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・・・・・・。
まず、目に飛び込んだのは、赤色。
先ほどまでは雲に覆われた白い空が、いまは雲がほとんどない赤色の空に変わっていた。その色というと、夕焼け空とかそんな綺麗な赤ではない。例えるなら血のような真っ赤な空。
「な・・・なんだ・・・?」
なのに俺の頭の中は真っ白だ。一瞬で劇的に変わった光景に理解が追いつかない。ダメだ、ずっとあの空を見ていると気分が悪くなる・・・。
「・・・。」
ハーヴェイも真っ先に視界に入ったのは俺と同じだろう。さすがにいつもの澄まし顔はなく、緊迫した表情でじっと上を睨んでいた。
「ねぇ、何が起こったの!?」
ジェニファーは今にも泣きそうで、後ろによろよろと後ずさる。
「わからん・・・俺もちょっと思考が・・・。」
どうにか怖がっているジェニファーを落ち着かせてやりたいものの、良い言葉が浮かばない。だって、俺もまだこの状況を理解していないのだから。
「ジェニファー!リュドミール!!」
セドリックが必死に俺たちを呼ぶ。少し声が震えていた。
「どうした!?」
振り返ると、セドリックは血の気の引いた顔で前を指差す。
「僕の描いたのと、紙が消えてる・・・。」
確かに、あんなに一生懸命地面に掘っていた魔法陣らしきものと赤い紙がなくなっていた。だが、セドリックが注目して欲しいのはもっと別の事のようだ。なぜなら、俺の後ろ、すなわち運動場の方を指で差しているのだから。
「あ、あと・・・この運動場・・・僕達しかいないよ・・・?」
差された方、つまり運動場全体に目を向ける。
「・・・・・・なんで?嘘だろ!?」
他に言葉が出なかった。運動場は、どこを見渡しても誰1人と姿がなかった。俺たちみたいにばらけて遊んでいたはずなのに、遊んでいた痕跡や足跡すら無い。消えたと言うより最初からいなかったかのように。
「・・・・・・。」
嘘みたいだ。信じられるはずがない。信じたくもない。
なんていくら否定しようと嘘みたいな事が目の前で起こっている。
もしかしたら夢なのではないか?と思うようにしても、現実は変わらない。考えるだけ辛くもなってくる。俺は茫然とだだっ広い運動場を眺めていた。
「怖いよ・・・。みんなどこにいっちゃったの?」
セドリックは消え入りそうなか細い小声で呟く。思い返すと、事の発端となったのはこいつがわけわからないお遊びを始めたのが原因だ。でも今は誰も責めようとはしない。それどころじゃないし、多分こうなるなんて誰も想像してはいなかっただろうから。
不毛な争いなどしている余裕はどこにもないのだ。
「・・・・・・。」
こういう時はどうすればいい?こんな非常事態、俺たちが最良の判断を下せるとは思えない。しかし、いつまでもここにいたって事態は変わらない気がする。というか、学校の中に誰かいるのなら異変に気付いてなんらかの行動を起こしてくれてもいいと思う。例えばそう、先生とか・・・。
そうだ。
先生がいる。今はこの状況下をなんとかするよりどう対処するかだ。1人でも大人がそばにいるだけで大変心強い。
「聞いてくれ!提案がある!」
みんなの注目を集めてから続けた。
「ここにいたってしょうがない。教室に戻ろう!中には誰かいるかもしれない!」
するとセドリックがそーっと手を挙げる。
「い、いなかったらどうするの・・・。」
流石にそれはないだろう、と言いきれない。その可能性も否定はできないのだが・・・。
「そんなの行ってみないとわからないじゃない・・・。」
ジェニファーの言う通り。しかしいつもの彼女らしくなく、すっかり意気消沈していた。
「それに。」
二人の会話に突然ハーヴェイが割り込んだ。
「俺たちだけで勝手な行動するのは良くない。」
「・・・・・・。」
なんでこいつは冷静で居られるのだろうとつくづく思いつつ、見ている俺もなんだかスッと気分が落ち着いてきた。恐怖心より、今はなんとかしなければという気持ちの方が強い。
「とりあえず、行ってみよう。そこからまた考えればいい。」
