後編
部屋の中は灯もなく闇そのもので、私がサメの夜間観察用に常備していた懐中電灯で部屋を照らすと、部屋の隅々まで一面真っ黒な塗料が塗られており暗さは底なしだ。ただただ不安を煽ってくる。
「闇には闇で抵抗するって事なのかな」
「こういうオカルトはサメが関わらないとさっぱりだ」
自分自身が八シャーク様にこれから呪い殺されるというのはいまいち実感が湧かない。
夏の肝試しで目の前に現れたくねくねする謎の物体を相手に、食用として常備しているサメ飼育用水槽の擬似海水から作った
何故祖父が私を戦わせないのかは理解不能だ。
「に、兄さん、僕、死にたくないよ」
ただ、智和はガクガクと震えており、暗闇がより彼の恐怖心を悪化はさせてしまっていて可哀想に見えてくる。
「まあ何とかなるだろう。じいさんがあれだけやる気なら勝ち目だってある」
「その自信はどこから来るの!?」
とはいえ、真っ暗な部屋はサメもなく聞き上手の弟しかいない。
ただただ退屈な場所で、入ってから十分もしないうちに私は眠ってしまった。
それから数時間が経ち、体内時計が正しければ朝の六時頃に目が覚めたが、
「なんで寝たのさ兄さん! 一人ぼっちはいやだよ、怖いよ……」
智和を放置したのは酷な態度だったかもしれない。
そして、目覚めて数分が経つと、外で待機していた祖父の大きな叫び声が部屋に響きわたった。
「孫達よ、ここからが正念場だ! 何があっても部屋から出るなよ!」
おそらくこちらから会話を試みても通じはしないだろう、とんでもない声量で無理矢理二階の壁を超えて話しかけてきている。
それに、ここから出れば呪いを遮断できない、一旦は祖父を信じるのが最適。
何せ……そこから起きる戦いは、声を聞くだけで熾烈なモノだとわかる程だったからだ。
「出たな八尺野郎!
「ぼぼぼぼぼぼぼ」
「スゥー、セイ!」
「ぼぼ!?」
「セイ! セイ!」
「ぼーぼぼぼー!」
「スゥー、セーイ!」
「ぼー!」
声だけでなく何らかの術具を使ったのであろう攻撃か、はてまた八シャーク様側の反撃が原因か部屋が大きく揺れている。
――いや違う、この家全体が、周囲の地面が全て揺れている!
あとから聞いた話では、この戦いを予期し鮫沢家の者達は皆夜の間に近所の家へ移動していたようで、それだけに規模が大きい。
「これでトドメだ、スゥーーーーーーー、セイ!」
「ぼ、ぼぼぼぼ!?」
そんな中、私達もこれは本当に大丈夫なのかどうか不安が出ていた。
何故なら、祖父の攻撃を食らっているであろう八シャーク様の声のトーンが一定しているからだ。
下手をすると、傷一つまともについていないかもしれない。
「外がすごいことになってない!?」
「なるほど、八シャーク様は鮫塩で清められるような怪物でないのだろうな、じいさんも無理そうだ」
「あー、もうどうしてこんな理不尽な事に巻き込まれてるんだ僕は……自分が非力なまま死ぬかもしれないなんて嫌だよ!」
智和から余裕が無くなってきている、ここまでしてまだ勝った確信を得られない怪物を前に、失禁する音が微かに聞こえてきた。汚い。
「何、まだ生きているだと!? まるで弱ってすらいない、嘲笑われているのか!?」
「ぼぼぼ」
外から聞こえる声は、こちらの不穏をさらに煽っていく。
「か、体が勝手に……セ、セイ!」
そして……部屋の壁が大きな砲弾が直撃したように砕けた。
部屋へ燦々と輝く朝日が射し、外の景色もハッキリと見える。
視界に写る家の庭では、祖父が苦悶の表情で透明な巨人の腕に持ち上げられたかのように宙へと浮き上がっており、その前には八匹のサメが縦に連なった八シャーク様が薄ら笑をしている。この戦いに負けた祖父を私達へ見せつけているように。
「う、浮いてる……す、すごい……」
「関心している場合じゃないよ兄さん、両手で振り回すような数珠で戦っていたおじさんの攻撃が部屋の壁を物理的に壊したんだよ! もう防御手段無くなったんだよ! 今から僕達は呪われて死ぬんだよ!」
言われてみればそうだ、これは絶体絶命でしかない。
だが、私達は私達で諦めるにはまだ早い気がする。そこまで焦らなくていいという感情が優先されているのがその証拠だ。
実際、この状況を打開するアイデアを一つ思いついた。
「智和、あの剣を使ってみるのはどうだ?」
「……そうか、アレがあった!」
ほら思った通り。
私の言葉を聞いた智和は、さっきまでちびって追い詰められていた焦りが消え、サッと上着の内側から神社の倉庫の剣を取り出した。
すると、その剣を見た祖父の口からとんでもない一言が放たれる。
「あれは
そう、この剣が
日本神話に登場する三種の神器が何故こんな辺鄙な村にある?
