ハートの女王との謁見

アリス達は一休みをしてから道なりに進み、ハートの女王の住むと言われるハートの城にたどり着いた。

「ほわああぁ~!!」

「すげええぇ!!」

「お前は何度も見ただろう・・・。」

呆れるシフォンの傍らでアリスとレイチェルはある物を見上げながら感嘆の声を上げる。フランネルはレイチェルにおぶって貰っていた。背中にぴったりくっついて夢の中。

「ここがハートの城。国の1番偉い人のいる場所・・・。」

「すげえええ・・・。」

「すごいとしか言ってないじゃないか・・・。」

でも実際、凄いとしか言えないのかもしれない。さすが城というだけはある。アリスという人間の三倍以上もある圧倒的な存在感を放つ頑丈な城門。しかも二重になっている。その向こう、僅かな隙間から見えるのは芝生広がる庭が挟んで、城へ続く道を真っ赤なバラのアーチが何個も何個も何個もそびえ立つ光景。あぁ、この門にしがみつき、食い込むほど顔を近づけてまでも奥の景色を見たいのだがどれだけ頑張っても結果は知れているし、とても偉い人の建物でそんなみっともない行為はできなかった。

「しかし参ったな。」

シフォンが難しい顔をする。

「いつもなら門番が立っているはずなんだが・・・。」

見渡してみても自分達以外の人の気配は全くない。レイチェルもその光景に違和感を感じていた。

「警備としてはどうなんだ?」

「この門なら大丈夫なんじゃないか?しかし話が出来る人がいないのは厳しいな・・・。」

二人で勝手に話を進めるがアリスはまず会話に入るほど現状についていけなかったのだ。

「待つか?」

「ああ、そうだな。しばらく様子を見よう。」

そう結論に至ったなら、仕方なくそれに従った。

「いや・・・しかし、最初・・・。」

「俺も・・・たな・・・。」

二人の男性が話し声と共に近づいてきた。

「ねえ、誰か来たわよ?」

シフォンのブラウスの袖を引っ張る。それに皆が気づきアリスの指差した方向に振り向いた。トランプのカードの模様をあしらった服を着こなしている。ハートの7と5。腰に剣を提げ手には槍と盾を持っており、かしこまった衣装からこの城の門番だと察した。

「む?・・・おい、7番!」

「は、はいいっ!!」

目が合うと二人の兵士は急に態度を改め背筋を伸ばして敬礼をした(レイチェルがなぜかつられて一人だけ敬礼した)。


「貴様ら何用だッ!!」

「ようこそハートの城へッ!! 」

槍を向ける5番と敬礼を続けたままの7番。どちらも客を迎える態度は真剣なのだが緊張かはたまた勘違いか、全く噛み合っていない。当然、もみ合いになるわけで。

「7番、なにがようこそだ!不審者かもしれないんだぞ!?」

「ひいぃすいません!だって女王が常にもてなす気持ちでって・・・。」

「それは不審者じゃないことを確かめてからだ!!」

頭を下げてばかりの7番の方は新人のように見える。

「あのー・・・私達怪しい者ではないのですが・・・。」

アリスがそっと手を挙げた。

「今から女王を倒す者・・・。」

「こらっ!」

「ふぁはりほへひなほほひゃへるんひゃふぁい。」

後ろではフランネルが余計なことを呟くのをレイチェルが小声で叱って、シフォンはどこから取り出したのかサンドイッチを頬張っている。この状況で唯一まともなアリスはなんとなく不安になった。

