二兎追う者は一兎を消し去る

1

ようこそ、淘汰の国へ―・・・


「・・・何だァ?淘汰の・・・国?」


少年が目を覚ましたのは、芝生の上で大の字に寝転んでいた。しかし、ここがどこかはさっぱりわからない。それどころか自分の名前、年齢、出身さえわからなかったのだ。

―まあ深いことは考えないでくれたまえ。焦らずともよい。―

声は脳内に話しかけてくる。おそらく自分に声をかけた人物はこいつだろう。話しかけられているのにその人がいないのはもどかしいことこの上ない。

「てめぇは誰だよ。」

訝しげに見当たらない声の主に問いかける。しかし

―後々知ることになるだろう。いやあ、いい天気だ。―

まともに返す気はないようなのは気怠げな声でなんとなく察し、興味の失せた少年はふとお尻のあたりの妙な違和感に気付きそっと手を触れた。

「ん?」

それは、丸くてふわふわしたものが「生えていて」・・・。

「なんっだこれ・・・痛ッ、取れねえ!」

思わず引っ張ってみた。しっかりとお尻から生えていてはなれない。服にはそれを通す穴が空いていた。

―そりゃあそうさ。―

謎の声が笑みを含んだ声で彼を小馬鹿にした。

―君は兎、なんだから尻尾と耳は生えてるのは当たり前だろう―

さすがの少年も内心腹を立てる。痛みのあまり八つ当たりもしたくなる。それにぱっと見て自分は人間である。それぐらいは明瞭だ。

「はァ?ヒトに尻尾はねーだろーよ。耳は生えてるけど・・・。」

そう文句をたれつつ一応自分の耳の位置を確かめる。

耳元には何も、ない。その手は下、後ろ、上。頭から生えている違和感が毛ざわりのいい「何か」ためらいなくつかんだ。

「ひゃん!!ええっ!?取れない!」

―・・・何をやっているんだね、君は。―

咄嗟に喉の奥から不意に出た甲高い声、体に走る変な感覚と触れたものが明らかに自らの頭部から生えていたのを確かめ一気に動揺した。謎の声は呆れている。はたからは一人で勝手にパニックを起こしているようにしか見えないのだから。薄い桃色の髪から覗くピンとたった茶色い野うさぎの耳は紛れもなく本物。

―まだ疑うようならもっと強く、引きちぎるぐらい引っ張ってみてはいかがかね。あまりおすすめはしないが・・・。―

「アホか。んなこたぁ聞いてねェよ。」

―・・・。―

意外な口の悪さに謎の声の主は絶句した。あーあ本当はもっと聞きたいことは沢山あったのに、残念だが自分の態度で黙らせてしまったとは思っちゃいない。深いため息を吐いて頭を雑に掻く。

「俺は一体何者なんだよ。」


謎の声がだんまりを決める。


―・・・。―


「・・・俺は何者なんだよ。」

口が悪いのは彼に悪気がないわけではない。 口の利き方が他にわからないのだ。実際、彼はさっきから自分が自分でわからずひどく不安で心細い。彼はこの感情でさえわからないのだ。

もう一度、低い声で同じ質問を投げ掛ける。

―・・・君は、三月兎としてこの世界に産み落とされた。

「三月兎?なんだかよくわかんねェ単語ばっかだなァ。それが俺なのか?待てよ?」

少年はふと空を仰いだ。その先には鳥が数羽しか飛んでないが。

「産み落とされた?」

―そうさ。記憶がないのも辻褄が合うではないか。いわば赤子と同じである。―

じゃあわからなくても当然か、とはならない。可哀想な少年。自分を囲む状況、草、空、誰かの家という見ただけの情報だけ。自分を差す「三月兎」の意味も知らない。

―安心したまえ。私はあえて彼の仕事を奪わぬよう教えぬだけ。あとは彼が教えてくれる。―

彼、とは?

