第6夜「ポケベルメッセージ」

 ……皆様ごきげんよう。案内役の"まほろ“でございます。

 今宵も「幻話まほろば」へようこそお越し下さいました。


 皆様は「ポケベル」というものをご存知でしょうか!?


 携帯電話登場前の1980年代後半〜90年代初頭にかけて当時の若者達の間で流行った連絡用端末で、電話をかけ直してもらう為に電番用の数字が表示されるだけの簡易的な端末でした。


 今はスマホでのリアルタイムでのテキストチャットが当たり前に出来る世の中ですが、当時の若者達は表示される数字を利用して「14106→アイシテル」等の語呂合わせでやり取りを楽しんでいたのです。


 今宵の主人公、滝沢ナオキ(50)も、若い頃ポケベルを愛用していた1人です。


 このお話で彼は、若い頃の苦い記憶に残る「ある数字」に付きまとわれる事になるのです……。

 その果てに彼はどんな"選択"をする事になるのでしょうか…!?


 それでは今宵の幻話まほろばを語り始めると致しましょう……。



 ◇



「まただ……」



 最近やたらとこの数字を目にする気がする。


 車で走っている時に前を走っている車のナンバー、たまたま見た時の車の平均燃費表示、本を読んでいる時にふと目に入ったページ数、ゲームをプレイしている時に表示されるスコア、Hit数などなど……。


「163」


 勿論、他の数字だって目にはしている筈だが、この数字を目にする機会が何故か多い気がするのだ。


 それはきっと他の数字は見た所で気にも止まらないだけで、この数字を見てしまった時にだけ、どうしても目に焼き付いてしまうからなのだろう……。


 何故ならこの数字は俺にとっては忌むべき数字だからだ。


 小田ヒロミ……若い頃付き合っていた彼女の名前だ。

 

 彼女はとにかくワガママな女で当時の俺は異常なまでの彼女の束縛にがんじがらめにされていた。

 毎日の電話、毎週末のデートは当たり前。ポケベルメッセージは頻繁に届き、こちらがしばらく送らないと 


「7241062→なにしてるの」のメッセージと共に


「49106410→至急TELして」で電話を催促。


 更に彼女は周りの気を引こうとしたり、自らが怒られたりするのを避ける為に平気で嘘をつく女で、たちの悪い事にその嘘にいつも周りを巻き込んでいた。

 その主な被害者がこの俺だった事は言うまでもないだろう。


 さすがに耐えきれなくなって俺の方から別れようとしたのだが、そこからがまた大変だった……。


 ポケベルは真っ先に解約したのだが、そうなると今度は仕事場の前で待ち伏せされるわ、自宅どころか仕事場にまで電話をかけまくってくるわ……おかげで俺は始末書まで書かされる羽目になった。


 その後、ちょうど転勤で地元を離れる事になった事もあり、これ以上のストーカーまがいの行為はなくなった。

 その後しばらくして友人から「今度は別の男を追いかけてる」と聞いた。その相手には気の毒だったがホッとしたのを今でも覚えている。



……それ以来、ヒロミとは2度と関わる事はなかったが、いつもどこかで出くわしてしまう事を恐れて、彼女が行きそうな所を避けていたものだ。

 

 だからなのか、彼女を表す数字、"163" が最近やたらと目に入るのがどうにも気になって仕方ないのだ。



『そこのあなた、落とし物をされましたよ』



 とある日の仕事帰りの事だった。車に乗り込もうとした時、唐突に後ろから声をかけられて振り向くと、そこには黒い着物を着た女性が立っていた。

 美しい黒髪、吸い込まれそうな瞳……年甲斐もなく思わず見とれてしまっていると、その女性は俺の手を取り



『どうぞ、大事な物なのでしょう?』



 と、平べったいキーホルダー状の端末を握らせた。



「え⁉︎ これは……?」



 この端末には見覚えがある……いや、忘れもしない。これはあの頃ヒロミから待たされていたポケベルと同じ物だ!



「ちょ、ちょっと俺はこんな物……!」



  見上げると、もうそこに女性の姿はなかった。



「どうするんだよ、こんな物……」



 ポケベルをよく見ると、当時俺が持っていた物と同じ所に同じような傷まで付いている。



「ははっ……まさかね……」



 気味が悪かったが捨てる訳にもいかず、今度あの女性に会う事があったら返そうと、そのままポケベルをポケットに入れた。



………


……



 その日の夜中……


 ピリリリ…… ピリリリ……


 この令和の時代にしては古臭い電子音が寝室に鳴り響き、夢の中だった俺は一気に現実に引き戻された。



「なぁに〜? この音〜! こんな夜中に」



 隣で寝ていた妻も起きてきて、2人で音の出元を探ると、クローゼットに掛けていた俺の上着から聞こえてきているのがわかった。


……まさか!?


