回想「オスカーと先生」

昼休み、俺は友達に誘われて流行りのカードゲームで遊んでいた。外は一面真っ白な雪で覆われていて、見た所結構積もってるだろう。雪合戦とか、遊べる事ならいっぱいあるだろうにこんな時に外に出ないのは勿体無いと思う反面、このゲームもまた流行ってるだけあってやってると時間を忘れるほど面白い。ま、楽しけりゃそれでいいんだ。


普段連んでいる奴らは俺の席の周りに自然に集まり、手の込んだ絵の描いてあるカードを並べたり独特のルールに従って遊ぶ。他の奴らはみんなそれぞれの面子と昼休みを潰しているんだろうがそんなの知ったこっちゃない。俺は俺と遊ぶ奴らを取り囲む空間しか目に見えちゃいなかった。


そう、これは特別じゃないごくありふれたいつもの光景。変だと思う事はなんにもなかった。



「ん?ねえ見て見て、なにあれ!!」

突然誰かが騒ぎ出す。その騒ぎはだんだん大きくなった。

「光の柱だー!」

「すっげー!」

一人か二人が騒いでるんなら気にしないけど、さすがにクラス全員が揃って窓側に集まっているのは無視できない。

「どけ!見えねぇだろ。」

邪魔な人だかりを押し退け突き飛ばして強引に割り込む。こいつらは一体なにに釘付けになったんだろう。

「・・・・・・なんだ、ありゃあ。」

ありきたりな感想しか出ないが本当になんだ、あれは。

グラウンドの校舎から一番離れた所にある一際でっかいメタセコイアの木のすぐ近くで一筋の真っ白な光が雲を突き抜けて天高く伸びていた。稲光でもない、見たことのない光だ。

「空から光が降りたのかな?」

「きっと宇宙人がやってくるんだよ!」

「先生呼んだほうがいいよね?僕呼んでくるよ。」

周りはあーだこーだと好き勝手にざわめく。不思議な光景だが誰一人として危機感を覚えちゃいない。むしろこいつらは好奇心でいっぱいだろう、子供だからな。俺も、あれがなんなのかわからないもんだから危機感もクソもないのだが、みんなみたいに不思議とテンションが上がってきたりしなかった。ただただ、じっと眺めていた。

「ん?誰かいるな。」

光の周り、メタセコイアの麓に三人の人影が見えた。さすがにこんな距離があったらメガネをかけていてもわからん。うっすら金髪の奴だけは確認できたが金髪なんてきょうびたくさんいる。特定するには情報が少ない。それにしてもあいつらはたまたまそこに居合わせたんだろうか。だとしたら一番びっくりしてるのはあの・・・三人だな。

光の柱にこれといった変化はなく、俺は近くにいるやつらが誰か目を凝らしていた。


その時だった。ほんの一瞬の出来事である。

光の柱が突然、この教室に届くぐらいの強烈な閃光を放った。

「わっ・・・!!」

あまりの眩しさ目をぎゅっと閉じる。それでも眩しい。まるで太陽の光を見ているようだ。

周りも「眩しい。」と口々に言っている。

「くっそ・・・なんも見えねえ!」

両手で光を遮るも意味のないほど眩しかった光も、数秒経ってようやく収まった。俺はゆっくりと目を開ける。周りが好奇心じゃなく恐怖心で騒ぎ始めたのをうるさいと思いつつ、俺も内心穏やかじゃなかった。

「・・・一緒じゃ・・・ねえ?」

相変わらずそびえ立つ長い光の柱に、今度は赤みを帯びた白い光の輪が取り囲んでいる。その輪は一気にぐんっと大きくなった。驚くのはそれだけじゃない。輪が大きくなるのと一緒に空が真っ赤に染まっていく。夕焼け空とかそんな綺麗なもんじゃない、本当に赤色だ。

不気味とか禍々しいとか感じている暇もない。光はやがてこっちに接近してくる。

「なんかくる!!」

「逃げよう!」

すでに何人かがその場を離れていったが、俺はらしくもなく迫り来る不可解なそれを前に逃げることが無駄だと諦めている。だって、もうほら、そうこうしている間に目の前にまで近づいていた。

「・・・・・・!」

とうとう窓をすり抜ける。わずか上空を飛んでいたはずなのに光は床を滑るように広がっていく。俺は光のいく先を目で追った。そこでまた、目を疑うような光景を目の当たりにする。


逃げようとしていた奴らがいきなり消えたのだ。

「なっ・・・!?」

そいつらの足元に光が届いた瞬間みんな消えちまった。急にうるさかった他の奴らも静まり返ったから嫌な予感がして振り向いたら、俺以外誰一人としていない。さっきまで遊んでた友達も、外をずっと見ていて離れようとしなかった奴らも、皆いない。光と一緒に消えていなくなってしまったとでもいうのか。



