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・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「・・・も、もしもし?」
------繋がった!警察にかけても繋がらなかったのに!思わず歓喜の声を上げそうになったが今は冷静にならなければと興奮を抑えるも嬉しくて嬉しくてどうも顔がほころんでしまう。
ただ、違和感がある。電話に出たのは父さんではなく知らない女性だったのだ。
「アンタ、誰?」
「・・・わ、私は・・・ただの客です。」
おどおどとした声が返ってくる。なんで客が電話に出たのだろう。店にかけて客が出るなどあり得ない。しかし、この声、どこかで聞いたことある声だった。
「あのー、店の人と変わってくれない?」
店の人、即ち喫茶店を営んでいる身内にかわるよう頼んだが次の瞬間、怯え気味の声のトーンが変わり携帯越しの大きな声に思わず耳から少し遠ざけた。
「店の人はいな・・・消えたんです!!」
驚きのあまり言葉を失った。いや、状況的にはもう慣れておくべきなのだろうが、まさか家にまで被害が及んでいるのかと愕然とした。
「あああ、あの、あなたは誰ですか!?た、助けてください!どこにいますか?外はどうなってるんですか!?確かめようにも得体の知れない怖いものがうろついてて・・・何が起こってるの?どうしたらいいの・・・!?」
女性はパニック状態に陥り矢継ぎ早に話しかける。この女性もまたオスカーと同じく状況がわからないまま混乱しているのだろう。
「いいから落ち着け!」
と一喝する。怖がっているところに悪いが落ち着いてもらわないと話ができない。
「・・・俺はリュドミール。そこの喫茶店のマスターの息子だ。」
向こうは沈黙して聞いてくれているので続けた。
「学校にいるんだが多分、そっちと同じ状況だ。」
するとしばらくして。
「・・・ふぇ~~・・・。」
気の抜けた安堵の声が聞こえた。まあ、店の関係者(身内なだけたが)から電話がかかってきただけでもほっとするかもしれないが・・・。
「よかったぁ~、リュド君かぁ~・・・。なら私とは何回か会ったことあると思うんだけどな。」
やはり、俺の考えは当たっていた。でも、常連でもない限り、数回会っただけの人の声など覚えていない。
「よくこの喫茶店に立ち寄ってるんだよ。今日もバイト帰りに寄ってみたんだけど・・・。」
喫茶店に来る客は他にもいるのでそれだけで相手を特定するのは難しい。俺も店を手伝う事はあるがそれも土日のみで、よほどの常連でない限りはわかりにくい。というか今はそんな事はどうでもいい。
「消えたって言ったよな?てことは父さんが消えたってこと?」
そう、現状把握だ。
「う、うん。マスターに注文して待ってたんだけど、突然雷が落ちて、なんていうか・・・外からね、床に光が波紋みたいに広がったの。カウンターにまで広がって・・・そしたらふっ・・・て。」
なるほど、わからん。
「ほ、本当に突然消えたの・・・!外もなんだかおかしいし・・・電話もどこもつながらないし、そう!とりあえずここを出ようって思って・・・・・・。」
しばらく沈黙が続くいた。
「あ、さっきまではカマキリ星人みたいなのがいたけどどっか行ったみたい。今なら出れるかも。」
カマキリ星人とは一体・・・。頭には普通に人並みの大きさのある二足歩行のカマキリが浮かんだんだが、それだけでも十分異様だ。
「とりあえず外の様子を見てくるね。ご近所さんはどうなってるのかな・・・。」
安心しきったとはいえ意外と落ち着いて対処をしようとする女性。だが、そのごくごく普通の判断はさいあく死に繋がってしまう。
「待て!」
電話を切られる前に慌てて呼び止める。
「えっ?な、なにっ?」
ご近所の誰の所へ向かうかは知らない。でも今は自分以外の人間を迂闊に信じてはいけない。さっきだって信じてしまったせいで俺たちは危ない目に遭ったばかりじゃないか。
