泡沫の海

「・・・海だわ!」


目の前に広がっていたのはなんと海だった。空の色をまるでそのまんま映したような透き通った青。白い砂浜は風に吹かれさらさらと微かに音をたてている。所々には大きな岩が不規則に立っていた。思わず砂浜と海辺の境目の前まで駆け寄った。

「まあ、綺麗ね・・・。まさかここで海を見れるなんて思いもしなかったわ!・・・あー・・・なんだか泳ぎたくなってきた!」

しかし残念、水着はおろか、替えの服すら持っているはずがないじゃないか!来たときから諦めはついていたが、アリスは大分落ち込んでしまった。ため息をはいては渋々海辺から離れ、近くの岩場にもたれ、スカートを折り込んで座った。

「・・・いたっ・・・。」

足に何かが刺さった。そこには貝殻が落ちていた。ピンク色の可愛らしいうずをまいたような形だ。

「たしか、耳にあてたら波の音がするんだってメリベルから聞いたことがあるわ。」

彼女は貝殻の穴が開いているところを耳に当てた。しばらくすると、わずかに波の優しい音が聞こえてくる。

「あ!聞こえる!聞こえるわ!!」

やがて音は大きくはっきり聞こえ、さざ波の音がアリスの耳や心を癒した。なんだかこのままゆっくりと時間が流れていくよう。さっきまでのドタバタが嘘みたい。悠々と、穏やかな静寂で耳に響く自然の優しいメロディーはアリスの疲れまでも癒してくれた。


ところが、波の音が段々と違う音に変わって行った。似たような音なので最初のうちはあまり気づかなかったが、この音は、そう・・・ノイズだ。テレビの砂嵐の音が不愉快にアリスの耳へと流れる。

「・・・ちゃん・・・して・・・。」

「ん?人の声だわ。」

音に紛れながら女性の声が聞こえてきた。なんだろう。聞いたことのある声だ。懐かしい声、この声は・・・?

「お姉様?」


「・・・きて・・・アリスちゃん!」

「ぶえっくしゅん!!!」

突然岩場の向こうからそれはそれは大きなくしゃみが聞こえたものだからアリスの集中力はあっけなく切れた上に、驚きのあまり貝殻を落として瞬く間に砂に隠れてしまった。

「ああ~!!貝殻が~!」

何もない砂浜にむなしく叫ぶ。そんな時、岩場からくしゃみの主が覗き込んだ。

「・・・あのぉ~・・・す、すいません・・・ついその・・・。」

ベレー帽子を被った地味な顔の少年だったが、髪色は紺色に黒と白が所々混じってて、目は白と黒のオッドアイと、とても印象深かった。しかし、アリスは少年をキッと睨んだ。

「ひ、ひええぇ。」

目が合った瞬間肩を跳ね上がらせ岩場にすばやく隠れてしまった。大分臆病者なのか、しばらくそこから出てこない所か「すみませぇん・・・。」や「怖いよぉ・・・。」など震えた小さな声で呟いている。

「・・・。」

さすがにその様を見て憐れに感じたアリスはそっと後ろに立って落ち着いた声で話しかけた。

「・・・えっと、もう気にしてないから・・・。」

「ひゃああああいつのまおうっ!!?」

岩に張り付いていた少年は頭だけ振り向けば後頭部が直撃し悲鳴をあげてその場で悶絶している。どうしたらいいかわからないのでとりあえずもう一度声をかけた。

「・・・大丈夫?」

「・・・はい!?はい!嗚呼、こんな僕の心配をして下さるとはなんとかたじけないことか・・・!」

慌てて体ごと振り向いて二度三度頭を下げる。・・・臆病というか謙虚なのか、その気持ちはまあ嬉しいのだが後ろに背負っている大きなリュックがそのたびに頭の上に落ちる。

「おいおい、随分と見苦しいのう。こうべを上げよ、エリン。」

アリス達の後ろにはもう一人。なんというか、気配を全く感じなかった。若々しい見た目に似合わぬ年寄りじみた・・・というか、上から目線の王様みたいな口調で話しかけてくる。目の前にいる少年に比べると背が高く、鮮やかな金髪を一つに束ねている。見比べると二人はお揃いのストライプの入った紺色のブラウスを着ているが金髪の少年は多少気崩している上に長いコートを羽織っていた。

