傲慢女王と血染めゲーム
アリスご一行は、客間という部屋でしばらく待機した後はピーターに呼ばれ、ゲームが主催される場所に案内された。
「ここでゲームをするの?」
「そうだ。」
一行が連れて来られた場所は、芝生が敷き詰められた広い場所に、白やピンクや、その中に紛れて深紅やらのバラの花を咲かせている暗い緑の光沢のある茂みが壁のように厚く、そして高く立っている。更にバラの壁は長く続いては曲がったり切れていたり塞がっていたりと沢山の通路を作っていた。その景色に唖然としながらゆっくりと階段を降りる。
「ねえ、トランプを使ったゲームでしょう?なんでこんな所に連れて来られたの?」
「そうだよ白ウサギ。広いも難易度の高い迷路も関係ないじゃないか。」
アリスの問いを拾ってシフォンも尋ねた。彼もこのような事は初めてらしい。
「私からは話せない。女王陛下が直々に説明してくれる。」
そうとだけ言ったピーターは斧を持った手を後ろに隠した。
「言えるとしたらトランプの意味を履き違えない方がいい、かな。」
誰にともなく呟くピーターに疑問を感じる三人。正確には二人と一匹。フランネルは黙って赤いバラをじっと見つめていた。
パッパパーン!
「「!!?」」
突然隣からラッパの音が鳴り響きアリスとレイチェルは心臓と同時に身体が跳ね上がった。なんとピーターの手には物騒な片手斧ではなくリボンの巻かれた黄金のラッパが握られていた。確か斧以外は何も持っているようにはなかったがもしかしてあの斧がラッパに姿を変えたのか?ふとシフォンの杖の件を思い出す。ああいう類のものは一体どこで売っているのだろう。ラッパの音を合図に周りがざわつき始める。ローズマリー、隣には髭を生やした優しそうな顔の男、鎧を身にまとい後ろに大剣を背負った精悍な顔つきの青年、後ろには総員といっていい程の兵士が続いていた。
「・・・・・・。」
青年は他の兵士と違い、ジャックと同じように赤を基調にした服に、金色の籠手や鎧などをつけた体格のいい青年だった。彼もまた緑色の長い髪を一つに束ねている。流行りなのかな?というのがアリスの率直な感想だった。
「ほう。来たか。」
ローズマリーはアリスを笑顔で一瞥した後、すぐに表情を変え、険しい顔つきで右手で前を指す。
「全員、各配置につけ!!」
綺麗に列を作り規則正しく歩く様は機械的にも見える。みんな同じ無表情をしていた。
「お互い揃ったようじゃな。ピーターよ、お主は次の仕事に向かえ。エースはあやつらに例の物を差し出すのじゃ。」
ピーターはさっき自らが客を連れて歩いた道を戻り、エースと呼ばれた鎧を着た青年が両手に抱えている大きな木の箱をアリスに差し出す。
「・・・なんだろう・・・ッ、重た・・・!」
腕いっぱいの箱を抱えた瞬間、上半身が大きく重力に吸い込まれた。持ち上げようとするも力が入らないぐらい箱は重かった。一体何が入っているのか。
「・・・持つわ。」
腕はプルプルと震え足も大股で踏ん張っている少女の姿を見兼ねたレイチェルはそう言ってアリスからいとも軽々と箱を持ち上げた。同じ物を持っているとは思えない。片手で持って反対の手で器用に紐をほどいているのだから。
「・・・あぁ?なんだぁ~これは・・・。」
箱の中身を見て訝しげに眉を寄せる。アリス達も気になり覗き込んでみた。
「えっと、鎧?」
「コルセットまであるぞ?」
「このペンダントは何かしら。」
皆が疑問符を浮かべた。箱の中に入っていたのは銀色に輝く甲冑のような物が手足用が二人分で肩用は一人分と固い鉄製の青銅色のコルセット、下には白い布と剣をモチーフにしたデザインのペンダントがある。これを装備すればいいのかと概ね理解はしたがアリス達の「トランプを使うゲームになぜこんな物が必要なのか」という根本たる疑問はより一層深まるばかりだ。
「一体いつ使うというのかしら・・・。」
どちらかと言えば違うゲームを思わせるような一式だ。シフォンは下の方にある白い布を取り出しては広げてみせた。身体を包めそうなぐらい大きい。
「それを身につけるのじゃ。」
気にし出したらキリがないので、ひとまず装備した。コルセットを自力で巻き、エプロンが邪魔にならないようベルトを締めて白い布はマントとして身につける。
「トランプの準備はできたか!?」
ローズマリーの声に遠くから返事が。ジャックの声だった。
「トランプ?どんなゲームなのかしら、想像がまったくつかないわ!」
「ああ、そういえば。」
初めて口を開く。エース曰く。
「兵士達の事をトランプ兵と呼んでいる。」
すごいあっさりとした説明だった。言われてみれば皆トランプの模様をあしらった服を着ているが。
「なあんだ、紛らわしいったらありゃしない。・・・ん?トランプを使ったゲームよね?」
アリスの呟きに誰も答えることはなかった。