「不安かもしれないけど今は外に出ない方がいい。だれにも頼ってはダメだ。」
「なんで?」
当たり前の返事にどう答えていいのか。いや、もうおかしな事が散在周りに起きているのだからこの際言ってしまおう。
「カマキリみたいなのかが何なのかは知らないが、人を殺し、そいつ自身になりきる化物がいる。更に強い。とても人間はかなわないし、へたすりゃ爆発する。」
見たまんまの情報を簡潔に伝えた。
「・・・あはは、どうしようもないや。」
まるで俺にではなく独り言のように聞こえた。苦笑いだろうか、しかし声はか細くぼそぼそと聞き取りづらい。絶望しているんだなというのが伝わってくる。
「・・・リュド君はどうするの?」
急に俺の動向について聞かれるとは思わなかった。
「・・・あ、帰れそうにないか。外には怖い化物がいるもんね・・・。」
・・・・・・。
外に、さっきみたいな化物がそれも沢山いるとするなら、俺たちは家にもどれずその辺で死んでしまうに違いない。だからと言っていつまでも変わり果ててしまった学校にいるつもりはない。いつになるかはわからない。
でも、必ず帰る。
勿論、このおかしな現象も何とかしなければいけないけれど。
「絶対に帰る。まだする事があるけど、終わったらすぐにそっちに向かうから待ってて。」
ついできもしない事を相手を安心させたいがために口走った。すぐには行けないだろうに。だけど安心させるには十分だった。
「・・・うん。じゃあ大人しく待ってるね。じゃあ。」
しばらくして向こうから電話を切った。
「だ、誰かと話してたみたいだけど繋がったの!!?」
「何処にかけたの?」
と早速駆けつけてきたのがセドリックと、おとなしかったジェニファー。
「家だ。ただ・・・。」
次の言葉を紡ごうとしたがそれを聞いて更にうるさくなる。
「家には繋がるの!?ねえ、携帯貸して!ママのことだから今頃すごい心配してると思うんだ!」
「私も早くパパにかけないと・・・!」
セドリックは俺の腕にしがみつき上目遣いで懇願し、ジェニファーは思いつめられたような表情で俯く。
一個しかない俺の携帯を狙おうとする二人。だが家族の声が聞きたい皆には申し訳ないが大変残念なお知らせがある。
「ただ、出たのは喫茶店にたまたまいた客で、父さんは突然消えたんだってさ。」
セドリックはそっと俺の腕から離れ、固まった。
「消えたって・・・、消えたところを見たの!?」
ジェニファーの問いに首を縦に振った。
「聞いたところ、突然雷が落ちて、外から光の輪が床に波紋のよう広がって、カウンターにまで広がると突然消えたそうだ。」
まあ、俺だってにわかに信じがたいのだから無理に信じてくれとは言わないがセドリックはきょとんとこっちを見つめて首をかしげる。
「ファンタジーだね。思考がとても追いつかないよ。」
ファンタジーというかむしろホラーな気さえするが。
「・・・俺が見たのと同じだな。」
そこで話に入ってきたのはオスカーだった。
「俺と先生以外の奴らはその光の輪とやらが足元にきた瞬間消えちまった。消えたっつーか、景色まで変わっていったっつーか、この薄気味悪ぃ空だって一瞬でこうなったわけじゃねえよ。」
割れた窓ガラスの向こうの景色を横目で睨みながら続けた。
「んでこっちは光の輪と一緒に現れやがったんだよ。バケモンが。」
生徒を庇った先生を殺し、庇った先生に成りすまし、先生が庇った生徒を殺そうとした化物。
先生の最期を言葉のみの情報でしか知らない。
でも、先生は思ってた以上に最後までちゃんと先生だった。それは使って伝わった。だから余計に辛い。
・・・にしても、消えただけじゃなく現れたりもした謎の現象。セドリック本人はさっぱりだろうが、一体何をしたんだろう。
「あ、そ、それよりそれより!」
事の元凶ともいえるセドリックがやけにうるさく騒ぐ。
