あたりまえのおもてなし
「ようこそ!公爵家へ!」
入った瞬間、威勢のいい声がアリスを歓迎してくれた。奥にはこれまた大きなドアを指し示すかのように絨毯が敷かれており、絨毯の横に執事やメイドが一列に並んで皆上半身を下げている。何故か皆、頭には犬や猫や羊や魚などリアルな着ぐるみをかぶっていた。
「・・・は、はあ・・・。」
アリス自身こんな待遇は生まれて初めてだ。一見奇妙な集団ではあるが、満更でもない様子で。
「悪い気はしないわね!」
この国に来てからさほどいい扱いを受けてないのもあるのかもしれない。少し気分に乗ったのか手を前に、一歩、また一歩とおしとやかに絨毯を歩いた。気付けば蛙執事はいなかったが、このひと時のセレブ感を満喫している最中はどうでもよかった。
「公爵って、爵位の中で二番に偉いんだっけ?」
得意げに呟いているところ大変申し訳ないが、二番目に偉いのはコウシャクでも侯爵である。
「そんな偉い人から招待されて、こんな凄い歓迎されて・・・。緊張するなあ・・・。」
とうとうドアの前まで来てしまった。アリスは「失礼のないようにしなきゃ・・・」と自分に言い聞かせ深い深呼吸をしたら、ついノックするのを忘れて恐る恐るドアを開けた。
「お邪魔しま・・・。」
ヒュンッ
パリイイィン
次にアリスを出迎えてくれたのは、勢いよく飛んできた・・・
皿だった。
皿は「お待ちしてましたわ!」というぐらいに飛び込んできてドアに全身アタックをかましたとおもいきや派手に砕け、見るも無残に落ちてしまった。少ししかドアを開けてなかったのが不幸中の幸い。もしも半分以上開いていたら、今の位置なら確実に後ろに並ぶ誰かには被害がいったはずだ。運が悪ければアリスにも当たっていたかもしれない。
「・・・・・・。」
アリスは、今まではきっと豪華な料理を乗っけてもらい優雅な晩餐に並んでいた贅沢窮まりない食器だったものを見つめながら呆気に取られている。
ガチャン
「きゃあ!!」
お次は銀色の物体がドアにタックルした。今度はスプーンだ。先ほどの衝撃か知らないが綺麗に曲がっている。ドアにぶつかったぐらいで曲がるやわなスプーンなのかドアが尋常じゃないぐらい固いのか、いずれにせよ超能力者も感嘆するほどくの字を描いている。
「こらああああああぁ!!!」
怒鳴り声が部屋に響き渡り、それっきり物が飛んでくることはなかった。
「来客がお見えになってるでしょう!?貴方の目は節穴なの?」
アリスを指差し、ばっと投げた人物の方を振り向いた。投げた人物は白いコック帽とエプロンから料理人のようだ。不気味な笑顔で鍋を煮込んでいる。はたから見れば魔女が何かを調合している風に見えるが部屋には美味しそうな臭いでいっぱいだ。そして、こちらに可愛らしい小走りで駆け寄ってくる少女がいた。
「ごめんなさいねー・・・いつも何かあればこうなの。」
ドアをノックしなかったことを今日ほど後悔した日はない。
「気分を損ねたかしら?もう大丈夫よ、中へどうぞ。」
「はい・・・。」
真ん中にはガラスで出来た丸いテーブルに白いレースのテーブルクロスがかけてあり、その周りをソファーが囲んでいる。窓も大きく日当たりがいい。広い中にはキッチンやベッドも兼ね揃えており、十分ここだけで暮らせそうだ。綺麗に掃除もされている。
「ここにはね、よくアリスという名前の少女がお訪ねに来るのよ。なんでかは知らないけれど、いろいろなアリスが来るたびにとても楽しいの!あ・・・私はナターシャ。公爵夫人、今はこの家の主よ。」
淡いピンクのドレスに花をあしらったブローチとさりげなくヘッドドレスを飾っている赤いリボンが映える。亜麻色の髪を後ろで固く結って上品らしさを出し、見るからに気品のある公爵夫人の名に相応しい佇まいだ。
だが夫人とは言うにはまだ若くアリスと同じぐらいの少女なので違和感はあるのだが。
「料理人!お茶を用意してくれる?」
「え、いやお気遣いなく・・・。」
そう言うアリスにナターシャは穏やかに微笑む。
「客人を持て成すのは当然でしょう?」
遠慮したのもあるが、料理人の「あ?」と言いたそうな不機嫌な顔に下手したらまた何か投げてくるかもしれないと恐怖したからだ。実際料理人は鍋を違う所に置いて食器棚からカップなどを取り出して・・・。
「やっぱり投げたわ!!」
なんと料理人は、ナターシャめがけておもいっきりカップをぶん投げた。アリスは思わず頭を手で覆ってかがむ込む。しかしそのカップがこちらに飛んでくることはなかった。
パァァン!