「あなた、エリンていうの?」

エリンという名前には似合わない少年がそれを聞いてひどくうろたえた。

「だからその呼び方やめてくれるかなあ!特に知らない人の前なら誤解されちゃうよおお…ねえ!?・・・あっ、あああああアリス!!?」

少年は金髪の少年の側きにまで勢いよく後ずさった。

「ええ、まあ。私はアリスよ。あなた達も知っているのね。」

「ほう・・・アリスがまたきよったわい。」

アリスは訝しげな顔でエリンに尋ねる。

「この人、いつもこんな喋り方なの?」

「はい。誰に対しても、なので・・・別に偉そうにしているわけではないので悪しからず・・・。」

確かに言われてみれば、高圧的な雰囲気は感じられない。どちらかと言えば、おおらかというか。

「はっはっは、伊達に長生きしておるからの、皆が赤子に思えて仕方ないわ!」

なんとも自慢げに話す。何歳なのだろう。

「立ち話もなんだから、座って話すとしよう。あー、よいしょ・・・。」

一人先に岩場にもたれて座り込む。もうこうなれば偉そうではない。おじいさんみたいだ。アリスが隣、そしてその隣にエヴェリンが座る。

「先程はこやつが失礼した。我はフィッソン、こやつはエリ・・・エヴェリンと申す。ここは泡沫の海原。我らの憩いの場所だ、身を休めよ。」

「・・・泡沫の海原・・・。」

アリスはそう呟けばフィッソンはこう続ける。

「泡沫とは水に浮かぶ泡という意味だ。」

「はかないねェ・・・。」

しみじみとエヴェリンが言う。だがアリスは気にしたことがあった。

「水に浮かぶ泡が泡沫って意味なのね。でも・・・泡って言ったら、泡よね?見た感じ、ただの波が流れてるだけだわ。」

彼女の頭の中で、湧き立つ時に発生する丸いたくさんの泡をイメージしていた。穏やかに流れる波にそんなものはなかった。

「ハッハッハッハッハ!まあそう思うわな!!」

フィッソンは突然豪快に笑い、隣で海に見とれていたエヴェリンが驚いた。

「この海こそはなんの変哲もない、ただの海であるな。しかしだな・・・ここを訪れることの出来る者とそうでない者がおるのだ。」

そう言った後、一息ついてやや物悲しげさを帯びた笑顔で。

「我やこやつの様な「存在が曖昧な者」だけなのだ。」

「・・・存在が・・・曖昧?」

いまいち意味が理解できないアリスに気付いたエヴェリンは軽くため息をついて補足した。

「フィニは空想上の生き物、僕なんて何のために作りあげられたかわからない偽物でして・・・僕らはこの海で自分を嘆いているんです。」

「我は別に嘆いてはおらんぞ。」

それさえわからないアリスは更にどう尋ねようか言葉が出てこなかった。

「とりあえず我らの話をするかのう。」

「そうだね・・・。」

エヴェリンはポケットから白いハンカチを取り出し固めをおさえてる。どのような身の上事情が語られるのだろうか。アリスはスカートをぎゅっと掴んだ。


「・・・アリスよ。お主は不死鳥・・・フェニックスというものは知っておるか。」

「知っているわ。」

唐突に物凄い名前から始まった事情話はきっと想像もしがたいぐらい壮絶なものなのかもしれない。だが当の語り手でもあるフィッソンは呑気に大きくあくびなんかしている。

「我がそのフェニックスというものよ。」

「へー、そうなの。・・・はああぁああ!!!?」

あっさりと言うからなんとなく聞き流してしまいそうになった。衝撃的すぎる発言にアリスは耳を、目を疑った。ネズミやウサギなどまず比ではない。ここにいるのは空想の、伝説の生き物なのだから。

「これは中々よい反応を見せてくれたの。」

「目の前にいるのが不死鳥ですって言われたら大体はそうなるよ・・・。」

エヴェリンのおっしゃってることはごもっともだ。

「でもそんなすごい方がなんでこんな所に?」

しばらく黙り込んだあと。

「この国に来たのには色々訳があってな。それについては秘密である。ここに居座ってるのは単に居心地がいいからだ!」

満足そうに話すので、「それはよかった」と他人事に近い感じだった。

「そこの、お主の話も聞かせてやらぬか。」

「ええぇ・・・フィニの話だけで別にいいんじゃあ。」

あだ名を反対されればまともに名前すら呼んでもらえないそこの少年はアリスとフィッソンの「早く」と急かすような視線を集中的に耐えられず、癖なのかまたもハンカチで涙を拭うゆうな仕草をしながらしみじみと語った。