いや……古事記によれば三種の神器を司る系譜の中にいる
「これなら倒せそうだ、呪われる前に決めよう!」
「ああ、そうだな」
だがその時、私の脳裏に『サメの力で倒さなければサメの姿を真似ているだけの八シャーク様にサメが劣る存在になってしまうのではないか?』という不安が過った。
そんなことを考えているうちに、懐に入れていたあるものを取り出していた。
「サメ呪具"コバンザメキラーボックス"!」
これは、密猟によってヒレだけを切断、そして放棄されたサメの骨を八匹分も詰め込んだ木箱。
それこそ密猟者をサメの恨みで呪殺するために作っておいたシロモノだが、その力を応用させてもらおう。
「え、兄さんは何をしようとしてるんだい!?」
「
「
智和はせっかくのチャンスを前に余計な抵抗を試みている。
私はわざわざ話を聞いてやるのが面倒なので、智和の腕を掴みながら剣の位置を調整しコバンザメキラーボックスを一番上から突き刺した。
すると、
「なんて罰当たりなことを……」
一見すればまるで呪いの力に押し負けて消滅したかに見えるが、それは違う。
神聖なる
「これにて起こるは
「兄さんは何を言っているの!?」
文句を言いつつも智和は指示の通りに腕を八シャーク様の元へ向けると、手のひらから白く霊体のように見え蛇めいて体がニョロニョロと伸びる巨大なサメが八匹も出現した!
……いや、付け根に一本の尻尾が見える。であれば八つの首があるサメと表現するのが正しいだろう!
「これぞ、
説明しよう! これは、
「俺の孫達はただの人間ではないみたいだな……やはり次の時代を担うのは常に若者のようだ。それに
勢いだけで行動していたがこれは完璧な成功と言えよう。
心霊や神秘に強い祖父がここまで言うのがその証拠。
「
おお、どうやら
全てが都合よく繋がっており、この実験は大成功だ。
「
祖父を前に薄ら笑いを続け、ついにはこちらに顔を向け今にも呪わんと構えていた八シャーク様の目の前を八つの首を持つサメが覆い尽くし、地面へと叩き伏せる。
マウントを取った、と表現するのも正しいだろう。
「ぼぼぼぼぼぼぼーぼぼぼーーーーーー!?!?!?」
「僕の手が、僕の手がー!!!!!」
あとは、
まるで共食いであるが、そんなものはサメとサメが戦えば負けた方が喰われる弱肉強食という自然の摂理に過ぎない。
「何なんだよこれ……どうしてくれるんだにしざあ"あ"あ"ん"」
とはいえ、智和は自分の手のひらからこんな
――いいや、この程度なら彼も含め明日を生きるために必要な犠牲だと割り切れる問題か。本人も死にたくないと言っていたしな。
それに、私は最高のサメとサメの戦いを見られたことで興奮を隠せない。
「あと三分四十秒もすれば終わる事だ智和」
「いやだよお"お"お"お"お"お"お"お"お"! ぎもじわるいざめがでぇがらぁでてるんだよお"お"」
そんなこんなで、予想通り捕食は三分四十秒で終わり、八シャーク様は骨一つ残さず消滅した。
「よくやったぞ二人とも、これで俺の友の仇も打てた!」
地面には八シャーク様だったと思われる血の池だけが残っており、祖父は空中での束縛から解放され落下したのか尻もちをついていた。
そして、祖父の口ぶりも表情も緊張がほぐれた安堵の篭ったものになっている。
続けて、
「ああ、も"どぅ"お"っ"て"る"……戻ってるよ! よ、よかった〜」
おかげで、昨日の朝と同じぐらいには平常心も元気さも取り戻している様子。もう安心していいだろう。
……と言いたいところであったが。
「智和、悠一を殴っていいぞ」
「え、いいの!」
なにか吹っ切れたような笑顔を見せる智和の拳が私のみぞおちに直撃した。
「ギャアアアアアアス!!!」
全身に響く痛み、止まらない吐き気、頭の中も軽いめまいが起きて昏倒寸前だ。
智和は私のことを兄として好いてるようだが、ストレスを感じていない訳では無いとようやく理解した。
まあ、憑き物が落ちたような祖父にスッキリした顔の智和を見ている限り、八シャーク様との戦いは終わったのだろう。
***
以上、わしにとって最も記憶に残る正月の思い出じゃ。
何せ、八シャーク様と
やはり日本はサメの国じゃわい。
ただ、この日から数ヶ月に一回程度八シャーク様が出てくる白昼夢を見るようになった。
もちろん、白昼夢であることを活かして毎回夢日記に近いレポートをまとめておるぞ!
特に、初夢の時は必ず来てくれるからいつも初夢が楽しみなのじゃ。
いやぁ、いつか八シャーク様のフカヒレスープを食してみたいものじゃのう。
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