないだろ。3年は受験補講ばかりでそれどころじゃない」
「…やっちゃんのいる理系特進クラスは、そうなのかもしれないけど。わたしんとこはそれなりに出てる。推薦組も多いからね」
「佐藤も学校推薦狙いだったよな。若葉大だっけ」
大学の少ない静岡県内の私立大としては人気の高い大学だ。特に親元から通えることもあり、女子の親からは評判がいい。東京の大学に行くことを考えれば、金銭的にも優しい。
「うん、若葉の家政。…だけど、わたしの他にも狙ってる子がいるらしくてさ。成績的に難しいかもって担任に言われてる」
「学校推薦のリスト発表は、もうすぐだよな?大丈夫なのか?」
「…分かんないよ、そんなの。誰が希望してるも知らないし」
「学校推薦取れなかった時はどうするか考えてる?」
「…うーん、担任にも言われているんだけどね。なかなかイメージがわかなくて…」
おいおいおい、そんなあやふやでいいのか?
部活を率いていた時には、もっと先々を考えていろいろ決定し、行動してたよな。ダメだった時のシュミレートもやってた。
これは、あれか?責任ある立場なら積極的に動けるけど、自分の事だとおざなりにしてしまうタイプ?
「まあいいじゃん。こんな時に話すことじゃないから」
会話を打ち切るように、佐藤が笑う。
だけど…、その笑い顔が切ない。いつものカラッとした笑いや、恥ずかしげに笑う顔とも違う。
「…決めるのは、佐藤だけど…」
そうなのだ。話す気のない奴に無理問いしても仕方ない。
佐藤の人生なのだから、どんな決定でも決めるのは彼女であるべきだ。
と、2ヶ月前ならそう思っていただろう。
だけど。
「けどさ、それはちょっと寂しいな」
「え?」
「付き合ってるんでしょ、俺たち。もっと相談してくれてもいいと思う」
俺は、佐藤の眼を見ながら踏み込んでいく。
「…でも、やっちゃんだって自分の受験があるわけだし…」
「同じ受験生だから、相談に乗れることもあるんじゃないか?」
目をそらす佐藤だが、それでもあえて空気を読まない。
「何を悩んでるんだ?部活中のお前さんは、もっとズバッと意思表示してたよな。…俺が相談相手として頼りないのはわかるが」
「そんなことないっ!」
佐藤がこっちを見てくれた。
「やっちゃんはえらいよっ。目標持って進路決めてるし、決断できている。副部長の時だって、公演の手配や打ち合わせ、遠征の旅費集めまで、しっかりフォローしてくれてほんと助かっていた」
「俺は俺の仕事をしただけだけど」
「だから、それがえらいんだよ」
「でも、部活のこと言ったら、佐藤だって頼りがいのある部長だったよ。40人も部員がいると人間関係とかでもめることもあったけど、上手くまとめてただろ」
女子はグループを作りがちなので、個々のいざこざがグループ間の対立につながりやすい。
「そういうのはささやんが得意だったんだよ。火の手が上がる前にかぎつけてきてくれて、初期消火出来たから」
…なるほど。佐々木の好奇心もそういう昇華の仕方があるのか。
ちなみに、やはり佐々木にはすでに花火大会の時には、俺たちの仲をうっすら勘づかれていたらしい。将来の夢は芸能記者とうそぶいていたらしいが、天職かもしれん。
「確かに佐々木が手助けしてくれたかもしれない。けど、まとめてたのは間違いなく佐藤だよ」
「…」
「もっと自分に自信を持っていいと思うけどな、俺は」
「…ありがとう」
まだ弱々しいけど、それでも笑い顔を見せてくれた。
「そうそう。笑った方がいいよ。かわいいんだし」
…俺も、こんなハズいセリフをサラッと言うようになっちっまってるわ。
ほら、佐藤も顔を赤くしてるし。
付き合ってわかったけど、佐藤には「かわいい」っていう言葉がクリティカルヒットするんだよなぁ。
「…バカ」
照れ隠しか、軽く肩パンチしてくる。
これも付き合ってから知ったけど、佐藤は肩パンチの強弱で、気持ちを伝えてくるのだ。
今のパンチは、とてもゆっくりとして柔らかかった。
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