 この音には聞き覚えがある……間違いない……何10年も前に嫌という程聞いた音だ!


……やっぱり……


 音の主は、あのポケベルだった。画面に表示されている数字は……163……!



「何これ? なんでポケベルなんか持ってるの?」



 怪訝そうな顔で質問してくる妻に、数字の意味や過去の事を伏せた上で、あの黒い着物の女性との出来事をつまんで話した。



「気味悪いわね〜。落とし物か何かで警察にでも届けた方がいいんじゃない? でもおかしいよね。ポケベルなんてとっくにサービス終了してるはずなのに、なんで鳴ってるんだろ? 誤作動?」



 確かに…… 鳴るはずのないポケベルが何故?それにあの数字。俺は背筋に寒い物を感じながらも翌日、ポケベルを警察に拾得物として届けた。



 ピリリリ…… ピリリリ……



 しかし、帰ろうと車に乗り込んだ途端、またしてもあの着信音が…… 見るとさっきまで何もなかったはずの助手席にあのポケベルが鎮座していた。



「どういう事なんだ……」



 ポケベルはさっき間違いなく警察に引き渡した。ディスプレイを確認すると、やはり表示されている数字は"163" いや、表示が切り替わった!? 表示された数字は "4"


 俺はポケベルの電源を切り、再び警察に引き渡した。受け付けてくれた警察の人も不思議そうな顔をしていたが、説明のしようもないので適当に言い訳をして何とか引き取ってもらった。


 しかし車に戻ってみると、やはり助手席であのポケベルが "163" と "4" を交互に表示させながらけたたましく鳴っていた。



「いったいなんなんだ……あいつなのか!? それに "4" ってどういう事だ」



 その後、ポケベルは水に沈めても金槌等で破壊をしても、しばらくすると元の姿で俺の元に現れ "163" と "4" を繰り返す。


 頭がおかしくなりそうだったが、そんな中で俺は表示されている数字 "4" がどうにも引っ掛かっていた。


 あの時のポケベルと同じ物だと思われる事からして "163" は、あのヒロミの事で間違いないだろう。


……そういえば、あいつは今、どこでどうしているのだろう⁉︎

 別れて以降、彼女の交友関係も含め、完全に接点を絶ったので今の俺には知る術もない。


……いや、多分あいつはもう……


 当時持たされていたポケベルが当時のまま現れ、あり得ない筈の着信を繰り返している……どう考えても異常なこの状況。あいつが今生きているとは俺には思えなかった。

 

 俺はダメ元で、数字に悩まされ始めた辺りからポケベルが現れた日前後の地元のネットニュースを検索してみた

 


…………


……



「あった……」



「○月X日、轢き逃げ事件……被害者の小田ヒロミさん(47)は意識不明の重体」



「○月X日、重体だった轢き逃げ事件の被害者、小田ヒロミさんが死亡」



 顔写真は出ていなかったが、年齢も一致している。

 そして事件が起こったタイミングと俺が数字に付きまとわれ始めたタイミング、死亡したタイミングとポケベルが現れたタイミングもほぼ一致している。


 だが何故俺の元にポケベルが!? まさか、別れてからずっと俺の事を逆恨みしていて、俺を道連れにしようと? あの"4" の意味はそういう事なのか!?



「冗談じゃない……俺があいつを恨みこそすれ、恨まれる筋合いなんざ1ミリもないぞ!? 死んだのはそりゃ確かに気の毒だが、俺が道連れにされる言われは……」



 いや、あいつは昔からそういう理屈が通用しない女だった。

 だからこそ、当時の俺はあいつの気まぐれや我儘に振り回されて大変な目に遭っていたのだった。

 それにネットニュースに載っていた名前も名字は小田だった。

 もし、あのままずっと特定の相手も出来ないまま独身だったとしたら、1人で死ぬのが寂しくて俺を道連れに選んだという可能性も考えられる。


 ポケベルは、相変わらず定期的にあるはずのない着信をし "163" と "4" を表示し続けていた。



…………


……



 翌朝、出勤しようと車に乗り込んだ途端、ポケベルが最大ボリュームで鳴り出した。

 

