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「ぎゃはははははは!!!やめろ!」
「おらおらおら!!」
いつものお茶会の席、秋に吹く朝の風はやや冷たく、肌寒さが残る。その為もあるのかテーブルに並ぶのは紅茶、そしてお菓子ではなくシチューと湯気をのぼらせる程温かいものばかりだった。
「この席に座ってお菓子以外のものを食べるなんて初めてだよ。」
シフォンは目の前のシチューを頬杖付きながらじっと見ている。
「あら、冷めちゃうわよ?」
既に全ての皿を平らげたフランネルが椅子の上に足を上げ膝を抱え込む。この姿勢は寝る証だとシフォンも察している。
「僕は猫舌なんでね。」
「舌切り取ってあげようか。」
フランネルのやや殺気のこもった低い声に苦笑いを浮かべた。彼女の前では、猫という単語も禁句らしい。
「ははは、勘弁しておくれよ。」
言葉とは裏腹にただの冗談だったようでそれ以上は何も言わず大きなあくびをした。ここまではいつも通りの風景だ。
「ひゃはは・・・ひっ、ひぃ・・・やめてホント・・・くすぐってェつってんだろ!!」
「やだ!!」
シフォンは視線の先のどこか異様な光景にすぐに真顔になる。
「・・・なあ、フランネル。あいつらは何をやっていると思う?」
その問いにすかさず答えた。
「じゃれあっている、わ。」
「・・・・・・。」
当たり前だと言わんばかりのフランネルを一瞥してからまた前方の少し離れた所に目を向けた。
「ひぎゃああああああぁ!?」
「仕返しだこのやろう!!」
そこにはシュトーレンとアルマが地面に転がり言葉通りじゃれあっていた。先程までは嫌がるシュトーレンにアルマが馬乗りでモップでひたすら相手の体をくすぐっていた。いつの間にかシュトーレンがアルマの耳を掴んで形成逆転したようだ。大変微笑ましい光景なのだが、青年よりの少年とでかい図体をした青年が戯れているのは朝の爽やかな気分を台無しにさせるもの。シフォンにとっては煩わしいだけだ。
「全く。やるならせめてよそでだな、あっそこの犬!噛むのはよせ・・・。」
とシフォンが言ったときにはもう遅かった。勿論、更なる仕返しに甘噛みなどするわけがなく腹だけではなく本気で歯も立てた。
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
思わず掴んでる手に力を入れ、相手も口を離さない。お互いに痛めつけてる絵はなんとも言いがたかった。
「言わんこっちゃない・・・。」
このままでは埒が明かないと渋々シフォンは仲介に入ろうとした。あえての遠方からで。
「一発黙らせてやるか。」
そう言って帽子から取り出したのはこの場に合わなさすぎる物騒な、綺麗に手入れのされたリボルバーだった。
「大胆ね。」
「びびらせるだけでいい。」
シフォンは二人の後ろの大きな樹に狙いを定めた。突然の発砲音が近くでしたものなら驚くに違いない。
「へえ~、猫じゃないのに猫舌なんだ。」
何の気配もなく、さっきまでいるはずのなかった人影がまるで今までいたかのようにシフォンの隣の席に座っていた。
「うわあああっ!?」
もう引き金に指を置いていたシフォンは驚きのあまりに自分の考えていたタイミングより早く撃ってしまった。わずかに手元が狂う。弾は威力を弱めたものらしいが、二人のちょうど間を通り抜けた先の樹に命中した。
「「・・・。」」
劈く銃声、目の前を弾丸が音速超えて過ったこと。シュトーレンとアルマはしばしお互いの顔を茫然と見ていた。一方で驚いているのはこっちの方もだった。
「いきなり現れるんじゃない!挨拶ぐらいしたらどうなんだ!」
ひどく狼狽したシフォンがくってかかる。チェシャ猫はといえば相手の反応にとてもご満悦な様子だ。
「ああ、こんにちはって言えばよかったかな?」
今更言われても困る。
「挨拶は出来るみたいだからこれからは空気を読むという事を学んだ方がいい。」