「いかにも怪しい!」

ごもっともである。

だが。ここは認めてもらわなくては先に進めない。

「私・・・私の名前はアリス。アリス=プレザンス=リデルで、ここのお城の女王様のことは噂で、うわっ!?」

ハートの城の名前を出す前に5番がぐっと近寄りアリスの両手をがっしり掴んだ。

「貴方はアリスですか!いやはや飛んだご無礼を!そうとわかれば・・・7番!早く門を開けろ!」

「はい!かしこまりました!」

指図された7番が急いで門を押した。ゴゥンと重い音とともにゆっくりと門が開く。「さあどうぞ」と7番に急かされ、華やかなアーチが囲む道を兵士と一緒に歩く。

「アリスという身分は相変わらず便利だな。」

早くも食べ終えたシフォンがさりげなく皮肉を言うので膨れっ面になって、

「アリスは身分じゃないわ。名前よ!」

と言い返してそっぽ向いた。

広すぎる庭の真ん中を歩き、しばらくすると、ハートの城が。とにかく大きい。普段見る建物なんか沢山収まってしまうぐらいには巨大だ。外壁だと言うのに汚れ一つない白亜の壁に、城を構築する柱や派手な装飾やこりにこった窓枠等の部品は全て黄金に輝いており、屋根は空の中にくどい程映える深紅に塗られている。中央の窓にはハートのステンドグラス。色調はほぼ赤、白、そして金とシンプルにまとめられているにも関わらず、細部にまで渡った飾りで全く地味とは感じさせない。大きな扉が開いた。

向こう側はどうなっているのだろう。

まずは天井。だれがどう建てたのか疑問に思うぐらいとてつもなく高く、ずっと見ていたら首が痛くなる。均等な間隔を空けて輝くシャンデリアがぶら下がっていた。壁はクリーム色で薄いピンクのバラの模様が描かれている。その可愛らしさに金色の枠で囲まれたドアや窓のおかげで高貴な雰囲気を醸し出していた。真ん中には四人が横に並んでも十分な余裕があるぐらい広い深紅の絨毯が敷かれている。それを挟むように数メートルおきに兵士が無表情で向き合って立っている。城とだけあって、ただ快く歓迎してくれるようではないようだ。それはこの絨毯を進んでいる招かれた客達にもひしひしと伝わってくる。

「お城ってやっぱりこんな感じなのね。」

「こんな感じなんだな。」

「こんな感じだ。」

フランネル以外の三人が周りに感づかれないように、気付かれても怪しまれないように、小声で会話をした・・・が曖昧すぎて「こんな感じ」がどんな感じかお互いわかっていない。

最奥部に近づくと、甲冑を身に纏った二人の兵士がお互いの槍でバツを形作っていたが、アリス達を見て道を開けてくれる。その先にはー・・・。

「・・・む、そなたが新しいアリスか。」

黄金の階段の上に玉座がある。その玉座には一人の女性が肘をついて何か不満げな顔をしていたが、アリスの顔を見るたび顔から張り詰めた様子は無くなった。

「・・・もしかして、あの方が・・・?」

アリスは前方を横目で一瞥しながらシフォンに耳打ちした。

「そうさ。この国の1番偉い人だよ。」

頭の上にはバラの花を飾った大きな冠、よく童話に出てくる王様が身につけているような真っ赤なローブを羽織っている。ドレスは所々にバラやトランプのマークをあしらった赤と黒を基調にした非常に豪華な作り。首元や腕には黄金に輝く鎧から取ってつけたような物を装備していた。

「ようこそ淘汰の国へ、そして我がハートの城へ。よくぞここまで来てくれた。歓迎しよう。」

見下ろしているその顔は無表情。歓迎という割には淡々とした話し方と声。女王の威厳を保っているのかもしれない。なら、自分はできる限りの礼儀の良さを見せなければ。アリスはスカートの裾をつまんで深く頭を下げた。

「お初にお目にかかります。私の名前はアリス=プレザンス=リデルといいます。貴方さまのようなお方に会えて大変光栄に・・・。」

「もうよい!」

ピシャリと叱りつけるような大きい声が城内に響いた。正直、どれだけ礼儀正しくしたら気に入られるかを考えてばかりで相手の様子など見えていなかった。アリスはそのまま固まる。顔をあげにくい。レイチェルは顔色を青くさせ、シフォンは真顔。フランネルは寝ていた。

