第3章 消えた手がかり
消えた手がかり 1
翌日もよく晴れた朝だった。閉めたカーテンの隙間から少しずつ朝日が入ってきて、鳥の鳴き声が聞こえてくる。魔法使いのアレックは、布団から出した右腕を額に当てて、天井をじっと見ていた。
見ていたといっても、ずっと考え事をしているだけで、意識はもちろん天井には向いていない。一匹のクモがせわしなく動いていても、アレックは天井の一点を睨んだままだった。
昨晩は結局寝付けなかった。寝室に向かった後、しばらくしてからフローナが気を利かせてホットミルクを持ってきてくれても、それでも眠ることができなかった。アレックの頭の中はグライフィーズのことばかりだ。考えないようにしても、嫌でも顔が浮かんできてイライラが募る。相当自分が不安に感じているのだと気づいた時には、自分にいらついて仕方がなかった。そのせいで余計に眠ることができなくなってしまった。
『何のために、あなたが自由に行動できるよう手配してもらったのか今一度お考えくださいませ!』
昨日のフローナの言葉がやけに頭に響いている。自分が今、遠くクアラークにいる理由。本来の目的に加えて、あの男から自分、ひいては石を遠ざける必要があるからに他ならない。ヴァルメキ国王の亡命に手を貸したのは、そうしなければ国王の命が危ぶまれていたからなのは確かだが、
思わず右手を握りしめる。
もし、ガットやミシェル、フローナが狙われるようなことになったら……。
馬が駆ける慌ただしい蹄の音がふと耳に入ってきて、アレックははっと意識を戻した。部屋の時計を確認すると、まだ早朝と言ってもいいくらいの時間だった。蹄の音からして、隊を組んでいる。間もなく遠くに消えていった音に、昨日の城での話し合いを思い出した。クルッセ南方の捜査は騎士副隊長の部隊があてがわれたはずだ。
王女なんてもうどうでもいい。そう思っていたはずなのに、いまだに諦めきれていない自分がいる。いつまでもずるずると引きずるのはやめろ。期待すればするほど、そうでなかった時のショックが大きくなる……。
ベッドから身体を起すと、アレックは少し考えを改めることにした。
王女が見つかれば、また今まで通りに戻る。どうせ彼女は僕を嫌っているのだから、それに便乗する形でいけば、今までと何ら変わりはないはず。なんてことはない、早く王女を見つけてしまえばいいだけのこと。
それからその後は、もう王城に出入りするのはやめにしようか。
とはいえ、王女を見つけ出すのは簡単なことではなかった。シルマ王女が自ら姿を消したという見解はこの際だから保留にして、アレックは王女の居場所をもう一度考え直すことにした。これだけ捜しても見つからないということは、よほど遠くへ行ってしまったのだろうか。
もっとよく考えろ。王女はどこへ行った。いなくなった時の状況は。
――そうか!
頭の中でパッと浮かんだ方法に、ようやくアレックは本腰を入れてシルマ王女を捜すことに決めたのだった。
一階に降りると、暖炉の前の椅子にフローナが座っていた。フローナの朝はいつだって早い。かまどではすでに湯が沸かされていて、朝食に出るレタスが洗われて置いてある。最近のフローナはレースを編むのに夢中のようで、ここ数日で彼女の膝をすっぽり覆うくらいには出来上がっていた。
フローナの趣味はころころと変わる。ついこの前までは、ミステリー小説ばかりを読んでいた気がする。魔法関係の資料が入っていたはずの書棚はいつの間にか彼女が集めた小説でぎっしりだ。ミステリーの前は、ドライフラワー作りだった。リビングの天井という天井から、花が逆さ吊りにされていて、おかげで今でも天井は釘がいっぱい残っている。薬草学でも始めるのかと思いきや、干された花は物置部屋にしまい込まれてそのままだ。
「あら、おはようございます。いかがされました、こんな早くに。やはり眠れませんでしたか?」
動かしていた針を止めたフローナは、近頃はこれがないとどうにも見づらくて、と言っていた老眼鏡を前掛けのポケットに入れると、座ったまま暖炉に向かって手を伸ばした。薪をくすぶらせていた小さな火がとたんに消える。
「眠れるかと思ったんだけど」
そう言いながら、アレックはフローナが座る椅子が倒れそうになるのを抑える。
「寒いなら、消さなくてもいいよ」
「いえ、こちらは向こうに比べると暖かくなるのが早いですもの。
「今度は何を作っているんだい?」
尋ねながらアレックはテーブルの上に、美しく曲線が彫られ、朱と金の装飾がされた小箱を置いた。
「テーブルクロスです。お部屋が明るくなるようにおまじないを込めて作っているんですよ。コーディリア様からぜひ作ってほしいとご依頼をいただきまして」
「へえ……。フローナは手先が器用でうらやましいよ」
「何をおっしゃいますか。あなたほど器用な方を私は知りませんよ」
そうしてフローナはテーブルの上の小箱を見て、ひとつ瞬きをした。
「――お使いになるのですか?」
軽く頷いて、アレックは今の時刻を確認する。
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