自分に言い聞かせるように、更に冷静さを取り戻せるように。疑問を抱きつつどうしたらいいかわからない他の二人はお互いの顔を見合わせたあと頷いた。
俺は足早に、しかしあとから続く足音を確認しながら運動場を後にした。こんな現実味の無い風景に見慣れた景色があるせいで妙にリアリティーで、とにかくここから逃げたい一心だった。
きっと中は何も起こっていないと強く信じながら俺たちは学校の中へと足を踏み入れた。
まず学校に入って確認したのは下駄箱。四人それぞれ、出入り口に近い方や中の方などそれぞれ分担しながら確認していく。
たとえ突如姿を消してしまったとしても、そうなった場所は外だ。普通なら上履きが残っているはずなのだが・・・。
「下駄箱が、空っぽなんですけど・・・。」
出入り口の方の端ではセドリックが項垂れている。
上履きどころか、下駄箱の中には何にもなく、くわえて俺たちの下駄箱にも上履きがなかった。
「中にいる皆の分も無い・・・全員が外に出たという可能性もあるだろうが・・・。」
考え事をしているとあらかた中身を見終わったハーヴェイが俺の独り言に反応した。つい言葉に出てしまっていたようだ。
「それは多分無い。俺が出るときにはまだ沢山いた。」
そこにジェニファーが続ける。
「全員が外に出るなんて滅多にないでしょ。晴れならさておき、雪の降るこんな寒い日になんて・・・へぶしゅん!」
中々聞いたことのない変なくしゃみが静かな空間に響き渡る。そういえばジェニファーだけ半袖のブラウスの下に薄い七分袖のシャツ、あと短めのスカートと見ているこっちも寒くなるような格好をしている。
「なんでそんなに薄着なんだよ。」
疑問に思ったことをそのまま直截問いかけるとジェニファーが横目でセドリックを睨む。
「私だってマフラーとか色々あったのに、誰かさんがあまりに急かすもの。」
「ごめん・・・。あ、なら僕の服貸そうか。」
「いらない。」
夫婦漫才みたいなやりとりを見たところで話を本題に戻す。
「でも、俺たちみたいに外に出ていても上履きが無くなっただけって奴もいるかもしれない。」
「どういうこと?」
理解が追いつかないセドリックが聞き返す。
「つまり俺たちと同じ状況にいる奴が他にいるかもしれないてことだよ。」
今度は理解した上で聞き返してきた。
「いやいや、だって皆消えちゃったじゃん!」
「外に出た奴が、皆運動場にいたとは限らないだろ。」
咄嗟にそう言ったものの、運動場以外に子供がいくような場所なんてあるのだろうかとあとになって気づく。
「運動場以外どこに遊ぶ場所が・・・。」
「遊びに行くためだけに外へ出るのか?」
「あーもう!あー言ったらこう言う!」
セドリックはとうとう痺れを切らした。
俺も若干苦し紛れの屁理屈だとは思うが、どうも今起こっている状況を否定したいのか現実的な方向へ持っていこうとしてしまう。
「運動場以外か・・・。」
ハーヴェイが手を顎の前に、思い当たる場所がないかと考えていると、ちょうど上の階からわずかに物音がした。
「ん?なんか音が聞こえなかったか?」
「えっ、あ・・・うん。」
音に気づいたのは俺とジェニファーの二人。
「はあ?音なんか聞こえなかったよ?」
まあ、音といっても何の音かもわからないぐらいの小さなものだった。
すると、またも立て続けに音が聞こえた。今度はさっきより大きく、皆も一斉に音のした方、上を見上げる。あまり聞きなれない、長く続く金属音。
「・・・何の音だろう。」
学校ではまず聞くことのないそれは不安さえ煽ってくる。
「・・・じっとしてても仕方ない。行ってみよう。」
しかし、不思議にもそんな言葉が口からスッと自然に出た。
「何処に?・・・まさか、上に!?」
セドリックがとんでもないと言わんばかりに右手を横に振った後上を指差した。
「さっきの音、絶対ヤバい予感がするって!!やだよ僕!怖いよ!」
こういう時一番ノリノリで挙手しそうな奴が、一番怯えて怖いとまで言っている。人は窮地に晒されると変わるもんだなあとか考えるほど、落ち着いていた。いや、俺も全く怖くないといえば嘘になるが。
「俺だって怖いよ。でも・・・俺たちはこの中に誰かいるかいないか確かめるために戻ったんじゃないのか?それに、こうなった原因は俺たちにあるようなもんだ。・・・他の奴らは何も知らず巻き込まれただけなんだ、ほっとけないだろ。」
