第5夜 「射出座席」〜とある遭難パイロットの独り言〜

 ……皆様大変ご無沙汰しておりました。"まほろ" でございます。今宵、久し振りに「幻話まほろば」をご案内する運びとなりました。

 1年以上も放っておいて突然また私に案内役を命じられるとは……ご主人様の気まぐれにも困ったものです。

 

 さて、今宵の主人公は宇宙空間を舞台に繰り広げられている戦争で、機動兵器を駆り戦い続けるパイロットです。

 しかし彼の乗機は不幸にも撃墜されてしまい、打ち出された射出座席と共に彼は宇宙空間を彷徨さまよう事になってしまうのです。

 果たして彼はこの極限状態を生き延びて仲間の元へ帰還する事が出来るのでしょうか……⁉︎


 それでは今宵の幻話まほろばを語り始めると致しましょう……。



 ◇



 俺の名前はイツキ・ハヤカワ。階級は少尉だ。

機動兵器 "弐式空間戦闘機"のパイロットをやっている。


 機動兵器と言えば聞こえはいいが、コクピットブロックに機銃と申し訳程度のマニピュレーターを付けただけのちゃちな代物だ。

 昔のアニメに「動く棺桶」とかいう不名誉なあだ名で呼ばれた戦闘ポッドが出てきたらしいが、多分この通称"錦"に比べれば可愛いものだろう。


 宇宙空間まで出てきて戦争をやっている時代なのに、こんな笑ってしまうような兵器が主力だっていうんだからまさしく「事実はアニメより奇なり」ってやつだ。


 そして俺は今、射出座席に座って宇宙空間を漂っている……。



 ◇



『センサーの有効範囲内に敵味方問わず機影は確認出来ません。また戦闘光も6時間前を最後に確認されていません』


「わかった。引き続き救難信号を発信しつつ周辺探索を続けてくれ。ま、やるだけ無駄だろうけどな」


 数刻前、俺はこの周辺空域で行われていた戦闘で善戦虚しく(⁉︎)撃墜されてしまい、機体の爆散寸前に自動的に射出座席と共に打ち出された。

 それからこうして救難信号を発信しつつ、周辺に機影がないか探し続けているが、味方の救助どころか敵影さえ見当たらない。


『マスター、バイタルレベルの低下が見られます。大丈夫ですよ、救助は来ます』

 

 気休めの教科書のような台詞で"マホロ"が俺を励ましてきた。


 "M・A・H・O・R・O" は"錦"に搭載されている、ナビゲートからメンタルケアまでもこなす事を目的としたサポート型AIである。

 Mental Assist and Hospitality Operation…あと何だっけ?とにかくそれぞれの単語の頭文字を繋いでマホロという愛称で呼ばれている。


「気休めなんざいい。そもそもそんな簡単に救助されるくらいなら、MIA(戦闘中行方不明)なんて言葉いらないんだよ!」


「大体こんな高性能なAIが搭載されてる癖になんで機体はこんなちゃちなんだよ!おまけに大昔の戦闘機じゃあるまいし、宇宙空間で射出座席⁉︎ 普通は脱出ポッドとかだろ?裸同然で放り出すなんて有り得ねーだろ!」


『マスター落ち着いて下さい。その為に私がいるのです』


 俺の八つ当たりに対しても全く動じず落ち着き払ったマホロの声。

 AIの癖にやたら透き通った俺好みの癒し系ボイスに、俺は自分のヒステリーが恥ずかしくなってきた。

 さすがメンタルケアも出来るサポートAIと言った所か……。

 

 酸素と非常食(チューブで摂取する)は3日分、排泄物はスーツから座席に自動回収され、宇宙空間に放出される。周辺のデブリは常にマホロがチェックし、万が一衝突の危険がある時は姿勢制御モーターを吹かして回避してくれる。


 少なくともこの3日間は命の危険に晒される事はまずないと言ってよいのだが、スーツを着て座席に固定された身体のすぐ外は宇宙空間というこの状況は否応なく不安と恐怖をあおってくれる。マホロがいてくれなければ発狂してもおかしくなかった所だ。

 

「マホロ、現在座標は戦闘宙域からどれくらい離れているんだ?」


『かなりの距離流されてしまっていますが、まだギリギリ捜索義務区域内です』


 戦時条約により、戦闘行為終了後に損害の少ない方の勢力は周辺の一定区域を3日間捜索し、生存者が発見されれば敵味方問わず救助するよう義務付けられている。

 もっとも敵に救助されれば待っているのは捕虜なのだが……。


 今回俺は、戦闘宙域のかなり外側で撃墜されてしまった。その際、射出座席は機体の爆発に巻き込まれない為にかなりの勢いで打ち出されるが、そのまま慣性に流されて捜索義務範囲を出ないよう、マホロがちょくちょく制動をかけてくれている。