うしろに、芝生の不自然な音がする。敏感な耳と気配に気付いて振り向けばそこには飾りのついたシルクハットと同色のマントをたなびかせた亜麻色の髪のしょうねんがこっちを何か試すなうな笑顔で見上げている。先ほどまでどこにも人ひとりもいなかったのに、どこから現れたのだろう。流石の少年もこれには驚き。

「君が僕とお茶会を共に開いてくれる人物かい。へぇ~?」

微妙な距離を保ったままこちらを凝視してくる。あまり気分は良くなかった。ほら、また知らない単語も出てくるし。

「お茶会?アンタは、誰だよ。」

眉間にシワを寄せて疑り警戒心をあらわにした鋭い視線で睨むが相手は物動じしないどころか穏やかな笑みを浮かべている。

「君、お菓子作りは得意かね?」

突拍子もない質問に適当に返事を考えた。

「は?知らねーよ。作り方教えてもらえりゃ出来るんじゃねえの?」

「ほう。そうかい。」

声がやや弾む。第一印象は変わらぬまま。

「まあいい、それより早くお茶会を開こうじゃないか。」

少年はずっと頭に疑問符を浮かべている。

「君が求めている解も話そう。なぁに、茶がまずくなるような難しい話はしない。僕はシフォン。君の名前は・・・。ふむ。」

シフォンと名乗った少年は腕を組み、名もない彼の名前を考えてあげた。彼に記憶はないので、おそらく一生の名前になる。初対面の彼の内面を知らないので性格などにふさわしい名前は今の段階ではつけられない。第一印象で考えるのは失礼だ。かといって、見た目から考えてもいいのが浮かんでこない。

「・・・。」

少し長い待機なら少年と平気だった。考え込むシフォンの目がはっと開く。しばらくして考えた名前は・・・。


「シュトーレン、君の新しい名前だ。」


そう名付けられた少年の顔がようやく綻ぶ。だって、名前すらなくて不安だった自分に名前がついたのだから。語感も気に入った。きっと何か意味があるのかも、自分じゃ理解できそうにないけど。

「ありがとう!シフォン!」

まるで本当に子供のよう。純粋無垢な瞳だ。喜んでもらえて、そんな目で見られて悪い気はしない。ただ、ちょっと罪悪感。だってシュトーレンとは自分が好きなお菓子の名前で、それをつけたのだもの・・・。

「・・・お茶会を開くのはここじゃない。ついてこい。」

なんとも言えない顔のシフォン。しかし、シュトーレンにとって少しだけ好印象だった。



彼が案内されたのは、大きい二つの煙突が特徴のログハウス。二階建てでそこそこ大きい。そして、その庭に一つの大きなテーブル。一重に少年は「お茶会」というものを知らなかったが、この人数しかいないのに沢山並ぶ椅子と陶器の皿やカップ、銀食器には違和感を感じた。シュトーレンは適当な席に腰をかける。隣にはふわふわとした髪の毛に自分のとは違うが同じような獣の耳と尻尾を生やした少女が気になった。テーブルに顎をのせて寝息をたてていた。

「・・・。」

すぐ傍で気持ち良さそうに眠っている少女を不思議そうに見つめていると向かいにシフォンが座った。その周りには紅茶の入ったカップとはやや微妙に焦げた焼き菓子が置いてある。気づけば自分のところにも。透き通った赤茶色の波紋に揺らめく自分の顔。やはり、耳は頭から生えていた。

「なァ、こいつも生えてんの?」

「生えてる。」

ふと少女の耳を無意識に引っ張ろうとしたのを察知したシフォンが素早く彼が触れる前に答えた。

「じゃあ早速、僕が順を追って話すからよく聞いておくように。まず始めに、ここは淘汰の国。淘汰というのは、その環境に合わないものは滅びるっていう意味があるんだ。すなわち・・・。」