「フィニはまだ空想の世界に存在しているじゃないですか。君も知ってのとうり不死鳥・・・ですが、あああ僕は!僕はなんということなんだ!一体なんのために生きているんだ!!!」

「落ち着いて!何があったの!?」

アリスの制止で我にかえったエヴェリンは深く落ち込んで話を続けた。

「僕はウミガメもどき・・・なんです。知ってますか・・・?・・・し、知りませんよねぇ・・・。」

アリスは、なんとなく聞いたことはあった。

「ちなみに背中が甲羅みたいでなんか気持ち悪いぞ。」

「余計なことを言わないで!」

・・・フィッソンの余計な吐露については触れてあげないようにしよう。

「料理に使われるアレでしょ?」

「!!?」

エヴェリンは驚いて顔を上げた。フィッソンも興味深そうにこちらを見ている。各々の反応がアリスにとっては不思議なぐらいだった。

「ウミガメが高くて中々手にはいらないから・・・確か牛をどうたらって・・・。」

うろ覚えの知識を披露する。エヴェリンのことを直接言っている訳じゃないのに自分のことのようにすごく喜んでいた。

「いえいえいえそんな僕が何なのかご存じっていうだけで嬉しい限りでございますますひいぃ。」

残念ながらうろ覚えなのだが。いずれにせよ名前を知ってくれてたことがよほど嬉しかったようだ。

「そうです。僕は庶民の気持ちをそれなりに満たすために作られたウミガメもどきのようです。正直なんで僕がそう言われているかはよくわからないんですけどね?」

「なによそれ。」

思わず真顔で返してしまった。

「「お前は牛か、それともウミガメかどっちなのか」とそんなのこっちが聞きたいですよ・・・。」

そう語ったエヴェリンは懐かしそうに海の彼方を眺めた。アリスはただただ黙って聞いている。あながち他人事ではないみたいに。

「とりあえず自分をウミガメもどきとは言ってますが、なんだか疲れてこの場所を知ってからはひっそりと・・・海にいればもしウミガメと言ってくれるのではないかなーって淡い期待もしているわけですよ・・・。」

「ウミガメさん・・・。」

二人、しみじみと波を眺めていた。

「私だってそうよ。」

白兎との会話が蘇った。

「私はアリスだと当たり前のように思っていたわ。でもここの人・・・特に白兎さんはここにくる人はみんなアリスだとか言ったり、私はまだアリスじゃなくてここで違うアリスがどうとか、わからないことばっかり言うの!」

アリスとして当たり前のように生きてきて、この国に来てからその当たり前が曖昧なものになってしまった。

「お主が何かは知らん。しかし、アリスと決めつけられてはそれを否定され、今となっては自らを見失いかけてはないか?」

フィッソンはきっと慰めてくれているのだろう。だけど、それすら今の混乱したアリスには理解できなかった。

「この場所に入ることができたのは、そのせいだと思います・・・。」

「・・・・・・。」

自分も、水の泡のように、泡沫のように、ふわふわとしたわかりづらい何かなのか。「君は君」だと認識されないのがこれ程までにやる瀬ないこと、足が地に着く感覚すらなくなるみたいな違和感があった。ここにいるみんなも似たようなもの。空想上の生き物であり信じない人からは否定されたり、自分が生かされてる意味すらない。

「・・・でも、よく考えたらそんなに悩むことなんかじゃないかもしれないわね。」

「何言ってるんですか!自分が何かわからないままはやっぱり悲しいことなんですよ!?僕は耐えられません、そんなの!!」

「我は不死鳥だがな。」

さりげない主張を無視してアリスは。

「だって、私達は今「存在」してるでしょう?」

と言ったが、それが彼らの求めていることにはなっていない。

「だから僕は何として・・・。」

「誰がなんと言おうとあなたはウミガメもどきとして生きてるじゃない。周りがなんと言おうと、あなたはあなたってことにはならないかしら?」

エヴェリンは反論する言葉を一瞬失うが腑に落ちないようだ。

「周りから何と言われようと自分は自分だって認めちゃえば少しは楽に生きられると思うの。」

「今我がお主にバカだの海老だの言ってもお主はお主のまま、ということであろう。」

間に入ってきたフィッソンは言うのはかなり無茶があったが、アリスのいいたい事とは大体合っていた。

「そんなのでいいんですかね~・・・。」

自信に欠けた弱々しい声で誰ともなく呟いた。

「私も今なら誰かから何と言われようと、「私はアリスよ」と言えるわ。」

そんなエヴェリンにあと一押しになるよう、または自分自身にそう言い聞かせた。迷いのない清々しい、そんなアリスに何かしら確信を持ったフィッソンは二人に聞こえるように言った。