それに対しチェシャ猫は
「空気なんて読めないよ。」
と返してシフォンの隣で熟睡しているフランネルの背後に忍び寄る。
「お前は・・・。」
まだ文句を言いたそうにしたが、さりげなくフランネルを狙っていたチェシャ猫をどうにかすべきと長い尻尾を掴もうとした。
「あー!!チェシャ猫だー!!」
突如向こうからアルマの嬉々とした声がした。
「あーあ、台無しじゃん。」
今の銃声で眠りは覚めかけた上に誰かさんの大声で勘づかれてチャンスを逃してしまつまたチェシャ猫は笑顔は崩さず肩をすくめた。
「僕がいる時点で・・・。」
「遊べこのやろう!!」
シフォンのツッコミの最中にアルマはさぞ嬉しそうに尻尾をせわしなく横に振っては勢いよく立ち上り、地面を蹴ってチェシャ猫に向かって駆け出した。
「やーなこった。」
チェシャ猫は構おうともせず、だが消えようともせずに奥へと逃げる。アルマの眼中は獲物以外は全て風景も同じで、テーブルを勢いよく踏んで上がり地面に着地しては猫を追い森へ消えていった。さっきの衝撃で散らかったテーブル。本来なら怒るべきところなのだろうが、一難去ってくれたことに今は一安心。
「やれやれ、やっと行ったか。」
頬杖ついて冷めた紅茶を一気飲みする。フランネルはまたも夢の中だ。
「シフォン。耳痛い。」
どたばた煩いと思いきや途端に放置されたシュトーレンが半泣きになってシフォンの向かいの席に座る。片方の耳の先が微妙に血が滲んでいた。
「舐めて。」
「殺すぞ。」
真顔ですかさず返す。
「手当てするより舐めた方が早く治ったぞ!」
「それはお前の舐めた所はただの切り傷だからな!」
と言って隣のフランネルを小突いて起こした。ねぼけ眼を擦りながら不満げに文句を垂れる。
「たまには自分で取りに行ったら・・・?」
「嫌だね。」
行きたくないの意思表示として腕まで組んでるものなら何を言っても無駄だろうと、渋々身体を起こしてふらふらと家の中へあるものを取りに入った。一応、フランネルは客人の立場にあるのだが・・・。
「なに取りに行ったンだ?あいつ。」
傷も生々しい耳をぴんと真上に立てたままシュトーレンは退屈そうにネクタイを弄りながらたずねる。
「救急箱だ。ったく、お前が余計なことばかりするからもう絆創膏も切れそうだ。買いに行かないといけないな、めんどくさい。」
気が滅入ったのか答えてすぐの時はまさかと言うように顔を見上げたが最後の本音あたりで頬杖をついた。
「面倒なのか?近いじゃん。お前の足はなんのためにある?」
そう返すシュトーレン。しかしながら、どこか言い方が気に入らなかったらしい。シフォンの顔が険しくなる。
「お前を蹴る為にもあるんだぞ。」
「ごめんって。」
反射的に謝った。この短い間でしっかり主従関係が出来上がってしまったようだ。シフォンは深いため息をついた。もう過ぎたことなのに余計な事を思い出してしまったから。
「シフォン。見てみろよ。」
シュトーレンが何かを指差す。テーブルの上だ。
「鳩がいるぜ。」
シフォンの傍で皿の周りを執拗につついている一匹の薄灰色の鳩が時折首を前後に動かしていた。
「相も変わらず平和ボケしているなあ。」
鳩の方はこちらの会話に気付かず、随分呑気におのぼれを食んでいた。
「豆鉄砲とやらは残念ながらないのでね。びっくりするかどうかはわからないが。」
シフォンはその辺にあったデザートナイフを片手に取り、思考する間に器用に指先だけで回したと思えば狙いを定めてなんと鳩めがけて力いっぱい突き刺した。
「うわあっ!?」
あまりの突然のことにのけぞったのはシュトーレン。椅子ごと後ろに引っくり返りそうになるがなんとか持ちこたえる。
「チッ。」
舌打ちするシフォン。今ごろは手元にナイフが深々と貫かれた運の悪い鳩の憐れな体躯があったはず。なのだが間一髪で避けたのだった。ちなみに、命中させるつもりはない。
「乗ってるぞ!?なんか乗って・・・乗ってるぞ!?」
