2

給食の時間。


四人ずつ席を寄せたあと順番に並び各自並べた容器に当番から入れてもらう、といったごくごく普通の給食風景。ちなみに当番は着替える時間もあるのであらかじめ先に自分達の分を用意しておく。


俺は並の量をよそってもらい席に戻り四人が集まる。前にはセドリックとハーヴェイが、そして隣にはジェニファー。この中で唯一の女子だが気が強く言いたいことは割となんでもよく言う、男子が苦手意識を持つタイプの女子だ。俺は逆に変に気を使わなくていいから楽なんだけどな。

「ちょっと、明らかに差があるでしょ!」

早速ジェニファーが物申す。それは俺の給食とハーヴェイのを見比べてのことだった。俺も今気づいた。今日の給食の献立の一つであるカレーが俺のものと比べ1.5倍の量はあるのだから。

「俺に言われても、勝手に入れてくれたから。」

ハーヴェイは特に自慢してもこない。俺達は大体察し、ジェニファーは呆れてやや大げさにため息をついた。

「ソレ入れたの、女だもんね。よかったわね、私じゃなくて。」

普段はその子を含め色恋沙汰の話題に華を咲かせているがこいつには興味がないらしい。

「不公平は良くないね。少し減らそう。」

ハーヴェイはサラダに混じっていたピーマンを器用に取り除いてセドリックの「弁当箱」に全部入れた。セドリックだけは事情があって一人だけ弁当を持参している。

「えーっ!?な、なんで僕に?流れ的にリュドミールのとこに入れるでしょ!」

俺もそう思う。だけどカレーではなくピーマンだ。ピーマンは嫌いじゃないがもらって嬉しいものでもない。

「野菜ひとつも入ってないし、君ピーマン好きだって。」

「嫌いだよ!いつ好きって言った!?」

お弁当の端に緑の面積がどんどん増えていくのを俺は黙って眺めていた。

「好きと嫌いは紙一重って言うじゃん。」

「意味わからないってば。て、は?ちょっ!?」

今度はさりげなく弁当箱のおかずの中心に入っていた小さなハンバーグをかっさらっていった。

「これは今朝の、俺がわざわざかばってやったから。」

ジェニファーが何故か目を丸め少し意外そうにその様子を見ていた。

「根に持つタイプなのね。」

「・・・いや、すべてはこうするための口実のためにやったんだろ。」

わずかながらに嬉々としてカレーの上にハンバーグを乗せたのを見るとどうせそんなことだろうと思った。別に取りたければ勝手にとればいいんだけど。

「なるほど。」と理解したジェニファーだったが感心はしなかった。


みんなが席に座ったのを確認した先生がみんなに食べる前の挨拶を促す。一旦静まり、全員の「いただきます」の声がした後やっと給食にありつける。これもまたよくある給食の風景だ。

「プラマイゼロ。」

早速ハーヴェイはそう言ってさっき奪い取ったハンバーグにかぶりつく。

「僕はマイナスでしかないよ・・・。」

隣でセドリックはぶつくさ文句を言いながらピーマンを口に放り込んでは牛乳で無理矢理流し込んだ。やはり嫌そうな顔をしている。

「あ、そうだ。今朝のアレって結局なんだっけ。」

俺は早速話題に出すことにした。今朝、セドリックが見せた紙と、その紙にまつわるある事件の話。

「待ってました!・・・でもさあ。」

聞かれて嬉しいはずが少し不満げだった。

「休み時間に聞いてくれりゃあよかったじゃん。今話すとご飯がまずくなるよ。」

まあ、事件ていうぐらいだから状況を選ぶ話題でもあるが。

「休み時間は外で遊びたいんだよ。」

などと適当に返した。確かに、話を聞くだけなら休み時間でも良かったのだが、こんなに雪が積もってるのにじっとなんかしていられない。実際休み時間は遊びたいばかりですっかり頭から抜けていた。話を聞くには今が一番ちょうどいいのだ。ちなみに、セドリックは休み時間のほとんどは教室で過ごしている。

