消えた手がかり 2

「……たしかに、その考えは思いつきませんでしたわ」

 アレックの視線に合わせて、フローナも壁の時計を見上げた。その表情が少し不安げなことはアレックももちろん気づいている。

「これが一番確実な方法だよ」

「それは、ええ、そうでしょうけれど」

 編みかけのレースをテーブルに置いたフローナは、リビングの隅にある入口とは別の扉を開けて、中でごそごそと片づけを始めた。物置部屋と呼ぶそこは、フローナお手製のドライフラワーの他にも、日用品や魔法具やちゃんとしたちょっと高級な薬草の類なんかが所狭しと置かれていて、けれど納戸と呼ぶよりは少し広い部屋だった。内側から鍵がかけられる仕組みは後からアレックが付け足したものだ。

「時計はちゃんとお持ちになりましたか?」

 心配そうなフローナに、アレックはポケットから取り出した金色の小さな懐中時計を見せる。時間はきちんと正確なものに合わせてあるし、寸分の遅れも出ないようにメンテナンスはしてあった。

「だいぶ力を奪われると聞いていますが、体調のほどは?」

「心配性だな。そこまで悪くはないよ。初めてじゃないんだ。大丈夫」

「どうかくれぐれも時間にはお気をつけくださいませ。ぎりぎりになって戻ってくるのもなりませんよ」

「わかってる、二時間以上はいるつもりもないから」

 そう言うと、フローナはとたんに顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

「あたりまえです! こんな時に冗談はよしてください!」

 ごめんって。アレックはからっと笑うと、少しスペースの空いた物置部屋に入って、扉を閉めた。

「見張り、頼んだよ」



 アレックが物置に閉じこもってから一時間を優に過ぎた頃。学校に行くガットとミシェルを見送って、フローナが時計を見ながらそわそわと落ち着きなく食卓の後片付けをしている頃だった。バンッ、と大きな音を立てて物置部屋から登場したアレックに、心底驚いたフローナは手にした皿を一枚すべらせて、震えた天井から逆さに吊られた赤いバラだったものがひとつ床に落ちる。

「まあ! もうっ!」

 胸に手を当てて、それからふんっと鼻息荒く、フローナは派手に割れてしまった皿に向けて大きく手を振った。

「ごめん」

 魔法で元通りになった皿を拾い上げ、アレックは言う。

「これから城に行ってくる。フローナ、君の言う通りやっぱり僕は軽率すぎた」

「いったいどういうことです?」

 フローナの言葉に背を向けて、アレックは大急ぎで二階の自分の部屋に向かった。手に持っていた小箱を鍵付きの引き出しにしまうと、外行きの上着に袖を通して、忙しなくリビングに戻る。

「何があったんですか、何をご覧になったんです?」

「後で話すよ、今はそれどころじゃないんだ。彼女を捜してくる」

 アレック様!

 かかとを三度鳴らせて移動の魔法を使うと、アレックを心配するフローナの声は遠くなっていった。

 考えていた最悪の事態になった。

 王城の裏門に着いたアレックは、普段めったに口にしない悪態を吐きながら門の向こう、遠くに見えるベンチを見つめた。

 彼女は何もしていないのに。ただ、ペンダントを拾っただけなのに。それくらい、あの男だって気づいていたはず。

 まさかグライフィーズがペンダントの気配を追ってくるなんて、アレックは考えもしていなかった。しかも、あろうことかそのペンダントを城内で落とすなど。

 王女には何の関係もないとわかっておきながら、グライフィーズはシルマ王女に呪いをかけた。ヴァルメキの参謀でもあるあの魔法使いに呪われた者をアレックは何人も知っている。あの男は変身術の類を好んで使うことで有名だった。

 人形に変えられ、あげく燃やされかけた彼女は、どんなに恐い思いをしたことだろう。


 門番に急ぎ通してもらい、例の侍女と会えないか取次ぎを願う。たしか、エルメスという名前だった。彼女が人形を引き取ってくれて本当に助かった。そうでなかったら……。

 間もなくやってきたエルメスは、よほど急いで駆けてきたのか、すっかり上気した顔でアレックの前に立つと、慌てて衣服を整えた。今は前掛けはせず、品の良い橙色のドレスを着ている。少し上目遣いのこの彼女は、この城の男性陣には人気のようだ。とはいえ、アレックは別段、興味があるわけでもない。ただ、こうしている今も廊下や扉の向こうからどうにかして話の内容を聞き出そうとたくさんの視線があるのは間違いなかった。

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