 俺は昨夜、妻を巻き込まないように(黒歴史も知られたくないし)と確かにポケベルの音量をゼロにしてしまっておいたはず……


 俺の手元に戻ってくるだけでなく、音まで止められないのか。

 うんざりしながら画面に目をやると、表示されている数字が今までと違っていた。


"157110"


「なんだ、この数字……!?」


 

 昔は変換表を持たされていたり、よく使うワードは覚えたりもしていたが、これはわからない。


 取り敢えず調べるのは後にしようと車を発進させた途端、再び最大ボリュームの着信音が。



「なんなんだよ、一体!」



 無視しようにも、あまりにもうるさいので音を止めるべく車を停めてポケベルを見ると新たなメッセージが……



"36"



 この数字は覚えている……確か「だめ」だったっけ……だめってどういう事だ!?

 

 続いて再び "157110" 更に "4" 。そしてこの3つのメッセージが順番にリピートされ始めた。


 時間はあまりないが、何がダメなのか、そして "4" の数字がどうにも気になったので、"157110"をネットの変換サイトで調べてみた。



「157110→いかないで」



 3つ合わせると「だめ」「いかないで」「死」……まさか、行ったら殺す!?


……いや、それなら「だめ」「いかないで」は文面的におかしいか。これは「行ったら死ぬ」って意味か!?

 

 まさか……死んだあいつがわざわざポケベルを使って俺にそれを知らせに!?


……いや、あのヒロミだぞ? あいつならむしろ俺を道連れにしようと考えるんじゃないか? 実際昨日もその可能性を考えた。


……いやしかし、もしあいつにそれほどの執念があるなら、そもそも俺は無事に別れるなんて事自体が出来なかったはず。


……いや、そうやって信じようとして、何度裏切られて来た? どれだけあいつの嘘に振り回されて来た? 



……でも……



…………


……



……結局俺は仮病を使って仕事を休んでしまった。

 あいつを信じた訳では決してない。何もなければ、ただ俺が体調不良で会社に迷惑をかけたというだけの話だ。



…………


……



「大変大変、大変よ!!」



 妻にバレないように体調不良のフリをして部屋で横になっていると、その妻が血相を変えて部屋に飛び込んできた。



『○○市のオフィスビルでガス爆発事故。多数の死傷者が出ている模様』



 嫁に促されてリビングに降りるとTVが事故の報道を流していた。そのオフィスビルは俺の仕事先が入っているビルだ。



「あなた……もし今日仕事休んでなかったら……」



 嫁が青白い顔をして呟いた。多分俺も同じ顔色だっただろう。


 ただ、俺が顔面蒼白なのは会社ビルの事故のせいだけではなかった。あのメッセージは、やはりヒロミからの警告だったのか……もし信用しきれずにあの時出勤していたら……



…………


……

 


 複雑な気持ちで部屋に戻ると、それを待っていたかのようにポケベルが鳴り出した。



「500731」



 このメッセージは調べなくてもわかる。あいつが俺に迷惑をかけた後、決まって送ってきていたメッセージだ。もっともその後も変わらず迷惑をかけられまくりではあったが……



「500731→ごめんなさい」



 俺が声に出して読み上げると、それに合わせてポケベルは音もなく徐々に粒子と化し、やがて完全に消滅した。



「あいつ……」



 俺の想像でしかないが、あいつもあいつなりに反省や後悔をしていたのかもしれない。

 あれから何10年も経っているワケだし、あいつもいつまでもワガママな子供じゃなく、心も大人になっていたという事か。


どうであれ、俺があいつに救われたのだけは確かだ。


……俺は今までポケベルが乗っていた手を握り、静かにヒロミの冥福を祈った。



…………


……



ピリリリリ…… ピリリリリ……


 

 その日の夜中、寝室に再びあの着信音が鳴り響いた。



(どういう事だ……もうポケベルは消えたはずだぞ!?)



 上着のポケットにはやはりあのポケベルがあり、そこに表示されていたメッセージは……



「886131→やっぱりあいたい」



……そうだ……あいつは執念深い女だったんだ。それは死してなお、ポケベルという形で俺にメッセージを送りつける程の……





……彼がこの後どのような運命的を辿ったかは、皆様のご想像にお任せ致します。


 ほんの数10年前までは男女が気持ちひとつ伝えるだけでも大変な時代でした。今はスマホアプリやSNSなどで気軽にメッセージを送れる時代ですが、その分気持ちの伝え方も何だか軽くなってしまった気がしますね……



……今宵の幻話まほほばは如何だったでしょうか!? また次の夜にお会い致しましょう……


 それでは皆様、おやすみなさいませ……

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