第4話 雰囲気に飲まれてあらぬことを口走った件
「なんか顔についてる?」
不意に佐藤が話しかけてきた。
「え、えっ?」
変な思いにとらわれていたせいか、我ながら声が裏側ってる。
「さっきからわたしの顔をじっと見てるからさ。あ、チョコバナナのチョコが口についてたりする?」
と、手で口元をゴシゴシする佐藤。
……なんかかわいいな、その仕草。
「どう?とれた?」
「…いや、何か顔についていたわけじゃないから」
「ふーん?じゃ、なんでわたしを見てたの??」
「浴衣姿が、かわいいから…」
自分で口にした言葉にびっくり。何を口走ってるんだ、俺?
ほら、佐藤も呆れて………ない?
かなり宵闇が迫っていたが、それでもはっきりわかるぐらいに顔を赤らめている佐藤。
「あ、ありがとう…」
少し間があって、佐藤が声を絞り出す。
「あ、あまりそんな事言われたことなかったからさ…」
「そう、なんだ…」
俺も冗談ではなく、こんな言葉を言う事があるとは…。これが祭り効果なのか?
何か次の言葉を言わなければ、とは思うが、喉がカラカラでうまく言葉が出ない。
佐藤も、赤い顔のまま少しうつむきがちに黙っている。
「ゆ、浴衣もそうだけど、化粧した佐藤も、その」
…何か言わなきゃ、とは思うけど、女の化粧の事なんて何もわからないくせに、なぜそれを口にしたのか。
「あ、これはささやんが…」
「佐々木?」
「うん…。わたしお化粧苦手でさ、やればやるほどブッサイクになるからさ」
目は合わさず、やや早口で話す佐藤。
「でもささやんはこーゆーの大得意だから、やってもらったんだ。レナのお化粧もそう」
「確かに佐々木は、得意そうだよな」
「わたし、不器用だからさあ…。女子力も低いから、その、かわいいとか言われ慣れてなくて…。そんな、真っ赤な顔で言われちゃうと、えーと」
…俺の顔も赤いのか。
「…でも、彼氏とか…」
「い、いるわけないじゃんっ。いたら、彼氏と来てるよっ」
そう言われれば、そうか。
…何でホッとしてる?
「…ん?あれ?」
ふと気がつくと、先行していた高橋以下4名の姿が見えない。
「はぐれた?」
まもなく花火の開始時間も近く、人混みはさらに激しく、夜闇は深く。
佐藤のことでいっぱいいっぱいだったためもあり、彼らの姿を見失っていた。
「ささやんからメール入ってた」
佐藤がスマホを確認するのを横目に、俺のスマホにも高橋からメール着信があることに気がつく。
『みんなと先に行ってます。先輩、がんばって』
文末には力こぶの絵文字。…何をがんばれと?
「みんなは先に花火の見やすいところに行ったみたい」
「そのようだな。俺らはどうする?」
「だいたいの場所はわかるけど…その前に…」
もじもじする佐藤。
…まさか、俺と一緒にいたい、とか…?
「トイレに…」
「…」
もじもじの理由はそっちだったか。
回りを見回すと、仮設の電灯に『WC』の看板と矢印を見つける。
電線で繋がった仮設電灯に従っていくと、屋台村からそれなりに離れた河川敷に、これまた仮設のトイレが数個設置されていた。あまり人気のないところだ。
ごめんね、と佐藤はそそくさとトイレへ。
ふう、とひと息つく。
ちょっとクールダウンだな、ここは。
まさか佐藤とこんな感じになるとは、思ってもみなかったな…。
しかも何気に脈ありそうだし。
ひょうたんから駒っていうのか、こういうのは。
彼女ができるなんて考えてもいなかったけど、いたらいいなぁと思う事はもちろんある。
高校生活もあと半年だし。彼女、作れるものなら欲しいよね。
でも、こんな形でつきあってしまっていいものだろうか?
ついさっきまでは、ただの部活仲間としか認識してなかったのに、脈ありそうだからって付き合ってしまうのは節操ない??それとも、みんなそんな感じで付き合ってしまってる?
第一、俺は佐藤を好き、なんだろうか??
いや、お世辞じゃなくかわいいと感じたのは事実だけど、これって恋?