銃声が鳴った直後、カップに見事的中し空中で割れあっけなく地面に落ちた。
「・・・・・・。」
アリスはもはやこの状況を説明してくれる人がいるならすぐさま来て私に納得いくまで話して欲しいとさえ思った。開いた口が塞がらない。ナターシャはというと、さっきの騒動もなかったかのようにニコニコしている。手には銃を持っていた。
「お見苦しい所見せて申し訳ございませんわ。」
アリスは、今まで変な人物には会ったが「危険な人物」に会ったのは初めてだ。これはパフォーマンスか、どちらの方が危険なのか。出来るならば逃げたい気分だが、何かあればこちらを撃ってくるかわからない。下手に機嫌を損ねないようにさりげなくここから離れようとか考えていた。
「ドウゾ。」
テーブルの真ん中に紅茶の入ったカップが、更にシロップやミルクや簡単な茶菓子と次々と運ばれてきた。なぜ料理人が片言なのかも気になる所だが。紅茶はゆらゆらと揺れる鏡のようにアリスの不思議そうに覗く顔を映している。カップに注がれたカップには輪切りのレモンが添えてあった。
「あらまあ、気がきくじゃない!」
ナターシャの顔も小さく映っては揺らぐ。料理人はまたも片言で「ドウイタシマシテ」と言ってキッチンに戻った。
「この紅茶はね、変化も楽しめるようになっているのよ。」
「どういうことなのかしら。」
疑問符を浮かべるアリスのカップに添えられた輪切りのレモンを手に取るとそれを「んっ・・・」と力を入れて搾った。
紅茶はゆらゆらと波紋を立たせ、見る見る内に紅茶は、なんと、透き通るほどの赤茶から綺麗な群青に変わったではないか!
「えええええ!!?」
アリスは黙っているはずがなく、ソファーに膝を立たせれば一気にそれに食いついた。行儀の悪さを咎めることなく、ナターシャはその反応に自身も深く腰をかけながらニコニコ微笑んでいる。
「それは酸性に反応して色が変わるのよ。せっかくだから味だけではなくこういうのでも楽しんでいただきたかったの。」
まるで深い深い海のように、吸い込まれそうな群青。赤から青に。粋なはからいに、アリスは先程の警戒心が飛んでいった。
「ああもちろん、飲めるわよ?うふふ。」
走るに走った分喉も渇いたので、しかしそこは上品にゆっくりと風味を味わおうと・・・。
「なーにこれ、インク?」
アリスでもナターシャでも、料理人の誰でもない声が空間から聞こえた。
「な、なに・・・?」
「・・・!?」
夫人は慌てて後ろを振り返る。しかし何もない。
「あ、あら!無くなってる!」
なんといつの間にか、アリスに差し出された紅茶が無くなっていたのだ!
