第2夜 「タラレバシミュレーター」〜後編〜
……皆様ごきげんよう。案内役の "まほろ" でございます。今宵も「
さて……今宵の主人公、
そんな彼は、やり直したい過去を擬似体験出来るという不思議なVRシミュレーターのテストを依頼されます。
果たして彼はVRの世界で詩織と再会し、想いを晴らす事が出来るのでしょうか……?
◇
……
…………
「ちょっと雄介、聞いてるの?」
(……え!? ……)
ここは……さっきまでいた駅前通りだ……
そして右隣で不満そうな顔で俺を覗き込んでいるのは……あの時の姿そのままの詩織だった……。
「こんな道の真ん中で寝ぼけてるの? お〜い、ちゃんと起きてますかぁ〜?」
余程惚けた顔をしていたのだろう。俺の顔の前で詩織はしきりに手を振っている。
「詩織……!!」
「ちょ、ちょっと雄介……こんな所で止めてよ……」
俺は詩織を抱きしめて声を上げて泣いていた……。
◇
「ホント、どうしちゃったの〜? さっきから雄介、なんか変だよ?」
「ごめん、ちょっと辛い事思い出しちまって」
「辛い事?」
「ああ、ちょっとな……」
「それって私にも話せない事?」
「ごめん……でも、もう大丈夫だから 」
(まさかここがVRの世界でお前が実はもう死んでるなんて、さすがに言えないよな……)
「ならもう聞かないけど……本当に何かあれば隠さないで相談してよね?」
俺達が今いるのは駅前通りにあるカフェ。公衆の面前で情けなくも取り乱してしまった俺を落ち着かせる為に詩織に連れ込まれたのだが……それにしても……。
(ここは本当にVRなのか? 俺の記憶を解析して再現されたリアルな夢って話だけど、現実そのものじゃないか! おまけに触覚や嗅覚、味覚まであるなんて)
だが、俺の目の前には死んだ筈の詩織がいる。皮肉な事にその事実こそが、ここが現実では有り得ない事を証明している。
「……それでね、ちょっと言いにくいんだけど、これから会うペースを少し減らせられないかなって」
……これはあの時の台詞だ。この台詞がキッカケで俺達は喧嘩になったのだ。本当なら駅前通で告げられたはずだが、俺がさっき取り乱したおかげでシチュエーションが変わったのか。
でも今そんな事は問題じゃない。大事なのは、この台詞に対する間違った選択肢とその結果を今の俺は知っているという事だ。場所が変わった事で事故は起こらないかもしれないが、それでも間違いはもう繰り返さない……!!
「どうしたんだよ? 何かあったのか?」
「うん、ちょっと最近仕事が忙しくなっちゃって……」
前髪を
詩織は嘘をつく時に前髪を弄る癖がある。あの時の俺は、会う機会が減るという事と詩織が嘘をついている事に気付いた事から彼女の浮気を疑い、ろくに詩織の話も聞かずに一方的に追及をしてしまった。その結果、かけがえの無い存在を失う事になってしまった……。
「相変わらず嘘つくの下手だな」
「え?」
「言っとくけど金の事なら気を遣わなくて大丈夫だぞ? 結婚資金はちゃんと貯金してあるし、お前と会うのだって別に無理なんかしてないからな?」
「嘘!? なんでわかったの? 前にそんな話したことあったっけ?」
(あ……ちょっとストレート過ぎたか!?)
「あぁ、うん。まあな。」
本当は彼女の死後、彼女の母親から金銭面で俺が無理をしているんじゃないかと詩織が悩んでいた事を聞かされていたのだ。
「でも、ありがとな……。もしキツいと思ったらお前の言う通りにするから」
「うん……雄介は何でもお見通しだね。さすが私が選んだ旦那様、改めて末永くよろしくお願いします♪」
微笑む詩織に、俺はまた感極まりそうになる。
……詩織、やっぱり俺は、お前と……
………
……
◇
『お疲れ様でした』
(……ここは……?)
一瞬自分に何が起こったのか、自分が何処にいるのかわからなかったが、すぐに俺が現実世界に戻ってきてしまった事を悟った。
『如何でしたか? 未練を晴らす事は出来ましたか?』
「お願いします! 俺をもう一度……もう一度あの世界へ!!」
いやだ……また詩織のいない世界に戻るなんて……!!
『申し訳ありませんが、データの収集はもう充分ですのでテストはこれで終了になります』
「そこを何とか! お願いします!」
『申し訳ありません。お引き取り下さい』
…………
……その日の深夜……
俺は例の会社に忍び込み、VRマシンとPCのデータを盗み出した。こんな事をしたら、例え上手く行ったとしてもすぐに捕まってしまう事はわかっていたが、もはやそんな事はどうでもよかった。
……俺はどんな事をしてでも詩織とまた逢う。それ以外の事は考えられなかった。だが意外にもあっさり潜入は成功し、マシンもPCも部屋にそのままにしてあった。
(こんなすごい物を作っている会社にしては不用心だな……ま、好都合っちゃ好都合だが……)
俺は大急ぎでアパートの自室に戻り、VRマシンをPCに繋ぎメモリを差し込む。そして深呼吸をひとつして、ゴーグルを装着した。
……詩織……今行くからな……
…………
…………
……数週間後……
『次のニュースです。○○市の会社員、倉田雄介さん(32)と連絡が取れないとの届け出が会社からあり警察が自宅を確認した所、ベッドに横たわったままの倉田さんの遺体を発見しました。
倉田さんは死後数日が経過しており、司法解剖した所によりますと胃の内容物は殆ど残っておらず、死因は食事を摂らなかった事による衰弱死と見られています。
また、倉田さんはVRゲームのゴーグルを装着したまま死亡していた事がわかっており、冷蔵庫に食材が残されたままだった事から警察で機器や接続しているPCを調べましたが、異常や不審な点などはなく、死亡との因果関係は現在の所不明との事です。
警察では事故と自殺の両面から……』
◇
……こうして彼の意識はVRの世界に消え、二度と戻る事はありませんでした。果たしてこれは事故だったのでしょうか? それとも、彼が自ら望んで選択した結果だったのでしょうか……?
ひとつ言えるのは、彼はいつでも現実に戻る事が出来ていた筈だという事です。何故なら使用者側からの催眠解除法は、使用上の注意にちゃんと記載されていたのですから……。
発見された彼の頬には涙の跡があり、その死に顔はとても満ち足りた笑顔をしていたそうです。
彼の涙と笑顔は何を意味していたのでしょうか?その答えは彼と、もしかしたら詩織さんだけが知っているのかもしれません……。
……今宵の
それでは皆様、おやすみなさいませ……。
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