第4夜 「禁止釣り場」
……皆様ごきげんよう。案内役の "まほろ "でございます。今宵も「
皆様は魚釣りをされた事はありますか? 昔から多くの人に愛されているアウトドアスポーツですが、今一部の釣り人のマナーが問題になっているそうです。
安全性の観点から立入禁止や釣り禁止となっている波止場等に「よく釣れる」という理由だけで侵入し、しかも注意されても居直りを決め込む……。
今宵の主人公、
それでは今宵の
◇
「どうだい秀さん、釣れてるかい?」
太陽が登り、魚の食いが最も立つ [朝まづめ] の時間が過ぎて一息ついた頃、離れて釣りをしていた釣り仲間のコウちゃんがやって来た。
「ぼちぼちだな」
俺はそう言いつつ、クーラーBOXの中身を見せた。
「どこが 「ぼちぼち」 だよ、大漁じゃないか!」
クーラーBOXの中はカサゴやメバル等の魚で満たされており、コウちゃんは半ば呆れ顔で溜息を漏らす。
釣果を自慢する瞬間というのは、釣り人にとって最も至福の時間のひとつだ。
……俺の名前は高山秀夫。数年前に女房と別れ、仕事も定年を迎えた今、釣りが俺にとって唯一の楽しみであり、週に3〜4日はこうして日が登る前から波止場に通っている。
「俺はそろそろ上がるから、まだ釣るなら場所譲ろうか? もうしばらく食いは落ちないと思うからよ」
「有難いけどやめとくわ。そこで釣ると仕掛けがいくつあっても足りんからなぁ」
「違げぇねぇな。ここで釣るならいつもの倍は仕掛け用意しとかにゃ」
今俺が陣取っているポイントは魚影がすこぶる濃く、アホみたいによく釣れるのだが、その代わり異様なまでに根掛かりが多い。恐らく底の地形が複雑なのだろうが、コウちゃんの言う通り仕掛けがいくつあっても足りない。
おかげでほとんどの常連はこのポイントを避けているので実質俺専用ポイントになっていると言っても過言ではない。
「んじゃ、お先に。コウちゃんも見回りが来るまでには引き上げなよ」
「わかってるよ。じゃ、お疲れ!」
波止場の入口を塞いでいる金網に誰かが空けた穴をくぐり車に戻ろうとすると、マイクを持った男が近付いてきた。後ろにはカメラを抱えた奴もいる。
「すいません、ジャパンTVですがちょっとお話よろしいでしょうか?」
「何……?」
「この波止場は釣り禁止になっていますが、ご存知ですよね?」
(チッ……面倒くせぇな……)
「あぁ、そうなの?」
「入口に金網がしてありますし、禁止看板もありますよね?」
「だから何なの? あんたに迷惑かけた?」
「近隣住民の方々も迷惑してますが」
「誰が言ったの? 別にこの辺の人ら、何も言って来てないよ?」
「こちらの波止場は老朽化していて危険だという事は承知の上で釣りをされているんですか?」
「っせぇな!! だったら俺らに言う前に自治体に言ってとっとと修繕させとけよ!!」
俺は逃げるように車に戻り、この場を離れた。
全く胸糞悪い……。全国で釣り場マナーが問題になってるだか知らんがTV局ってのはこういうのをすぐ面白おかしく報道しやがる!
俺らが誰に迷惑かけたってんだ。危険かどうか知らんが、落ちた奴が間抜けなのだ。俺らの知ったこっちゃない。
……しかし、夕方のローカルニュースで今朝の件が報道されると、近所の知り合いに余った魚を配ろうとしても皆腫れ物に触るような顔で断ってきた。
報道では俺の顔はモザイクがかけられ声も変えられていたが、やはり知り合いにはわかってしまったようだ。
(クソッ……今まで散々俺が釣ってきた魚を美味しいっだの家計が助かるだの言ってやがった奴らが……手の平返しやがって!)
その後暫くの間、俺は例の波止場を避け、別の釣り場で釣りをしていた。報道の事もあって自治体や警察の取り締まりも厳しくなっているだろうし、さすがの俺もちょっとばかしバツが悪かった。
更に数日が過ぎ、この日もいつものように夜明け前から釣り糸を垂れていたが、全くと言っていい程アタリがない。何ヵ所か釣り場を変えてみたが何処も魚がいないんじゃないか? と思うくらい反応がない。
思い立った俺は、例の波止場に車を走らせた。そろそろほとぼりも冷めているだろうと考えたのと、 "あのポイント" なら釣れるはずだと思ったからだ。
釣り場に着き、道具を車から降ろしていると、誰かが近付いてくる気配がした。
『ここでの釣りは禁止されていますよ?』
(チッ……いきなりかよ)
顔を上げると、そこに立っていたのは黒い着物を着た若い女だった。腕には菊の花束を抱えている。
(えらいべっぴんだな……。しかし、こんな時間に墓参りか!?)