「・・・無駄話は・・・やめて・・・。」

熟睡していたかと思った少女が何やらか弱い声で呟き、シュトーレンが首をひねる。寝言なのか、またすぐに落ちた。

「・・・試しに聞くが君は「不思議の国のアリス」という物語を知っているかね?」

全く聞いたことのない長々とした単語に首を傾げた。

「知らね。」

「そうかい。ま、知らなくてもいいんだ。肝心なのはそこでもない。」

本人にそんな自覚はないがそっけない態度にもシフォンが動じることなく寛容に受け止める。

「その主人公であるアリスが突如、物語から姿を消した。そこで、不思議の国のアリスにふさわしい少女を選ぶための国を作った。それが淘汰の国さ。」

説明しながら焼き菓子を手掴みで頬張る。腹に何も入ってないシュトーレンもつられて自分の分も用意されてある焼き菓子をひとちぎり口に放り込んだ。

「どうだい?」

シフォンが期待の目を向ける。少年は数秒かけて咀嚼して喉に流したが、むずかしい顔で唸った。

「うーん、わかんない。これは悪くない。」

「そうか。個人的には上手くできたと・・・じゃなかった。そしてその国に迷いこんだ少女をアリスに導く為に必要な役を与えられたのが・・・僕達だ。」

そう語るシフォンから笑顔は消えていた。そのかわり真剣味が増した。

「役?」

「あぁ。僕は帽子屋でこのお茶会の主催者。彼女は眠り鼠で名前はフランネル。客人である彼女をもてなすのがこのお茶会の目的なんだよ。君の役は三月兎。三月兎はお茶会にかかせないお菓子などを常に用意する役である。」

淡々と一人説明を続けられ、少年はどこから突っ込めばいいかさえ見つけることができなかった。

「よくわかんないのは変わらねェが、まあいいや。お菓子作って持ってくりゃあいいんだろ?」

「話が早い。助かるよ。」

話が早い、とはいっても別に理解したのではないのに。そして今日はひとまずシュトーレンのお手並み拝見と行くこととなった。教える事が多くて時間はかかったが飲み込みは異常に早く、簡単なものならレシピ通りに作っていった。シフォンもフランネルも大満足。初めて褒められたシュトーレンも新たな感情が芽生えた。初日はいい感じ。




―1日後―


「んー・・・。」

シュトーレンは早速自分の住みかで一夜を過ごした。誰が用意したのかは知らないが、十分すぎるほど沢山の生活用品や家具、小洒落たインテリア雑貨がいたる部屋にところせましと揃えてあった。新築だろうかまるでホコリひとつもなく、逆に落ち着かなかった。寝室だとシフォンに案内された部屋は一人で過ごすには広すぎる部屋だった。白いレースのカーテンに質のいい暖色のカーペット。壁際には羽毛の毛布がかけてあるベッド、他にもニスでつやつやに輝くクローゼットなど。全てシフォンのセンスである。新しく人が来るからと張り切ったのはここだけの話。

基本お茶会で腹を満たすらしい。が、リビングのテーブルに数個のフランスパンが置いてあったのを食した後、風呂場でシャワーなど慣れない物体にやきもきしながらひとまず身体を温めてベッドの気持ちよさにいつしか眠りに落ちていたのだ。

「まっぶし・・・あー、朝か。」

大きなあくびをして手を伸ばし、カーテンを閉めようとするが、閉まってある。白く薄いレースのカーテンは遮光には優れていない。これがもしシフォンのチョイスだとしたらなんと秀逸なんだろう。眠気まなこをこすりながら階段を下りていくと玄関から何やら騒ぎ声が聞こえる。

