Incident

1

そんなこんなで巻き添えを食らった俺と、自ら付き合うと言ったがあまりに急かされるのでジェニファーは駆け足で階段や坂道を降りてきたので早くも息を切らして膝に手をついていた。俺も体力は並みにある方だけど、食後すぐに走るのはキツイものがある。疲れたというより、気分が悪い。しかもメタセコイアの木がある場所は学校から一番離れている所にあるのだ。

「そんな走る必要ないでしょ・・・。」

「吐きそう・・・。」

そんな俺たちを他所にセドリックは。

「聖者の剣!!」

太い木の枝をさながらゲームに出てくる勇者のごとく天に掲げドヤ顏で俺たちを待ち構えていた。

「早く始めろよ!」

相変わらずのマイペースに少々苛立ちを覚えた俺が今度は逆に急かしたてる。

「はいはい、全くリュー君はノリが悪いなあ。そこは敵になりきってやられたーってなる所だよ。」

と、ぶつくさ言いながら聖者の剣とやらを後ろに放り投げる。

そんな茶番を挟んでどうする。

てか剣見ただけでやられる敵弱っ!

そんでその聖者の剣の扱いが雑い!

それで書くかと思ったのに!

といったツッコミが喉の奥まで出かけていたがぐっと我慢した。

「綺麗に書くには、これの方がいいかもね。」

そう言って持ってきたのは木に立てかけてあった自分の傘を。下駄箱の横に傘を置いておく専用のカゴがあるが、ここへ来る途中よくそんなところを見る余裕があったものだ。そして俺にとっちゃ気だろうが傘だろうがどっちでもよかった。

と、俺はふと疑問に思ったことを尋ねる。

「自信満々なとこ申し訳ないが、そのマークとやらちゃんと覚えてるんだろうな。」

俺の記憶もどこか曖昧だが、そんなに簡単な、誰でもすぐにそっくりに書けるようなものではなかった。星やら複雑な模様が複数入り混じった、それこそ魔法陣のようなものを全くその通りに再現するには当時放送されたものを残る形に保存しておくか、あるいは記憶するしかないのだろうが。

「えっ・・・・・・。ど、動画サイトで念入りにみたから大丈夫だよ。」

なるほど、その手があったか。

・・・ん?

「.どうせなら紙に書いてくればよかったのに。」

とわざとらしく言ってやると、セドリックはこっちに背を向け一生懸命白い地面に掘っていく。

「やっぱりな。」

何となく察しがついた。何がやっぱりなのかさっぱりなジェニファーが不思議そうにこっちを見るので耳打ちをする。

「動画サイトで見たとか言うが、今のアイツ絶対うろ覚えだぜ。」

目をまんまるにしてジェニファーがセドリックの背中を見やる。

「なんじゃそりゃ。」

俺も同感だ。だが同時に妙な安心感、とまではいかないが少しおかしいと思った。

「ほらな、アイツも本気じゃない。所詮ごっこ遊びの範囲でやってるんだよ。逆に本気だったらそれこそ怖くないか?」

そう、例えばあの紙を用意した誰かだって今のセドリックみたいなごっこ遊びの感覚でしかなかったのかもしれない。あと、これは俺の個人的な考えだがもしその行為の意味を知って本気でやるとしたら親しい者は誘わない。

なんにせよ、ごっこ遊びとしたら仕方ない、付き合ってやろうという気になった。せっかくの休み時間だし。

「おーい、早くしないと充電なくなっちまうぞ!」

ジェニファーからやや離れ手を大袈裟に振りながら声をかける。セドリックがこっちを向いた。結構焦っているのが表情にあらわになっている。

「えっ!?そんな、もし何か起こったときヤバイよ!?」

「何にも起きないから大丈夫だよ。」

とつい本音がこぼれたが急いで作業の手を早めるセドリックは見ていて面白かった。

「・・・ごっこ遊びか。」

ジェニファーがそう呟いた。スルーはしたが、なぜか残念そうに聞こえた。



がりがりと半ば固まって雪を掘っていくこと約十分。がたついた曲線で描かれた魔法陣のような物が真っ白な地面の上に現れた。勿論、真ん中には赤い紙を置いて風に飛ばされないよう端に微量の雪を乗せているなどの徹底ぶりだ。メタセコイアの麓には使用された傘が放置してあるが。

「ふぃー、できたできた!」

ひたいの汗を拭う仕草をして満足げに完成したそれを見下ろすセドリック。俺達は少々見飽きてジェニファー共々顔から感情がなくなっていた。

「長らくお待たせしました!退屈だったかもだけど本番はここからだから。」

ジェニファーのもとへ駆け寄り、はっとする彼女の背中に手を添えもう片方の手を前に広げと、なんの影響で覚えたか知らない、紳士気取りでエスコートをするも君悪がられ手を振り下ろされた。

