中編

 気が付けば、私と智和は山から降りて祖父の家の前にいた。

 確か、捕獲を試みようとした所を智和が私の腕を掴み、地面に引き辿られ続けた末に着いたのは覚えている。

 

「この玄関を開けた時、迎えてくれるのがあおじさんだったらいいなぁ……話を聞いてくれそうだし」


 ここでいうおじさんとはこの家の主であり私達の祖父、鮫沢和弘さめざわ かずひろの事。

 この村の寺生まれで現職は霊媒師、人の話や価値観を頭ごなしに否定することのない温厚な人物であるが、サメが登場せず面白みのない怪談を毎年してくるホラーハラスメント者だ。

 智和は狼少年にならぬようまずはこの祖父に声をかけたい様子。

 そして、家の玄関を開けると運良く本人が出迎えてくれた。

 私はともかく、八シャーク様を見た智和は恐怖に怯えたまま慌てふためいており、祖父はその様子を見兼ね少し笑いが混じった困り顔で何があったのか聞いてきた。


「山に熊でも出たのか孫達よ、怪我がない様子でよかった」

「八シャーク様は本当にいたんだ!」

「兄さんの説明は無視してください。二人共違った姿に見える怪物が目の前に現れたんです。兄さんにはサメで僕には大きな白ワンピースの女性に見えたんだ!」


 すると、その話を聞いた祖父は今まで見せたことの無い真剣な表情に変わり私を無視して智和を問い詰めだした。


「そいつは、何か被り物をしていなかったか?」

「麦わら帽子でした。髪は黒くて縦に伸ばしてます。今に思えば……なんていうか初恋のクーちゃんに似ている?」

「彼女は隣町で今でも元気にしているしその亡霊でもない、となるとやはり……」


 何を話しているのか私には理解出来なかったが、祖父の表情がどんどん曇り始める。

 当の私は、「あのホオジロザメを観察したのが原因なのではないか?」と勝手に猛省していたが的外れだろう。

 それから夕食へと一旦移ったが、気を取り直して家族団欒としたものの、両親や他の大人達と違って祖父だけはいつも飲んでいる酒を口につけなかった。

 そして祖父は夕食が終わった途端、


「二人に少し話があるから、二階の部屋を借りる」


 と皆に告げ、大人達は何かを察したのか質問も特にせず、私達は祖父に二階の出入り禁止と固く封じされていた部屋の前へと案内されていった。

 そして、入る前にと祖父は重い声で今回の件について知っていることを語り始めた。


「まず、悲しい現実を告げるぞ孫達よ。二人は何の因果か成人していない子供を呪い殺す八尺様はっしゃくさまに魅入られてしまったと見て間違いない」

「八尺様!?」

「やはり八シャーク様か!」


 直後、祖父と智和から同時に頭部へのゲンコツを食らった。


「奴は俺が生まれた寺で代々倒すべく試行錯誤を続けているが目立った進捗は数百年なしの怪物だ。申し訳ないが、ひとまずわかっていることだけを今から告げる」


 それから祖父は、八シャ……八尺様とやらについて淡々と語り始めた。

 ある時は何日も連続で現れ、またある時は何十年と間を開けて現れる神出鬼没なこの村を巣食う怪物で、過去に幾度も霊能者がこの村に訪れて戦ってきたがその全てが祓うことなく死亡している。

 ルールとして、八尺様はその者が死ぬ前に会いたい人物が八尺(大体二メートル強)もの大きさになり何かの被り物をしている姿として写るようで、あのサメはルールに基づいて私の目に写ったようだ。

 ただ、その性質から怪物としての姿を持ちながら個人のみに降りかかる自然現象にも見え、八尺様本人はなにか物理的な危害を加えることも無く、魅入った人物が数日後に悶えて死ぬ呪いをかける厄介な存在。

 と言っても、私は特にこの話にも呪いにも恐怖を持たなかった。

 最近は鮫呪術さめじゅじゅつの研究をしており少なからず呪いには理解がある。それに、この世界にはサメがいる上に相手はサメの姿なのだ。サメの何が怖いというのだ?

 故に、智和が話を聞きながら時「え、じゃあ剣を抜いたことは特に関係ないの!?」と祖父には聞こえない小さな声でボヤいていた事の方が印象的だった。


「八尺様に魅入られてしまったのも、息子に被害がなく、仕事から手を離せないと言い訳をつけて東京へ出向く時間を作らず帰省シーズンにあやかって一族との交流を楽しんでいた俺の責任だ。油断している場合じゃなかったんだ!」


 説明の最後にその言葉を発した祖父の声は怒りと悲しみが同時に入り交じるものだった。

 しかし、祖父は何も出来ない者ではないようで、可能な範囲で八しゃく……八シャーク様を対処せんと目の前の部屋について説明を始める。


「今から入る部屋には呪いを遮断する特殊な加工が施してある。清めの塗料を塗りたくった一室だ。今や明治と言われていた時代になるが、あの頃から俺は、親友が何もしていないのに理不尽に殺されたのを悔やんでいる。だから、繰り返させはしない」

「待って、それでどうするのおじさん!?」

「奴の呪いは最初に現れた時ではなく翌日朝の二度目に現れた時に行われる! お前達をあえて餌にして家の前までおびき寄せ、俺の手で祓い殺してやるのさ」


 その言葉を最後に、祖父は復讐に燃える感情を顕にしながら私達を扉の先へと閉じ込めた。

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