肝心の獲物はいつの間にかシュトーレンの肩の上にちょこんと乗っていた。
「せっかく焼き鳥にしようかと思ってたのだが・・・。」
不適な笑みを浮かべ抜いたナイフをわざとらしくちらつかせる。警戒しているのか肩から降りようとしない。
「ほら、もうなにもしないから。」
片手に刃となり得るものを持ったままで微笑みながらそう言われても誰が信じるだろう、いや、誰も信じない。鳩は多分埒が明かないと観念してシュトーレンの肩から足元へと羽をばたつかせ飛び降りた地面に着地した瞬間だった。突然、そこで爆発が起こった。
「のわあああぁ!?」
爆発といえど小規模なものにしか過ぎない。炎もなければ白い煙がもうもうと巻き上がるだけだ。にしても肩に鳩が止まったりそこから至近距離で爆発すれば些かシュトーレンはたまったものではなかっただろう。
「な、なんだよ!卵も鳩も爆発すんのかよ!」
「卵?」
シフォンが怪訝そうに訊ねる。思わずを過去の過ちを口から漏らしてしまいそうになった矢先。真っ白な煙が次第に空気に消され、そのなかに誰か人影がいた。
「鳩なんか食っても上手くねーッスから!!」
そこには、白色のスーツと帽子を身につけ、灰色の無造作な髪の青年が顔をたいそう青ざめさせながらへたり込んでいた。
「っていうか!本当そういうのやめてください!ウチはまだこの姿で思うようにしゃべれないっすから。」
涙目で必死に訴える青年。シフォンは無表情だ。
「お前は鳩、鳩だったよな!?」
こっちには先程のエミーリオ以上に血の気がすっかり失せて怯えた目で座ったままシュトーレンが見下ろしている。そりゃあそうだろう。エミーリオはやっと腰を上げ、服についた葉っぱを払い除けた。
「そうっすよ!遠くを移動する際はあの姿なんです。飛ぶ方が断然速いっすからね!」
シュトーレンは淘汰の国に来てからまだ姿を変えることのできる者を見たことがなかった。いずれにせよそう多くはないのでシフォン自体まだそういった者に出会ったのはエミーリオとこのお茶会の少し向こうの海辺をすみかとしている不死鳥のみだ。
「でもさっきの鳩、俺が餌付けしてる鳩だよな?こいつパンが好きなんだぜ。」
しかし既に出会っていた。エミーリオは鳩という形でだが。いや、鳩なんてたくさんいる。しかしもしかしたらシュトーレンの勘違いかもしれない。
「毎度ごちそうになってます!ちなみに栗の方が好きです!・・・じゃないってばあぁ!!」
律儀に一礼してからシフォンと餌付け犯を交互に見遣って狼狽する。愚かにも自ら認めてしまった。
「え・・・えっと・・・あ、いやその・・・決して仕事の合間とかではなくてですね・・・。」
罪悪感はあるようだが、シフォンにとって彼が仕事をサボろうとどうでもいい。自分の口に入るはずのものが勝手になくなるのはあまりおもしろくはない。
「次同じことをこの場で繰り返した時にはお前が餌になると思え。」
「餌ぁ!!?何の!?」
一気に血の気が引いていくエミーリオに対し穏やかな笑みにしては目だけが笑っていないシフォンは明らかに相手の変わり様を見て愉悦に浸っている。空気を読めるならば絶対間に入りたくない。
「というか、君はまさか本当に餌に釣られてやってきたわけじゃないだろう?」
まるで何事もなかったかのようにいつもと気取った態度で問う。
「あ、はいはい。えーっ、シフォン・ギモーヴ様宛にお手紙が一つ届いております。」
肩から提げている皮の鞄から一つの封筒を手に取り宛名を読み上げる。真っ白の新しい封筒に達筆で書かれてあるが、送り主の名前はない。裏には真っ赤な蝋印が捺されてあった。ちなみに、シフォン・ギモーヴというのは仮名だ。こんなところで警戒心を張らなくてもいいのに。
「やはり仕事の合間ではないか。」
という何気ない呟きにおどおどしているエミーリオを無視しながら封筒の上の部分を横に破った。中に入っていたのは真っ黒な紙。
「ん?ああ、血印証明がいるのか。全く、こんなことするのは恐らくあの方ぐらいしかいないな。」