「で ・・・もうひとり分あるわよ?」
箱の中にはまだ手足と肩を保護する防具が残っていた。
「レイチェル、今回はお前が行け。」
シフォンは視線の先をそのままでさっきからずっと箱を抱えている燕尾服の青年に言った。
「うえぇ!?お・・・俺ぇ!?」
突然の名指しに素っ頓狂な声を上げる。
「お前の方が向いてそうだ。」
いまいち腑に落ちないレイチェルは黙って箱を下ろしその中の物を身につけた。二人とも、なかなか様になっているのだが。
「やっべ!なんか知らねーけどテンション上がってきた!鏡ねーかな鏡!」
いざつけてみればテンションはねあがりのレイチェルに対し、アリスはそれほどでもなかった。だって重いし、コルセットがキツくて苦しいし。かっこいいけど可愛い方がアリスはお好みなのだ。
「ほう、いつもは帽子屋が参加するのじゃが珍しいな。」
迷路を注視していたローズマリーがこちらへ話しかける。
「たまには譲ってやったんです。貴方は何も身につけないのですか?」
「奴らには妾に合わせてもらっただけよ。ゲームにおいてはフェアでないとならぬ。」
再び迷路を監視する。レイチェルは自分の姿を同アリスに見せびらかしていたので二人の会話には全く気付かなかった。迷路から聞こえる足音もなくなり辺りは静かになった。
「こちらの準備も整った!」
ローズマリーが声を張り上げアリス達の方の準備の進み具合を視線だけで確認する。
「そのペンダントはただ首にさげる物ではない!」
二人は首元からペンダントを外した。ちなみにアリスのは一つ、レイチェルのはチェーンに二つの剣の形をした装飾が通してある。
「帽子屋なら出来る。「アレ」を使って「同じ要領」でやるのじゃ。」
「畏まりました。」
するとどこからかお茶会の時に見た杖を取り出した。
「ペンダントを地面に置いてくれ。」
二人は今から何が起こるかわからず言われるがままペンダントを足元に置いた。シフォンは一歩へ、そして深く一息吐いて肩の力を抜けば杖を高らかと振りかざす。
「・・・eins、zwei、drei!!」
アリスが息を呑んで見守り、そんな自分に注がれる視線に耐えながら何か呪文のような(ただのドイツ語だがアリスでさえ理解しておらず周りからはそう捉えられた)言葉とともに勢いよく杖を振り下ろした。ボンッという音とともに白い煙が巻き上がり、拍子にアリスとレイチェル(のみ)小さな悲鳴を上げ思わず目を固く閉じたが煙も段々空気の中に消えていき恐る恐る足元を確認した。
「「・・・えっ、えええーっ!!?」」
なんとそこにはかわいらしいペンダントなんかなく、まさしくゲームの世界にしか存在しないような刃も長さも巨大な剣と細身で長さは1メートルぐらいの剣が二本横たわっていた。杖から銃、斧からラッパと物から違う物へ変形する様子を目の当たりにしてきたとはいえペンダントの形からしてさほど驚く事はない。今驚いているのは手品のようなその所業。
「すごーい帽子屋さん!マジシャンみたい!!」
「ほんとほんと!胡散臭さが上がったな!!」
後ろからの子供のような黄色い声が逆に彼にとってはただの精神的攻撃にしかすぎない。というか悪気はないレイチェルの言葉が何気に1番深く心に刺さった。これからきっと「帽子からハト出して」と言われたりするのを考えたらもう歯を食いしばる思いだった。恥ずかしいので帽子を深くかぶる。
「・・・あれ、そんなに重くないわ。」
試しに剣の柄を持ち上げた。アリスの身丈近くある大剣なのに軽々と振り上げた。もしやこの防具より軽いのではと疑うぐらいだ。さすがに大剣構えた自分の姿には違和感を覚える。レイチェルは両手に剣を構えて堂々としている。
「今からルールの説明をするッ!!」
髭の男性からメガホンを受け取りエコーのかかった大きな声を張り上げた。ただでさえでかい声なのだから側にいるアリス達は耳が痛い。
「二人一ペアになってこの迷路を進んでもらう。曲がり角、行き止まりや分かれ道などに「トランプ」が配置しており気配に気づくと襲いかかってくるだろう。」
それだけではいまいち理解できず、剣の柄をぎゅっと握っている。なんとなく嫌な予感がした。
「ゲームプレイヤーはそいつらを倒していきながら進んでほしい。」
的中した。
しかも最悪の形で。
早速抗議をしようとしたレイチェルを押しのけてシフォンが反論した。
「お言葉ですが女王陛下。彼女には少々酷すぎるのでは?」
「何を言う。我々が望む「アリス」ならばたやすい事じゃ」
「・・・そんなわけ・・・。」
ローズマリーの毅然とした態度にシフォンは何も言い返せなかった。所詮ただの帽子屋風情。国の長に逆らえるわけがなく。
「ただ倒しただけではダメである。制限時間内により周りのバラを「染めた」方が勝ちじゃ。もし先に出口についた場合はその時点でゲーム終了となる。」
