特別事象 帽子屋の場合2
今日もいつもの趣味の時間に勤しむ。の、だが・・・。
「・・・どうしたの?」
「どうしたって?」
姉さんが、文の方ではなく僕の顔を心配そうに見つめている。
「楽しそうどころか、気難しい顔をしているから。」
どうやら自分が思っている以上に感情が表に出てしまうらしい。姉さんには関係ないので、どうにかごまかすしかない。話したところで信じてもらえないし。僕だって信じてないのに。突然異世界に呼ばれて、得体の知れない人物にお前の話気に入った、読んでるよ、ぜひ欲しいと言われたなんて。あれから数週間経っても気がかりで満足に趣味を楽しめていない、なんて。
「頭が痛いんだ。たいしたことない。」
「ここ毎日ずっとじゃない、そんな顔してるの。長引くようなら病院行ったら?」
余計な思い込みだが、違う意味で病院行けと聞こえてきて辛い。考えすぎだ。
「大丈夫だよ。」
実際考えれば頭が痛くなるが、薬に頼る痛みではない。はぁ。この時間が唯一落ち着ける時間だったというのに、胸騒ぎがしてならない。そりゃそうだ。今もどこかで読んでいるのかも知れないのだから。どうやってかは知らないが。姉さんには聞いてみた。。「僕がいない間に誰かを部屋に入れたか。返ってきたのは「そんなわけない。」。当然だ。勝手に自分以外の部屋にあげるなんて非常識、姉さんがするわけない。僕と姉さんが留守の場合は鍵をかけるから、まずあり得ないのだ。
「どこにいるんだ・・・?」
ふとつぶやくと。
「私はここよ?」
と返ってくる。
「ああ、違うんだ。今のは・・・。」
「・・・。」
真実を言ったらさらに心配されてしまった。
「ルート、貴方の趣味に口出ししたくないけど、嫌になったら一旦休んでもいいんじゃないかしら。」
「姉さん・・・。」
別に嫌になったわけじゃないんだ。できるならいつも通り続けたい。ああ、せっかく楽しみにしている読者がここに一人いるというのに・・・。と、気づいたら午前の一時。流石にやばい。明日も仕事だ。やや崩れた紙の束を綺麗に整え机の引き出しにしまい、羽ペンなどを片付ける。作業のお供に用意した今や冷め切った紅茶を飲み干した。
「今日はもう寝るよ。姉さんもそろそろ寝たほうがいいよ。おやすみ。」
「ええ・・・おやすみ。」
こうして僕の一日は終わる。考えすぎか、あれから同じことは起こってないんだし・・・。そう言えば、そろそろ明日だな。帰りに寄って行かないと。
次の日の朝。低血圧の身に早朝はきついが、毎日同じく訪れる朝にいちいち文句も言ってられない。しっかり歯を磨き、冷水で顔を洗ってしっかりと目を覚ます。
「おはよう。」
台所に向かう。誰もいない。いつもなら姉さんがすでに朝食をこしらえている。朝は苦手なのでギリギリに起きる僕の代わりに朝食を作るのは姉さんだ。
「姉さん?」
珍しい。まだ寝ているのかな?部屋に向かう。
「姉さん!朝だよ!」
呼んでみるが返事はない。まあ、昨日は夜更かしもしたし、いつも朝ごはんを作ってくれてるんだし、どうしても眠たいなら寝させてあげよう。となると問題は朝食だ。ちゃんとしたものをこしらえる時間はなさそうだし、牛乳で乾いたパンを流し込むとするか。
「ここは・・・。」
急にだ。本当にいきなり、見慣れた景色が異様な景色に変わった。そう、僕の最近の悩みの種でもある、あの悪夢のような幻。そこにいるのは更なる元凶、管理者とかいう金髪碧眼の少女・・・じゃなかった。少年。
「やあ、久しぶりだねルートヴィッヒ、なんとかかんとか。随分私のことが気になっていたんだね!嬉しいよ!」
名前を教えたつもりはないのだが、いや、適当じゃないか。
「返事がない場合はすべて「はい」と捉えているんだ。さて、今日は君に一ついい提案があってね。それで呼び出したのさ。」
「僕のプライベートはお構いなしか?これから仕事に行かなきゃいけないんだ。」
最初にあったときほど狼狽しない。むしろうんざり。こんな幻に本気になってる暇は現代を生きる多忙な社会人にあるわけないのだ。
「ここにいる間は時間を止めてある。心配無用。」こいつの言うことはどこまで信じればいいのか。仕事前に余計なものを抱えたくないと言うのに。
「なんだい?」
今から話を始めるというのに机の上に置いてあった食べかけのパンを頬張った。おい、こっちは朝食を食べる前だったんだぞ。腹が立つ・・・。
「君は君の物語の登場人物になるつもりはない、理由は戻る場所がある。更に言えば家族がいるからだと。」
その通りだ。他に理由はない。
「だから?」
するとなんとも意地悪そうな、こちらを試しているみたいな、嫌に口の端を吊り上げて不気味に笑う。
「君の家族も連れてきたらどうだね。」
「黙り込んだ、ということは・・・。」
「呆れてものも言えないんだよ!」
こっちには黙る行為さえ許されないのか!じゃなくて。全く、本当に、付き合ってられない。こいつは僕が「はい」というと一寸でも思っているのだろうか?ただでさえいらん心配をすでにさせてしまっているんだ。これ以上付き合わせてたまるものか。
「答えはノーだ。頼む、ここにいると疲れる。帰らせてくれ。」
「その家族本人が望んだとしても?」
どういう意味だ。
「・・・姉さんが?」
なぜここでお前の口から姉さんが出てくる?