信じられないが、そうとしか片付けられない。しばらく頭の中が真っ白で茫然と立ち尽くしていた。

「・・・・・・・・・。」

冷静に状況分析をしようにも、気持ち悪いほどの赤い空がただならぬ緊張感を煽る。

「・・・・・・。」

怪奇現象というやつだろうか?・・・なんにせよ、現状を否定していても仕方ない。これを意地でも現実に起こっていると信じ込むようにしないと。

そしたら少しだけ心に余裕ができてきた。外に目をやるとあの光の柱は今は見たらなくなっていた。

「外もいねぇな。」

グラウンドにいた奴らの人影も見当たらない。メタセコイアの麓の方も見てみたが、そこはいまいち暗くてはっきりと見えなかった。見えないだけでもしかしたらいるかもしれない。ここにも残っている奴がいるんだから。

「しっかし何で俺だけ残っちまったんだ?」

特に変わったことはしていないはずだ。ちょっと遅れたけど気になるから覗きに行って、リアクションだって皆と同じ・・・いや、同じじゃないかもしれない。でも、眺めていただけなんだが。

取り敢えず教室を出よう。こんな所にいつまでいても埒があかねぇ。一歩一歩と後ずさる。


その時、教室の隅から軋む足音が聞こえた。俺以外はみんな消えたと思っていたはずなのに。音のする方に視線を移す。

「あれは・・・なかったよな、あんなの。」

先生がいつも座っている前方の窓際の席に、なにやら異様なものが突っ立っていた。それは色が黒く、外が薄暗いせいもあってかはっきりと見えない。ただ、形としては「巨大なカマキリ」といった表現がぴったりというか、他に形容しがたいなんとも気味の悪い物体だった。

少なくともあんなの絶対、教室にはなかった。


俺もそいつも一歩も動かないまま時間だけが過ぎていく。しかしそれがなんなのかわからない以上は迂闊には近寄らない方がいいんじゃないか。

おかしいな、いつもの俺なら構わず確かめに行くのに、この景色が俺をおかしくさせてるのだろうか。そうに違いない。

なんて言い聞かせていたら廊下を走る音が聞こえてきた。スリッパのぱたぱたと軽い足音が。非常事態にスリッパとか、どんだけ慌ててんだよと呆れつつそんな間抜けな奴は大体一人しか浮かんでこなかった。だから内心はすごくホッとした。なんて言わないけどな。


「・・・ギ・・・モノ・・・。」

「は?」

おぞましいそれが言葉を発した。そして腕の部位に当たる所から何か長いものが伸びた。先端が段々と尖っていて、例えるならドリルみたいな物をぶらりと垂れ下がる。

逃げなくては、と本能が訴えてるのに一歩でも動いたらあの得体の知れないものに殺されるのではないかと、情けないけど怖くて足が竦んでしまった。そりゃそうだ、いきなりこんな非現実な恐怖に迫られて臨機応変に対応できる奴なんているわけねぇよ。

どうすりゃいい。このまま様子見か?

「エモノ・・・。」

・・・気のせいか、奴は獲物とかいう不穏な単語を口にした時。

「みんな!!」

教室に響く聞いたことのある声。担任の先生だった。

息を切らして、表情も強張っている。

「なっ・・・。」

先生に気を取られていると、風を切る音に気づき振り向く。突如、そいつが俺を長い腕で振り払った。

余裕で届くそれは遠心力で更に力を増して、俺の脇腹に重い一撃を食らわせる。横殴りされた俺は勢いよく吹っ飛ばされ机や椅子を薙ぎ倒しながら後ろのロッカーに背中から激しく全身を打ち付けた。

「・・・・・・ってぇ。」

強打した背中と、途中で机にでもぶつけたのだろう、左足がジンジンと痛く、体を起こそうにもすぐには無理だった。しかも、胃に食べ物が入ってまだ間もないのによりによって腹を殴られたんだ。脇腹とはいえ少し気持ち悪い。


