特別事象 ジャックの場合
「ふぁーあ・・・。」
人生に退屈した者の大欠伸である。本当、この世界は退屈で仕方がない。というのも、俺自身が完璧最強クソチート魔術師だからですね!・・・生まれつき才能があったおかげで世界における魔法はほぼ習得。文武両道、才色兼備を正に形にした男なんですよ、本当。ただ・・・性格の方に難があるようでして。めんどくさがりのクズ野郎とは俺を妬む奴らに決まって言われた悪口です。自覚はありますし、直そうとも思いませんけどね。
魔法だって、将来に繋がるし覚えて損はないし楽に覚えれるなら覚えとこうってだけで興味ないし。
人のために使うなんて殊更バカバカしいし。
他に興味あることもないし、人間そこまで好きじゃないし・・・。
嗚呼、神様!なぜここまで完璧なのに性格だけこんな風にしてしまったのですか!なんて神のせいにする有様。もしかすると、性格まで完璧すると神様でも下克上されると危惧したから、わざと?
「なーんかこう、とても愉快で特に意味がなくて
、時折バイオレンスな世界にうまれたかったもんですねえ。」
魔導書、地図、属性ごとに異なる魔力のこもった鉱石やアクセサリー、脱ぎ散らかした服や食べかけのおやつ諸々が雑多に置かれた個室の大きな椅子に浅く腰をかけてはしょうもないことを考えていた。
しばらくして浮かんだひらめきが怠惰な俺の体を動かした。
「召喚術式の反転方法というものがありましたね。」
魔法を扱うものがいろんなものを召喚して使役するのはザラにあります。これは逆。自分を召喚されるために行う魔法・・・。こちらはいろいろなリスクも大きく、成功した魔術師は誰一人としていない。俺も流石に無理でしょう・・・ま、試しにやってみますか。暇だし。専用の魔道書を床に置き、特定のページを開く。近くにあったナイフで指に切り傷を作り、ページに血を垂らす。これ、失敗したら謎の血痕の残る不気味な魔導書になるわけですよね?
「さて、と・・・。」
頭の中に、必要な魔法陣を思い浮かべる。大体は床や地面に描くのだが、一ミリの誤差もなく覚えていれば思い出すだけでできるのです。これが天才所以ですね。息を吸い込み、意識を集中させる。
「・・・、ー・・・、。」
特殊な言語を用いる。魔法の詠唱時間を短縮できるのです。これも天才(省略)。おっといけない、集中集中。
空間を強大な魔力が充満する。ここまでは順調。ここからだ。引き続き唱える。この魔法のデメリットといえば、普通の召喚はこちらに喚び出すため失敗しない限り他の世界に喚ばれる事はないがこちらは喚ばれる先を選べない。そう、たまたま他の世界で同じタイミングで召喚した者のところへ行くのだ。どんなところかわからない。まあ、それもそうですよね。俺は、あまりの退屈な毎日に、もっとマシな世界に行きたいと思って始めたのだがこればかりはどうなるかわからない。天才らしくない、一つの懸けです。
「うわっ!!」
魔道書がものすごい光を放ち、思わず集中が途切れた。これは失敗には見られないパターン。そして、体が浮いた。浮いたんじゃないこれは、落下!?地面に大きな黒い穴が現れたと認識した瞬間、足場は無くなり当然落ちてしまうわけで。
「うわああああぁっ!!」
暗い穴を落ち続けていると視界が明るくなり、何処かの世界に抜けたと理解した瞬間に硬い地面に体を見事打ち付けてしまった。痛みが全身を襲う。起き上がるまでには相当時間がかかった。
「クッソ痛ぇ・・・。ここは・・・。」
「ようこそ!」
随分元気いっぱいな声が俺の真上から聞こえる。顔を上げると、そこにいたのはなんと金髪碧眼の美少女。まさかこの子に俺は喚ばれたんですか!?最高!少し小柄で、子供でしょうか?大丈夫です、多少の年齢の差については俺、気にしませんので・・・。
「私は男だよ!」
クソか・・・。
同性となれば話は別だ。
「それより、貴方は何か特定の物を召喚しようとしたわけではないみたいですね?」
痛む膝に力を入れて立ち上がる。紛らわしいみてくれをした少年は意味ありげに笑う。
「魔法についての知識があるものだと話が早くて助かる。私は貴様の世界の魔法については知っている。しかし喚んだのは私ではない。」
「はい・・・?」
自分が何者か、ここはどんな場所か、俺に対して起こった出来事を長々と、丁寧に説明してくれました。
「つまり、とある世界で召喚されたがあまりにも俺がチートすぎて世界に破滅をもたらすかもしれないので、いろんな世界を管理するここで一旦ブレーキをかけた、と。」
「ひとつぐらい世界が木っ端微塵に滅ぶのもいい見ものだけどこの世界は訳が違うのさ。」
これだけ同じ単語が会話に一度並ぶとは。俺は完全に話の合う客人みたいな扱いで、いつのまにか椅子に腰を下ろしてお互い異世界のお菓子を食べながら大層な話交わしていた。マカロンとかいうこれ、食感は気に入りましたが味は甘いだけですね・・・。