逆らえないとはいえ、毒づいた。
「要らない兵士の処刑と庭の「手入れ」が一度に沢山できる。彼女にとっては一石二鳥てわけか。胸糞悪い・・・。」
ローズマリーの耳は聞こえているだろうが、見向きもしなかった。
「この剣と鎧はそういうことかよ・・・!」
レイチェルは悔しそうに歯を食いしばった。こちらには何の得もなければ肉体的にも精神的にも深いダメージを追うのは確実。
一人の少女が身体を震わせている。
「迷路内で一度来た道を後戻りする事は認めるが逃亡は認めん。リタイアも選手交代も許さん。一人任せもだ。見つけ次第処刑する!!」
ここでリタイアを申し込んだら処刑。途中で逃げ出したら処刑。一人任せにしたら処刑。「参加する」以外の行動を選択した場合に待ち受けるのは「死」のみだ。他人の死を選ぶか自分の死を選ぶか。
トランプを使ったゲームとはこういうことだったのだ。
彼女にとってのトランプはこういうことだったのだ。
さっきまで軽かった剣がズシンと重みを増す。持ち主の拒絶がそうさせているのだ。罪に問われなければ問題ないのか?違う、今は心の問題だ。息が早くなる。寒気がする。逃げたい、すぐにでも逃げたい。でも逃げ切れる自信もないし、逃げた先にいい結果が待っているとも思いにくい。
「そうだ!おい、アリス!」
こんな時に何か思いついたのかレイチェルが相手側に気付かれないようアリスを手招きで呼んだ。そして耳打ちをする。
「俺が先手をきって前へ進むから、お前は俺が倒した奴らのアレをこうするんだ。」
そう言いながらレイチェルは自分の首元(アレ)に右手を立てて滑らせた。いわゆる首をはねろという事を仕草で伝えたのだ。勿論それで「わかった」と言うわけがない。アリスは首を横に振る。
「死体だぜ?もうそれしかねえよ。」
彼なりに酷な事はさせたくないと考えての提案だった。人任せにしてはいけないのだから、と。でも普通の感覚の人間、敏感な年頃の少女にはそれは尚も堪え難い事だ。
「貴方、正気なの?」
アリスの顔は蒼白で涙目になり震えていた。
「なんで罪の無い人を殺さなくちゃいけないの?なんで人殺しをゲームにしちゃうの?嫌・・・嫌よそんな・・・いっそここで私が棄権したら・・・。」
「どっちにしたってあいつらは殺されるんだよッ!!」
肩をつかまれた瞬間、アリスは我にかえり目を丸くした。
「お前がリタイアしたら処刑されるのはアリスだけじゃない。俺も、シフォンもフランもみんなまとめて殺される。女王様はそんな奴だ。」
説得するレイチェルは真剣で、悔しそうで、まるで自分に言い聞かせるようにも見えた。それも嫌だ。なんとかしてくれようと、なるべく手を汚さず傷つかない方法を必死に考えてくれている彼を死なせたくなんかない。励ましてくれた他のみんなも・・・。
「とりあえず今は俺の言う通りにするんだ、いいな?それと誰かのために自分が死んだらとか考えるのは二度とやめろ。」
そっと肩から手を離して背中を向けてそのまま迷路の入口まで一人歩みだす。
「・・・大丈夫だ。お前は間違ってない。死にたくないって気持ちだけで頑張れ。」
私は間違っていない。みんなを守りたいのは本当だ。
でも、関係ない命を殺したくない。どちらかの命を蹂躙する時点で、間違ってしまっているのだ。これから過ちを犯す。まだ心の準備もろくにできてないまま、開始の合図である鐘が鳴った。
「始めッ!!」
鐘を鳴らした兵士の掛け声で両方が一気に動き出した。迷路には二つの入口がある。ローズマリーの方は鎧を渡してくれた兵士のエースが後ろの剣を鞘から抜き先手を切って駆けていき、その後ろを優雅かつ大股でついていった。アリス達も少しの差も開かせまいと急いで迷路の中へと走っていく。
「いいか、さっき言った通りだ。」
「う・・・うん!」
お互い顔を合わせることなく花咲く壁の間の狭い道を縦に続いて進んでいった。
「もう嗅ぎ付けてきやがったか!」
レイチェルが言ったほぼ同時に向こうから複数の足音がこっちに向かってくるのが聞こえる。すると曲がり角から三人のトランプ兵が飛び出し剣を構えながらこちらに向かって襲いかかってくる!曲がり角とはいえど敵までの間合いは十分あった。
「うおおおおおッ!!!」
三人は一斉に攻撃してきた。だがそれにびびる事なくレイチェルは走る足はそのまま剣を横に一振りした。三人のタイミングが揃っていたおかげでまとめて倒す事が出来たのだ。辺りの満開のバラは赤い模様で彩られ、染み込むようにやがて深紅にへと色を変えた。ただのバラではないらしい。
「ひッ・・・!?」
アリスの方に倒れこんでくる一人のトランプ兵。ゲーム前に言われた事がずっと頭に残っていたがそうではない、拒絶反応で力いっぱいに剣を振り回した。トランプ兵の身体の間に向こうの景色が見える。
「大丈夫だ、アリス!その調子で行くんだ!!