「・・・ま、いいけど。」

セドリックが周囲を見渡す。ハーヴェイはもくもくと食べながら時折俺の方を垣間見る。何故だ。

視線があったジェニファーは随分としらけていた。

「興味ないのでお好きにどーぞ。」

周りの雰囲気がこうだと逆に話しにくそうだが構わずセドリックは話題に入った。


「僕らと同じ歳の男の子が行方不明になった事件なんだけど・・・。」

弁当のおかずを少しずつ口に入れながら話を続ける。

「すごい不審な点が多くて、これを事件で片付けていいのかっていろいろ話題に・・・。」

「そういうのいいから、事件の内容を話してくれ。」

急かしてやると一旦手を止めやや前に乗り出す。表情は真剣そのもの。


「当日、防犯カメラに男の子が映ってたんだ。でも防犯カメラのくせに壊れててね、時々ザーッてなるんだよ。ほら、テレビのあれみたいに・・・。」

「砂嵐。」

カレーを半分までたいらげたハーヴェイがさりげなく呟いて、セドリックは「そうそれ!」と知ったかぶりをかました。

「男の子はただ立ってただけで、砂嵐だっけ。その砂嵐てやつになって数秒・・・、ようやく映るようになったのだがなんと!」

「男の子が消えていたんでしょ?」

今度はジェニファーが話のいいところをもっていってしまった。中々最後までスムーズに話せないセドリックは納得がいかないようだ。なんというか、可哀想。

「もう!みんなしてひどいよ!僕が話してるのにって・・・ジェニー知ってたの?」

苛立ちより興味の方が勝った模様。相変わらずジェニファーは終始呆れ顔だった。

「知ってるわよ。あんな有名なの。逆になんでそんな丁寧に解説してるわけ?」

ジェニファーの知っててさも当たり前のような発言にセドリックがひきつった笑顔でそーっと俺の方に目を向ける。といっても実は今ちゃんと思い出したところだ。

「リュドミールが・・・。」

こういう時だけ名前で呼ぶのやめてほしい。

「・・・し、知ってた知ってた。再確認だよ。」

と、咄嗟に俺も耐えきれずつい知ったかぶりでごまかしてしまった。

「リュドミール・・・。」

セドリックまで目を細めて呆れたと言わんばかりに俺を見つめる。やめてくれ、そんな視線を二人から浴びせられるとつらいものがあるしそもそもセドリックは人のこと言えた口ではないだろうに。

だがおかげではっきりと思い出せた。二年前、隣町で俺たちと同じ歳の男の子が行方不明になった。それには、不可解な点が多いということも。行方不明になった事実は確かだが、その時の記憶は一切覚えていないとかなんとか。

「てか、どうして今頃その話するのよ。」

そんな中ジェニファーがとうとう核心に入る発言をした。セドリックは二度目の「待ってました!」の言葉とともに机の中にしまっていた例の紙を取り出し寄せた机の真ん中に置いた。

異様な存在感を放つそれにみんなの手が止まり釘付けになる。

「これは・・・。」

セドリックが拾った赤い紙。ただのゴミだと笑い飛ばすやつは俺を含め誰もいない。なぜなら、この紙と酷似した物が事件に深く関係しているからだ。

「現場には魔法陣みたいなものが書かれていて、その真ん中に違う絵が描いてある紙が置いてあった。男の子は、多分紙が気になったんだと思う。拾おうと足を踏み入れた瞬間・・・。」

「ようは消えたんだよね。」

今度はわざと間を空けたらハーヴェイが適当に続けた。

「そうそう。でも、誰が書いたのかもわからないんだよね。防犯カメラには不審な人物も映ってなかったって言うし、ましてやこんなものなんか・・・。」

真剣に考え込むセドリックにつられ「興味ない」と関心をあまり見せなかったジェニファーと俺も不気味な事件の話に夢中になっていた。

「明るくなった・・・朝にはあったんでしょ?じゃあ夜中のうちに誰かがやったのかしら。」

そうとしか考えられない。事件があった場所は町の外れの田舎の公園。近くに店も街灯もない真っ暗な場所は人が一人通っても映りにくい・・・のかもしれない。いや、防犯カメラがそれでいいのかと思うし、そもそもなんで公園なんかに防犯カメラが備え付けてあったのだろう。そこにまずつっこんでしまうんだが。


「第一発見者が他にいなかったんだよな。紙は最初から真ん中にあったのか?」

俺もつい気になったことを口に出す。もしかしたら風に吹かれた末に真ん中にあったのかもしれないし、紙の位置にこだわるのなら初めに置いた場所から風で移動したのを再度訪れた主犯が定位置に戻したという可能性も全くないわけではない。まあ、紙の位置はそこまで重要じゃないかもしれないけど。