性格は、一緒に部活やってきたから大体わかってるつもりだけど、まあ問題ない。
……性格や容姿のこと言ったら、多分俺の方が問題ありだろうし…。
嫌い、ではもちろんない。
でも、異性として好きかと言われると、恋愛経験値ゼロの俺にはよく分からんのよ…。
「お待たせ」
「ゔぁっ!」
考えに没頭していたせいで、佐藤の呼びかけにびっくりして変な声が出てしまった…。
「あ、驚かせちゃった?」
「い、いや、考え事してたから…」
考えてたのは、お前さんの事だけど。
佐藤もクールダウン出来たのか、顔の色は普通に戻っている。
「花火、始まっちゃったねー」
そう言われてみれば、いつのまにか打ち上げ開始時間になっていたらしい。色とりどりの花火が上がり、豪快な爆発音とともに、あたりを赤や青や緑に照らしている。
「でさ、さっきの話なんだけど…」
ここは冷静に、と思いながら佐藤に話かけるも、彼女はこっちを見ていない。
電灯の明かりから外れた傍にある暗っぽい木の方を、なぜか凝視しているのだ。
目を凝らして見ると、木のそばでもぞもぞ動く人影があるのがわかる。この暗い中で何を?と思うまもなく、花火の赤い輝きが彼らの行動を曝け出した。
2人の男女が抱き合っている。そして人目も憚らず長いキス。
「うっわ…」
声が漏れそうになり、慌てて塞ぐ。
映像とかではもちろん見たことあるけど、生でキスシーン見たのは初めてかも…。
当然、佐藤もこれを見ていたのだろう、また顔を赤くして俯いている。
「い、行こうか」
あえてカップルが佐藤から見えなくなるように身体を動かし、俺は彼女を促した。
こっくりうなずいた佐藤とともに、ゆっくりと離れて行く。
「……」
「……」
顔も合わせず、しばらく無言で並んで歩く2人。
と、佐藤がハァーっと大きく息を吐いた。
「びっくりしちゃった…。キスシーンなんて、リアルにみたのは初めてだったから」
「俺もさ」
「…やっぱり、付き合うとキスなんて普通にするのかなぁ…」
「人による、んじゃないかな?」
「…岡本氏は?」
え、と思って佐藤を見ると、佐藤もこっちを見ていた。
まだ顔は赤く、ボーっとしたように口が半開きになっている。リップを塗られた唇が仮設電灯の明かりをテラテラと反射している。
あんなこと言ってたんだ、佐藤のこの唇もまだキスを経験したことないんだろうな…。
「ねえ、キスしていい?」
その言葉を聞いた時、一瞬佐藤の声だとはわからなかった。
俺の願望が幻聴となって聞こえたような…。
返事を待つ事なく、佐藤が唇をつけてくる。
ちょんと、軽く触れるように。
「えっ…」
「しちゃった…」
佐藤は唇に手を当てている。
「…迷惑、だった?」
「いっ、いやっ!その、俺もキス、したいかなぁなんて思った瞬間に、い、いきなりきたからさっ」
「…なんだ、わたしと同じ気持ちだったんだね」
と、にっこり。緑の花火に照らされて笑ってる。
……かわいすぎる。
「あ、あのさ、なんか順番が違う気もするけど…、付き合っちゃう?」
「えっ」
佐藤は驚いた顔をしている。
「えっ」
それを見て、俺も驚く。
キスしといて、付き合わないなんていう選択肢があるの⁉︎
「あー、うん、それが普通だよね。てか、そっちが先か…」
佐藤は自分に言い聞かす感じで話している。
「なんかさ、雰囲気に流されてキスしちゃったけど…、付き合うって事は考えてなかった…」
えええー⁉︎
「でも、…うん、岡本氏もそのつもりなら、…こちらこそよろしくね」
「……それは、お付き合いしてもいいってこと?…」
「うん。…と言っても、なんか自分が男の子と付き合うなんて、まだ実感ないんだけど…」
「それは俺も同じ、かな」
「そうなんだ…」
佐藤の顔がこっちを向く。濡れた佐藤の唇。
もう一回、キスできるかも?と思った矢先。
♪ぴ〜ひゃらぴ〜ひゃら、ぱっぱぱらりら〜
俺の邪心を察知したかのように、お気楽な『踊るぽんぽこぽん』のテーマ曲が流れる。
これ、佐藤のスマホの着信音?
やはりというべきか、佐藤が巾着袋から出したスマホを見て、困ったような笑い顔でスマホの着信を俺に見せると、『ささやん』の文字。
出なよ、と促すと、スピーカーにしたわけでもないのに響いてくるアニメ声。
『ぶちょ〜〜っ、ぜんっっぜん戻ってこないけどぉ、どこに行ってるんですかぁ〜』
「ごめんごめん、トイレに行ったら迷っちゃって」
その後「うん、大丈夫」「場所はわかるよ、多分」「分かってるって。急いで行くから」などと、佐々木と話している。
この間に俺もスマホを見てみたが、俺には着信はない。
高橋たちはよろしくやってるのかな。
「ささやんたちがしびれ切らしてるみたい」
「急いで戻った方がよさそうだな」
もうキスは無理だ。トイレに向かう人影も見えるし。
…だけど、これくらいなら。
「急ごうか」
と言いながら、佐藤の手を握る。一瞬、びっくりした顔をした彼女だが、
「うんっ」
と言って握り返してきた。
…これだけでも、付き合うっていいなと思ってしまう俺って、単純だよな。
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