「・・・・・・。」
例え虫の息でも人を自らの手で斬ったのには変わらない。パニックに陥るアリスを一押しする。今にも泣きそうなのを堪えて、剣を握り足を進めた。そのあとも、作戦通り、いいペースで敵を倒していった。
「にしてもキリがねーな・・・。」
お互い休みなく走り続けているので体力もかなり消耗しているはずだ。アリスは慣れるどころか、心がすり減るばかり。しかしこちらがどんな状況であろうと関係ない敵は次から次へとやってくる。
「・・・仕方ねーな。」
何を考えたのか剣を一本鞘にしまったのだ。こういう状況では明らかに数の多い方が有利だろうに。敵は相手が何を企んでいるかは知るわけがなく、容赦なく剣を振り下ろしてくる。レイチェルは空いた脇からすり抜け後ろに回り敵の頭を掴んだ。
「・・・貴様!!・・・足に、力が・・・。」
頭を掴まれた瞬間、敵の身体ぐらつき大きく傾いた。勿論その隙を逃さずレイチェルの剣は彼の胴体を真っ二つに分断した。
「きゃああ!!」
悲鳴をあげる。ついさっきまで身体の繋がっていた部分が足元に転がってきた。
何より怖いのが・・・。
彼の様子が違って見えたこと。
戦い方もやや変わっていった。最初は邪魔物を斬って進むだけだった。集団で襲われた時だ。
軽々と背後をとり、首に手刀を入れて痛がっているところを首ねっこを掴み、後ろから切り掛かってくる敵に向かって片手で投げ飛ばした。その間10秒も経ってないだろう。雪崩のように崩れ、やっとに起き上がれない兵士。レイチェルは馬乗りで片手を固い鎧に添えて先ほど投げ飛ばした男もろとも剣で勢いよく突き刺した。
下敷きになった敵の苦痛な絶叫に耐えられず耳を塞ぐアリス。ゆっくりと降りるレイチェルは息が全く上がっていない。
「足りない・・・。」
低い声で呟いては急に黙る。ふと後ろを振り向いた。もう一人のパートナーを忘れているわけではかったが。
「・・・三月さん・・・。」
少女はまるで獣に追い詰められ逃げ場を失った獲物のように、涙目で小刻みに震えていた。そんな彼女を見て、正気に戻った。
「・・・!!」
相手が自分をどんな目で見ているかはすぐにわかった。もちろん、アリスは彼に何があったかわからない。レイチェル自身は記憶もしっかりあり、自覚もあった。原因は焦燥感。早く出なければと焦った彼はきっと「理性ある戦い」では足りないと。本能のままに暴れる獣を解放して躊躇を捨てて。血を求める獣など、彼女は見るに堪えない。
「あー・・・あはは・・・こんなもんがあったら進みづらいよな。」
足元に転がる死体を爪先で道の端に退ける。どこかぎこちないがいつもどうり屈託のない笑顔で手を差し出した。
「ほら、こっちに・・・。」
「嫌ッ!!」
アリスは思わずその手を払った。
<一方、シフォン達は。>
「ここからじゃあ全く見えないな・・・。」
迷路から少し離れたベンチでゲームには不参加のシフォンはトーストを頬張り、フランネルは膝を抱えてめずらしく起きて、それぞれゲームを観賞していたが中の様子まで伺うことは無理だ。
これを聞き付けたのだろう。城の窓からは観客が騒いでいる。上からはさぞかし眺めがいい、二人は観客の応援からゲームの状況を知る事しか出来ない。
「そういえばレイチェルの奴、アレを使ったのかしら・・・。」
フランネルがぼそぼそと呟く。シフォンには彼女のいうアレがすぐにわかった。
「そこまでする必要はないだろう。」
フランネルが突然「お腹すいた」とわざとらしくぼやくので嫌々トーストを半分ちぎって口に押し込む。
「触れた相手の体力を奪い自分の物にする。ゲームの世界ではこれ程のバランスブレイカーはいないよ。触られただけでHPがどんどん減って相手はピンピンしてるんだから。代償はあるけどね。」
フランネルにはシフォンのいうゲームの世界が理解できない。
「代償として凶暴化してしまう。それこそ毎度ご迷惑の発情期のようにね。あれは血に飢えた獣だ。」
ふと視界に映るのは。
「・・・トランプが逃げ出さないわけだ。」
その先には、手に黄金のカードを手にして迷路の方を張り付いたような笑顔で監視しているジャックが立っていた。
――――――――……
「・・・アリス?」
「あっ・・・。」
アリスは自分の取った行動に混乱した。今の彼はいつもの優しく気配り上手で自分を心配してくれて手まで差し延べている。でも、いくら拭っても取れない「汚れ」がこびりついたその手に触れられるのを身体が自然に拒んだのだ。
「ご、ごめ・・・なさっ・・・。」
悪い人ではない。わかっている。胸を張って言える。
でも、なんだろう。やっぱり怖い。
怖かった。
「・・・・・・。」
レイチェルは何も言わず手を引っ込め、再び背中を向けた。
「これぐらいやったら大丈夫だろ。もう何もしなくていい。はぐれるなよ。」
そう言うと今度は走るのをやめ、ゆっくりと歩き始めた。アリスにかけた声には落胆でも諦めでもない。謝ることさえしない。彼なりの気遣いだった。これ以上、アリスが自分を責めないように、と。
恐怖を覚えもしたが変わらない優しさに、何も出来ない自分に耐えられないアリスはとうとう涙ぐんで剣を引きずり後を続いた。
「無気力試合はよくないぞォ?アリス!!」