そう言うとシフォンは傍にあったナイフの刃に人差し指を滑らせ、赤い筋の出来た部分を紙の端に押し当てた瞬間、煤が取れるかのように黒が消えて段々と本来の白い便箋が姿を現した。
「ウチはこれで失礼します!また今度一緒に温泉行きましょう!」
一仕事終えたエミーリオは次の届け先が近いのかそのままの姿で足早に去ってしまった。態度だけは真面目なのだが何かが惜しいと、温泉は嫌だと心の中で愚痴りながら文を黙読した。
~招待状~
9月16日、夕方刻にハートの城にて第6回クロケー大会を開催する。
持ち物:特に無し
備考:鳥に区分される者はクロケーの参加権は無い(観覧は自由)
尚、この手紙を読んだ時点で参加は強制となり、万が一いかなる用事であっても参加を拒否・放置した場合はただちに処刑するものとする。
ローズマリー・B・スカーレット
シフォンは下まで目を通したあと、自分に拒否権がないと悟り、深い溜め息をついた。
「何が招待状だ。これじゃあただの脅迫状じゃないか・・・!」
やけくそで脅迫状、もとい招待状をテーブルに投げ付ける。その動作にシュトーレンがわずかに驚いた。
「シフォン?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。」
適当に流したが何か気掛かりな事があったらしく「いや、待てよ?」ともう一度手紙を確認した。
「これは僕だけにきたものなのか?」
「あなたはこのお茶会の代表者よ。」
救急箱をぶら下げ、水の入った洗面器諸々を抱えてやってきたフランネルが口を挟んだ。
「あなたが呼ばれたという事は私もこの子も、呼ばれたも当然。」
「遅かったな!さっき鳩きてたぜ!鳩!」
「私あんまりアイツのこと好きじゃないの。首を傾けて頂戴。」
並々と水が入れてある洗面器で傷口を洗った後、消毒液を染み込ませた綿を傷口に当てた
「痛い・・・何してるんだ?」
「消毒よ、しょーどく。じっとしてて。」
やはり乾いてない傷口には染みるようだ。水につけられただけでも嫌なのに、意地で耳から手を離させようとするもしっかり根本から掴まれているものだからなんともならない。
「フランはまだいい。でもこいつを連れて行くのは、まだ早い。」
手伝う素振りも一切無く、優雅に紅茶を嗜んでいる。顔はなんだか気難しそうだが。
「弱ったもんだ。どうするべきかな。」
じーっと睨んでいる。彼の頭の中は目の前のあいつを参加させたくはない。強制的参加権からどうすれば回避できるかを思案していた。さすがに熱心な視線を向けられたら気にならないわけがなく。
「な、なんだ?俺の顔に何かついてるのか?」
「顔には顔しかついてないよ。」
めんどくさがり屋のシフォンは意味のない雑な返しをした。
「顔に顔?」
その時だ。
「・・・ぇぇぇぇええええええ・・・。」
どこからか知らないが、少なくとも林のほうから雄叫びにも似た声が聞こえてきた。それをいち早く察知したのはやはり五感が優れているシュトーレンだった。
「誰か叫んでねーか?」
片耳だけをぴんと立たせ声のする方向に目星をつける。シフォン、フランネルでさえまだ呑気に構えていた。
「なあ、おい!」
「焦らずとも良い。」
気づいてないのを危惧したシュトーレンに肩を揺さぶられながらも平然と近くにあったクッキーを拾って食べている。
「貴方は感じた気配が「どんなものか」を察知する力がないのね。」
フランネルが後ろで呟いた。シュトーレンは怪訝そうに振り向く。
「あ?何言ってンだ。じゃあどんなものなんだよ!!」
今度はフランネルに詰め寄った。相変わらず彼女は全く物動じしない。
「少なくとも、警戒するまでもないわ。」
包帯を丁寧に巻いていく。
「フラン!ケイカイってなんだっけ。」
しかし、そこに流れ込んだのは。明らかにこちらに近付いてくる忙しい足音。一方シフォンは気管に入って一人噎せていた。
