第3話・野辺

「ウチの子は小児癌ですの。」

晴れ渡る空のもと母親は自分を取り囲む人々にそう謳っていた。

「えぇ。ありがとう。一命を取り留めました。ァハ、私の体は大丈夫です。でも、本当に、 …この間はもう … 、 …ダメかと思った……。」それから思い出したようにウッウ、と母親はみんなの前で泣き出した。

「ウチの子は小児癌ですの。」

一同がひいて散ったその先の道でまた母親が言っていた。

「えぇ。治らないんですの。そうですわね。私が気丈にしないと、えぇ。えぇ。今はもう家を見つけてそこへ先生に診に来て貰っていますわ。やーめーて、、そんなことして頂くとかえって心苦しいですわ。えぇ。そのお気持ちだけで、」

そして昼下がりには老人とベンチで話をしていた。

「今まで何十軒もの病院を訪ねて来ました。 最初の病院では手術に30時間もかかったんです。でも結局良くならなくて、ーあの子の為に家財道具は全部売りました。家も、愛していた持ち物も、みんなあの子の為に投げ出しました。でも私、決して惜しいと思った事なんかありません。あの子のためなら何だって投げ出せます。私が必死だから、親しくしていた人達はんな私から離れていきました。」

老婆は頷いて、「本当に大変ね。病気の子をもつという親というのは、」

「あの子が辛そうだから、私ももう辛くて…… 、 あの子は泣いて、泣いて、泣きはらしています。前の病院では治癒することも出来ないっていわれて・・・ 実は、この間も先生から回復する見込みはないって言われました…。娘がいなくなるなんてっ、、 … 私耐えられない!!」母親はそう言うなりワッと両手で顔を覆い、えっ、えっ、えっと泣き始めた。老人は隣で慰めて言った。

「ダメよ。あなたが泣いちゃ。あなたが強くしていなくてどうするの、ねっ?皆んなあなたに同情してますよ。あなたは娘思いのいいお母さんだって皆んな言ってます。いつも話してるんですよ。またあのお母さんが娘さんの為にあちこち歩き回って少しでも良くしようと健気に頑張ってるって。」




暖かくて、木洩れ日の射す日に、母親は調子の悪いサチをあえて引っ張り、「サチちゃん。お外に行きましょうね。」と表へ連れ出していった。

歩くと一足一足刺し貫ねるかのように痛く、いかにも辛げにしているサチを連れていると、近所の人がワッとそこへ寄り集まってきた。

「あらサチちゃん?!この間はどうなったの?大丈夫だった?もう起きられるの?!」心配そうな顔をしたべつの婦人も走って来た。「サチちゃん!でてきて大丈夫なの?」

母親は止まって言った。

「皆さん。 本当にご心配して頂いて、… 申し訳ない限りですわ。ちょっと外気にふれたほうがいいとお医者さまにいわれたのでこうして出てきました。この辺りは珍しい草花やなんかが沢山生えてるって看護婦さんからも言われたので。 あの日のことは奇跡だ、、 ってお医者さまにも言われましたわ。」

「それはあなたが必死だったからですよ。助けたいというあなたの気持ちがサチちゃんに通じたからだわ。」

母親が話しに夢中になっているので、サチは辺りの野辺を見渡していた。町の道を少し外れると小さくせせらぐ川があって、沿に原がつづいていた。そしてふらふらとその川沿いに道を歩いて行くと、

川辺のほとりに白いばらのようなキョウチクトウが一輪咲いていて、狭く、奥へとつづき、サチはどうしてもその奥へ行ってみたくなって、また一人よちよちとひ弱な力で向かって行った。


日向と日陰がかさなる、半円が細い小川の流れる淵、

スリッパリーエルム,ライムフラワー,キャッツクロー,ヒハツ、これらの木々のあいだへ白百合、白薔薇、白桜、初雪草の花が次々とみえる水辺の傍の野原のなかで、次に目に入ってきたのはその木の葉と同じ温かい光を受けたパリスだった。

サチは、その香り草の中で下を向き、若草の上に置いた草々を選定する、サラサラと流れる水の音のもとかがやくパリスに目が止まったままでいた。

パリスも、やがて彼女の視線に気が付き、フッ、 と顔を上げて、真っ白な溶けるように塊るエルダーフラワーの中、にこっと少女へ微笑み掛けた。

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