第8話英雄side2*

 ゴブリンの群れを倒してから凜の様子がおかしかった。

 魔術の威力もコントロールも何時もより精彩を欠いている。


「おい凛、何ぼーっとしてんだよ?」


 剣斗が訝し気に尋ねる。

 それに凜は「ごめんね」と小さく呟いた。


「剣聖様、オークです。闘い慣れするにも良い相手です!」


「初めての魔物退治です。くれぐれも油断しないよう気を付けて下さい」


 騎士団長と神官長が刹那と剣斗をオーク討伐へ促す。


「よしっ、一気に首をはねる!」


 剣斗が真剣を抜き放ち、オークへ飛び掛かる。

 剣を振り上げ、オークの脳天を剣が割る。


 ブシャァァァッ!!


 大量の血が剣斗に降りかかった。

 錆び臭い液体で剣斗の顔と防具が真っ赤に染まる。


「グ、グギギギィィッ……」


 勝ち割られた脳天から脳ミソが垂れ流れる。

 脳髄もだらだらとオークの体を濡らす。

 1激で絶命しきれなかったオークは血走った眼で己を攻撃したものを睨みつけた。

 眼からもダラダラ血が流れている。 

 その目はギョロリ、と半分飛び出しており剣斗を捉える。


「あ、あ、あ……」


 剣斗の手には肉を割く感覚と頭蓋骨を割った感触が未だ残る。


「グガガガガガガ……」


 オークがヨタヨタと剣斗に近づく。


「グ、ギャ、ァァ……」


 だがその歩みは剣斗の目前で止まった。

 小さな断末魔を上げてオークは絶命した。

 ドサリ、とその巨体が倒れる。

 倒れたオークは半分飛び出た血走った目で、死体になっても剣斗を見ていた。


「オェェェェッ!」


 ビシャッ!


 剣斗が胃の中の朝食の残骸をぶちまけた。

 生き物を自分の手で殺した事実と恐怖にストレスが一気に精神にかかり、剣斗の体に嘔吐させたのだ。


「剣聖様!」


「大丈夫ですか剣聖様!」


 騎士団長と神官長が剣斗の元へ駆けつける。

 そして剣斗の表情を見て、小さな溜息を吐いた。


 剣斗はもう目に生気が無かった。


 少なくともこの先で能力を存分に振るって戦える状態とは思えない。

 それに騎士団長と神官長はすぐに気が付いたのだ。


「とりあえずはオークを解体しましょうか」


「え?」


 騎士団長が言うや否や、オークの首の動脈を切り血抜きを始める。


「な、何してんだ……?」


 今しがた己が殺したオークにナイフを突き立てる騎士団長に剣斗が問う。


「血抜きをし、毛皮を剥いで処理しないと食べれませんからね」


「た、べ…食べる……?」


「取れたてのオークの肉は美味しいですよ」


「そ、そんな魔物を食べれるか!」


「何を言っているのですか剣聖様。王宮でもオーク肉を好んで食していたじゃないですか」


「あ、れ、魔物の、肉?」


「オエェッ…」


 剣斗が再び胃の中のモノを吐き出す。

 先程吐いたばかりだったので吐瀉物の殆どは胃液だけだった。


 無様な剣斗の姿に刹那が呆れたような目で見ていた。

 永遠はどうして良いか分からずオロオロするばかり。

 聖女とは言ってもケガもしていない仲間に【回復】の法術を使ったところで意味はない。


 凜だけが、憐みの視線を剣斗に向けていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る