十字路の真ん中を歩いていた所、右の方からローズマリーとエースがやってきた。濃い赤色と黒色のドレスを着ているせいか血飛沫が目立たないが、最初は持っていなかった等身大の大きな鎌には赤黒いものがこびりつき雫を垂らしていた。
「今の話しっっっかり聞いたよォ。お前ら妾が説明してやったゲームのルールを忘れたのかァ??」
邪悪な笑みに口調も荒くなっていた。
「アリスは俺任せにはしてねえ。ちゃんと自分で・・・。」
「自分から、ではなかろう?」
ローズマリーの言う通り、アリスは自ら敵を倒してはいない。だが仮に「そんなことはない」と言ったら向こうも追求はしない。
「そんなことはない・・・。」
「なら後でジャックに聞こう。奴は我等が誇る王宮導師じゃ。透視で全て監視して貰っておる。」
「・・・!!?」
二人は戦慄した。この何十にもわたる茂みの壁を、バカみたいに広い敷地を、隅々に渡るまで見張っているというのか。彼からしたら障害物がないその場所で動く者は例えるならチェスの駒の様に見えるのだろう。王宮導師の力を改めて思い知らされる。
「いざとなったら観客どもから聞いてもいいのだぞ?」
にわかにざわつき始めたと思っていたら城の窓から中には身を乗り出しゲーム観賞に熱が沸いてる観客達で溢れていた。
「ならお前は!自分でやったっつー証拠はあんのかよ!!」
観客達の野次や応援や適当な実況に苛立ちを覚えながらもレイチェルが反論に出た。壁が邪魔をしてお互いの戦況を確認できないのを利用するのは簡単。この流れでアリス側を応援する声は出そうにないが。
ローズマリーは不気味に笑う。
「証拠ォ?そんなものはないなァ!!」
つまり今はどちらにも今までの自分が置かれた状況下を証明できるものがないのだ。全てはこの厚い壁のせいで!更に証拠が無くて不利なのは明らかにアリス達だ。立場的に援護されるのは向こうだろう、説得力もある。こちらもいつまでも黙っているわけにはいかないがあまりの理不尽に言い返せる理論が全くもって思い浮かばない。そこで、ローズマリーがさらに追い討ちをかけた。
「ならば今から証明しようではないか!」
「女王陛下、何を・・・!」
エースも彼女の行動に焦り出すがお構いなしだ。
「我等とアリスらはここじゃ!!遠慮はいらぬ、かかってまいれ!!」
迷路の遠くまで聞こえるであろう大きな声で、なんと自分達のいる地点をわざわざ敵に晒したのだ。誰がこんなことを予測しただろうか。ローズマリー以外のプレイヤーはみんな混乱している。
「アリスが本当に己で倒したというなら今から来る奴らもなんなりと倒していけるよなァ?」
「・・・ッ!?」
「・・・てめぇは・・・。」
せまりくる足音。どうしていいかわからず不安になり剣を強く握るアリス。レイチェルはとっさに考えた。自分がさっさと片付けてしまえばいい。どうせ相手は大勢の敵を相手に戦うだからこちらの様子を伺う暇は無い。
「お前一人で何とかなる数じゃねえぞォ?それと、妾も含め周りから観られているのも忘れるなよ。」
そうだ。この場所自体が常に晒しものになっている。外ではジャックも監視している。
「これぞまさしく四面楚歌ってやつだな。」
前方から数人の兵士、もはや殺気立っているのを全身で感じる。もう一本の剣を抜いて構えた。エースはすまし顔で長剣を前に構えていた。
「三月さ・・・。」
「ははっ、何とかなるって!」
思わず心配になり声をかける。アリスがどういった心境で名前を呼んでいるかはわかっている。振り向いたレイチェルは見ている人まで微笑んでしまうぐらいの、明るい笑顔。だがあくまでそれは比喩。今はきっと笑っていられる余裕なんてないのもアリスはわかっている。
―信じたいけど、信じてはいけない。信じるだけじゃあいけない―
そう心の中で言い聞かせているのに、足が、手が、身体が恐怖という金縛りにあっているように動いてくれない。敵は目と鼻の先まで来ている。
「来おった!命知らずの馬鹿どもが来おったぞォ!!!」
ローズマリーは早速巨大な鎌をまるで手提げ軽々と横に振り回した。空中に舞い飛ぶ三つの頭。赤い軌道が宙に弧を描く。エースも回り込みで襲い掛かる敵を次々と斬ってきった。慣れているのか涼しい顔のエースと違いローズマリーは本当にゲームを純粋に楽しむ子供のような無邪気な笑顔だ。狂気ならぬ狂喜じみている。
「くそッ!」
レイチェルも勝ち負けなどの概念はとうに忘れてただただ反射的に向かってくる兵士を薙ぎ倒す。
「多すぎんだろうが!!」
斬っても斬っても夥しいほど沸いて来る敵の数は一人で相手をするには厳しい。
「さっさと片付けたいが、これは無理か・・・。」
「やはり全く動いておらぬではないか!」
突然ローズマリーが叫んだ。息も上がってない。不機嫌そうにこちらを見ている。周りには敵一人もいなかった。それがつまり何を意味しているかはすぐに察しがついた。
「騙しやがったな!?」
「試したのだ!!」
ローズマリーは最初こそ自らにもおびき寄せたが、自分で確認できるようにあらかじめ来る兵士の数を調整していたのだ。
「手も何も動いてないぞアリス!!」
もしかして見透かしていたのではないか?アリスがこうなる事もおそらく始めから予測していたのではなかろうか。
まずい。このままではまずい。それを1番わかっているのはアリス自身だ。しかし身体が動かない!恐怖心が纏わり付いて動けない!そんなアリスに無残にも背後から敵が襲い掛かってきた!