「こんな時間に客が来るとかマジ迷惑・・・。」

時折シフォンの声もするのでほっとするが、彼はここまで騒ぐ人ではない。彼の中では今のところそういうキャラだった。というか、複数の声がする。

「なんだ?」

ちょうどその時、玄関の扉を叩く音が部屋中に響いた。さすがのシュトーレンもおかげさまで一気に目が覚めた。

「レンくーん!レンくーん!僕だよ開けてー!」

鳴り止まない激しいノック。聞いたことのない声、。

「いや、誰だよ。」

とぼやきつつレンくんことシュトーレンはマイペースに身支度を整え始めた。

「おはよ・・・わぁ!!」

「君が三月兎さんだね!!?」

残りのパンをくわえながらゆっくりドアを彼を待ち受けていたのは随分洒落た身なりをした青年の力強い抱擁だった。

「いやいや中々出てきてくれないからもしかしたらまだ自分自身に自信がなくて落ち込んでたりしてたんじゃないかなって心配したんだよ!?あ、自身と自信て別にダジャレじゃないよダジャレなんか言う奴が本気で心配するわけないもんね!」

怒濤のごとくの勢いでどこで息継ぎをしているのかってぐらい早口で喋っているものだから出会い頭にこれではシュトーレンは混乱をきわめている!

「うえぇ!?」

思わず口にしていたパンをこぼしてしまった。それどころではない。

「それでも僕は三月兎となった人物が気になっていてようやくこうして出会うことが出来た!あぁ・・・なんて幸せ者だ!万が一僕の身に何かあって二度と垣間見えないままだとしたらもう・・・もう!僕としたらあ、ああぁんげっ!!」

突然相手の頭がガクンと揺れる。彼の身に何かあったのだろうか。

「い、痛い!」

頭を片手でおさえてそっと身体を離す。改めて見たら眼鏡をつけてなんだかなよなよしてそうな雰囲気だった。髪は赤と黒と半分に色がわかれてアシンメトリーななっており、シュトーレンと似たような長い耳を生やしているが真っ白でまるで綿を被ったようにふわふわしていた。

「なんで男同士のハグなんか見なければならないんだ。茶がまずくなる。」

「あんたの煎れるやつがまずいだけだろ。」

後ろには長い杖を手に持った呆れ顔のシフォンと、背中から顔だけで覗かせてこちらの様子を真顔で伺っている見知らぬ少女の姿があった。

「シフォン。誰なんだこいつらは。客か?」

訝しげに訊ねるシュトーレンに「まあ、もう呼び捨ての仲なの!?」とわざとらしく腰を捻ってウザ絡みする青年の頭をまた杖で小突いた。

「ああ、そこの変た・・・男はヴァレンティーノ。後ろにいるのはプリム。僕への用事がてらに君の姿を一目見たいってね。」

「そーでもないけど・・・気になったから。」

プリムがシフォンの隣に並ぶ。こうして見ると小柄である。兎を模したフードに大きめの寝巻きを着てにんじん・・・に見える何かを抱えていた。髪の毛はクリーム色で内側がピンクになっている。

「僕のことはティノって呼んでね!と、それはそうとシフォン君。例のアレ、仕上がってるって聞いたんだけど。」

「出来ているよ。まあせっかくだからゆっくりしていきたまえ。」

そう言ってシフォンは昨日と同じ席にいち早く座った。。フランネルも同じ席でやはりすやすやと寝息をたてていた。

プリムがシフォンの向かいに、ティノはシフォンの空いている隣に。

「レンくーん!君も一緒にお茶しようよ!」

ティノが手を振る。満面の笑みでこっちを見ているから思わず寒気がした。しかし。

「あたしたちのぶんがないぽよー。どゆこと?」

身体を突っ伏してだらけたプリムが言った通り、シフォンとフランネル以外のテーブルには食器が何も用意されていなかった。なんとなく予感はしたがシフォンが視線でこちらを促しながら言った。

「ああ、客人が来るのはわかっていたが、わざと用意しなかった。彼に初めて仕事させるいい機会だからね。お茶とお菓子を用意してくれ。台所のテーブルに煎れ方を書いたメモを置いてある。」