「防犯カメラの映像ではずっと真ん中だったって。・・・謎のマーク、謎の紙、突然消えた男の子・・・、警察はこれをただの事件として片付けていいのかとも言っている・・・僕もそう思う。」

事件、としか言いようがないんだろう。人がいなくなったんだもの。誘拐ではないとしても不可解な怪奇現象と扱うわけにはいかない事情もあったのかもしれない。

「実際、何が起こったんだろうね。神隠し?神隠しがどんなのかよくわからないけど、これは事件じゃないよ、現象さ。でも証明できる物が何もないから皆、事件にしてるだけなんだ・・・。」

ん?言っていることはあながち間違ってはいない。しかしそう語るセドリックの様子が妙におかしい。

「ねえ、どうしたのよ。」

少し引き気味に声をかける。

「でっもー!?」

「きゃあっ!!」

うつむいていたセドリックがいきなり嬉々とした表情で顔を上げる。ジェニファーはびっくりして身を引き微かに椅子がガタンと揺れた。

「その謎を僕たちが証明できるかもしれないんだ!」

「・・・・・・はい?」

目と口をぽかんと開けたままジェニファーが返す。驚いたのは俺もハーヴェイもだ。全く、周りを真剣な雰囲気にしといておきながら自分からぶち壊すのだからついていけない。

「だーかーらー。僕が拾った紙、あと例のマークを書いて真ん中に置く。当時の現場と全く同じ状況を再現するんだよ!」


セドリックの発言から五秒ぐらい沈黙の間があった。

「・・・で?」

俺が発した精一杯の言葉にほぼいつものハイテンションで途切れもなく返す。

「で?じゃないよ!事件は突然起こった。あらかじめ色々準備してあったにもかかわらず消えた明確な原因は不明。そりゃそうさ、見ている人が他にいないんだし消えた男の子はいまだ見つかっていないんだもん!」

ここで息を全て使い切ったのか苦しそうに肺に空気を送り込んだあと再び続けた。

「でも僕たちは知っている。状況を再現することができる。何が起こったかこの目で確かめることができるんだよ、すごくない!?」


ツッコミが追いつかない。


「だって、落ちてたんだよ?もしそこにマークがあったら僕今ここにいないかもしれな・・・。」

「誰かのイタズラかごっこ遊びのゴミに決まってるじゃない。」

「あの紙だって誰が書いたか分からないじゃん!」

ジェニファーに至極当然のツッコミを食らうがすかさず返す。俺もジェニファーの意見には賛成なのだが、誰が書いたか分からないと言われたらそれもまた否定できない。

だけど、当時と同じ状況を再現できた所であんな現象が二度も起こると企んでいる思考回路を疑いたいが、まず、セドリックが同じ状況を作れるのを前提で話を進めているのをなんとかしなくてはいけない。

「なあ、セドリック。」

「なに?」

あまり言いたくはないが、ある意味お前のためでもある仕方がない。

「全く同じ状況を再現するんなら、まず人目のつかない所と人がなるべく出歩かない時間を選ぶ必要があるぞ。子供が、例えば夜中に家を抜け出してそんな事が出来るか?不可能じゃないとしてもお前の場合厳しいだろ。」

セドリックが難しい顔で唸る。セドリックはよりにもよって都会の中の住宅街に住んでいて、少しでも田舎と呼ばれる場所へ行くにも電車かバスが必要になる。それを夜中に実施するとなると難しい。

「うーん・・・、それなんだけど僕。」

「それにだ。再現できたとして、もし行方不明になったらお前の場合大変だろ?」

まだ何か言いたげなところを遮ったのは申し訳ないが、俺が今話した事は何より問題とするべき所だ。実際また起こるとは想像しにくいが、あえて起こることを前提とした話もしておいたほうがいい。それに、セドリックの場合は少々面倒だ。簡単に言えば、家庭的な事情だ。

「・・・あ、あの。時間は関係ないかもしれないんだ・・・。」

何故か俺に説得を試みようとするがさっきの俺の言葉で論破されたようだ。めずらしく食い下がらず、今回はやる気満々だ。今はそういうことを言っているんじゃない。

「ま、やるならお前一人でやってくれ。」

いっそきっぱりと言ってやったほうがいいと判断した末に出た言葉だがさすがに冷酷だったかもしれない、と無言のまま固まったセドリックを見て、そう後悔した俺はなんとか別の話題に切り替えようとした時。