「今度の゙アリズはもしかすれば、かもしれぬな。」

「なんだって!?いや、でも、もしかしたら・・・。」

アリス以外の二人がそーっと顔を合わせては深く頷いた。

「・・・何?」

ついていけないアリスは小首を傾げる。

「アリスよ。しかしこの国でお主はどっちつかずの存在である。嫌な気はしないか?自分をアリスだと認めてくれるならそうしたいとは思わぬか?」

「そうね、やっぱり中途半端はいやだわ!」

だが、名前以外に自らを証明させる物は何もない。

「ならば、一つ方法がある。」

さっきからフィッソンがひとりで話している中、エヴェリンは気まずい表情を浮かべ目線を反らしている。

「なあに?」

「・・・決して楽な道ではないぞ?」

「ええ、構わないわ!」

アリスの覚悟はできていた。少し間を置いて真剣な面持ちで言った。

「この先に淘汰の国を支配する女王がいる。そやつをお主が倒すのだ。」


「え、倒すって?私が!?」

アリスは素っ頓狂な声をあげた。突然知らない人を倒せと言われているようなものなのだから。


「随分急なことをいうのね!?そんなの無理よ!できないわ!!」

「いきなり言われたらそうなるでしょうね・・・。」

しかし構わずフィッソンは今度は笑顔だ。人を不安にしかさせない笑顔だ。

「まあなーに、会えばなんとなくそうしたくなるであろう!我もうかつに下手な事は言えぬからな。」

「・・・・・・。」

人物像も知らない人を実際会ったからといってそうなるものかと、アリスは目の前の人物をどう思えばいいのかすらわからず、疑いの目しか向けられない。それに。

「海しか見えないじゃない。」

周り一面海だ。

「どこにいるの?」

「海の彼方だ。」

「そう!なら船は!?」

「そんなのないです・・・。」

「・・・・・・。」

なすすべがなくなった。すなわち、ここから他の場所へ移動する手段がない。だが目の前には海など手慣れたウミガメもどきがいた!

「ウミガメさん!貴方なら私を乗せて泳いでいけるんじゃあ・・・。」

「何言ってるんですか!?無理です無茶です無謀です!沈みます!!」

「さすがもどきじゃのう。」

「そうねって、さりげなく沈むって!私が重いって言ってるものじゃない!失礼しちゃうわ!」

アリスの怒りとフィッソンの悪気ない独り言に残念なウミガメは「ひえぇ」としまいには涙を浮かべていた。

「そこでだ!!!」

「わあっ!?」

「アリスよ、我が何者か忘れてはおらぬか?」

その笑顔はすごく自信に満ちている。どこからその自信がくるのか謎だった。

「不死・・・鳥?」

「そうだ、つまり鳥だ。鳥はどうやって移動する?」

そうだ、アリスは思い出した。

「空を飛ぶわ・・・!」

フィッソンは深く頷く。しかしながら彼は動物の特徴となるものが何も見当たらない。生身の人間だ。羽はさておきくちばしが生えててもおかしいが。

「どうせあなたも私が重いからって下に落ちたりするんでしょ。」

「はっはっは!!」

ああ、笑ってごまかされた。一方エヴェリンはいたたまれない気持ちだった。

「まあまあ、今の姿では不可能である。飛ぶのに応じた姿。真の我の姿になる必要がある。」

フィッソンは待ってましたかと立ち上がり、数歩歩いた先で「とりだした」のは黄金に輝く鍵のようなものだった。アレになるのか、鍵になるのか。くだらない事を考えていたその時だった。


ほんの一瞬だった。


まだ空が明るいというのにあまりにも眩しい光にアリスは危機的に強く目を塞いだ。一方、エヴェリンはいつものようだと慣れている様子で目を閉じている。瞼の裏からの光が弱くなってきた。そっと瞳を開く。


そこには信じられないものがいた。


黄金に輝く大きな翼、強靭な肢体、鋭い眼光を放っているその切れたような目。そう、目の前にいたのはまさしく。屈託なく笑っているおおらかな少年ではない。空想でしか存在しえない伝説上の生き物、不死鳥。フェニックスだった。