「ん・・・?ま、まあそうだけど・・・!」
あっ、セドリックの野郎、理解しようとするのを諦めた。
別に馬鹿ではないのだが、考えるのが面倒になってきたのだろう。
「行く気になれないんだろうが、お前一人置いていけないし。」
それはまごうことなく本音である。だからといってこいつに付き合ってじっとしていても状況は変わらない。
どうにかわかってほしいものだが・・・。
「あらやだ・・・イケメン・・・。」
口元に手を添えて眉を八の字に、頰を赤く染めてすごく恋に落ちた乙女のような可憐な仕草で返した。
「・・・・・・。」
やはりここぞという時に空気をぶち壊しにする、セドリックはそんな奴だ。勿論、ただの冗談だろう(本気の反応であっても困るが)。いつもの調子に戻りつつあるのは安堵するべき事なのだが、なんか腹が立つので大股で詰め寄りセドリックの耳を引っ張った。
「オラ、行くぞ。」
「あっちょっ!いだだだ!痛い!痛いってば!」
そんな抵抗もお構いなし。俺はそのまま強引に引っ張り二階へ続く階段を目指して歩みだした。
******
勢いに任せて階段の前まで来てしまったが後ろを振り向くとジェニファーとハーヴェイもちゃんとついてきてくれていた。それを確認すると、耳を研ぎ澄ませながら慎重に階段を昇る。
「あいたたた・・・。」
赤く腫れた耳を両手で覆うセドリック。俺の前であんな気持ち悪いもん見せるからだ。
「・・・にしてもホント、何の音なんだろうね。」
よほど気がかりなのか、今もたまになる謎の音をやたら気にするセドリックにハーヴェイは思い浮かぶものをあげる。
「チェーンソー。」
「チェーンソー!?」
声を大にして鸚鵡返しをしたセドリックの後ろにいたジェニファーがびっくりして小さな悲鳴をあげる。
「もう!いきなりおっきな声出さないでよ!」
「だってチェーンソーはありえないでしょ!」
突然の大声にビビったが、個人的にハーヴェイの言葉にびっくりした。
「チェーンソー持った奴がいるってことかよ。」
ハーヴェイは小さく首を横に振る。
「そうじゃない。ただ、チェーンソーの音っぽかったから。さっきの。」
まあ、何の音かと聞かれてそれに近いものを述べただけなんだろうけど発想が物騒だし、そう答えたからにはハーヴェイはチェーンソーの音を聞いたことがあるということになるのだが。
「チェーンソーの音聞いたことあるの?」
セドリックが俺の思っていることをそのまま訊ねる。しばらく間を置いてから答えた。
「直接はない。最近見た映画で、チェーンソーが出てきたから。ピエロがチェーンソーで人を殺していくっていう・・・。」
「嫌なもん見てるなあ!」
セドリックのツッコミに同意したい。なんてもの見てるんだお前は。ちらっと振り向くとジェニファーがドン引きしている。このセリフを、あいつに惚れている女子が聞いたら同じ反応をするのかどうか・・・。
「面白いよ。貸そうか?」
「ノーサンキューだよ!」
「ついでに言うが俺もノーサンキューだぞ。」
セドリックが断ったらなんとなく次は俺にきそうな気がして先に断っておく。
「緊張感がなくなってきちゃった。」
ため息混じりのジェニファーの一言と「面白いのに。」と残念そうに呟くハーヴェイをよそに二階に辿り着いた。電気はついていない。窓ガラス越しの空の赤色が、薄暗い空間を不気味に彩っていて、見慣れた場所なのにとても異常な空間に見えた。
「これってアレだよね。お化け屋敷みたいだよね。きっとチェーンソー持ったおばけがいるんじゃない?」
ついさっきなくなっていたとか言っていた緊張感が恐怖感とともに戻ってきた。セドリックは冗談で気を紛らわそうとしているのかもしれないが、それにしては声が小さい。
「や、やめてよね!全然面白くないし!」
面白くないだけならいい。冗談で恐怖心を煽らないでほしい。そこに、例の音がまた鳴った。断続的に続く音が近くなるにつれ、段々明確になっていく。
「幸いにも六年の教室と職員室は同じ二階にある。音の正体を確かめたら次は教室、そして職員室に行ってみよう。」