 つまり現在の俺は、戦闘宙域から割り出される捜索義務範囲の外周ギリギリを頼りなく漂っている、という訳だ。


 そしてこの3日の間に例え敵といえども発見されなければ、俺の末路は数あるデブリのひとつとなって未来永劫地球を周回し続けるか、運良く地球の引力に捕まる事が出来れば俺は流れ星となり地球への帰還を果たし、もしその時平和な時代が訪れているならば、地上の恋人達のロマンチックな瞬間を演出する一助となる事だろう。


「なぁマホロ、行方不明者が敵にせよ発見される確率って、実際どれくらいだっけ?」


『状況にもよりますので一概には言えませんが、およそ1〜5%程です』


「やっぱ、ほぼゼロなんだよな」


『しかし今回の我々の場合は救難信号、センサー等、射出座席の機能は全て正常に機能していますので、それ以上の確率が期待出来ると考えます。希望を持って下さい』


「へいへい……マホロさんは気休めがお上手で……」


 俺はマホロを皮肉ってみせる事で自分を落ち着かせた。

 


 ……そうだ。とにかく今は希望を持ち続ける事だ。後の事はまず生き延びてから考えよう。


 ……しかしそれから2日間、俺が発見、救助される事はなかった……。



 ◇



「マホロ、酸素の残量はあとどれくらいだ?」


『現状のペースで消費すれば、およそ2時間分です』


 3日目を迎えるも、現状は何ひとつ進展せず時間だけが無慈悲に過ぎていった。


『マスター、まだ時間はあります。最後まで諦めないで下さい』


「ああ、大丈夫だ」


 ……だが、最後の時は、もうすぐそこまで来ている……。


俺は目を閉じ、全身の力を抜いて酸素節約に努めた。

 この手からこぼれ落ちて行く、僅かな可能性を少しでも留める為に……。



 ◇



『マスター、酸素残量が残り約10分を切りました』


「そうか……いよいよだな……」


『お力になれず、申し訳ありません』


「いや、お前は全力を尽くしてくれた……心から感謝している」


 俺は皮肉などではなく、心からの感謝の意をマホロに伝えた。


 コイツがいてくれたから、俺は今まで希望を失わずにいられたんだ……。



 ◇



『……マスター、酸素残量残り約5分です』


 いよいよ最後の時だ。


 射出座席には宇宙空間で遭難したパイロットが酸素残量が無くなり、もがき苦しみながら窒息していく恐怖から逃れる為にスーツを弛緩ガスで満たす機能が搭載されている。いわゆる安楽死機能である。

 安楽死とはいえ自らの意志で実行する事は、いくら訓練を重ねたパイロットといえどそう簡単に出来る事ではない。


 よってサポートAIには酸素残量がゼロになった時点でパイロットの意志の有無に関わらずコマンドを実行する権限が与えられている。


『私はマスターに死んで欲しくありません。しかしそれ以上にマスターが苦しむ姿は見たくないのです。どうかお許しください』


「気にするな、元はと言えば俺がドジって墜とされちまったのが原因だ。お前も俺なんかがパートナーじゃなければ……」


「……⁉︎」


 覚悟を決めようとしたその時、視界の端に一瞬何かが光った。

 センサーに反応は無い。あればマホロが気付くはずだ。

 だがあれは決して見間違いなどではない。

あれはスラスターの光だ!


「マホロ、座席から俺を切り離せ。距離を取った後、残りの電力を使って座席を自爆させろ」


『マスター、何を⁉︎』


「今、遠くにスラスター光が見えた」


 当然の事だが光と電波では速度に大きな差がある。センサーに反応が無いという事はまだかなりの距離があるのだろう。


「センサー範囲外なんだろう。このままじゃ気付かれずに行ってしまう。だが電波は届かなくても光なら届く。爆発の光ならあるいは!」


『無茶です…座席と切り離せば残る酸素はスーツ内分だけになります。気付いてもらえなかったら…いえ、気付いてもらえたとしても救助まで酸素が持ちません!座席から切り離されれば安楽死処置も出来なくなるのですよ?』


「構わん。どの道このままじっとしていても死ぬだけだ。ならこのまま楽に死ぬよりも例え僅かでも生き延びる可能性に賭けてみたい!」


『マスター……』


『……了解しました。マスターの指示に従います』


「ありがとう……なに、こう見えても地球にいた頃は素潜りが得意だったんだ。息を止めるのには自信がある。それよりスーツのブラックボックスにお前のデータをバックアップしておけよ」