「畏るのはいい心掛けだが長いわ!お主がアリスでなければとうにその首の皮は繋がっておらぬ・・・のだが。」

先払いしたあと、彼女は続けた。

「せっかく用意したゲームの相手が遊ぶ前からいなくなられても困るのでな。そうじゃ、妾の名はローズマリー。聞いておるであろう、この国を統べる女王。」

女王、ローズマリー。それが彼女の名前。

「・・・あれ?苗字は?」

アリスがふとした疑問を呟くとすかさず女王は捕捉した。

「苗字など捨てた。先代が亡くなった時にな。」

先代?彼女の前の女王?どんな人だったのかしら?謎がさらに増えるけど、そこは大人なアリス。特に今なんかは聞いてはいけない方がいいと察したので謎は謎のまま、そっと胸の中にしまった。

「それよりも・・・じゃ。」

今、撮ってつけたような語尾の気がしたが・・・。それはどうしても聞きたかったが、話がそれると面倒なので我慢。

「残念だが、ゲームの準備をしておらぬ。というか、どんなゲームをするか悩んでおるところじゃ。」

「・・・・・・。」

一同は困惑した。もちろん、なるべく顔に出さないよう努力したが、単純で素直なレイチェルは無理だった・・・。

「しばらくはベタにオセロやクロケーやらときたが・・・。」

腕を組み、難しい顔でアリスを睨む。重たい沈黙の中、しばらくして再び口を開いた。

「・・・そうじゃ。「トランプ」を使った遊びをしよう。」

意外と地味だった。いやいや、待てよ?この城はハートの城。各兵も、女王もトランプをモチーフとしている。そんな女王が考えるトランプを用いたゲームはきっと特別なすごいものなのではないかとアリスは期待に胸が膨らんだ。

「ババ抜きかしら?七並べかしら?いや、きっと今までにないような遊びに違いないわ!」

アリスの独り言を微笑ましく見届けたローズマリーは玉座にかけてあった黄金の杖を振りかざした。

「そうとなれば決まりじゃ!そこにおる者は全員準備に取り掛かれい!!まずは会場の手配じゃ!!」

「はいっ!!」

そして、女王の側。空中に魔法陣のようなものが現れ、そこからなんとあの道化・・・もとい、王宮魔導師のジャックが降り立った。アリスは当然驚くが

、城内にいた者は誰も動じない。

「ジャック、ただ今帰還致しました。」

そして恭しく跪く。ローズマリーは少し不機嫌そうだ。

「貴様、なぜ仕事を放棄した?本来なら貴様がこの者達をここに連れてくる役目であろう?」

対してジャックはまったく怯むことなく。

「ああ、立派に職務を全うしようとしましたもの!ですが・・・あの帽子屋に仕事を奪われまして。」

あの帽子屋ことシフォンもまた不機嫌そのものだった。森の出来事もあるので仕方がないといえば仕方がないのだが。

「ふん。罰として部下を見張れ。サボらぬよう、逃げぬよう。従わぬ者に遠慮はいらん。妾が特別に許可しようぞ。・・・今回はトランプのゲームだからな。」

「はっ。」

そう言ってジャックは立ち上がり、手を二度鳴らした。

「と、いうわけです。さあ、女王の為客人の為、しっかり働くように!」

直後に兵士達は清々しい返事と音のなるぐらいの機械顔負けのびしっとした敬礼をした。本当に偉い人だったんだ、とアリスは感心する。だって今の彼は笑顔一つない、上に立つ人間の責任を負った顔だったのだもの。ジャックはまた、空間の中へと消えていってしまった。