―本当に怖いだけなら大丈夫です―
その時、アリスの頭の中に誰かの声が割り込んで直接入ってきた。
―さあ、戦いなさい―
どこかで聞いた事のある男性の声。言われるがまま、剣をゆっくり持ち上げた。
「ぎゃあああああああぁ!!」
後ろからの断末魔にレイチェルは肩が跳ね上がった。いきなりというのもあるが、何より自分より後ろから悲鳴があがるわけがないのだ。あがったとしても野太い男の声ではないか弱い少女の必死な叫び。考えたくもないがそれしか考えられない。
「アリス!!」
対峙していた相手の剣を遠くへ跳ね飛ばして後ろを振り向いた。そこには有り得ない光景が広がっていた。釣られて視線を移したローズマリーも目を丸くしている。敵に囲まれている隙間から見えるアリスは剣を力任せに大きく振り回していた。取り囲んでいた敵も瞬くうちに赤い飛沫を散らして倒れ、辺りのバラは赤を通り越して深紅に染まっていた。
「・・・アリス?」
レイチェルの視界に立っているのは今まで自分が見てきたアリスの姿ではない。ずっと自分の後ろをついてまわり倒したおこぼれを倒していって、ふりだけする少女の姿はない。息を切らし肩を上下させてはいるがまるで雰囲気そのものが別人なようだった。
「あれ?おかしいわね・・・怖くなくなったの。」
そう剣を持ち上げたアリスに恐怖も怯えもない、真剣な眼差しと表情だ。だが、ただでさえ妙なのに、声にトーンの鷹揚がなく淡々としているのが更なる違和感を感じさせた。
「こんな所で時間の無駄よ。差が開いてしまうわ、急ぎましょう。」
「お、おう・・・。」
戸惑いを覚えつつも確かにこうしている間も刻々と時間は過ぎていってしまう。
「どうしたか知らぬが、向こうがやる気を出したのじゃ、我らも再開しよう。」
ローズマリーは「証拠」をしっかりと目と記憶におさめた後、満足したのか迷路を奥へと進んだ。エースもその後を無言でついていった。
「本当に大丈夫かよ。」
身体的な心配より、まず彼女自身に一体何が起こったのかが不安で念には念を押して聞いてみた。
「なんかね、プツンって切れた感じ。」
曖昧な返事に、はたして今まで通りに接していいのか一瞬迷った。とはいえ、アリスが本当にやる気になってくれたのならこれ程都合のいい事はない。
「・・・ならいいんだけどよ。」
いまだに飲み込まないまま道を進んだ。
一方で観客はかなりの大盛り上がりを見ていた。歓声に交えて中の様子の変化を丁寧に実況している人がいる。
「おおーっと!!これはなんと!アリスが自ら剣を振り回してコマのように暴れ出しているぞ!!?」
歓声が更に沸き上がった。
「何だって・・・?」
シフォンも予想外だったらしい。何を思ったかベンチから腰を上げた。
「うぅー・・・んー、どうしたの?」
うたた寝程度だったフランネルはわずかなベンチがきしむ感触で目を覚まし膝に埋めていた顔をあげた。額は膝のあとが赤く浮かんでいる。
「・・・アリスが自ら行動を起こしたらしい。」
不安そうに入口の奥を睨む。
「いいじゃない・・・別に・・・。」
「よくないッ!!!」
フランネルがまだ何か言いたそうにしているのを遮ったシフォンの表情は焦っていた。彼の気持ちをわからなくもないがそこまで感情を露にする程の問題があるのかとも疑問に思った。
「アリスにそんな事をさせてはいけない・・・。」
シフォンは譫言のように呟きだした。ひどく慌てている。いつも見る気取った様子もどんな時でも冷静な態度もなかった。急な変貌ぶりに見兼ねたフランネルは彼を問い詰めはせず隣でなだめた。
「・・・優しさは強さにもなるのよ・・・。あの子は大丈夫、立ち直れる・・・。」
「フランネル・・・ん?」
顔を上げた視線の先には、変わらず迷路の壁をやや離れた場所から眺めているジャック。だがシフォンは、妙な違和感を感じた。
「・・・手持ちが増えている?」
シフォンは知っていた。彼は人を操ることが出来る。しかも複数の人を同時に。あのカードはそれに必要な媒体なのだ。複数でも、条件が揃えば一つのカードで操作可能だ。彼の手持ちのカードは最初見たときは一枚だけだった。「トランプ兵」の一枚。ジャックの手の中にはもう一枚、「誰かの」カードがあった。
「・・・・・・待て!アイツ、「そんなことも」出来るのか!?一度に二人も・・・複数を操作しておきながら別個人を!!」
シフォンの言うことが正しければジャックは迷路中にいるトランプ兵を皆が皆自らの意思で戦っているように操っておきながら、更にトランプ兵とは違う誰かをこれもまた自然に操っていることとなる。このゲームは、ほとんど彼の独擅場となったに等しい。
「問題は誰を操っているかだわ。」
「・・・あの二人か?」
二人が1番に候補にあげたのはローズマリーかエース。ジャックが彼女達に荷担するのは納得できる。だがフランネルの賛同する返事はない
「操る必要・・・あるかしら・・:?」
「どういうことだい?」
「意味ないじゃない。あの二人にそんなことする意味。」
「・・・言われてみれば・・・。」
ゲームを主催した側だ。粗暴で強気で、人の命を奪うことに躊躇いのないローズマリーならむしろ必要ないぐらいだ。エースも女王の側に使える兵士で実力も経験もある。わざわざジャックの力を借りるまでもなさそうだ。
「じゃあ誰かしら?」
「お前が引っかき回したんだろう・・・。」
シフォンは呆れ思考を閉ざしそうにまでなった。
「・・・気付かないの?」
「なんだよソレ。」
突然、観客席が異様なまでにやかましくなった。
「いいぞアリスー!!女王の目に物を見せてやれーッ!」