「・・・・・・!!」

もちろん、アリスは目を点にし開いた口が塞がらない。いまだに何が起こったか把握できていない。

「いやぁ~・・相変わらずいつ見てもすごいなあ・・・。いつもコレだったらなあー・・・。」

「ハッハッハ、何を言うか。毎日懲りずにお主をつついてくれようぞ」

くちばしら開いてない。直接頭の中に響いてくる。

「・・・僕の固い甲羅では君でも無理だ。」

「懲りずにつつく!」

「迷惑行為だよ!!!」

やはり中身はフィッソンだった。不死鳥がこんなふざけていると今までの感動も何もあったもんじゃない。

「ニュースで見たことあるわ。鷹って鳥だったかしら。亀を捕まえて、高い空から落として、拾うのを繰り返すのよ。甲羅が割れるまで。」

「ぴゃああああああああああ!!」

二人のやりとりが滑稽だったのでついつい余計な知識で反応をうかがったところ、顔面蒼白の大絶叫。

「・・・さあて、暫しこの素晴らしき姿を見せびらかしてみたいものだが、これがまた維持するのが疲れる。」

不死鳥という存在を維持するのはやはり難しいようだ。

「飛行中に体力無くなったら大変ですよアリス!さあ乗った乗った!」

心配性のエヴェリンがアリスの後ろにまわり背中を押す。

「え、ちょっ、えぇ!?私がアレに乗るの!!?」

「不満なんですか!そんなこと言ったって今更どうしようもないですよ!?」

「違う!違うのそんなこと言ってるんじゃなくて・・・!」

しかし呆気なく、柔らかい地面の上ではアリスの抵抗も虚しく力任せに押されていく。

「ならいいじゃないですか!」

一押しされ思わず前のめりに倒れそうだが踏み止まった。目の前には黄金の毛並み。見上げればまさに絵本、いや図鑑か何かからそのまま飛び出したような幻想的なモノが堂々と立っていたのだからアリスはしばらく固まる。この国にきてからまともなモノに出会ったためしがないからちょっとやそっとの事では驚かなかった。まさか、空想でしか見られないその姿に改めてこの国が何なのかさっぱり。もはやファンタジーである。

「私が・・・これに・・・。」

息を呑むアリス。

「どうした。早く乗らぬか。」

そんな彼女を元人間は急かし立て、ゆっくりと脚を畳んだ。砂の上に胴体が浮かんでいるようだ。

「うぅ、うん・・・。」

腕を伸ばしまるで崖を登るかのように足を上げて「よいしょっ」とようやく背中を跨ぐ。

空からの光を帯びてより金色に輝き、細い毛が風に靡く。肌に触れてようやく実感が湧いてきた。毛ざわりはもう、質の良い絨毯のよう。幻覚でも空想でも何でもない。アリスは今、鳥の背に乗るといった一生味わえない体験をしている。しかも何の鳥かと問われれば、それは不死鳥なのだから。羽がゆっくりと動く。

「ウミガメさんは乗らないの?」

視線の先には岩場まで離れてこちらを心配そうに見上げているエヴェリンの姿がいた。

「あー、いいです!僕、高いところほんと無理なんで・・・!」

海の生き物はまず空とは無縁なのだろう。

「へー・・・きゃっ・・・!?」

すると大きな翼がはためき、徐々に勢いを増している。周りは風で砂がかすかに舞い、少しだけ、アリスは浮遊感を感じた。

「では行くぞ。しっかりとつかまっておれ。」

「・・・え・・・?う、うわ・・・―――。」

アリス達は一瞬にして、空に流れる風となった。



「・・・いっちゃった・・・。」

岩場に腰をかけて点のように小さくなっていく一つの姿を眺めている。その岩場の後ろからどこからか現れたか、先ほどまでどこにもいなかった男性が上から覗き込む。

「ん?わあっ!?」

影が覆うので見上げたエヴェリンはそれはもう驚いた。人がいたことと、その人がとんでもない人だったことと。

「何がいっちゃったんですかぁ?」

銀髪の長い髪を垂らした青年がにっこりと微笑んでいる。

「あ・・・あぅ・・・えっ、えっと・・・。」

顔面蒼白でひたすら口をぱくぱくさせている。

「別に教えてくれてもいいじゃないですか、ねえ?嘘偽りなく、ね。あぁ、どうせ嘘をついたところでいずれバレるんです。そっちの方が怖いでしょう。」

青年はまるで優しい声で囁きかけるように言った。

「俺に対して嘘をつくというのは、そういう事ですよ?」

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