「招き招かれみたいなのやめてよね。」

「あはは、ついやってみたくて・・・。」

手を振り下ろされたことに地味にショックを受けたらしく、笑ってごまかすも苦笑いだ。

まあ遊びなんだからいいんだが、実際の事件では男の子が一人で勝手に足を踏み入れて起こったことで周りには誰もいなかった。今の仕草含め、俺がここにいて一連の流れを目視している事自体忠実な再現にはなっていないのだけど。

「じゃ、じゃあいくわよ。」

そう宣言したジェニファーは途端に顔も緊張で強張っている。なにもただの遊びなのに本気にならなくても。いや、遊びだから適当というのも失礼な話か。

「いってらっしゃい。」

でも俺は「遊び感覚」なもので気が抜けきっていた。

「・・・・・・。」

すると二歩進んだ後俺の方を振り向いては不安そうな顔を見せる。

「・・・どうした?」

なんでそんな顔をするんだろう。たかが遊びなんだぞ?

まさか本当に消えていなくなるとでも思っているのか?

・・・いや、もしくは入り込んでいるのだろう。リアリティーがあっていいかもしれない。にしてもジェニファーがそこまで本格的になっているのもまた意外だった。

俺に何を求めていたのかは知らないが、再び前へと向かっていった。歩みは別に、速くも遅くもなく、普通の速さで。


俺は携帯を用意し、すぐにムービーを起動した。家族との連絡用のみに使用することを条件に携帯の所持はこの学校では許可されている。

すぐ真ん中に到着したジェニファーが、そっと赤い紙を拾い上げる。さっと拾えばいいものを、そこは雰囲気に合わせてゆっくりと拾う。

一方セドリックはメタセコイアの木の陰に隠れ固唾を呑んで見守っていた。

果たして何が起こるのか。俺は世紀の目撃者、ジェニファーは第二の被害者、セドリックは・・・えーと、謎の事件の真相を証明することができるのか!?

という風なナレーションを脳内で流して俺も雰囲気を味わおうとした。


しかし。


「・・・・・・。」

流れる沈黙。

「・・・・・・・・・。」

そのまま五秒。少しぐらいは、みんなも何か起こるのではないかと待機したが、時間が経つにつれてだんだん淡い期待も薄れていった。


「んもー!何にも起きないじゃないの!!」

痺れを切らしたジェニファーが静寂を破る。

「えー、そんなー!やっぱ何も知らない人を呼ばないとダメなのかなぁ。」

セドリックの言う通り、忠実には再現できてはいなかったが。こうなることだろうと思っていた俺は怒りも呆れさえも湧かなかった。でもジェニファーは納得いかないようで速足でセドリックの方に詰め寄る。

「はあ?なにそれ!私を誘っといてどーゆーこと!?」

「のってきたのは君の方からじゃなかった!?」

怒られることには弱いセドリックは気の強い女の子相手に言い返しながらもタジタジである。これもまた、セドリックの自業自得なのだが、イタズラとは違い別に悪気があったわけではない。それに、ただの遊びであって本当に彼女を消し去るつもりもなかったんだろう。なんにせよ、二人をあのまま放っては置けなかった。ムービーを閉じて携帯をしまいながら二人の間に入る。

「はいはい。もう終わったことにうだうだ言っても仕方ないだろ。何事もなかったんだから逆にいいじゃないか。」

両手の平を前に苦笑いのセドリックは安堵の、頰を膨らませ不機嫌そうなジェニファーはやや大げさにため息を吐く。

「あーあ、時間の無駄だわ!」

赤い紙を放り捨てる。ひらひらと舞い音もなく地に落ちた。

「残念だなあ。せっかく面白いことが起きるって昨日からワクワクして夜もねれなかったんだよ?」

反省はやはりしていないけど遊びだけで済んだんだからよしとしよう。

「人が消えても面白くないだろーが。ほら、まだ時間あるし他のことして遊ぼうぜ。」

せっかく外に来たんだ。雪で遊べることはいっぱいあるのに勿体無い。楽しい事で忘れよう、ごくごく普通の子供らしい提案をすると案の定セドリックが一番乗りだ。

「はいはいはーい!それなら雪合戦がしたいですリュドミール隊長!」

右手を挙げ背伸びをしてやたら主張するセドリック。

三人で雪合戦は果たして楽しいのだろうか・・・。

「あーそれなら俺はジェニファーと組むからお前と二対一な。」

「ひどいよ!!」

女の子を男二人で攻めるのは気が引けるし、かといって俺が的になってやるつもりもない。つまりは俺たちを巻き込んだほんの仕返しみたいなものだ。しかし今やぶつけるほどの怒りもなく、あくまで雪合戦で遊ぶだけ。これぐらいなら別にいいんじゃないか?