「僕もかけなきゃ!家には繋がったんでしょ!?」
と言いながら事もあろうか俺の携帯を素早い動きで奪い取った。
「あっ、ちょっお前・・・!」
普段見せないほどの俊敏な動きに思わずたじろぐ。
「すぐ返すから!!」
家族と連絡をとれると確証を得たからから、しかし安心した様子はなくむしろ切羽詰まって急いで電話番号を押していくセドリックはなんだか必死すぎるというか、やや異様に見えた。まあ、この状況ならああなっても仕方ないのだろうが。
「・・・・・・電話番号が、違う?えっと・・・・・・あれ?ちゃんと押したはずなのに・・・。」
どうやらセドリックは通じないようだ。普段からよく家にかけているのだから今に限って間違えるはずない。
「どうして・・・。」
意気消沈するセドリックから無理矢理携帯をぶん取るジェニファー。力の無い手のひらからはあっさり奪い取ることができた。
「貸しなさい!充電の無駄よ!」
普段気の強いジェニファーだがやたら強引だ。ジェニファーは数字を一個ずつゆっくり正確に押していく。
「・・・・・・・・・。」
気のせいだろうか、何かに怯えてるような顔で携帯を握りしめている。さて、通じた俺か通じなかったセドリックかどっちが偶然となるのか。
「・・・・・・ダメ。私も、通じない。」
そっと俺に携帯を返す。
「なんでリュドミールは通じたの?」
セドリックの質問には俺も首をかしげるより他ない。
「ま、嬉しくはなかったけどな。」
携帯をポケットにしまおうとしたが、まだ電話をかけていない奴が二人いる。充電はまだ大丈夫だし、もしかしたらこの二人で繋がる可能性があるかもしれない。
「ハーヴェイ、かけてみたら?」
セドリック達と違い、焦っていなかった。
「いや、いい。」
そう言って首を横に振る。まさか断る奴がいるとは。
「・・・オスカーは。」
「いいや。」
言い切る前に断られた。腕を組んでそっぽ向いてるあたり、全くかけるつもりはないのだろう。二人の意思を聞いたところでとりあえず携帯をしまう。
「・・・さて。」
ため息と一緒に呟いたあと、周囲を見回す。
「・・・落ち込んでるとこを悪いが、聞いてくれ。」
みんなの注目を集めると、俺は電話の最中に考えついたある提案を述べてみることにした。
「ひとつ提案があるんだが、俺の家にいる客と合流したいと思う。」
早速反応を示したのはセドリックだった。
「さっき電話に出た人?」
「うん。一人取り残されて孤独な状態だ。助けた後は一緒に行動したい。」
電話に出た時も凄く不安そうだったし、そりゃあこんな中で一人でいるよりは全然マシだ。それに、バイトをしてりるといったあたり年上と推測できる。年上というだけで俺たちにとってこれほどまでに頼れる者はいない。
あとはみんなが同意してくれるかどうかだが・・・。
「・・・・・・僕はリュドミールに賛成、ていうか君に任せるよ。」
セドリックは肩を竦めて続ける。
「僕じゃ最善策は浮かばないし。」
それはわからないだろう。冷静に考えれば案外浮かんでくるものだ。とにかく、セドリックは賛成してくれるようだ。
「私も・・・賛成、かな。」
何かにつけて一言多いジェニファーものってくれた。次はハーヴェイの意見を聞こうかと振り向いたら何故か挙手していた。
「俺も賛成する。その上で一つ提案があるんだけど。」
ここぞというときに頼れる仲間の意見は是非とも聞いておきたい。ジェニファーが若干むっとしてハーヴェイの方をにらんだが本人は気付いてない。
「近い人から順番に家の様子を見にいくっていうのはどうどろう。ほら、ジェニファーはこの中で一番家が近いよね。」
するとすぐに表情を取り繕った。
「う、う、うん!そうね!」
ジェニファーの家は学校から徒歩十分の距離だ。俺も登下校の途中に通り過ぎる。一方、俺とセドリックはバスで通わなければならないほどの距離がある。それまでにこの中の何人かの家は回れるはずだ。家がどうなっているか気になるのは、俺だけではない。