「そうかい、そいつは知らなかったな」
『貴方はいつもこの波止場で釣りをされてますよね?』
(チッ……バレてるのかよ)
「だったら何だい? 姉ちゃん。あんたに何か迷惑かけたかい?」
『いえ……ただ貴方によくない影が見えますので……。ここでの釣りはやめた方がよろしいかと……』
「はぁ? しまいにゃオカルト話で追い払おうってか? そんな格好までして随分手の込んだ事だな!」
さすがに付き合ってられないと思った俺は、女を無視して波止場に向かった。
『確かに忠告はしましたよ……』
振り向くと既に女の姿はなかった。
(なんだよ……本当気味悪いな……)
気を取り直して波止場に入ろうとすると、金網に空けてあった穴が塞がれていた。
「チッ……これはよじ登るしかねぇか」
道具を抱えて必死に金網をよじ登り、何とか波止場への侵入に成功する。だが、俺はこの時 "ある物" を見落としていた……。
報道のせいか入口が塞がれているせいか、今朝は釣り人の姿が1人もいない。
俺はいつもの特等席に陣取り竿を出した。しかしここでもアタリは全くやって来なかった。
「まじかよ! 一体どうなってんだ今日は?」
もう1つ不思議な事があった。今まであんなに多かった根掛かりが、今日は全くないのだ。だが、いくら仕掛けを取られないからと言っても釣れなければ意味がない。
その時俺の電話が着信を知らせた。コウちゃんからだ。そういえばしばらく連絡取ってなかったな……。
「秀さん久しぶり。今日はどこでやってるんだい?」
「おう、久々にいつものとこに来たんだけどよ、今日は全然駄目だわ」
「え? マジで? 秀さん、よくそんなとこでやってるなぁ」
「そんなとこ? どういう事だよ」
「ニュース見なかったのかい? 先週そこで死体が上がったってやってただろ?」
知らなかった……。そういえば俺は例の報道から何となくローカルニュースを見るのを避けていた。
「これはニュースでは言ってなかったけど、上がった死体には釣り針がビッシリ掛かってたって話だよ。てか、入口塞がれてるとこに花束が手向けてあったろ?」
気付かなかった……夜明け前で辺りが暗かった事もあって俺は花束を見落としていた。そういえば金網によじ登ろうとした時、何かを踏んだような違和感があった。あれはきっと……。
俺は背筋が寒くなり、急いで道具を片付け始めた。とにかく一刻も早くこの場を離れたかった。
道具を抱えて立ち上がろうとしたその時、俺の足元が突然崩れた……。
ガボッ……ゴボゴボガボッ……
ライフジャケットも着けていなかった俺は一瞬の出来事にパニックになり、上も下もわからない真っ暗な海の中で必死にもがいた。
冷たい海水が急速に体力と体温を奪い、もがく事でかえって血中酸素が激しく消費され、脳内の酸素を欠乏させる。
酸素を求める脳の命令が意識とは関係なく口をパクパクと動かし、酸素の代わりに大量の海水を体内に送り込む。
間もなく俺の意識は完全に消失し、程なく心臓もその鼓動を止めた……。
…………
海底へと沈みゆく、かつて高山秀夫と呼ばれた男の抜け殻。
その身体に
影は高山の死を見届けると、満足そうにニタリと笑う。
その影の全身にはビッシリと、無数の釣り針が刺さっていた……。
…………
◇
……その後、残された車と釣り仲間の証言で付近の海域が捜索されましたが、遂に彼が見つかる事はなかったそうです。
数年後、波止場は新しく作り直され、周辺も整備されて海浜公園として生まれ変わり、多くの釣り客で賑わう事になります。
…………
「あちゃ〜、また根掛かったよ。なんか、ここら辺だけやたら根掛かり多くね?」
「でもその分魚影はやたら濃いんだよなぁ。案外底に死体でも沈んでて、魚が集まって来てたりしてな」
…………
皆様の釣り場に、やたらと根掛かりが多いポイントはありませんか?
……それはもしかしたら……?
……今宵の
それでは皆様、おやすみなさいませ……
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