「オスカー君!!」

血相を変えた先生が駆け寄ろうとする。

「来んじゃねえ!!」

だが俺は来るなと言ってしまった。

どうせ先生がいた所でどうにかなるなんて思えなかった。俺は死ぬんだ、ここで。

先生はまだ間に合う。今なら逃げれる。自分を犠牲にして先生を助けたい訳じゃないけど、死ぬなら最後に嫌なもん見て死にたくなかった。

それならいっそ俺を置いて逃げてくれた方がよかった。

情けないけど、みっともないけど、生憎俺はこのザマだ。諦める事しか浮かんでこない。


と思うとホント、クソみたいな人生だった。

まだ12しか生きてねえ奴が言うのもアレだが、だからこそ余計に惨めに思えてくるっつーか。


なんて考えてると、おぞましいそいつは濡れた足音を鳴らし、ゆっくりと近づいてくる。長い腕は人と同じぐらいにまで短くなっていたがドリルのような部位は相変わらずだった。

「・・・・・・。」

2メートルぐらい離れた所で立ち止まって、腕を上げ、

尖った先端を俺の方に向けた。

死ぬしかないとは言ったが、痛みもなく一瞬で死ねたらの話。でもまあ、刺されたら一瞬だよな。

だけど・・・。やっぱり、諦めきれてないんだろうな。まだ怖いと思っているんだから。

奴はこっちが考えていることなどお構い無しで、容赦なくその先端を俺めがけて突き刺してくる。


------・・・

------------・・・


意識はある。俺はまだ生きていた。しかし、しばらくたっても痛みを感じないのはおかしい。強く瞑っていた目を、もう二度と開けることはないと思っていた目を開ける。

「・・・・・・。」

俺とそいつの間には先生がいた。先生の背中に、先生の血で濡れた赤い先端が、先生の細い体を貫いていた。

信じられない光景だった。

ドリル状の先端が引き抜かれると、力なく先生が膝から崩れ落ち、その場に倒れた。

目は半開きだがまだ光を失っていなかった。勿論、こんな虚ろな顔をした先生は見たことない。見たことないし見たくもなかったけど、目が離せない。そして1秒、また1秒と時間は流れる。

さっきは驚きこそしたが、今になって悔しさや虚しさ、色々なものが湧き上がってきた。

何を血迷ったんだろう。なぜ、自分から死に急いだんだよ。

まさか、俺を庇ったのか?

先生という立場上生徒を庇った?でも、先生でありながら一人の人間だぞ?死にたくないだろ?あんなの食らったら死ぬことぐらいわかるだろ?

なのに庇ったのか?

なんで?

なんで生きることを諦めた俺みたいな馬鹿を庇って死ぬんだよ・・・。

お前が死んでも、変わらないってのに・・・。


先生を殺したそいつがもう片方の人の形をした手で、先生の足を掴んでずるずると向こうへ引きずっていった。床にまっすぐ血が伸びていく。

「・・・・・・?」

殺す事だけが目的じゃないのか?そうならなんで殺したのか、今からその理由がわかるのかもしれない。まだ冷静になりきれてないが、そいつの・・・いや、「化物」の不思議な行動が気になった。

黒板の前まで連れて言ったら足を離す。死体を乱雑に扱っても化物だから、腹は立たなかった。


俺はずれたメガネを掛けなおし遠目で観察する。

先生の傍にしゃがんだ化物のドリルみたいな腕が真っ二つに割れた。中は腕が更に伸びていたが、やや太い。

そこからなんと、先が丸い薄い鉄の板が出てきた。

「!?」

なんとか声を押し殺したが、かなり衝撃的だった。太いと言っても人の手首より一回りあるかないかの棒みたいなものには到底収まらないものが飛び出してきたんだから。まるでヒーローものに出てくるロボが変身する時に見るシーンみたいだ。

にしても、あの丸い板はなんなのか。よく目を凝らして見ると、周りがギザギザしている。あの形は、一体・・・。

「見たことあるぞ・・・なんつったっけ。」

実物じゃないがテレビで。13日の金曜日にあれを持ったやつが殺しまくるとかなんとか・・・などと考えていると、板がギュイイインと音を立て、ギザギザの部分が板の形に沿ってすごい速さで回り始めた。もはや凶器と化したそいつがなんなのか、今のではっきりと思い出した。

チェーンソーだ!ドリルに続いて今度はより物騒なモンを腕の中に仕込んでやがった!