「お、おう・・・わかった。」

すぐさま客をもてなす為の代物を取りに家へ戻った。

「あーあ行っちゃったあ。三月兎ってある意味かわいそうだよね。」

ティノが肩を竦めて寂しそうに呟いた。

「どうしてそう思うんだい?」

何を思ったかシフォンはテーブルクロスをめくって自らの足元を手探りしながら聞き返す。

「だってあの子はいわば持ち運び専でしょ?こうやって一緒にお茶出来ないんじゃないの?」

「だからアイツのような奴が適役なんだよ。」

ティノはまだ腑に落ちていない様子で彼の一連の動作を見つめる。シフォンがテーブルの下から取り出したのは一つの段ボール箱だった。それを見たティノが上機嫌になり席を立ち上がり前のめりになる。

「気に入ってくれると思うよ。」

「なにそれ見たーい。」

シフォンの腕を掴んでぶんぶん揺らすプリムを無視して段ボール箱をティノに手渡した。


台所に戻ったシュトーレンは一方で一人孤軍奮闘してい。

「シナモン?オレガノ?ろ、ローズマリー??」

流し台に数本の透明なガラスの小瓶を並べてそれらを1つずつ手にとっては訝しげな目で睨んでいる様はなんと滑稽だろう。中には粉にしたハーブとそれぞれの名称が書いてあるラベルが貼ってあった。勿論、彼にそのような高度な教養があるはずがない。というかたかだか紅茶を煎れるだけでここまで困難をきわめているのか。 メモを見つけたはいいもののこれじゃあさっぱり。

「んーとりあえずそこらへんにある物を適当に入れればいいかなァ。」

シュトーレンが手にしたのは紅茶には無縁も無縁なある代物だった。



*******


「 おぉ。これは中々良いじゃん!さすが帽子屋だね!!」

「当然さ。」

そんな会話が扉越しに聞こえてくる中、相も変わらず落ち着いた足取りで、両手に紅茶が並々と入ったカップを人数分乗せたプレートを、少し隙間が開いているドアを足で押し開けた。

「おまたせ。」

とくにへつらった様子もなくゆっくりと階段を降りる。

「お茶を煎れるだけで時間がかかりすぎではないかな?」

「レンくーん!」

反応もまたそれぞれで、シフォンはやや厳しく咎めるように、ティノはなんというか相変わらずだった。

「だってお前の書いたやつ意味わかんねーんだもん。」

少し膨れっ面にシュトーレンがプレートを置いた後にポケットにしまっていたシワだらけのメモをテーブルに叩きつけた。滑らかな筆跡でつらつらと綴ってある。

「あー・・・すまない。つい癖が出た。」

「何々・・・これは、もしやドイツ語かい?」

分が悪そうに頬を掻きながらメモに書かれた自分の文字を凝視した。ティノは身を乗り出して覗き込んだ。眼鏡を二本指で押し上げるのがなんだか鬱陶しい。

「おい。ティノだっけ。」

「そうだよ。なんだい?」

ようやくにして名前を呼んでもらえたのがそんなに嬉しいのか耳がぴんとはねあがる。でも別に親しみを込めて彼を呼んだのではない。

「なに頭に・・・乗っけて・・・。」

なぜか咄嗟に自分の口元を抑えて微かに長い袖に隠れた手も震えているシュトーレンなど気にもとどめず、視線の先に気づいたティノが頭の上に乗せているそれを更に深く被ってみせた。

「これねぇ、シフォン君につくってもらったんだよ!帽子は紳士淑女を高貴に、かつ個性的に思わせる最高のアイテムだと思うんだよね!でも店で売ってるの、いまいちピン!とこなくて帽子屋の作る帽子ならどうかと頼んでみたらもうコレ最高!」