「家にもし家族がいたなら一旦そこにとどまってもらって・・・どう?」
特に否定する理由はなかった。
「そうだな。そうしよう。」
と、みんなの意見をまとめた・・・いや、まだいた。流れで決まりつつあるが、一人でも分裂して欲しくはない。しかし、これまた難しいのだ。なんせ、オスカーは俺を嫌っている。ただでさえ我が強いアイツが嫌いな奴の意見にのるだろうか。
「・・・・・・。」
視線だけ向ける。やはりそっぽ向いたまま振り返ろうともしない。仕方なく、アイツにも訊ねようとした。
「俺は一人で行動する。」
訊ねる前に答えた。
「一人でって、お前・・・!」
そう言ってくると全く予想していなかったわけではないが、ここは嫌々でもついていくだろうと考えたいた。こんな常に危険が迫った状況で、さっきも死ぬ瀬戸際に立たされていたというのに、よくそんな選択肢を選べるものだ。
「俺が生き残るためにゃお前らみたいな足手まといはかえって邪魔なんだっつーの。」
腹立たてているわけでも見下しているわけでもない、さも当たり前みたいに普通にそう言い切る。
本当に邪魔だと言いたげな、そんな感じ。ああ、こいつはそんな奴だとわかっているのにこっちの腹が立ってくる。
「群れてばっかで役に立たねー奴ばかりでよったく。騒ぐならてめーらだけで勝手に騒いどけ。俺はクソしょうもねえトコで死に方はしたかねえ。」
「さっきだって死にかけたくせに。」
オスカーの悪態に即座に返したのはハーヴェイ。
「・・・そりゃあお前、敵に対して無知だったからだろ。とにかく!俺は一人がいいつってんだろ!」
まだ何か言いたげなハーヴェイを押し退けて俺たちの間を早足で通り過ぎる。止めようにも、あいつの力には俺はかなわない。
「ああいうの死亡フラグていうんだ。」
セドリックがぼそっといらんことを呟くとすぐさまオスカーは睨み返した。
「俺は死なねえよアホが!!」
そんでまたも声をあげるセドリック。なんだろう、このデジャブ感は。しかし幸いにも奴の足を止めるきっかけにはなった。今ならまだ間に合う。
「・・・なあ、オスカー。どうしてもお前が一人がいいなら、止めない。」
その言葉にまさかと言わんばかりの顔をしたのはセドリックとハーヴェイだった。
「リュドミール!?」
いくら反抗的な態度を示したからとはいえ、そのまま突き放すのは大人気ないとは思う。でもそう言うには理由があった。
「お前の行動に口出しはしない。ただ、その前に少しだけ協力してほしい。」
そう。自由にする代わりとして協力してもらうのだ。
「・・・・・・。」
無視する事なく一応聞くだけは聞こうと足を止めてこっちをじっと睨む。俺は続けた。
「まだ学校に生き残ってる奴がいるかもしれない。そいつらを助けるためにお前の力を貸してほしい。」
ここは好きとか嫌いとかの私情を持ってはいけない。実際化物に一撃をくらわしダメージを与えたのはアイツだ。仲間に入ってくれたらとても心強いだろう。
「えっ、リュドミール・・・。」
全員が俺の方をびっくりしたように見つめるが、大体みんなが何を言いたいかも予想がつく。此の期に及んでまだそんなことを言ってるのかと。だって、さっき電話に出た客みたいな奴が学校のどこかにまだいるとしたらどうしても放って置けなかった。
「わかってる。でも放っとけない。」
家に早く帰りたいセドリックとジェニファーは難しい顔をするが、何も言わなかった。
「・・・はぁ?頭おかしいんじゃねえのか?」
半ば嘲笑うようにオスカー言い捨てた。
「さっきの見たろうが。下手すりゃここはもう化物だらけかもしんねーんだぞ!それをお前・・・。」
とまで言って、大きくため息を吐きながら肩をすくめる。
「・・・・・・ケッ、悪いが俺はそれにはのれねえな。アホらしくてやってられねえ。」
「でも全員がそうとは・・・!」