この時点で先生の誰もうろついていないのも不自然だが、最悪な事は今は考えないようにしよう。
・・・よくよく考えれば人が消えただけで他におかしい事は少なくとも学校内では何も起こっていないのだから必要以上に怖がる事はないのだ。と、言い聞かせる。
しかし、無意識に足跡を極力消してゆっくり歩く。そうさせるのは、謎の金属音のせいだろう。今はぴたりと止んでいるが、しんと静まり返った空間にいつまた鳴るんじゃないかとビクビクしていた。
「・・・・・・。」
気のせいだろうか。音が、俺たちのいた六年二組の教室から聞こえてくるような感じがする。
曖昧な憶測で皆を混乱させたくないから口には出さないけど。
「ねえ、六年の教室から音が鳴ってるような気がしない?」
セドリック、お前ってやつは・・・。
「アンタの冗談ほんと面白くないわね。」
だが今回は冗談ではなかったようだ。
「冗談じゃないから面白くないのは当然だよ。」
せめてそこは冗談だと言ってほしい。不安をすこしでも払拭したい。
「・・・まだ何の音かもわからないしな。とりあえず確認しないことには・・・。」
と呟き、廊下をひたすらゆっくり進み続ける。
なんだか時間の流れが遅く感じる。教室までの距離もこんなに遠かっただろうか。その時、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。
「!?」
なぜか警戒するも、足音の主が姿を現した時には思わずその場にへたりこみそうになった。
「先生!!」
六年の教室から出てきた人影。担任の先生が駆けつけた。
「よかった・・・!みんな急にいなくなって・・・!」
目にはうっすら涙を浮かべ心の底から安堵の笑みを浮かべ俺たちを力強く抱き寄せた。
「く、苦しい・・・。」
四方から圧迫され俺は今にも窒息しそうで、必死にもがくと「あはは、ごめんごめん。」と腕を離した。
「ねえ、先生がいた場所では何が起こったの!?」
セドリックの質問に先生はやや表情を曇らせる。
「私も何が何だか・・・。いきなり外が光って、それはもう目も開けられないぐらい眩しかったわ。しばらくして光が消えて、目を開けたら・・・。」
皆が消えて、先生だけが残った、という事になる。何故俺たちが起こした事には全く関係のない、よりによって先生が残ったのか。謎がまた謎を呼んでわけがわからない。
でも今は、一番頼りになる人物がいた事に対して何より喜びを感じずにはいられなかった。
「僕達は運動場にいたんだけど、ここにいる皆以外消えちゃって。」
「でももしかしたら何処か残されてる人がいるかもしれないの!」
矢継ぎ早にセドリックとジェニファーが訴えると先生は二人の頭を乱暴に撫でる。
「だーいじょうぶよ!先生がついてるから、みんなでさがしましょう、ね?」
先生のいつも見せる子供っぽい笑顔に二人にもやがて笑顔が戻っていった。
「よかったあー、強力な助っ人が仲間入りして。」
「ゲームじゃないんだから・・・でも先生がいると心強いわ。早速探しに・・・。」
「待って。」
真剣な表情のハーヴェイが割り込む。
「光っていた時間はそう長くなかったよね。アンタ、そこで何してた?」
意味ありげな問いかけにジェニファーが代わりに返す。
「急に何よ・・・。何が言いたいわけ?」
「先生ならさ、すぐ行動に移したりしない?普通。まるで俺達を待っていたように見えるんだけど。」
せっかく良い流れになったのを根拠のないでたらめで台無しにされ、ジェニファーはあからさまな苛立ちをあらわにした。
「こ、怖かったんじゃない?だからほら、誰か来るまで待ってたんだよ。先生もか弱い乙女なんだよね?先生?なんちゃって・・・うわっ。」
二人の間に入り宥めようと試みたセドリックはジェニファーに押しのけられた。
「そうよ!急にわっけわかんない事が起こったら怖くもなるわよ。なのにこうやって駆けつけてくれたのを・・・。」
一方的に突っかかるジェニファーにセドリックは困惑してきょろきょろと辺りを見回す。
「私は・・・。」
同じく困った様子で二人の喧騒を見つめる。本当に怖かったのなら、恐怖で動けなかった自分への責任を感じているのだろうか。