「ばか!この国のトップが勝つに決まってるだろーが!!」
「アリスやべえええ回転斬りだああああああッ!!」
「結婚してくれえええええ!」
「斬ってえええええ!」
上から降り注ぐ大歓声。フランネルと思考を巡らせていた為耳に入っていなかった。同時に、彼が1番「論外」だと弾きだした名前を口々に次々に感情任せに叫ぶ。
「・・・まさか!?」
「・・・・・・。」
ようやく「伝わった」フランネルは寝・・・るわけではなく一人の道化を見つめている。だけどもそれ以外に名前が上がっていないレイチェルはシフォンが述べた能力のせいで候補からは消された。
つまり、残るは×××
ジャックはこっちを見て微笑んで、空間へと消えた。
シフォンは茫然と立ち尽くした。
――――――――…
「でやああああっ!!」
胴より幅のある大きな刃はたった一振りで綺麗に敵の体を分断してくれる。アリスの水色と銀を基調にした汚れのない鎧と衣装は鮮血が色と混じり濃い赤色の模様を派手につけていた。
「とりゃああああ!!」
やはりその幅の分重さもかなりの物(そもそもこんな巨大な剣を少女が持てることが不条理)でいちいち立ち止まって足を踏ん張らないとやっとに振れない。走りながら、いや、歩きながらでも重心が不安定な状態ではすぐに剣に一緒にもっていかれたりバランスを崩して倒れてしまうからだ。レイチェルは敵が来た時はアリスにいく数をなるべく減らし、尚且つ自分で全て倒してしまわないようにとある程度の加減をしつつ彼女に合わせて時々立ち止まって戦っている。遅れを取るだろうと少々不安に思っていた。それはもうアリスが順調に進めてくれるから今や杞憂だ。
「アリスの気持ちがわかった気がするな。」
普段とはまるで別人な感覚。アリスに感じさせたそれを味わってみて初めてわかる感覚。恐怖感はないがそのかわり、不安感が胸を圧迫する。
相変わらず懲りずに襲ってくる兵士達。倒していくのがもう完全に単純作業と化していた。
「アリス!一人でいける!」
「わかったわ!」
間合いが結構あったのでレイチェルはひとりでに斬りかかっていった。
「ぐぉあ゙っあああぁ!」
「チッ・・・ミスったか。」
一発で仕留めるはずが相手が僅かに身体が傾いた為腕を真ん中で切断する形になってしまった。
「だから・・・ッ、だから嫌だったんだあああッ!」
悲痛に叫びながら片方の手で落ちた剣を拾い、痛みに堪えながら渾身の力を込めて振り下ろす。レイチェルはすかさず一本の剣で攻撃を受け止め、空いた腹部分をもう一本の剣で裂いた。
「あ゙・・・が・・・ッ。」
兵士は力無く倒れた。鎧を接合していた紐が切れ、重い金属がばらばらになって転がり落ちる。下には城で最初見た時のトランプ模様の服を着ており鮮血で模様の区別がつかなくなっていた。
「こいつ、城で見たような・・・あんなに嫌がってたのに・・・。」
「行くわよ。」
今度はまさか、アリスに急かされるだなんて。レイチェルは最初思ってもなかったろうに。
「お・・・っ!?」
二手にわかれた道を右に曲がったレイチェルはその先にある物に驚きと同時に表情の堅さが消えた。
真っすぐ伸びる道の向こうで壁が無くなっている。つまりこれが意味するのはただ一つ。
「出口だ!!」
レイチェルは嬉しそうに彼方を指差した。向こうには行き止まりも何もない、茨が絡みついた白いアーチが出向かてくれている。アリスは表情を変えずに後ろから道を挟む両脇の壁を交互に睨んだ。
「壁に何箇所かで途切れているわ。そこから敵が来るかもしれないから慎重に行くわよ。」
「ん?あ、ああ・・・。」
確かに壁には同じ感覚で所々広い隙間がある。おそらくそこで敵が待ち伏せしているのかもしれない。ここで呑気に浮かれているわけにはいかない。アリスの言葉に気を引き締めた。
「足音が!来るわ!」
合図とほぼ同時に最初の隙間から敵が数人挟み撃ちしてきた。だがそれを先に察知していたレイチェルはアリスの横に踏み込みお互いに近い方の敵を軽快に倒していった。
「こいつらもそうかよ!」
攻撃を盾で防御されたが力を込めて二本目の剣で相手の首の付け根にそう叫びながら振り下ろした。派手な飛沫をあげる。金属の胸板が外れてトランプの模様が見えた。この模様も、レイチェルは見たことがあった。覚えていた。ゲームが決まった途端嫌だと叫んでいた兵士だ。なのに今は・・・。
ゴールに近いだけあって狭い隙間から引っ切りなしに流れてくる。アリスは一気に敵の剣を弾きその反動で回転して数人を真っ二つに切り裂いた。
「こいつらといいアリスといい・・・何なんだよ!みんなどうしたんだよ!!」
自分以外の違和感が当たり前になっているのが何よりも不安でそれは戦いを重ねるうちに苛立ちと焦りに変わっていった。
「でやあぁ!!畜生ッ・・・ん?」
外の空間と薔薇の迷宮を隔てた壁の三番目の隙間から見えたのはハートの城でローズマリーの側近の一人であるジャックが立っている。
「あいつ・・・あんなところで何して・・・?」
二番目の隙間は右側から敵が出てきた。アリスがその巨大な剣を盾に攻撃から防御する。隙間の後ろに敵がぎゅうぎゅう詰めに押し寄せてくるのに焦りを覚え応援を要請した。
「三月さん!」
「あ、ああ!!」
必死に自分を呼ぶ声に慌てて振り返る。アリスの力はもう限界で大分足に力を入れて踏ん張り地面が刔れていた。
「頭を下げろ!」
肩に力を入れながら剣で隙間を防ぎ頭を下げた。汗が滴り落ちる。レイチェルはその身長差を活かし、アリスの頭上から剣を滑らせるように斬った。狭い道に散らばる血、濃い薔薇の香りと鉄の臭いが混ざりあって吐き気がしそうだ。