「・・・・・・ッ!!」
ナターシャは怒りのあまりぷるぷる震えていた。顔は下を俯いてはっきり確認出来ないが、いかにもうかつに近寄れないオーラを放っていた
「ん・・・んんんんん・・・ッ。」
料理人はこういうときに限って何かを一生懸命煮込んでいる。困惑するアリスに対し、とうとうここ1番の怒鳴り声を上げた。
「・・・チェシャ猫!!ちょっと出てきなさいッ!!!!」
アリスが肩をビクッと上げた。同時に、どこかで聞いたその名前の主の仕業なんだとカップが置いてあった場所を見つめる。
「よばれてとびててニャニャニャニャーン…なーんちゃって」
ソファーの後ろから誰かがひょっこり顔を出したのを狙っていたナターシャは客人が訪れるまでに料理人が投げたものであろうフライパンを手に掴み、それを自分もぶん投げたのであった。アリスはまたも頭を抱えてしゃがみ込む。びびったからだ。フライパンは何も無い壁にぶち当たり床に落ちてはゴロゴロと音を立てて転がる。それまでに何か当たった音はしなかった。
「・・・・・・。」
ナターシャの剣幕にびっくりして固まっている。
「あっつ!あついあつい!猫は猫舌なんだからーもー・・・。」
アリスの後ろから知らない声がしてさすがに振り返ろうとした瞬間、ギリギリ横をナイフが飛んでいく。
顔の色が一気に青ざめた。
「大丈夫よ、誰にもあてるつもりはないから!」
しかし、音を聞くあたりナイフも手応えがなさそうで。
「出てこいって言ってるでしょ!!!」
「そんな引っ切りなしに投げられたらみんな会話にならないよ。」
「出てきたらやめるわ!」
短い時間に散らかった部屋にランダムに現れたそれはしばらくしてからようやく一つの場所に姿を現した。
「お客さん来てるの。」
アリスの座っているソファーの今度は右後ろにそれは立っていた。呑気な少年の声。振り返ったナターシャが「いやあああぁ!!」と顔を真っ赤にして叫びながらお玉を投げつけた。油断していたのかその声の主は「んにゃっ」と小さな悲鳴を上げる。
「アリス見ちゃだめ!」
「投げないってことばに投げないって意味はないの?」
と立て続けに挟んで会話が飛び交った。
「服は!?」
「風呂上がりはいつもこれだよ。」
「見ちゃダメだからねアリス!なんでこんな時間にはいるの!それにお客さんが来ているのがわかってるならそんな格好でウロウロしないの!はしたないでしょ!すぐ着てきなさい!!エサやらないわよ!!」
ナターシャの気迫に「はいはい」と言っては足音なくどこかへ行ってしまった。
「・・・えっと・・・。」
ナターシャが軽くため息吐くと取り繕うようにニコリと笑った。
「お、おほほ・・・いつもあんな感じなのよ・・・全く・・・。」
料理人は落ちた破片をちり取りとほうきで黙々とかきあつめている。
「夫人さん猫を飼ってらっしゃるのね!」
「うふふふ・・・ええ、そうよ。」
二人して苦笑いを浮かべている。猫がその程度の容貌で今更アリスが驚くことはなかった。
「・・・そういえば私も猫を飼ってるんだったわ。」
ふと自分の飼い猫のことが頭の中に蘇る。黒猫の親子と白猫の計三匹で、しょっちゅうじゃれあって遊んでいたり、手入れも怠ることはなく世話も積極的に家族では一番可愛がっていた。
「アリスも、その・・・猫は好きなの?」
「大好き!」
即答だ。
それを聞いてナターシャは安堵の表情を浮かべ、どこか嬉しそうでもある。きっと同志なのだろう。あの時みたいに怯えられてはいい気分もしない。二人の表情も自然になり部屋は穏やかな空間を取り戻した。
「私はね、三匹も飼ってるの。黒猫のダイナとキティは親子でもう一匹はスノーホワイトって言うの。雌よ!本当にね、雪の様に真っ白なんだから!」
「まあ、まるでどこかのお伽話のお姫様みたいね。」
童話に出てくる少女を思い浮かべる一方、アリスはお姫様みたいに王冠を頭に乗せ豪華なドレスを身にまといながらネズミを追いかけ回している所を想像して「おかしな話」と呟いている。
「私はね、飼ったというより拾ったのよ。」
