行方不明 9

 フローナが二人を寝かしつけに二階へ上がっていくと、アレックはたまらずダイニングテーブルに着いて、顔を伏せた。途端に疲れがどっと押し寄せてきて、とても眠い。けれど、おそらくベッドに入ってもいつものように眠れないに違いない。今度薬をもらいに行ってくるか、と考えた時、フローナが戻ってきた。

「最近どうも様子がおかしいと思っていたのは、どうやらこのことだったみたいですね。――ご気分がすぐれませんか?」

「いや……疲れただけ」

「お疲れのところ申し訳ないのですが、アレック様。私からも少しお話がございます」

 仕方なく顔を上げて、アレックはフローナを見た。彼女は紅茶を用意しているところだった。

「ペンダントは見つかりましたか?」

 いいや、と答える。

「見つからなかった。まいったな。なくしたってバレたらまた先生に何て言われるか」

「こういう時こそ、失せ物探しの魔法を使ってみてもいいのかもしれませんよ。シルマ様を捜すのには役には立ちませんでしたが……。ああ、どんなに心細い思いをしてらっしゃることでしょう。アレック様、私はよく覚えております。シルマ様はそれはもうかわいらしく、笑顔が素敵なお嬢様でした」

 またか、とアレックはうんざりする。どうやらフローナの頭には、王女が自ら姿を消したという考えはないらしい。

「十年以上も前の話を持ち出されても、昔と今は違うんだ。フローナは王女がどんな人なのかわかってないよ」

「私がわかっていないのではなく、あなたがわかってらっしゃらないのでしょう」

 湯気の立つ熱い紅茶にミルクを入れて、フローナはアレックに差し出した。それを受け取ると、ずるずると飲む。落ち着くどころか、ますますアレックはイライラしてきた。

「ああ、そうかもしれないな。わからないよ全然。あの王女がどういうつもりであんな態度を取ってくるのかさっぱりだ」

 困ったように息をついたフローナは、「この話は終わりにしましょう」と言った後、「ただ、もうひとつお訊きしたいことがございます」と続けた。

「何? 手短に頼むよ」

「はい、では要点だけを。アレック様がお帰りになる前に、ベルナール様からご連絡がありまして」

 その名前を聞いて、アレックはあからさまにぎくりとした。

「先日、ヴァルメキの魔法使いの目と鼻の先で、かの国王を連れ出す事件が起きまして。なんでもリンドグレーン副隊長が総長や大臣に断りもなく、独断でかくまったとお話ししているではありませんか。あちらはとんでもない大騒ぎになっているそうで、査問さもんを受けたリンドグレーン様は、大事なことは黙秘しているとのこと。アレック様、ご存じでしたか?」

 アレックは、カップを持つ自分の手が小刻みに震えていることに気づいて、慌ててカップを置いた。

「――それは、初耳だな」

 言ってから、テーブルの下で手を擦る。指が一気に冷えていた。

「ベルナール様いわく、あの思慮深いリンドグレーン様が独断でこのようなことをおかすとは到底考えられないと。もし仮に、彼が実は関与していないのだとするならば、自ら肩代わりするような相手は一人しか考えられないと」

 フローナの視線がじっとアレックに向けられる。アレックは目を逸らせて、窓を向いた。もちろん外は真っ暗なので、そこに映るのは部屋の明かりで反射した自分自身の姿だった。

「グライフィーズからの反応は?」

 自分を見ているのも嫌で、再び視線をフローナに戻す。

「今のところございません。居場所をまだ掴みきれていないのでしょう。ベルナール様のお話ですと、ヴァルメキ国王は亡命を望んでおられるようですので、そのまま匿うことにしたそうです。リンドグレーン様は一週間の謹慎処分となりました。――アレック様、私は使用人の身ですので詳しいことはわかりませんが、これがどんな重大な問題なのかくらいはわかります。もともと避けられないとはわかっておりましたが、いずれ戦争が始まることでしょう」

「ああ、僕のせいだと思ってくれて構わない。あの男は石を手に入れるためなら、なにかしら理由をつけて戦争起こすだろうね」

「何のために、あなたが自由に行動できるよう手配してもらったのか今一度お考えくださいませ! あの男に機会を与えてしまっては、元も子もありません」

「悪いけど」

 アレックは怒気を含めてさえぎった。

「僕はもうだいぶ望みを捨てている。正直、もうどうでもいい気になってる」

 途端にフローナは目を伏せる。ずいぶんキツイ言い方をしたとアレックは少し反省した。

「そんな顔しないでくれ。こんな言い方しかできないけど、今回のことに関しては申し訳なく思ってる。特に副隊長には本当に悪いことをした。だけど、軽い気持ちでやったわけではもちろんないし、あの男の思い通りにはさせたくなかったんだ」

 ……ごめん、もう寝るよ。アレックはそう言って立ち上がった。

「お茶、ありがとう」

 フローナに背を向けて、リビングを出ようとすると、後ろから声をかけられた。

「アレック様、お願いです。どうか今は何より王女様をお捜しになることに力を入れてください」

 やっぱりフローナはあの王女が気になってしようがないようだ。アレックは「わかった」とフローナに力なく返事すると、静かに扉を閉めた。


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