「えっと、いらっしゃいませ、だっけ。シフォン・・・風邪か?」
「バカ!!早く水を用意しないか!!」
今度は反対にシュトーレンの方が悠長に構えた。自業自得とはいえさぞ苦しいのかそのぶん必死に喚いている。
「えええええぇぇぇぇ!!!!!!」
次第に声も近くなり。
そしてその声の主は茂みの中から勢いよく飛び出した。
「待てええぇオラアアアアアァァ!!!」
飛び出したそれは叫び声と共にお茶会の前を数メートルもくもくと土埃を立てながら真っ直ぐ滑っていった!ちぎれた草が空に舞った。
「どわあああああぁ!!?」
思わずシュトーレンは椅子も後ろに倒れるぐらいの勢いで反射的に立ち上がった。シフォンも目を見開いて凝視している。
「はっ、しまった!?」
すぐに飛び出したそれ、つまり人影が飛び起きる。白いブラウスも薄汚れ、水色のサスペンダー。金髪碧眼の・・・男の子。虫取り網と縄を持っていた。虫取り網の中には葉っぱが数枚入っている。
「白兎は!?」
派手に擦りむいただろう膝もそこそこ痛いと思われるが構わない。素早く立ち上がって神経を尖らせ周りを見渡す。
「マジかよ~、見失っちまった。」
獲物を逃したらしく頭を掻いて深くため息を吐いて項垂れた。
「そこの坊や。」
冷静さを取り戻したシフォンが体裁ぶってそこの少年に声をかけた。少年は振り向くと怪訝そうに眉を寄せた。
「あんたも坊やじゃん。」
シフォンもその反応には多少慣れている上に相手は初見の他人、普通の子供。対してこちらは大人だもの。怒らない、怒らない。
「心はいつでも童心のままの21歳さ。」
「見た目は子供だぞ!!」
シュトーレンが口を挟んだせいで「心はいつでも童心のままの見た目は子供だぞ!!」に聞こえてしまったがいらない情報は無視した。
「まあいいや。あれ?なんかこのメンツってもしかして、お前帽子屋だろ!」
そう言って少年はシフォンの方を指差した。
「そうだとも。」
とだけ返した。動揺は全くしない。次にシュトーレンを差したら。
「そんでこいつはおそらく「話通りでは」三月兎でその隣で寝てるのはヤマネだ!」
とフランネルを一瞥して言い張った。シュトーレンは目を丸くして呆然としている。
「・・・の、はずなんだよな?なんで体が人間なんだ?」
「俺こいつ知らない。」
シュトーレンも少年を指差しながらシフォンの方を振り向く。シフォンは少年の言葉が引っ掛かったみたいだ。座ったまま上目遣いで睨む。
「君のいう通り、ここはつまり「話通りで言う」お茶会さ。さては、君は「不思議の国」を知っているな?」
少年は自慢げに答えた。
「読書感想文で読む本なかったからさ!弟に書かせたけどな、へへっ。」
自慢にもならないことを照れ笑いで言われても困るとシフォンは思った。宿題も結局サボってるではないか・・・と言いたくても言えない。
「あ、そうそう。でもここに来たらみんなとりあえずアリスって呼ばれるんだろ?だから俺もひとまずはアリスって事で。」
今度は頬を掻いてそっちが苦笑いを浮かべる。
「でも、まさか男の子のアリスだなんて。」
いつもなら用が済んだフランネルはとっくにおやすみだったはずが、珍しく興味を惹かれて起きている時間の最長記録を伸ばしつつある。
「ま、それもそーだよな。俺じゃなくて、妹がこっちに来るはずだったんだけど。」
「どういう意味だ?」
シフォンの問いに、なぜか彼は誇らしげな顔で胸を張った。
―――――――…
「なるほど、君が白兎を最初に見つけたわけではないと。」
少年の名前はクレヴァー。彼によると、最初に白兎を見た妹が追いかけている途中転んでしまい、かわりに自分が捕獲しようとした結果が今である。
「なんとまあ愉快なこともあるものだ。代わりとはいえアリスが男とは前代未聞だぞ。」
「女装すればいいか?あ、そっちの趣味はないけど。」
「そういう問題ではない。」
クレヴァーは自分のことなのにまるで他人事のようにスコーンに手元にあった蜂蜜かけて頬張りながら聞いていた。