『既に実行中です。マスター……一緒に生きて帰りましょう』


「当然だ。それじゃ頼むぜ、相棒」


 スーツ内を可能な限り酸素で満たした後、俺は座席から切り離された。

 簡易バーニアを吹かして距離を取ると俺を3日間守ってくれた射出座席は、眩い光を放ちながら、静かに爆散した。

 座席の最期を見届け、俺は意を決して息を止めた。



 ◇



 永遠とも思える数分間だった。

 スーツに残された酸素で何度か息継ぎが出来たがそれも使い切り、ついに限界を迎えてしまった俺は肺に残った空気を吐き出してしまった。

 しかし代わりに吸うべき酸素は既にそこには存在せず、俺の口は酸素を求めて虚しくパクパクするだけだった。


 ちくしょう……!


 窒息の地獄と悔しさで涙が溢れ、やがて意識が遠のいていった。


 ちくしょう……ちくしょう……。

 

 完全に意識が消失した俺の瞳はこちらに近づきつつある光を映していたが、俺がそれを認識する事はもはやなかった。




  …


  ……


  ………


 ここは……⁉︎


 「少尉、気が付かれたんですね⁉︎私の事が分かりますか?」


 意識がはっきりしてくるのに合わせて激しい頭痛が襲ってきたが、何とか声のする方に目をやると、よく知っている顔がホッとした表情で俺を見つめていた。


「あ……あぁ……き……みは……」


 俺を見つめていたのは、俺の母艦「霧風」のメディカルルームスタッフ、コハル・タキグチ伍長だった。


(俺は……助かったのか……⁉︎)


「幸い処置が早かったので脳へのダメージは問題ありませんが、5日も昏睡してたんです。しばらくは安静にしていて下さいね」


 その後しばらく安静にし、会話が可能になるまで回復すると、救助に至るまでの顛末てんまつが説明された。

 コハル伍長によると、捜索隊の機体は最後の捜索を終え帰投する所だったらしい。そこにたまたま例の爆発を見つけ、駆けつけたという事だ。


「でも、いくらセンサー範囲外で酸素も僅かだったからって、まさか射出座席を爆破して位置を知らせようとするなんて、無茶苦茶しますよね〜。普通誰も考えませんよ?あんな事」


「生きるか死ぬかだったんだ。なりふり構っていられるか」

 

 決死の大博打を能天気に批評する天然キャラに辟易へきえきしながら、俺は大事な事を思い出した。


「そうだ…あいつ…マホロは?もうリカバリーは済んでるのか?」


「え?マホロ……さん?誰の事ですか?リカバリーって?」


「いやいや、マホロだよ!"錦"の!サポートAIの!ちゃんとスーツのブラックボックスにバックアップされてただろ⁉︎」


「AI?一体何の話をしてるんですか?大体"錦"にそんな大層な物が付いてるわけないじゃないですか〜。あ、もしかして夢でも見てたんじゃないですかぁ?」


(……夢……⁉︎いや、そんな……)


「夢といえば、ブラックボックスの解析をしたメカニックの人が言ってましたよ?少尉、遭難してる3日間ずっと独り言を喋ってたって」


「独り言…⁉︎」


「それで不思議なのが、まるで誰かと会話をしてるみたいな喋り方だったそうですよ。だから極限状態で幻覚でも見てたんじゃないかって」


(幻覚……幻覚だったのか……?いや、それは有り得ない。何故なら俺はずっと正気だった。)


 

「マホロ……お前は……」



 マホロとは一体何だったのか、俺にはもう知る術もない。

 ただ1つ断言出来るのは、マホロは確かにあの時そこに居たという事だ。マホロが居てくれたからこそ、俺は今こうして生きてここに居る……。


「マホロ……まほろか……ったく、シャレがキツいぜ……」


 俺は静かに目を閉じ、極限状態の中、共に生還を目指した"相棒"に心からの感謝の意を捧げた……。



 ◇



 ……こうして彼は、奇跡的に仲間達の元へと生還を果たしました。


 もし人類が宇宙へ進出し、そこで戦争が始まったとしたら、『貴方は生き延びる事が出来るでしょうか⁉︎』


 ……今宵の幻話まほろばは如何だったでしょうか?

気まぐれなご主人様の事ですので、次の御案内がいつになるかわかりませんが、もしよろしければまたお付き合い下さいませ。


 それでは皆様、おやすみなさいませ……。

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