「拾った?捨てられていたの?」
「多分ね。お買い物の帰りに見つけたの。服もなにもかもボロボロで・・・同情かよくわからないけど、可哀相とは思ったわ。」
ふと、拾って下さいと書かれた段ボールの中の隅で小さく奮えながら見上げている子猫を想像した。
「警戒はしなかったわ。お腹が空いていたのかしら、エサをやると喜んで食べてくれたわ。案外人懐っこいし、苦労することはなかったの。」
しかし、大きくため息を吐く。
「・・・やたらとネズミは捕まえてくるし、勝手にどこか行くというか神出鬼没だし、ほんと気まぐれだし・・・まあ猫だから仕方ないんだけどね・・・。」
アリスも家で遊んでいた時の頃を思い出すと共感したくなるようなことも沢山あるみたいだ。
「毛糸をむちゃくちゃにするのは日常茶飯事よ。」
「あー!それやるやるー!」
特に子猫で遊び盛りのダイナはアリスが何回毛糸をまとめてもそのたびにじゃれるのだから編み物も落ち着いて出来たものではない。叱り付けたって懲りやしないのだ。
「変わりにボールをやってたらずっと遊んでるけどねー。」
「猫じゃらしとかいいんじゃないかしら。」
ナターシャは小首を傾げる。
「ねこじゃらし・・・?聞いたことないわ・・・。」
アリスは意外と言わんばかりの表情だ。
「植物よ!きっとそこらへんに生えているわ!」
「へえ~・・・。
しばらく何かを考えているようだ。猫じゃらしのことでも考えているに決まっているのだからそんな彼女を見てクスクス笑っている。
「じゃあ今度探しに行ってみるわね。」
「猫をじゃらすのかい。」
突然誰かが頭だけをひょっこりと出した。
つい先ほどより落ち着いた登場に誰ももう驚きはしないし少年も今まで何事もなかったかのようにナターシャの少し隣に腰を下ろす。
「その方が・・・チェシャ猫・・・?」
そっと傍らに座っている少年を指差す。少年はこれもまた呑気に大きい欠伸をしている。夫人は微笑んで「そうよ、かわいいでしょ」と返した。
「ええ、とっても・・・。」
猫の耳と尻尾が生えているから猫・・・と、今まで似たような連中を続けて目の当たりにしたアリスならそう言い切れた。が、どうも動物らしい色をしていない。紫、尻尾に至ってはピンクとの鮮やかなしま模様を描いている。マーシュならネズミ、アルマなら犬、チェシャ猫だけは猫と断言できないのだ。だからわざわざ丁寧に猫と付けられているのか。
靴下に黒い革靴。首輪に鈴とリボン、尻尾にも金色と同じ赤いリボンの飾りをつけてたりと見なりは割とちゃんとしているどころかちゃっかりお洒落までしている。さすが夫人のペット、という感じを醸しだしていた。髪は濃い紫で無造作にはねている。釣り上がり気味の丸い猫みたいな目。細めた瞳孔でこちらをみている。アリスは知っていた。ああ、この目は確か興味ある対象に向けられる好奇の目、だと。
「・・・・・・。」
と、同時にさきほどのナターシャの話を思い出す。チェシャ猫は元々は捨て猫だったのを。段ボールの中にいる子猫を想像していたのだが、今の彼からはとても面白い絵しか想像できなかった。
「あ!・・・そうよそうだわ!」
ナターシャは唐突に何か思いだしたように料理人の方へ振り向き言った。
「もうそろそろ出来るでしょう?会席料理を用意しなさい。」
料理人はようやく鍋の中の物を深い器に一つ、また一つとよそい、せわしなくコップを取り出しプレートに乗せて持ち運んできた。
「おっ?」
と、身を乗り出すチェシャ猫の尻尾をナターシャが容赦なく掴んだ。力を込めて。案の定猫なのか「いたいっ!!」と悲鳴あげすごすごと引き下がっていった。
「まあまあ!アリスが来るってことは聞いていたから用意していたんだからよかったらこれだけは食べていって。」
そういえばアリスがこの場所を訪れた時から料理人はずっと何かを煮込んでいた。紅茶の件はさておき、喉が乾いたままだったし、相手の厚意をそのままスルーすることの方が失礼だ。腹にはまだ空きもあるようなのでお言葉に甘えることにした。