「しかもアリスは兎を追いかける者。君はまるで兎を捕らえる者に思えるのだが?」
兎は兎であるシュトーレンもどこか他人事だ。
「一旦お持ち帰りするだろ?妹に見せてあげてついでに周りにも自慢するんだ!ほとぼりが冷めたらちゃんと返すからいいだろ?」
「ほとぼりなどという言葉を使うような年齢には見えないが、見せしめのために捕獲しようとするあたりはまだまだ幼い思考だな。」
一切表情を変えず淡々と返す。クレヴァーはなぜかあまり良いことを言われてる気がしなかった。
「だが別に僕が言いたいのはそういうことではない。見たのならそれを話せばよいだけではないかな?自慢話として存分聞かせてやればいいじゃないか。」
シュトーレンも二度頷いた。しかしクレヴァーは不服そうに頬を膨らませる。
「実物がないとみんな信じてくれないもん。」
何を思ったかクレヴァーの開いてる口に一際大きめのスコーンをフォークで刺して無理矢理ねじ込んだ。当然、いきなりのことにかなり驚いて咄嗟にシフォンの腕に片手を添えた。
「論より証拠か。やれやれ、どれだけ雄弁や理論を説いたところで実物にはかなわないのかね。哀れなことだ。」
口いっぱいのスコーンに噛むことすら出来ずしばらく咥内で塊を転がすことで精一杯。彼の言うことをあまり理解出来ていないようだ。
すると突然フランネルが頭を起こした。
「そうだわ。シフォン、せっかくだからこの子を誘いましょう。」
その言葉を聞いたクレヴァーは自分を指しているのかと直感的に、シフォンは一瞬の隙に取り乱し感情的になった。
「ふざけるな!!」
吃驚してたじろぐシュトーレンを無視しフランネルに怒鳴った。明らかに客人に向ける態度ではないことは自らもわかっている。その変わりようにはクレヴァーも動揺しつつある。
「あ、いや。すまない。しかし、君がそのようなことを言うとは・・・。」
すぐに顔を俯かせる。フランネルはびくともしないで続ける。
「あら、私は割りと真面目に言ってるのよ?」
話に取り残されがちのシュトーレンはしまいには興味も薄れてスプーンに映る自分の顔をじっと眺めていた。
「スプーンも、鏡なのか!」
「いずれ彼女・・・じゃなかった、彼もあの城に行く運命・・・。それに、もう少しで白兎も持ち場に着くはずよ。」
目を輝かせるシュトーレンを無視してフランネルは説得を試みる。
「どうせあの兎のことだ。女王に告げるに違いない。だとしたら。」
「否応なく連れてくるしかないわ。」
招待状を睨みながら今日で何度目かわからない程のため息をまた吐く。
「・・・まあ、アリスが男だろうが誤算だろうが僕には関係ない。しかし・・・。」
「断る理由があるの?」
フランネルの一言にとうとうシフォンも押し黙った。
「な・・・ない。何一つない。だが、今思えば難しい話でもない。」
シュトーレンの方に見やった。あいも変わらず能天気。女王がどんな人か知らない彼に教えてやっても、やはりまだ早い。それならまだクレヴァーの方が順応できそうだ。しかし、後々仲間外れみたいに言われても・・・と、大人のシフォンは考える。考えるに考えて至った結論とは。
「フランネル。お前はシュトーレンを見張っておいてくれ。」
ようやく名前を呼ばれシュトーレンが振り返る。フランネルは不服そうだ。
「子供のお守りをするの?しかもこの流れだと私は男の子の世話をすると思ったのだけど。」
流暢ではきはきとした彼女の言葉は本当に刺さる。
「手の焼きそうな子供ばかりの子守り、僕には無理だ。わかってくれよ・・・。」
「子供じゃねー!!」
「え?オレ子供の内に入ってる!?」
憤慨するシュトーレンときょどるクレヴァーとシフォンはひどくうなだれた。
「また後々君と会うことになるだろう。とりあえず、それまで好きに冒険を続け―…」
「いや、じゃなくてあの…兎は…」
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