「準備には手間を取るだろう。少しばかり城内を回っていくがよい。案内する者がもうじきここへ来るから待つが良い。」

「ありがとうございます。」

アリスは軽く頭を下げた。ローズマリーは数人の兵士を後ろに付けて足早に扉の向こうに消えていった。ヒール独特の甲高い足音がしばらく続いたがやがては消えた。

「・・・う、うわあああ大変だ大変だ!急がなきゃ!」

「会場とはどこだ!バラ園か?」

「ぎゃああああああ!クビは嫌だあああ!」

それを確認したや否やその場にいた兵士はまるで取り乱したように一斉に慌ただしく走り回った。時には悲鳴を上げているものもいる。一方騒然とした中でアリスは緊張感から解放され体の力を抜いた。

「・・・はぁ~・・・。なんだか話しただけで疲れちゃったわ。」

「よくやったじゃねーか。なあ、アリス。」

「そ、そうかしら。」

後ろからまあ馴れ馴れしく肩に肘を乗せてくるレイチェルは満面の笑顔だ。アリスも安堵の笑みを浮かべる。

「クビになりたくない為に必死なんだな。」

「厳しい上司なのね。」

忙しなく動く兵士達を苦笑いで眺めるアリス。

「首だけにならなきゃいいけどね。」

シフォンの呟きは雑踏にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

「足音・・・。」

フランネルの耳がピクリと動く。彼女はいつ寝て、いつ起きているのやら。小さくゆっくりとした足音。玉座がある場所は行き止まりじゃない。横から、誰かの足音が。

「・・・あっ。」

アリスはその人物を、信じられないという様子で見つめた。

「兎さん・・・?」

そこにいたのはアリスをこの国へ導いた白兎、ピーターの姿だった。彼もまた赤や白を基調とした、そこらへんの兵士より派手な着こなしをしている。軍服とより位の高い貴族に使える召使というほうがお似合いだ。だがその手には斧が握られていた。

「・・・なんだ、いつもの御一行様か。」

ピーターは職業柄なのか、こっちを向いても真顔のまま、一切表情を変えない。

「あのっ!兎さん・・・。」

アリスは出会った時に「ついてこい」と言われたのも思い出す。案内とは別として今となっては必死になってまで追いかける必要はなくなった。だが彼に話したい事は沢山あった。興味ではない。疑問だ。そしてもし「あの事」がばれていたなら、いやそうでなくても謝らなければいけない。

「なんだい?」

「貴方は・・・なんでこんな所で・・・?」

「私は女王陛下の側近なのでね。」

久しぶりに会ったのにまるで初めて会ったかのようによそよそしく話す。仕事だとしてもピーターの態度に違和感を覚えた。

「改めて、私はピーター。城を案内するからついてきてくれ。」

淡々とそれだけ言って背中を向けて歩き出した。ああ、またついてこいと言われてしまった。まあ今回は走る必要がないだけありがたかったが。

「・・・・・・。」

無駄な事は話しかけるなと直接でないだけで背中がそう言っているように感じが伝わってくる。今「あの事」を話したら。「家を壊してしまった事」なんて話せるわけがない。だが、今を逃したら、また彼と話す機会を失うような予感がした。覚悟の上でアリスはピーターの白いマントを引っ張った。

「汚れるから触れるなッ!!」

ピーターはアリスの手を払いのけた。

「・・・えっ?」

何が起こったか把握できずにアリスは振り払われた右手を左手で覆う。

「兎さん?」

やはり話しかけたのがいけなかったのか。いや、どちらかと言えば自分に触れた事に対しての拒絶反応にも見える。嫌な気持ちはない。不思議だった。別に、怒っているように見えないし。むしろ、それはもう何かに怯えてるような目でこちらを見るものだから。

