幻話 〜まほろば〜

ツネち

第1夜 「タラレバシミュレーター」〜前編〜

 ……皆様、「幻話まほろば」へようこそお越し下さいました。


 私は "ご主人様" より案内役を仰せつかりました "まほろ" と申します。以後、お見知りおき下さいますよう、宜しくお願い申し上げます……。


 さて、この「幻話まほろば」には様々な人物が登場し、様々な体験を致します。


 それは幸運であったり不幸であったり……。その中で登場人物達は、様々な選択をする事になるのです。


 その果てに彼等が目にするものは、美しきまほろばか、それとも黄泉の業火か……?



 全ては本人達次第です……。



 それでは今宵の幻話まほろばを語り始めると致しましょう……。



 今宵の主人公は道端に花を手向けている彼、名前は倉田雄介くらたゆうすけ、32歳。

中小企業に勤める、どこにでもいる一介のサラリーマンです。


 しかしどうやら、彼には忘れられない過去があるようです……



 ◇



 ……俺には忘れられない女性ひとがいる。


 ちょうど1年前、俺と婚約者だった詩織しおりはこの場所で喧嘩をしてしまい、口論の末に道に飛び出した詩織は車にかれ、そのまま帰らぬ人になってしまった……


 原因は俺……。


 俺は彼女の事を信じてやれなかったばかりに彼女を傷つけ、そして彼女の未来までをも奪ってしまった。


 それ以来、俺の中の時は一年前で止まったままだ。


 あの時、俺がちゃんと彼女の話に耳を貸していたら……。


 もう少し、彼女の事を信じてさえいれば……。


 決して終わる事のないエンドレステープのように、俺の頭の中を後悔の念が回り続けている。だが人生にセーブもリセットも存在しない。どれだけ「タラ、レバ」を言った所でやり直しはきかないのだ。



『そこのお方、ちょっとお時間よろしいでしょうか?』



 現場に手を合わせ、歩き出そうとした俺に何者かが声をかけてきた。



 (……やれやれ、今時キャッチセールスか!?)



 振り向いた俺は、そこに立っていた女性を一目見て思わず息を飲んだ。


 まるで日本人形を想起させるような整い過ぎた容姿、腰まで伸びた黒髪。


 こんな街中にはおおよそ似つかわしくないが、身にまとっている黒い着物がその女性の美しさと見事に調和し、むしろ神秘的とすら思える程だった。



「あ、え、え〜と……俺に何か?」



 自分でもびっくりするくらい返事する声がうわずってしまった。



『今、当社で開発中の新型VR機器のテスターを探しておりまして、もしよろしければご協力をお願い出来ませんでしょうか?』



 (え!? マジか……! 本当にキャッチセールス!? この格好で!?)



 俺は彼女の外見と要件のあまりのギャップに、思わず彼女の着物を凝視してしまった。



『あぁ、この格好ですか? これはご主……当社の社長の趣味でして。場違いですよね? ふふ……社長にも困ったものです。勿論費用は当社が全て負担致しますのでご安心ください』



 彼女ははにかんだように微笑んだ。その瞳に俺はそのまま吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。



「それで? VRってどんな機器のテストですか?ゲームとか?」


『ちょっと違いますね。現在開発中の新製品は、心のケアを目的として開発されているものなのです』


「心のケア?」



 ……キャッチセールスではなさそうだが、やはり胡散臭い気がする。



『詳しい仕組みは企業秘密なのでお話し出来ませんが、人の心にある後悔、例えばああしておけばよかったとか、そういった想いを使用者の記憶から解析して、やり直したい過去をリアルな夢として再現します。その中では使用者の選択で別の未来を疑似体験する事が出来るのです』


「そんな夢みたいな事が!? 現代の技術で本当に!?」



 まるでどこかのアニメやライトノベルのような話に、俺は警戒心を強める。



『申し訳ございません、これ以上は企業秘密ですので……』


「もしそんな事が可能だとして、危険はないんですか? それに実際未来が変わるわけじゃないのにそんな体験したら、かえって現実が辛くなるんじゃ?」


『仰られる通りです。しかし、世の中にはそれで救われる方、それでしか救われない方が大勢居られる事もまた事実なのです』


 (わかる気がする……俺も、例えVRの世界でも、やり直せるのなら……)


『危険性についてですが、それを調査する為のテストでもありますので……勿論テストには万全を期しておりますが。どうされますか? お止めになられますか?』



 ……胡散臭さは消えないが、結局俺は彼女についていく事にした。もしかしたらという思いが、俺に「断る」という選択肢を許さなかったのだ。

 

 ……もしかしたら、もう一度詩織に……逢える……?



 ◇



 案内された会社は和風建築のような洋風建築のような、奇妙な建物だった。


 通された部屋にはベッドとその横にPC、更にゲームなどでよく見るVRゴーグルが設置されている。



『それではこちらの注意事項をお読み頂き、誓約書と同意書にサインをお願い致します』



 渡された書類は使用上の注意と脳への負荷の可能性やら依存性のリスクやらに関する同意書、秘密遵守に関しての誓約書だったが、適当に目を通してサインをした。



『それではベッドに横になってゴーグルを装着して楽になさって下さい。……それでは催眠に入ります……』



 ……詩織……俺はもう一度お前に……


 …………


 ……



 







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