「でもあと一人ぐらい欲しいわ。誰か呼ばない?・・・私は別に二人でもいいんだけど・・・。」

するとジェニファーがやはり人数は偶数がいいと提案する。最後の方は小声でボソボソと言っていたのでよく聞き取れなかったけど。

「んー、そうだなあ・・・。」

グラウンド全体を見渡してみる。しかし、みんなそれぞれの友達と各々で遊んでいた。

「まあ、そりゃそうか。」

「教室にまだ誰かいるんじゃない?」

「誘うだけに戻るのか?めんどくさいし、ほとんど外に出てるだろ。」

セドリックと意見を出し合っても中々いい方に進まない。教室に戻ったところで残っているとしたらまだ食べているか中で遊んでいる奴ぐらいだろう。誘いにくい事この上ない。あと大幅な時間ロスにもなるし。

「いっそ雪だるまでも作っ・・・。」

急遽遊びの内容を変えようとしたその時。ハーヴェイがグラウンドへ一人で降りてくるのを見つけた。

「おーーい!!!ハーヴェーイ!!」

手を振って出来る限りの大声で呼んだ。雑踏と遠く離れた距離のせいで声が届きにくいかもしれない。なんとかこちらに気づいてもらおうと今度は飛び跳ねてみると、俺たちの方を振り向いてはこっちへと駆け足で近づいてきた。やった、気づいてくれたようだ。

「げっ・・・。」

セドリックの顔がひきつる。

「げってなんだよ。・・・あぁ。」

今朝の一件とさっきの給食の事をまだ引きずっていた。セドリックが嫌いでも無い人を避けたがる場合は自分が相手に良くないことをした時だ。

「お前が悪いんだろ。つーかあいつはもう気にしちゃいねーよ。」

給食のピーマンできっとチャラにしてくれたんだ。いや、あの時には既にセドリックの事も特に気にしてはいなかったと思う。少なくともハンバーグが欲しいだけのこじつけにしか見えなかった。

「い、いやそれもなんだけどあいつ手加減ってのを知らなさそうじゃん!すごい豪速球投げて・・・。」

そう言ったセドリック目掛けてハーヴェイが隠し持っていた雪玉を投げつける。音速に近い勢いで俺の横を風を切りながら通り過ぎていき、パァンッ!とおおよそ雪で出来た塊がぶつかったとは思えない音でセドリックの顔面に綺麗に直撃した。

「んぶへぇっ!!」

変な声をあげて後ろに倒れる。みていてここまで哀れな気持ちになるなんて。

「相手ぐらい選ぶよ。」

息ひとつ乱さずやってきたハーヴェイは相変わらず無表情だ。

「大丈夫かよ・・・。」

中腰で差し伸べた俺の手を握り、空いた手で雪を払ってゆっくり立ち上がるセドリックが恐々とハーヴェイに尋ねる。

「ね・・・ねぇ。君、僕のこと嫌い・・・?」

「嫌いじゃないけど好きでもないよ。」

さらっと返した。好きと言われても困るが、あまり嬉しい答えでもなく。

「へえ・・・それはよかった・・・。」

と僻みっぽく笑って返した。



「雪合戦したいんだけどあと1人欲しいなって言ってたところなの。」

「あ、他に遊ぶ子がいるなら別にいいけどさ。」

先に誰かと遊ぶ予定だったなら強制はしない。俺は無言で様子を見ていた。

「いや、俺も今からどっかに入れてもらおって思ってた。」

つまり予定はないということだ。だとしたらハーヴェイ入れて4人、偶数になる。

「よっしゃ!早速雪合戦しようぜ!」

「チームはじゃんけんで決めようよ!」

俺たち4人は子供らしい遊びに心を弾ませる。つい先ほどのことなのに不思議な儀式もどきの事などすっかり忘れていた。


例のマークはも紙も残ったままだが、何もなかった今ではただの子供のあそびの残骸みたいなものだ。踏まれてぐちゃぐちゃになるか雪がまた積もっては溶けていずれ無くなるか。どっちにしたってもう俺たちには全く関係がない。違う誰かが踏んでもきっと、何も起こらないだろう。そんなことすら考えちゃいなかった。


その時。


すぐ後ろから、ヴォォン、と機械質な音がした。

「ん?」

4人の中で一番後ろにいたセドリックと音に気づいた俺の二人が音の聞こえた方向を振り向く。


「な・・・何あれ!!」

セドリックの震え上がるような声にジェニファーとハーヴェイが反応する。そして、そこにいた誰もが驚きを露わにした。

「・・・・・・ッ!?」

例の魔法陣のようなものが、仄かに赤い光りを発していたのだ。たったそれだけでも衝撃的でとても信じられない光景だった。だが、「それ」は俺たちが冷静に思考するのを待ってくれやしなかった。


今度は一瞬にして目も開けられないほどの眩しい光を放った。

「うわ・・・っ!」

「きゃあっ!!」

目が見えないんじゃ誰がどうなっているかわからない。声だけの情報だと、みんなも俺と同じ状態だとおおむね察しはつくが。

一体なんなんだ。何がどうなっているんだ・・・。

ただの地面に描いた絵じゃないのか!?


しばらくして光は止んだ。俺たちはゆっくりと瞼を上げる。




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