「あのカード、シフォンから聞いたことある・・・確か・・・・・・アイツの仕業か!」
アリスが豪快に敵を倒していく中、突然レイチェルがおもむろに出口に向かって走っていった。一人を置き去りにしてゴールを意味する白いアーチを抜けた。ラッパの音がいっせいに鳴る。アーチの両脇に立つ鎧を外したトランプ兵士の一人が手に持っていたメガホンを口元にあて叫んだ。
「ただいまアリス側のプレイヤーがゴールしました!!」
その瞬間、観客席からは今までにないぐらいの最高潮の盛り上がりを見せた。
「おお!?しかしアリスはまだ出口付近で立ち往生しているぞ!?」
それを聞いて耳を疑ったのはシフォンだ。
「なんだと・・・?」
それに比べ普段どおり落ち着いているフランネルははっきりと彼に言った。
「大丈夫よ、二人同時じゃなくても。ゲーム終了なら敵の攻撃も終わるはず。」
「そうだとしても奴は味方を置き去りに・・・。」
そんな中、観客が一気にざわめいた。それも先程の歓声とは違う、度肝を抜かれたような驚きを表す声だ。
「なんと!ゴールしたプレイヤーが監視役を襲っている!何事だあ!?」
耳どころか目を、全てを疑った。ゴールではなんと、ジャックと、剣を構えているレイチェルが対峙していたのだ。
「・・・てめえか!兵士を・・・アリスまで操ったのはッ!!」
怒りのあまりひどい形相のレイチェルに対しジャックはずっと変わらず薄ら笑みを浮かべ平然としていた。
「いやはや仕方ないですよ、コレ。女王陛下からのご命令でして・・・。」
「命令だあ!?人を操作してまでこのゲームをやる価値があんのかよ!」
「価値・・・?」
するとジャックはまるで人を馬鹿にするような嘲笑を浮かべながら吐き捨てた。
「価値も意味もありませんよ。ただ俺はこのゲームを成立させるのが役目ですから。」
「イカれてやがる!!」
思わず剣を強く握った。ジャックは逃げる様子もなく危機感が全く感じられない。
「ああ、ちなみにアリスは俺の独断です。操ったわけではございません。催眠?暗示?なんといいますか・・・行動は、彼女自身が起こしたものなのですよ。」
なんにせよ、それを安易に許し見逃すような性格ではない。
「だからって許される事じゃねえだろ!」
「貴方一人に許しを貰わなくても結構です・・・まあ・・・。」
ジャックは軽く口々端をあげ続けた。
「彼女にも「素質」があるんじゃないですか?」
「ぶっ倒す!!!」
堪忍袋の緒がとうとう切れ、剣を振り下ろした。だが。
「・・・ッ!?」
怒りの一振りは、大きな刃で受け止められた。鉄のぶつかり合う音が鳴る。
「ゲームは既に終了している。それに加え、貴様が攻撃するべき相手はコイツではない。」
エースが観客席から様子の変化を察して急いで駆け付けたのだ。ありったけの力を込めているのにエースの剣はびくともしない。
「・・・ッのやろ、公平じゃなかったのか!」
「公平に私達にも襲うように仕掛けて貰った。」
「うわっ!!」
一旦剣を下げた後力いっぱいに前へ押した。バランスを崩し後ろによろめくレイチェルをエースは容赦なく、彼の肩から腹部にかけて斜めに剣を振り払った。致命傷は免れたものの、激しい痛みにその場に崩れ、血の滲む腹部を抑えながら呻く。エースは剣を鞘にしまいジャックに告げた。ぼやける視界で二人の表情は平然なすまし顔をしている。
「そうですねぇ。あなたがそこまで仰るなら解いて差し上げましょう。いい頃合いですし、ね・・・。」
ジャックは一つのカードを破いて捨てた。沢山の人を支配していた元凶がひらひらと地面に舞い落ちる。その瞬間迷路の中の遠くから悲鳴が聞こえるのがわかる。彼らが本来の意思を取り戻したのだ。エースは皆に背を向けローズマリーが迷路から抜けるのを待っている。ジャックはもう一枚のカードを取り出す。
「みんなの愛しいアリス。今自由にしてあげますからね。」
レイチェルは彼のしている行為が何なのかわからなかった。ジャックが他人を操作する際にカードを用いるのは知っているがそれを破いてどうなるかもは知らないのだ。いや、痛みのあまり意識が朦朧として考える力すら弱まっているのかもしれない。
躊躇いなくカードの両端をつまんで前と後ろに引っ張る。わずかに真ん中に切れ目が入る。
ジャックはそのままカードを、真っ二つに破ってしまった。
迷路の中では取り残されたアリスは最後の一人に差し掛かっていた。レイチェルがいなくなったのも兵士が突然弱腰になったのも気にしないでそのまま勢いよく剣を振って―…。
「あ゙あっ、しまった!!」
観客が騒ぐ中、城の渡り廊下の近くでバラの花を二人の兵士が手入れしていた。
「あーあ、肝心の花切っちまったよー。」
「お前ほんと不器用だな。こんなのばれてみろ、同じ目にあうぜ?」
一人の兵士の足元には一つの深紅の鮮やかなバラの花が落ちていた。剪定ハサミを片手にうなだれる。
「まーごみ箱に捨てとけば大丈夫だろ。」
「…そーだなー。」
憂鬱そうに再び腐りかけた葉っぱや枯れかけのバラを摘んでいった。
「それにしても皆大変だなー。」
「ほんとそれ。側近つっても色々アレな仕事させられるんだろ?」
「高い給料貰っても俺はゴメンだな。庭の手入れだけで普通に食っていけるなら上等よ。」
パチンと茎を切り、たわいない世間話をしながら仕事をゆっくりこなしていった。
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