「わ、わたしなら問題ないんだけど・・・。」

と隣から聞こえた。


「へ?何が?」

拍子抜けした様子のセドリックがやや上ずった声で訊ねる。問題ないと小声で言ったジェニファーは斜め下に視線を落としている。

「一人で主犯と被害者両方やるのおかしいでしょ。あんたの・・・そのごっこ遊びに付き合ってやってもいいつってんの!」

今度は俺も度肝抜いた。セドリックも今の流れから喜んではなくただただ唖然としていた。

「・・・え、でも。いや、ジェニー興味ないって。」

「興味は全くじゃないけどそれでも無いわね。」

真顔で答える。どっちだよ、とつっこみたかったが二人の間の会話に割り込むつもりはなかった。

「あんたが可哀想に見えてきたから仕方なく付き合ってあげるだけよ。あと、別に信じてないんだからね。どーせ起こるはずないのよ。」

同情されていただけのようだ。そうだ、起こるはずがないんだ。俺もはなから信じてはいない。と、ジェニファーがセドリックをきっと睨んで詰め寄った。

「時間は関係ないってさっき言ったわよね?だから私付き合うだけで夜中なんか絶対無理だからね!?」

そりゃそうだ。ましてや女の子を一人夜中に出歩かせる時点で何か起きてもおかしくない。

「う、うん。書いたのが夜中なのは単純に人に見られたくなかったからじゃないかな。だから人が外に出ない夜中を選んだだけでさ。」

先程からお弁当には目もくれずひたすら話を続ける。


「巻き込まれた方こそさらに時間とは無関係で、第一発見者であそこに足を踏み入れたら誰でも消えてた・・・と考えてみる。」

まだ妙に引っかかる。

主犯と被害者が実は知り合いとか。

被害者がそこに来ることを事前に知っていたとか。

粗探しすればいくらでも矛盾点が見つかりそうな感じがするがこの件に関して俺も今や無関係となりつつあるのでとりあえず黙って聞くことにした。これはもう子供のごっこ遊びの範囲なのだ。口出しはやめよう。

「まあまあアバウトなのね。じゃあ条件に合う場所があるの?」

「うん、運動場。」

「真逆じゃないか!」

我慢できずにとうとうツッコミを入れてしまった。いや、だって、人目のオンパレードというか見つかり放題というか。今だってすでに給食を早く食べ終えた何人かが運動場を駆け回って遊んでいる。それこそ真夜中学校に忍び込めば出来るかもしれないが。

「サッカーゴールの近くにメタセコイアの木があるでしょ?あの木の裏でやればいいよ。人目につかなけりゃいいんだからさ。」

軽く言い放ってからお弁当の中の残りを口にかきこむ。ジェニファーとふと目が合い、二人してそんな能天気なセドリックを細い目で見つめた。

「そこは適当なのかよ・・・。」

リスみたいに頬にいっぱいつめながらも話し続ける。

「むぐぐ、それにさ、万が一なことがあった場合そこに誰か一人でも目撃者がいたほうがよくない?」

「お前が変な奴だって認識されて終わるだろうけどな。」

我ながら辛辣な答えにも奴は堪えやしない。空っぽになった弁当箱を急いでしまって席を立つ。思い立ったらすぐ行動するのがこいつの良いところでも悪いところでもある。

・・・待て。今の話をしたあとすぐに立ったということは。

「そうと決まればほら!早速やろう!今ならそれほど外にいないし、ジェニーは巻き込まれ役でリュー君はカメラ役!世紀の目撃者となるんだよ!」

と自分が食べきったからといってまだ完食してない俺たちをやたら急かす。というか、俺もいつの間にやら奴のごっこ遊びのメンバーに入れられていた。カメラ役ってなんだよ。

「ちょっ、巻き込まれ役ってなによ!待ってよお!」

「くそ・・・ハーヴェイはとっくに食っちまってるし!」

俺とジェニファーは楽しみにとっておいたデザートをゆっくり味わう暇も与えられず早急に外へと連れて行かされることになった。


ごっこ遊びというのなら、昼休みだし付き合ってやるか。その時の俺たちは、それぐらいの感覚でしかなかった。

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