ちょっと聞いたら倍で返ってくるので流して聞いた。耳はピン!と立っていた。

「大体のイメージは事前に注文・・・そう、オーダーメイドなの世界に一つ!僕だけの帽子!ねえすごくない!にあって当然だよね!?」

ウザい程自慢げに麦わら帽子を見せびらかしてくる。プリムがあきれた顔で見ていた最中シフォンはじっとその様子を見ていた。

「・・・ふ・・・くくッ。」

顔を隠しているが震える肩にティノは首を傾げた。

「レンくん?どうしたのさ。」

麦わら帽子の鍔から覗かせる真ん丸い青い瞳がこっちを見上げている。シュトーレンもつられそう。我慢の限界だった。

「あっはは、ははっ、あひゃひゃひゃひゃはははは!!あひゃひゃひゃひゃ!!!」

箍が外れたように突然、シュトーレンはお腹を抱えて破顔一笑した。あまりにも急な変わり様にティノはおろかプリムでさえこっちを呆然と見つめている。フランネルは爆睡している。しかし一度吹っ切れてしまったものは自身で抑制不可能で息も苦しそうに目には涙、よほどおもしろおかしく見えたのだろうか。

「ひーっ、ひ・・・っははは・・・マジで・・・えっマジで似合うと思ってんの?っべーわ、腹いてえ・・・。」

「えーっ!そんなぁ・・・プリムはどう?」

「どうって言われても・・・。」

ショックでふわふわの耳が垂れ下がる。自信を八割失いかけたティノが慰みにと、彼女を信じてプリムに感想を求めた。

「あいつがあたしの本音を代弁してくれて助かってるよ。」

「!!?」

数秒で撃沈させられた。作ってくれたシフォンの方を心配そうに見ると。

「最低限客の注文通りにするのが僕の主義だが・・・もう少しかたいデザインの方がいいのではないかとは思った。まあいいけど。」

彼が似合う似合わないより(ひとまず)客が満足してくれたのと商品の出来自体には満足しているのでシフォンは騒がしい周囲を無視して紅茶を口にした。

「なんだコレは!!?」

シフォンはお酢とコーヒー豆と砂糖とハーブの微妙なブレンドが奏でる破壊的なハーモニーに一人でしばらく悶絶していた。


賑やかな客人(主に一名)が帰り、静けさを取り戻したお茶会にて。


「・・・シュトーレン。」

いつものように紅茶を嗜んでいる優雅なシフォンの側で空いた食器をプレートに可能な限り高く積み上げるシュトーレンは何の前触れもなく名前を呼ばれ耳が本人以上に反応した。

「なんだ?」

「君、随分とお菓子作りが上手なんだね。」

突然の褒め言葉にどう返していいかわからず「あぁ、そう」と素っ気なく返す。あれからメモは解読できるような文字で書かれており、レシピどおりに作ってはいるからひとまず味になるようなものは作れる。

「それはさておき、突然で悪いが君に大切な話をしよう。」

そう言って目の前の席を杖で催促した。すぐに理解したシュトーレンが彼の向かい側の席に座った。

「大切な話?」

シフォンの隣、椅子の上に膝を抱えて座っているフランネルが聞き返す。

「三月兎が一体どういった奴か。つまり君がどんな奴かを自分で知っておく必要があると思ってね。

「一週間経ってから話すことなの?」

珍しく眠気もすっきり覚めているフランネルのはっきりした口調で言われる皮肉は結構くるものがあった。

「三月兎は俺だぞ!」

シュトーレンもあれからわりと元気に発言する事が増えたし・・・。

「すぐに話すのもあれだ。少し周りに慣れてからだな。」

「なになに!?」

明らかに「忘れていただけだろ」と心の中で呟くフランネルをよそに、深く考えないシュトーレンは早速彼の話に食いついた。シフォンが軽く咳払いしてからそっと杖をさげる。

「この国にいる一部の奴は変わった力や体質を生まれもって持っている。」

隣のフランネルを一瞥しながら続けた。

「フランネルもそのうちの一人だよ。」

名指しされたのにも関わらずフランネルはブラウニーにさながらリスみたいにかじりついていた。勿論気にならないはずがないシュトーレンは身を乗り出して興味津々な態度を示す。