こいつは死体をバラバラにするつもりだ。そこからどうにかして証拠隠滅を計る気なんだろう、無茶はあるがここで刃物が出てきた時点でそうとしか思いつかない。


だからといい、俺は見ていることしかしなかった。

既に死んだやつを庇うつもりはない。

金属音が響く。化物は細い首を掴むと、刃物をゆっくりと先生の頭の位置に平行に構えた。

見たくないのに見てしまう。怖いもの見たさというやつか、俺はかっ開いた。


刃物が先生に触れた。先生の---頭。

「・・・!!?」

一体何処を切ってるんだ!?よほど細切れにしたいんだろうか。あまりの生々しい光景にさすがの俺も一瞬目を閉じたがそーっと開いた。

化物は淡々と、着々と、刃物を器用に動かしながら頭に切り込みを入れていく。行動の意図が段々読めなくなってきた。切断するわけでもないんだから、本当になにしたいだコイツは。

次に化物は、先生の髪を上に向かって引っ張る。加減をしつつ綺麗に切り取り線を入れた「人間の頭部」、細かく言うと額の部分が切り込みに沿って、開かれた。

「うっ・・・!!」

思わず口元を力を入れて押さえ、目をそらす。そらさざるをえない。

見てしまった。切り開かれたそこから覗いたのは、人にはあって当然の「脳」が。生々しいなんてものじゃない。

奴は一体何がしたいんだ、マジで。

クソ・・・腹をぶん殴られた時は大したことなかったのに今頃吐き気が込み上げてきやがった。でも、耐えてやる。今より無様な姿は晒したくない。


「・・・ヒト・・・レデ、ヒト・・・。」

ノイズ混じりの声でボソボソと呟く。

耳までは塞がなかったから、呟いた後は固いものを噛み砕く音とか、何かを引きちぎる音とか、とにかく聞いてて不快な音だけが俺の耳を支配する。そして、大きな物を飲み込む音。

なんだ、このクソみたいな状況は。

なんで、俺はここでじっとしている。

自分のことでさえわからない。

「・・・・・・。」

突如、一際異常な、ボキッという音が聞こえたので意を決し、なるべく先生の方を見ないようにして視線を向けると、化物の腕が、足が、関節が折れるような音を鳴らしながら次々に「人そっくりの姿」に変わっていった。

驚いている間に、腰、腹、胸、肩、そして・・・ぱっくり割れたはずの、頭。化物は見る見るうちに先生そっくりの姿に変わった。


「・・・ふふふ。」

首を鳴らした後ゆっくりと立ち上がる。俺の気配に気づいていたのか、こっちを振り向いた。どこをどう見ても化物は先生にしか見えないし、声も先生の声そのものだった。

「急に現れたからびっくりしたけど、とりあえず体を手に入れられてよかったわ。ところで・・・。」

口調もまんま先生だ。

それに急に現れたのはお前だろ。

「どう?あなたの大好きな先生そっくりでしょ?」

屈託無い笑顔にこれほど恐ろしいと思ったことはない。

「・・・誰が誰を大好きだって?」

吐き捨てるように俺は言った。別に好きじゃねえし。しかし先生は。

「もう、可愛くないんだから。」

といつもみたいにわざと拗ねてみせる。この一連の仕草が先生ではなく化物がしているのだと思うと、怖いし、腹立たしい。

「まあいいわ。この体がどんなものか・・・ん?」

廊下の向こうから足音と話し声がわずかに聞こえる。

「誰かしら・・・。」

俺と先生の他に誰が残っているのか知らないが、誰でもいいから来て欲しい。

「囮」になってもらうために。

「・・・生徒かもしれないわ!大変!」

先生になりすました化物は慌てて教室を出て行った。




今やってもよかったんだが、奴が補食してる間俺に対して警戒している可能性もある。

どうせやるなら、完全に油断してからの方がいい。


いい加減痛みも引いたところでゆっくり立ち上がる。吐き気の方は未だにおさまらねえが、仕方ない。

「・・・こいつぐらいしか使えるのが無いな。」

すぐ近くに倒れている誰の席かもわからない机を抱えた。さすがに手ぶらであんな化物に立ち向かおうとは思わない。先生の姿をしているからといってあくまで見かけだけかもしれないし、ひとつぐらい武器になるものを持ってて損はない。

「・・・・・・。」

転がる死体を見る。不快なものは何回見ても不快だが、今はいたって冷静になって見ることができた。


可哀想、とは思った。

すごいとは思わなかった、しかし無様とも思わなかった。

俺は大人が嫌いだった。みんな、贔屓ばっかりするからますます大人が嫌いになった。

先生が特別好きというわけじゃないが、それでも平等に叱ってくれたり褒めてくれる先生は俺の嫌いな大人とは違うと思っていた。


・・・・・・。


化物が先生になりすまして何がしたいのか知らない。先生として過ごすのかもしれないし、中身は所詮化物だから、油断した生徒を殺していくのかもしれない。

だとしても、俺は自分さえ助かればそれでいいから別に構わない。


でも、あいつは生徒を庇って死んだ先生なんかじゃない。先生じゃなくて化物には変わりない。


もし、そんな先生になりすまして生徒を殺すというんなら、俺はあいつを許すことは出来ないし、先生のためにも殺すべきだと思った。

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