「リュドミールはどう思う?」
突然セドリックにふられて戸惑う。
「え、俺?俺にふるか?・・・えーっと・・・。」
急に聞かれてもなんて答えたら良いものか。いや、ここは今疑問に感じていた事を素直に言おう。
「怖くて動けなかったとして、先生。・・・先生にもあの音が聞こえてたはずです。」
状況を覚えているのなら意識ははっきりしていると取った。その間、先生の方が音に近い場所にいたと推測する。
「あの音は一体何の音ですか?俺は教室の方から聞こえたような気がしたんですが・・・どこから聞こえてきましたか?」
音の正体だけでもわかれば少しはすっきりするかと思ったのだが・・・。
「それは・・・。」
動揺しているのか、期待した答えは聞き出せないと半ば諦めていた。
「ん?」
セドリックが先生のはるか後ろの方に目を凝らす。
「・・・!」
次にハーヴェイもわずかに驚いた様子だった。
何を見つけたのか、視線の先が気になって俺も振り向く。
「あれは・・・。」
一回り大きな影。人が何か持ち運んでいるような・・・。
次第に姿がわかってきた俺は、信じたくないけどそこにいる人物の名前を声に出した。
「・・・オスカー!!」
意外とも言えるそいつは、椅子を片手にひっさげ気配をできるだけ消しつつ教室から姿を現した。
「えっ、嘘!!」
ジェニファーも慌てて後ろを向く。
俺が名前を呼んだ瞬間、オスカーは両手で椅子の背もたれにあたる部分を掴み、突如こちらへ全速力で走ってきた。
「・・・何ッ!?」
今まで見たことの無い、ひどく血相を変えた顔の先生が皆より遅れて後ろを向く。
「うおおおおおおおおぉッ!!」
雄叫びと共に、勢いよく振り回した椅子は先生の身体を真横から直撃した。全身を強く打ち付け、しばらくは壁を徐徐に引きずり落ち、やがてすとんと力無く床に倒れた。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・ったく・・・。」
椅子を投げ捨て、肩で息をしながら床に伏す先生を見下ろすオスカーと全く動かない先生。
「・・・・・・。」
一瞬、思考が止まる。
先生が、目の前で生徒に撲殺されたという状況を俺はどう理解すれば良いのだろう。
「う、うわああああああ!!」
セドリックの絶叫でようやく我に返った。
「え・・・先生・・・。」
後ろに倒れそうなジェニファーを支えたハーヴェイも険しい顔で睨む。
わずかな間をおいて、湧いてきたのははらわたが煮えくりかえるような怒りの感情だった。
「・・・テメェ、ふざけんな!!」
喚き、摑みかかる。オスカーは全く動じない。それがまた俺の中の怒り、あるいは憎悪に近い物を倍増させる。
「リュドミール、落ち着いて。」
ハーヴェイの諌める声がしたが無視をした。とても落ち着いてなどいられなかった。
「なんでこんな事をした!なあ、なんで先生を殺したんだよこのイカれ野朗!なんとか言えよ!!」
揺さぶってもでかい図体はびくともしない、そして自分に反抗的な態度をとったら暴力で返す奴であるオスカーは俺を鬱陶しそうに眺めるでなんの反応も示さない。
が、そんなオスカーが口を開いた。
「そいつは先生じゃねえよ。」
「はあ!?どっからどう見ても先生だろうが!」
とうとう支離滅裂な事まで言い出した。様子が変だと感じたが今の俺はそれどころじゃなかった。
「よく見ろよ。普通あんなもんで殴られたら血の一滴でも流れるだろ。」
ハーヴェイはジェニファーを壁際に座らせて、先生がおおよそぶつけたであろう箇所や殴られた箇所を確認する。
「・・・血もないし、傷ひとつないね。」
仲間の証言で少しだけ冷静を取り戻したが、いまだに信じられない。傷もないということがおかしすぎる。
「先生じゃないとしたら、なんだっていうんだよ。」
オスカーは、俺を突き放し、吐き捨てるように言った。
「ケッ、知らねーよ。ただ・・・人間じゃねえ。そいつは、先生を喰って同じ姿になっただけのバケモンだ。」
そんな時、足元からごくごく小さい機械音が聞こえた。
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