「どんなの!?見せてよ!」

フランネルとシフォンはしばし目を合わせてから再び視線を向けた。

「君が体質にとらわれた時にお披露目してもらおうじゃないか。」

「なんだよそれ・・・。」

子供のような無邪気な様子から一変、耳がしょぼくれたように下がる。しかしシフォンは無事に彼の話に戻すことができた。

「まあそんな顔するんじゃない。君の体質について話すよ。しかと聞くだけではなく覚えておくように。三月兎、君の特異体質は・・・どう説明したらよいものか。」

わざとらしいほど大きな咳払いをした。なんだか堅い話になりそうで内心げんなりとした。

「簡単にすればだね・・・、発情しやすい体質となる。」

「はつじょうってなんだ?」

間髪入れずに返ってきた。どうやら素だ。首をかしげられても困るし戸惑ってるシフォンからはちっとも愛らしいとは思わない。たちが悪いだけだ。

「身をもって感じるしかないな。いや、待て待て。僕らがどうこうする話ではない」

一人困り果て君のシフォンはふとフランネルと目があった。

「そうだ、フランネル。紳士の僕が言うことではないが、ちょっと、脱いでみては。」

「しね。」

速答だ。聞いた本人も「だろうね。」と自分を責めつつなぜかひどく疲れた様子で下を向いた。

「しんし・・・?」

「なんでもない。今のはなかったことにしてくれ。」

額の汗を袖で拭い再び元の落ち着いた口調に戻る。発情の単語を明解に説明しようとなるといざ難しいもので。適当にはぐらかしても良かったのだが、ここまで引き伸ばしておいてそりゃあない。

「個人的な意見だけど・・・。」

フランネルが口を挟む。思わぬ助け船だ。

「誰かを好きになることを先に教えた方がいいんじゃないのかしら?」

・・・でもなかった。

「発情は好意と関係ない。彼らの場合は。」

「あっそう。」

フランネルはまたブラウニーをかじる。さほど助けるつもりもなかったらしい。

「ああもう、何回も発情とか喋らすなよ。いいかい?発情とは・・・。」

一度の台詞に早くも言いたくない単語を発して更に続ける。

「相手の体に触れたいと思う衝動だ。触りたいとなったらそれが発情だよ。君はそういった思いが通常より強いのさ。」

「ふぅん。」

半分ぐらいしか理解してないシュトーレンはやる気のない生返事をした。いや、もう興味が失せていたのかもしれない。

「これで良かったと思うか?フラン。」

「知らない。」

フランネルからも完全に見放されたシフォンは大変哀れ、滑稽極まりない。

「そうなら俺、早速お前に触りたいんだけど。」

二人は固まったが、フランネルはすぐそっぽを向いて他人のふりをかました。実はこの時こっそりナイフを取って袖に隠していたことには誰も気付かれていない。取り残されたシフォンが右に左に目を泳がせる。悲しいかな、味方は誰もいない。フラグを立ててしまった自覚もない。だってまさか話をしたそばから、更に自分が対象に入るなんて事を前提に説明したわけではない。

「からかうのはやめろ!!」

「いやマジで!」

シフォンの顔から血の気が徐々に引いていく。そんな彼が眼中に入ってるのか否か、シュトーレンはなんと突然椅子の上に膝にしゃがみこんだと思えばその椅子を踏み台にしてテーブルに軽々と飛び乗ったのだ。

「お前、正気か!」

数枚の食器が音を立てて跳ね上がって無造作に落ちる。そんなことはどうでもいい。それどころではない。シュトーレンの常軌を逸した行動にどう対処すればいいのか必死に思考を巡らせるも色々な衝撃に落ち着かない脳内が妨害した。防衛に杖を持とうとしたが地面に落ちているので届かず、意味がなし。