わずかな希望でも見出したい俺の反論に対してオスカーはいたって冷静かつ冷酷な判断を下した。
「んなの知るかよ。俺は自分が生き残れりゃそれでいい。・・・ま、せいぜい良い人のまま死んでくれ。じゃあな。」
右手を力無く振って一階に通じる階段へ向かった。
「・・・・・・。」
小さくなる背中をじっとみつめる。
良い人でいたいわけじゃない。誰かを助けなければいけないというのがそんなに身勝手で馬鹿馬鹿しい事なのだろうか、どうもむしゃくしゃしてならない。
「こうしちゃいられない。この階をまず見回ろう。」
でも、真っ向から反発するオスカーを説得する時間は惜しい。助けるなら一刻も無駄にできない。俺だってこんな所でゆっくり探るつもりはないし早く抜けたい。
「うわあああああ!?」
オスカーの叫ぶ声に振り向いた瞬間、誰かが階段から転がり落ちて壁に激突した。とっさにかわしたオスカーは八つ当たりのように怒鳴りつける。
「いきなり落ちてくんなよ!危ねぇだろが!!」
声に反応し、ゆっくりと起き上がる。小柄な少女で、見ない顔だが随分と低い身長から下級生だろう。俺たちは慌てて駆けつけた。
「う、うぅ・・・。」
呻き声を上げ、頭からは少量の血が流れれていた。
「大丈夫か!?」
頭をおさえ、うずくまるそいつは俺と目が合うと頷いた。意識はあるようだ。この様子だと真上から落ちたわけではないのだろう。どちらにせよ軽症ではない。
「・・・た、助けて。怖い・・・。」
か細い声で助けを求める。重い怪我わを負ったひとを守りながら危険な場所をまわれる自信はない。
「こいつを安全な場所に連れて行かなきゃ!」
ちょうど前にいたハーヴェイに目で合図を送るといつもは見せない緊迫した表情で頷く。
「わかった。」
安全な場所といえば、トイレか掃除用具入れかの狭いところが浮かんだ。怪我人を保護する場としては微妙だが、学校にまだいるかもしれない化物から出来るだけ見つかりにくい場所はそれぐらいしか思いつかない。一旦隠れてもらうだけだから我慢してもらわなくては。
「早くして。早く・・・。」
でも怪我人を乱暴には扱えない。
「待てって・・・。」
少女の腕を自分の肩に回す。
「早くしないと、こっちに来ちゃう・・・。」
妙に気になることを呟く。
「おい・・・。」
少女に言葉の意味を問おうとした時、オスカーが俺の方を見て何か言い始めた。
「・・・?」
顔を上げた時には、痩せ気味の少女がハーヴェイの後ろに立っていた。声をかけようとした。だが、様子がおかしかった。無表情で、目も虚ろで、違和感を覚えた時には遅かった。
少女はゆっくり腕を上げる。
「ハーヴェイ!!後ろ!!」
俺は咄嗟に叫ぶ。急に呼ばれ驚くもすぐに後ろを振り向くと身の危険を察したハーヴェイは瞬時に身をかわした。
その直後のこと。腕は真っ直ぐ伸びて、まるで鋭利な刃物のように手のひらが少女の胸を貫通し床を突き刺した。
「・・・・・・。」
少女の体が衝撃でわずかに跳ね上がるが、すぐに動かなくなった。服を、床を、血が浸していく。殺した方の少女、いや、間違いなく人ではないそれは長い腕を掃除機のコードのように素早くしまった。手は生々しく真っ赤な血で慣れて滴り落ちる。
今まで経験したことのないほどの恐怖と、緊迫に押しつぶされそうな空気に誰もが言葉を発することさえ出来ないでいた。ぴくりとも動けば殺されるのは自分なのではないかという、緊迫。そもそも、目の前で人が殺されるのを見てしまったのだ。こんなの、普通に過ごしていたって滅多に遭遇しないっていうのに。頭は混乱している。はたして現実に起こったことなのか、と。
「・・・あぁぁぁぁああああ!!!」
突如セドリックは叫び勢いよく立ち上がると我先に階段を駆け下りた。
「おい!!」
呼び止めようとしても全力で逃げたアイツの耳には入らない。あんな状態で一人になんか出来るわけがない。
「逃げよう!!もう無理だよ!」