「あう・・・あっその、違っ、違うんだ・・・。その、君がじゃなくて僕に触ると・・・えっとえっと・・・。」

空いている手を力無く振りながら震えた声で何やら誤解をとこうとしているが支離滅裂で余計にわからない。

「気にしていないけど・・・。」

けど、その悲しそうな顔の理由は?なんて、聞きたいのに聞けない。

「・・・すまない。忘れてくれ。」

しばらくして、ようやく先ほどの冷静さを取り戻した。ついには説明を諦め、再び背を向ける。

「待てよ。」

突如、後ろからレイチェルが呼び止めた。

「ほう、今回もいるのだな。さっきから目にゴミが入って痛いと思ったら視界に貴様がいたからか。」

ピーターは振り向かず後ろにいる特定の人物に言葉を投げる。なんだろう、態度が一変したように思う。

「オウ?てめぇ、今のはどこからどう見ても客へ対する態度じゃなくね?」

こっちもこっちで、偉い人に対しての態度ではないんじゃないかと心配になるアリス。ガニ股で猫背で端正な顔がどこへやら、完全にガン飛ばしている。

「・・・。」

爆睡のフランネルはシフォンに預けられた。シフォンも明らかに馬鹿にした目で傍観中。ピーターも、立場上、大人の対応をしてくれるかと思いきや・・・。

「ふん、こっちは色々あるのだ。貴様のように単純に生きてないものでね。」

「誰がバカだあ!!?」

偉そうに胸を張って、まさかの煽りで返した。というか、誰もバカとまでとは言ってない。

「ああそうか、脳に行くはずの養分が全部身長に行ったわけか。どうりでバカでかいはずだな。」

「だからバカじゃねえ!!逆にお前の身長に行くはずの養分はどこに行ったんだよ!!」

あくまで冷静を装うピーターに対しレイチェルは血の気が上がっていた。というかもう、ただの喧嘩だ。アリスの入る隙はない。シフォンとフランネルは止めようという雰囲気すらない。

「ちゃんと脳にはいき届いている。僕は賢い。仕事だって完璧にこなしているさ。」

・・・若干、余裕の笑みが引きつり崩れているが。

「言われた命令だけに従う女王の犬に成り下がっちまったわけか。」

「兎ですけど!?貴様だってそこにいる帽子屋にこき使われているようにしか見えないがな!」

「ち、違うぞ!」

「そうだよ人聞きの悪い。」

お互い冷静さを失い激しい言い争いになり、今度はレイチェルが痛い所を突かれてしまう。さりげなくシフォンが(余計な事は言うなと脅しも込めて)呟いた。

「・・・ああ言ったらこう言いやがって・・・。」

もう言い返せなくなった哀れなバカは拳を握り震えた。そして

「・・・ちょっと偉いからって調子乗んじゃねーぞ!虎の威を借りる兎が!!」

「狐だ!この万年発情期が!」

「それを言うな!お前なんか一生童貞だ!クソ野郎!!」

「アリスの前でなんと下品なッ!!この絶倫野郎!」ピーターも我慢の限界だった。見た目相応に、相手は見た目に合わず、まるで子供同士の喧嘩を見ているかのよう。しかしピーター、残念ながら下品と相手を罵っているが自分もそれなりの言葉を浴びせているし、アリスには童貞の意味も絶倫の意味もわかっていなかった。理解しているシフォンは深いため息を、フランネルは寝息を立てていた。

「ど・・・どーてー?って何?」

「いいかいアリス。大人になってから自然に学ぶ事もある。今の内に知りたい事を全部知ってしまったらこの先がつまらなくなるぞ?」

シフォンの大人すぎる対応に「そうね!」と子供みたいに真剣な顔で頷くアリス。そんな二人を差し置いて向こうの二人・・・いや、二匹の口喧嘩はもはやただの罵りあいになっていた。