「いーじゃん、触りたいんだもん。」

「アホか!心の準備が・・・ってそういう問題じゃない!!」

下から睨んで抵抗の色を見せるもそれさえどういった意味かわからなかった。むしろ面白おかしく映ったのか、不適に笑う彼に鳥肌が立った。

「待ってくれ・・・。」

しかし相手のいかにも悪意の欠片もない瞳。されどなんでもかんでも許せるわけではない。もう一度助けを呼ぼうとしたがフランネルは・・・寝ていた。

「フランネル・・・お前はぁ・・・うわっ!」

そんなシフォンの胸ぐらを掴む。椅子からガタンと体が揺れた。

「触られるだけでなんでそんな怯えるの?」

彼にとったらそうかもしれないが、こっちは今まさにそれ以上が頭に浮かんでいるのだ。だって、この会話の流れなら・・・。

「だってお前、決まって・・・!」

冷たい手が頬に触れる。きっと皿洗い等の際に水に触りっぱなしだったからだ。

「やめて・・・頼む・・・。」

怖さのあまり強く目をつむった。ああ、まさかこんなところで・・・。


「ははは、変な顔ー!」

頬に触れていた手は気づけば頬を伸ばしたり押したりしていた。

「レン?おまふぇっ。」

「あはははは。」

まるで買ってもらったおもちゃで遊ぶように、笑い声は本当に楽しそうに。呆気にとられたシフォンは今度は両手で伸ばされたりなどある意味好き放題され変形していた。

「痛い、痛いってば・・・。」

「俺でもこんな伸びねーぞ。」

これだけつねったり引き伸ばされては赤く痕も残るだろうが、心にトラウマが残るよりは幾分ましだった。されるがままのシフォンも痛いとは言いつつ茫然としていた。そんな和やかなムードも一変。シュトーレンの足元で何かが割れる音がした。

「なんだい?今の音は・・・。」

頬を両側から押されて干し葡萄みたいな顔にされて弄ばれているシフォンはなんとか首だけを彼の脇の向こうにずらす。

「うりゃうりゃ、このー!」

飽きもせず遊んでいる彼、シフォンは彼方の光景に目を疑った。食器などはきっと散々な事になっていだろうがそれについては半ば諦めがついていた。その時の自分は食器どころではなかったのもあるが、シフォンが信じたくなかったのはまさしく「今起こった」出来事だ。

「貴様は・・・。」

突如、シフォンの声が怒りに震える。

「ん?きさま?」

彼の視線の先を目で追って見てみると。

「あ。」

ちょうどシュトーレンが踏んでいた所に真っ二つに割れた真新しい皿があった。それだけでシフォンは怒りやしない。ただ、自分が食べるはずだったものまで大惨事になっていたので。見る見るうちにひどい剣幕になる。

「あはは、気づかなかった。」

可哀想な事に彼にはそれが「悪い事をした」という認識に繋がらなかったのだ。っていうか、作った本人がコレである。思わず手を離してしまったのが運のつきで、シフォンはようやく自由になった体で早速立ち上がれば先程は手が届かなかった杖を拾い上げた。好きにされたままの鬱憤もたまっているのか怒りに冷静さを失いかけていた。

「シフォン?」

隣で寝息を立てていたフランネルは起きるやすぐに椅子の上に飛び乗った。なんとまあ素早い身の切り返し、実は寝ていなかったのではないかと疑いたくなるほど。

「謝れ!いや、どうしてくれるんだ!大体テーブルは土足をつける物ではない!・・・フランネル!離せ!」

彼女はいつのまにか後ろからしがみつき彼を抑える。必死に抵抗するも虚しく。

「あっ!!?」

おとなげなく素でわめき散らかす彼に対し逃走本能が足を駆り立てたのか、シュトーレンは「おー、怖い怖い」と半ば冷やかしながらテーブルから飛び下り颯爽と森の中へ姿をくらましていった。






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