そう俺に訴えるハーヴェイ。学校内に残っている生徒を見殺しにする苦渋の決断だが、もはやこれでは誰が化け物かわからない。助けた生徒が化け物だったら殺されるのはこっちかもしれない。というか、無力な子供が化け物に勝てるわけないんだ。オスカーの言った通り、この学校は化け物に支配されていてもおかしくない。
考えたくはなかったが、選びたくはなかったが、俺たちは死ぬわけにはいかない。俺は仕方なく、逃げる事を選択した。
「・・・無理・・・。」
しかし、ジェニファーが座り込んだまま立とうとしない。
「足に力が入らない・・・。」
恐怖で足がすくむとはこういう事だろうか。わからなくもないが、化け物と一緒にジェニファーをここに置いておけるはずがない。
「そんな奴置いてったらいいだろ。」
意外にも既に逃げたかと思ってたオスカーが俺にそう主張する。
「女なんて何の役に立つんだよ。」
役に立つとか立たないとかで仲間を見捨てなんかしない。とっさに言い返しそうになるがぐっと堪える。
「ま、別にいいけどよ。」
とだけ言ってオスカーはその場を後にしようとした。
「あ、大丈夫だよ。」
化け物が突如喋り出した。
「大丈夫ってなにが・・・。」
俺の問いに淡々と答える。
「獲物以外は手を出さないから大丈夫。食事の邪魔しなければなんにもしないよ。」
おそらく真似をしている本物の普段の口調で喋っているのだが、化け物が喋っていると思うと妙に腹が立つ。しかし、命の保証はされたみたいだが信じていいものか。
それに、食事とは、一体・・・。
「うわっ!?」
「ひゃっ!!」
上の階から爆発音が聞こえ、同時に天井がかすかに震えた。その後も連続で鳴り続ける。何が起こっているのか、もうさっぱり見当が付かない。
「・・・ここにいてはいけない!早く!」
ハーヴェイも次第に焦り出す。一方ジェニファーは、壁を支えながらようやく立ち上がった。さっきの音が力を奮い立たせたのだろう。
「よし、逃げよ・・・。」
ジェニファーの腕をとろうとした時、化け物が自分が殺した少女の頭を大事そうに抱えているのを見た。
「・・・・・・。」
愛おしそうに、優しく両手で包む化け物は少女をいたわる普通の人間だと思わせた。ハーヴェイが一歩先へ駆けるのを気にせず俺はつい立ち止まった。
「リュドミール!・・・?」
ハーヴェイも俺を呼ぶために振り変えると同じく、視線が釘付けになった。
もしや、殺した人を哀れんでいるのか?
それとも少女自身の本心が取らせた行動なのか?
とか考えていると、階段からバタバタと駆け上がる足音が。なんと、俺たちを置いて逃げたはずのオスカーだった。どうして戻ってきたんだろう。
「来ねえと思ったら・・・おい、お前・・・。今すぐ逃げた方がいいぜ。」
耳を疑った。生徒を置いて逃げると言ったオスカーがまさかわざわざ戻って逃げるよう促すなんて。
「あ、ああ。」
言われなくても逃げるつもりだ。
「早く!!」
しかしやたら急かすオスカーに疑問を感じた。今はそこまで危機迫る状況ではないと思うのだが。
「わかってるよ!!」
でも呑気にはしてられない。逃げようとしたが、どうしても気になりもう一度だけ少女の方を振り向く。
「・・・・・・!」
人間と見間違う化け物は、優しい手付きからしっかりと少女の頭を鷲掴み、人の顔に不釣り合いな蛇みたいに大きな口をめいっぱい開いていた。ハーヴェイもジェニファーも思わず見てしまった。
「だから言ったのによ・・・お前らが死のうが構わねえけど・・・。」
背後で声がする。でも、何故だろうか。視線をそらすことができなかった。大きな口は、やがて少女の頭を覆いかぶさるように包み込む。
「テメェらは・・・。」
そして、少し間を置いてオスカーの怒り混じりの声が響いた。
「目の前で人が死んだのを見といてまだ物足りないって言うのかよおおぉッ!!!」
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