第5話 ほんとに付き合ってるのか不安になる件
どっと疲れた。
肉体的な疲れより、精神的なものが大きい。それくらい今日の花火大会には色々あった。
あの後、高橋や佐々木たちと合流し、終わりまで花火を堪能して帰ってきたのが今さっきだ。着替えもせずに、自室のベッドに身を投げ出している。
スマホを取り出し、時間を確認。まだ22時を少し回ったばかりだ。
さらにスマホを操作して、『佐藤郁』の名がある連絡先を表示する。
「やはり、夢じゃないよなぁ」
確認する様に声を出す。
キスの後、移動中に素早く連絡先を交換していたのだ。部活での連絡のためにラインには入っていたので、個別に連絡しようとすればできたのだが、した事はなかった。
でも、夢じゃないかと思うくらい、今日の俺は普通じゃなかったな。
花火大会の雰囲気に煽られたとはいえ、あんな事言ったり、佐藤の手を握るなんて、今思い出すとそれだけで赤面ものだ。
…でも佐藤も、いつもの佐藤ではなかった…。
まさか、佐藤からキスされるとは。
あれは本心で?やっぱり雰囲気に流されて?
そりゃ、雰囲気だよな、当然。ぶっちゃけ俺もその部分は大きいし。
となると、その後の「付き合う」ってのも、雰囲気で思わず…?
…あの時、付き合うなんて想像してないなんて口走ってたしなあ、あいつ。
「電話、してみる…?」
さりげないふりで、今後の付き合い方を聞いてみるとか。
でも、さっき別れたばかりでしつこくないかな?
いやいや、ドラマなんかで、たしかデートした後にもマメに連絡取る男がいたような…。
その後、『デート後に彼女に連絡』でスマホリサーチかけて、いろんな体験談を見ること10数分。
マナーモードのスマホが振動し、「うおっ」と声が出る。
『佐藤郁』からの着信だ。
「はいっ」
『あ…、岡本氏?』
スマホの向こうから、佐藤の声。
なぜだろう、これだけでも心弾むなんて。
「どうかした?」
『どうっていうか…、確認?しておきたい事があってさ』
「え〜っと、何だろう?」
今日のことは無しっ!とか言わんよな…。
『………わたしたちさあ、付き合ってるっていう認識でいいんだよね?』
「…俺は、その認識だけど」
『そっかぁー、よかった〜。その場の気の迷いで、なんて言われたらどうしようかと思っちゃった』
佐藤も同じような心配してたんだ。顔がほころぶ。
『岡本氏、ささやんたちに問い詰められても表情も変えずにシラ切り通してたじゃん?あれでちょっと不安になっちゃったんだよ』
「あれは、そういう話だったろ。付き合い始めたことは内緒にするって」
長時間2人っきりでいたことで、佐々木たちに冷やかされるのは想定できた。全国大会目前の今、わずらわしいことできるだけ避けたいと2人の考えは一致し、隠しておこうと話していたのだ。
『そうなんだけど…、ブソッとした顔でそんなわけないだろって言ってるのを聞いて……、ウソと分かってても、あれっ?って思っちゃって』
これも、嫉妬?……ヤバい。かわいすぎる。
「俺もさ、佐藤が『今更岡本氏と付き合うなんてありえない』なんて言ってるのを見て…ちよっと心が痛かった」
『…そうなんだ。なんか似てるね、わたしたち』
それは俺も思う。心の動きが佐藤と似ていてシンクロしやすいのだ。
あ、高橋のいうお似合いだってのは、こういうことを言ってたのかな。
『でも、レナっちはさっさとお付き合い宣言したじゃない?』
そうなのだ。高橋はにこやかに「付き合うことになりましたあ〜」と合流後に宣言したのだ。秋本は顔真っ赤にしてうつむいていたが、高橋の服の裾をしっかりつかんでいたのが初々しかった。
『あの流れに乗って、実はわたしたちも付き合い始めました、テヘッ、という告白もあったかも?なんて思ったり』
「うーん、それは俺も一瞬考えた。ただ、付き合ってないと言ったばかりだったからなぁ」
その決断は出来なかった。ぶっちゃけ、恥ずかしかったのだ。
「もしかして佐藤は、付き合い始めたことを言いたいのか?みんなに」
俺と同じで、あまり騒がれたくないタイプかと思ったが、そうじゃないのかな?
『隠したいのはわたしも同じだよ。だけどウソ下手だし、ささやんたちにはバレると思うんだ』
「そう、かな」
少なくとも、今日はうまくごまかせたと思うが。
『岡本氏はささやんの地獄耳がわかってない。あとピー子の洞察力も』
「ピー子?」
って誰だ。
『……』
スマホの向こうからは、口が滑った感が伝わってきたが、すぐにあきらめたような声になる。
『もうしょうがないか。あまり言いふらして欲しくないけど、岡本氏なら大丈夫かな。あのね、ピー子は梶のあだ名だよ』
「梶?なぜに?」
梶の下の名前は、ゆうな(漢字忘れた)だったと思ったが。
『あの子、気の知れた仲間の前だと、下ネタ全開のセクハラオヤジになるんだよ。BLネタもエグくて、放送禁止用語連発するからピー子』
ピーはテレビのNGワードに被せる機械音の事か。
『ちなみに、岡本氏と高橋君のBL妄想は、ピー子の鉄板だよ』
……心底、聞きたくない情報だわ。
『話ずれたけど、あの2人の他人の恋バナにかける情熱は異常だから。隠し通せるとは思えないんだ。特にわたしが』
「うーむ…、あの2人と仲がいい佐藤がそう言うのなら、そうなんだろうな。俺、というか男子にはそこまで伝わってこないからなぁ」
うちの部活、男女の仲はいい方だと思うが(女子優位ではあるが)、それでも男女間の情報には溝がある。さっきの梶=ピー子のように、男子では窺いしれない情報は多いだろう。
「でも、悪いことしてるわけじゃなし、バレたらバレた時かな。堂々としてればいいんじゃない?」
まあ、そのくらいの覚悟はしておこう。
しばし佐藤は黙っていたが、『うん、そうだよねー』と明るい声が返ってきた。
『その時はその時、だよねー。気が楽になったよ、ありがとう』
「お礼言われることでも。俺も関わってることなんだし」
チラッとスマホの時間を見る。23:26。
明日もあるし、まだ風呂にも入ってない。そろそろ通話を切った方がいいとは思うのだが、なんとなく名残惜しくてなかなか切れない。
……彼女からの電話って、中毒性あるなあ。
佐藤もそうなのか、切ろうとはせず部活の話や進学の話など、次々話題を振ってくる。
結局、あくび混じりの声が聞こえるようになった1時近くに電話を切った。
…スマホ、定額プランにしてて良かったよ。
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