「女王様だ女王様だ・・・なんだ、アレか!夜は違う意味で女王様の下僕なんだろ!!」

「貴様こそ同じドジばかり踏んでお仕置き願望か!Mか?馬鹿か!?両方なのか!?」

「馬鹿じゃねえって何回言わせりゃあ気が済むんだ!Mってなんだよ!」

「やはり馬鹿じゃないか!きょうびそんなのも知らないとは・・・よし、僕が証明してやろうアイツの前でツラ貸せ!!」

「なんだか知らんがやなこった!!」

ますますヒートアップする喧嘩に圧倒されそうな反面、「これが動物の姿だったらよかったのに」とアリスの頭の中では白いさらさらの毛並みを持つウサギと茶色いもふもふの毛並みを持つウサギがパンチでつつきあったりする姿を重ねてみた。でも、耳に入ったくるお下劣極まりない罵詈雑言が邪魔をするのでやめた。そんな妄想か無意識に言葉に出ていたらしい。シフォンが「そうしたらつまんで燃やせるのにね」と真顔で返した。アリスは聞かないフリをした。こいつならマジでやりかねない。獣の争いは留まることを知らず、またシフォンは自分に害がない限り全く止めに入ってくれない。レイチェルがたまたまポケットに入ってたフォークをピーターに向かって投げて、物理法則を超えてシフォンの帽子に飛んできてくれないだろうか。アリスは高みの見物気取りのシフォンの帽子を念じるが如く睨んだ。

「そもそもお前は目障りなんだよ!この国に必要なウサギは俺だ!」

「ハッ、何を根拠にそんな戯言を。この国に必要なのは僕だ。わかるだろう?お前はいてもいなくても同じだ!」

「やんのかテメェ!!!」

「望むところだ!!!」

レイチェルもポケットに忍ばせたナイフを数本手に取る。ナイフは刺すものであれど投げて刺すものではありません。一方ピーターは斧を持っている。人に向けて使うものではありません。お互いに戦闘態勢に突入している。これはやばい。城を回る時間がなくなる以前にこんな所で戦闘を繰り広げられたら絶対巻き添えを喰らう!もう簡単に止めに入れないぐらい収拾のつかない事態に他人のふりを決めかけていたアリスも時間がこのまま無駄に過ぎていくことには耐えられなかった。口端は上がってる。怒りのあまり引き攣っているだけだ。拳を固く握り、痺れを切らしたアリスは空間中に響き渡るような大声で叫んだ。

「いい加減にしなさいッ!!!!!!!」

その場にいた全員がアリスの方を振り向き、醜い争いに終止符は打たれた。



ー・・・一方、地下処刑場にて。



「ナターシャ=ベルガモット公爵家夫人。ただいまより貴方の処刑を執行する。」

一人のトランプ兵が手に持っている薄い紙に書かれている文面を淡々と読み上げる。その後、ガシャンという重い音とともに分厚い石の壁がゆっくりと上がった。辺り昼間だというのに真っ暗で冷たさを感じる空気が満ちている。そこまで広くもないようだ。兵士が咳ばらいをした瞬間、天井の四方の隅についていたランプの光がついた。そのおかげで室内の様子がはっきりと把握できるぐらいの明るさにはなった。


他にも二人の兵士がいた。その間には


真っ白の薄汚れた服を着たナターシャと呼ばれた少女が後ろで両手と両足をきつく縛られた状態で正座をしていた。ずっと下を俯いていた顔を上げた。生気はない、しかしその表情は何故か笑みを浮かべていた。兵士はナターシャに目を向けず引き続き、文面を読み上げた。

「今回は本人の希望により身内も呼ばずこのような形で最期を送る事になったが、せめて最期に、誰かに残しておきたいメッセージはないか?」

「・・・そうね。」

しばらく考えた後、穏やかな笑顔で兵士にこう告げた。

「私からは何もないわ。」

「・・・そうか。」

そう言った兵士の視線は紙ではなくナターシャに向けられていた。本当に、優しい笑顔だ。人は死を間近にした時には全てを悟るのか。それとも、悔いのない人生を送ってきたのだろう。


なら焦らす必要なんか尚更ない。


早く「解放」してあげよう。


兵士が頭上に高らかと右手を上げた。その合図と同時にナターシャの側に立っていた兵士が手に持っていた斧を、少女の細い首をめがけて力いっぱい振った。


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