「そんで、待ったをかけられた俺はどうなるんです?」
少年はリスみたいに口いっぱいに詰め込んだお菓子を一気に飲み込んだ。喉に詰まりそうな食べ方をする。
「世界に適合させる。簡単にいうと君の力を一旦すべて剥奪する!」
「えぇ!?」
思わず身を乗り出した。冗談じゃない。そしたら俺はチートから無能になる、転生ファンタジーも度肝抜くまさかの逆展開!いや、俺自身は変わりないわけだから、無能になって大丈夫な世界であればなんとかなったりして。
「冗談でしょ!?と言いたいところですが・・・これから住む世界にもよりますねぇ。って、俺に選ぶ権利はないんでしょうけど。」
相手は机の上に置いてある分厚い本を俺に差し出す。
「君が行くのはこの世界だ。」
ページをざっとめくる。難しい言葉や文章ばかりをみてきたから、幼稚だが言葉遊びも豊富で、なにより楽しいファンタジーをまともに読んだのは初めてだ。どうやら、俺が専門とするようなゴリゴリの魔法は存在しないらしい。なるほど・・・。この物語はいい、気に入った。
「この中にいるハートの女王が、新たな従者を喚んでいたところである。」
「ほう、従者・・・。」
自由人まっしぐらな俺には縁もゆかりもなかった。誰かに付き従うのは性格上すぐに向いてないと判断したが。
「わがままな女王だが、優秀な部下となれば過干渉もしない。」
ほう。しっかしまあ、それこそせっかくのチートを活かすべきなのかと思うのですが。頭脳だけでがんばれと?面倒だなぁ。
「君は今、せっかくのチートを活かすべき、と思ったね?」
「やれやれ、貴方の前では心の中で止めようとした呟きも意味がない。」
しかも、ほぼそのままそっくりときた。これも魔法か?
「剥奪したとは言ったが、訳も分からぬ世界にいきなり飛び込むんだ。この世界でやっていくにはちょうどいい程度の力を与えてやろう。向こうの世界でわからない事は向こうが教えてくれる。なんせ、異世界から召喚したのはあいつらだからな。」
手を伸ばした先のマカロンを先にとられてしまった。
「君ともう一人を召喚しようとしている。ほぼ同期だ、仲良くしたまえ。」
安心してくださいよ。俺、仲良くするのだけは得意ですから。その気になれば体裁だけでも良い人になれる、そうして上っ面はうまくやってきたのですから。
「もっとおしゃべりしたいところだが、召喚主が癇癪を起こし始めた。楽しい世界だ。満喫すれば良い・・・あ、今更だがこの質問に対する返事によっては召喚を取り消す場合もある。」
「なんですか急に。」
「死んで転生とは訳が違う。君に戻らなくてはいけない理由はあるかい?入れば最後、君はこの世界の君として上書きされてしまう。」
そういうことは始めの方に言っておくべきでしょう。あと、貴方ならその辺も知ってそうなもんですが、あえて俺の口から言わせるつもりですね。わかりました。自称聖人君子の如く穏やかな笑顔で言ってやった。
「あの世界には俺の居場所も大切な人もない。」
「そんな顔で言う台詞ではなかろう・・・。」
別れの際に見た顔は、まさかの引き顔だった・・・。
「やっと成功したわ!」
初めて、正しくは二度目の異世界で見たのは随分豪華な大きい部屋。金に輝く装飾が眩しい。そして、目の前には赤いワンピースを着た少女がはしゃいでいて、隣には堅物そうな男が跪いている。
「ここはどこでしょう?」
知っているけど。少女は丁寧にお辞儀をした。まさか、この子が・・・?
「私はローズマリーよ・・・なのじゃ!この淘汰の国を統べる女王である!お前ら、わた・・・じゃない。妾が子供だからと言って馬鹿にしておるな!?」
馬鹿にはしてない。むしろすごいと思いますけど。ローズマリーと名乗った少女はドヤ顔で腕を組んで胸を張っている。
「本当は大人の姿になってから会いたかったけど、そうなったあとで説明する方が面倒だと思ってな!安心するのじゃ!今から女王にふさわしい立派なレディーになるから!」
この国のことでさえさっぱりなのに、小さい子供の言葉足らずな説明をいきなりされても。
「承知しました。」
隣の男が言う。えぇ、マジか・・・。
新しい異世界生活で、退屈から逃げた俺を待ち受けるのは一体なんでしょう。
まさか世界を飛び抜ける機会があるとは思わなかったので、いざと言うときのために日記をつけておきましょうかね。
それから月日が経ち。女王様は仰ったとおり立派なレディーに成長しました。
一日で。
不思議な力で肉体変容したんだそうです。ずるくない?
まあそれはそれとして・・・。なんだかんだ楽しく過ごさせてもらってます。あの日からたまにあの少年と話すのですが、会うことはありません。名前がないので一つ提案したら気に入ってくれました。
さあ、今日も始まります。
愉快で無意味で時折バイオレンスな日が。
あーでも、仕事はかったるいです。
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