「確かに姉さんは僕が書くこのお話が好きだ。しかし、だ。物語の世界に飛び込みたいとは思わないだろう。」
「果たしてそうかな?」
管理者が指を鳴らすと、大きな映像が空中に現れた。どういう仕組みだ!?科学のカテゴリに入れていいのか?目の前の現象に驚いていたがそうもいられない。そこに映っていたのは、僕の部屋。そして紙の上の稚拙な文の羅列に目を通す姉さんの姿。
「昨日は読めなかったのよね。ふふ・・・。」
一緒にいる時は覗き込むだけだが、こうじっくり読まれると少し照れる。自分の作品をここまで熱心に追い続けてくれる人がいるのを見るというのは恥ずかしいと同時にモチベーションと次への意欲も高まるというもの。でも管理者が見せたいのはこれだけではなかった。
「いいなぁ・・・。」
笑顔。愛おしそうな、本当に羨ましそうな声。
「このお話の中の世界はどこも楽しそう。私もこの世界の中に飛び込んでみたい!」
「・・・。」
昼間。おそらく平日。仕事でいない時は家に一人きり。だから今のは誰かに聞かれないのを前提にした独り言。つまりは本音だ。
「おかしなこと言っちゃった。ルートに聞かれたら笑われちゃう。うふふ・・・でも、私一人じゃ寂しいからルートも連れて来れたらいいな。」
と言い残し紙を机に置いて部屋を出て行った。映像は消える。これを見せたかったのだ。幻の中の幻、いや、幻の中の現か?
「姉さん・・・。」
「君は知らないが、結構な頻度で言ってるんだよ。勿論、本気ではない。起こり得ない事象だと思っているからね。でも望んでいる。」
なんで知っている?いつ見た?問い詰めたい気持ちは山々だが、もしそうだとしたら?姉さんは・・・。現実より、空想の世界に逃げることを求めている?ファンタジーの中を冒険したい子供じみた好奇心ならいいが、つい違うことを考えてしまう。それほどまでに、僕は大人だ。
「この世界の登場人物の役割に当て嵌めるのさ。彼女の足も自由に動けるようになる。私なら出来る。」
「!?」
耳を疑った。姉さんの足はもう二度と戻らないと医者に告げられた時、一番辛い思いをしたのは本人に違いないはずなのにいつもと変わらず笑っていた。でもわかっていた。あれから自分の主張がほとんどなくなってしまった。好きな趣味も、欲しい物も、聞いてみてもうんともすんとも言わない。足が動かなくなってから何もかもが良くない方向に変わってしまった。僕も毎日がいっぱいいっぱいでどうもしてあげられなかった。どうしようもなかった。どうにかしてあげたかった。でも、諦めてもいた。どうにもできないと。お前なら出来るのか?藁にもすがる思いだ。信じたい。本当にできるのなら。
「ただ、父親は難しいな。死にかけの人間はうまくいかん。」
死にかけ・・・。他人に言われると腹立つが否定できない。家族は姉さんの他に、父親がいる。
「そうだ。姉さんが良くても僕にはまだ父親がいる。一番置き去りにしてはいけない家族が・・・。」
家にはいない。病院だ。姉さんが通院なら父さんは入院だ。僕の家族は誰かに呪われているのかと惨めな気分になる。父さんは重い病で体は動けず、意識もあるかどうかわからない。週一でお見舞いに行っているが、ここ数ヶ月ボーッとしている所しか見ていない。だけど家族だ。元気だった頃は、出て行った母の代わりに一人で育ててくれたんだ。見放すなんてできるものか。
「明日には死ぬよ。」
時間が止まったように感じた。大切な家族を思っている最中で、なぜあかの他人にそんなことを言われなくてはならない?腹が一瞬にして煮えくり返る。喉から込み上げる熱を怒りを利用して吐き出した。
「知った口を叩くな!お前に何がわかる!!」
握り拳は指が掌に食い込み刺さりそうなほど力が入る。こんな時でさえ、怒りを抑えようと理性が働いているのが情けない。彼がどんな顔をしてこっちを見ているのかもわからない。声は嫌でも聞こえるが。
「わかるよ。世界を管理する者が少し先の未来も視えないでどうする。信じるか信じないかは君次第だ。」
僕はまだ信じていない。
お前も、家族の死も。希望を見ることも許されないなんて理不尽も。嫌な現実も。
「今日はそれを言いたかっただけさ。アデュー。」
管理者が背中を向けると景色は元に戻った。まだ熱りがさめてないまま、いきなり戻された。だが、ここまで昂った心はそう簡単に平常心へと切り替えられない。
「・・・畜生ッ!!」
やり場のない怒りを物にぶつけた。蹴飛ばしたゴミ箱は壁に激突し、紙屑をぶちまける。壁に背をもたれ、引きずるように腰を下ろした。時間が経つにつれて怒りは下がってきたものの、次に襲ってきたのは虚無感や脱力感。姉さんにどんな顔をしよう・・・とか、天井を眺めながら考えていた。
次の日。
父親は死んだ。
その日も仕事だった。信じていなかった、少し先の未来でさえ。もしも信じていたら仕事を休んで、最期を看取ることもできたのだろう。わかっていたのに、これじゃあ、置き去りにしたのと同じだ。
「パパ・・・。」
久々に泣きじゃくる姉。その時、僕は。
これ以上大切な人を悲しませたくないと決めた。
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