凡人

井田 カオル

凡人の夜

「今日、何もできなかったな」


 結局のところ、何もうまくいってないじゃあないか。高校の頃に作家を志してみたりして色々していたけれど、何も結果が出なかった。結果が出るような作品じゃなかったというのはあるが、それにしてもあまりに無益だった。当時はきっと頭がおかしかったんだろう。あんなに自信満々、ゴミみたいな作品を胸を張って世に出せたのだから。まあ、世に出せたといっても誰も見ていないんだけれど。誰が見ようとも思うものでもなかったんだけれども。


「いつも夜に、こんなことを思う」


 自分はいつか、大きな存在になれればいいと思っていた。人から称賛を浴びるような、巨人と呼ばれるような人間に。そして多分、今も思っているのだ。だから毎夜寝る前にこんなことを考える。妄執とかいう言葉が似合う過去の自分への文句。空想としか言えない自分が成功した姿の妄想。自分が昔に執筆した創作の映像がよぎることも間々ある。そんなことしても、何の利にもならないのに。


「生きている意味がないんだろう、自分には」


 何も為さなければ、人間には生きている意味がないという考えがある。自分はそれに概ね賛成していて、そしてそれに自分が当てはまると考えている。だからこそ生きている意味がない。結局毎日、他人が輝いているのを見て羨ましがることくらいしかできないクズなのだ。今の時代、チャンスがどこにでもあるというのが、自分のような凡人をひどく傷つけていると思う。小説投稿するなり、動画を投稿するなり、漫画を描いてみるなり、何でもできる。だから、そういうのに踏み込めない自分が嫌になるんだ。そういうのに踏み込んで、成功している人を見ると本当にみじめな気分になる。


「彼らは何故、生きてる意味がないとか、諦めの日々とか、そういう失意の歌を歌うんだろう」


 そんなのはありふれている事なのに、自分は本当にあれが不快で仕方ない。何故、成功している人間がああいう歌を歌うのか。毎日が輝いているはずの彼らが、何故嘘をついてあんな歌を歌うのか。もちろん、彼らの人生に壁がないとは言わないし、彼らなりの苦労をしていることだろう。だけれど、彼らは自分達凡人とは違う。凡人は壁を壊せないが、彼らは苦労しながらも超えていく。乗り越えられる。そうやって進んでいくのに、どうして自分が歩くことすらできていないような歌を歌うんだ。不愉快でしょうがない。


「でもまあ、成功するきっかけすらつくろうとしないお前のせいだよな」


 結局はそこだ。他にどれだけ文句を言おうが悪いのは自分で、何も得られないのは何もしないからだ。そのままだと、そのままだぞ。そういう言葉を言った奴がいたが、全く本当にそうだ。結局は自分が何もしていないから、成功もしないし失敗すらしない。上の人を見て諦め、下の人を笑う。傍から見ても自分でも一笑もできない灰色の人生を、自分はこれからも歩んでいくことだろう。


「明日バイトだし、早く寝るか。迷惑かけるわけにもいかないし」


 次の日の夜、また同じようなことを考えるだろう。そんなだから凡人なんだ。毎日毎日燻った思考を続けて、足踏みを繰り返す。

 まあいい。死ぬまでこの可も不可もない人生を続けていく、凡人にはそれだけだ。

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凡人 井田 カオル @mayoihara

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