「オマチドウサマ。」
ガチャンと音を立ててテーブルに置かれたのは、二人分の綺麗に磨かれた器に具だくさんのシチューと木で出来たスプーン、そして横には陶器のコップにミルクと一切れのフランスパンだった。チェシャ猫用なのか三角チーズと茹でた野菜が一つにまとめて乗せられた皿まである。
「わーおマジ格差社会。」
それでも嬉しそうにチェシャ猫はフォークを突き刺し三角チーズにかぶりつく。そこはやはり猫だった。
「おいしそー!」
立ち込める湯気と美味しそうないい臭いにアリスの顔も綻ぶ。空腹より、ようやくまともなものにありつけた嬉しさに心から安堵した。「いただきます!」と一口分すくえばスプーンを口に運んだ瞬間もうアリスの表情は本当に子供のよう。だが・・・。
「料理人!これはどういうことなの!?」
その時、突如ナターシャが料理人にきつく叱り付けた。アリスは訳がわからず手を止めたまた固まっている(チェシャ猫は料理を黙々と頬張っていた)。
「私は会席料理を用意してと言ったはずよ・・・!」
怒りに震えるナターシャに対し料理人は悪びれる様子もない。
「私ハ確カニ懐石料理ヲ用意シマシタ。」
聞いただけでは料理人の言ってることは当たり前といえば当たり前だ。しかしさりげなく「ヒトの言葉ってややこしいね」とチェシャ猫が口を挟んだことから微妙なニュアンスの違いから勘違いしたんだなとアリスはそそくさと平らげてゆく。
「こんなしょぼくれた物失礼よ!今すぐ下げなさい!」
対して堪忍袋の緒が切れた料理人は近くにあった包丁を掴み、ナターシャは身の危機を感じ銃を構え、チェシャ猫は「包丁って刺すものでしょ」とこの一触即発な空気に茶々を入れる。
これはやばい。
料理人が包丁を投げようとした。
「お待ちなさい!!!!!」
アリスはたまらなくなりテーブルを両手で叩いた。そこにいた者全員がびっくりして一つの方を見たまま呆然としていた。
「アリス・・・?」
「・・・はあぁーー・・・。」
と一息つけばアリスは二人を見て満足げに微笑む。
「私は、とても美味しかったわ。きっと丹精込めて作っていたのね。勘違いしたのはいけないことかもしれないけど、気持ちのこもったものでしょう。そんなのあんまり関係ないと思うの。」
「・・・。」
料理人は黙って包丁を握っていた手を下ろす。ナターシャの方のは「で、でもっ」とうろたえるがアリスは咎めもせず満面の笑顔だ。
「それになんだか懐かしい味がしたわ。もしよろしければ、また食べに来てもいいかしら!」
「・・・ふーん。」
チェシャ猫は興味深そうに今の状況を傍観している。ナターシャもわずかに震える手でアリスの手をしっかりと握り、心から安心したのと嬉しそうな表情で
「ありがとう・・・!いつでも来てね・・・待ってるわ・・・!」
と言った。
******
「美味しいご飯をありがとうございました!」
玄関の前、アリスは出る時まで見送ってくれたナターシャに頭を下げた。来た時と比べたらこんなにも笑顔に満ちている!彼女の表情は出会った時のような穏やかさを取り戻していた。
「こちらこそ色々ありがとう。あっ、でも・・・今度はもう少し豪華なおもてなしをさせてね?」
「期待しているわ!」
門の前では執事やメイド、その中にはあの蛙執事もいる。出向かえてくれた皆が綺麗に横一列に並んで「またのお越しを!」と元気のいい声で見送ってくれた。
「またねー!!」
アリスも向こうが見えなくなるまで振り返りながら手を振って歩き、向こうもアリスが見えなくなるまでじっと門の前まで立ち続けていた。
「なんとか喜んでいただけたみたいでよかったわー・・・。」
部屋に戻ると、何かが足りない違和感に気付く。
「チェシャ・・・猫?」
そう呼ばれたものは、部屋のどこにもいなかった。
*******
「・・・ちょっと危なかったけど、ご飯は美味しかったし、話も合ったし、今までで一番楽しかったかもしれないわ!」
随分上機嫌なアリスは雲一つない青空を見上げながら足取り軽やかに道を進んでいった。
チリン
「・・・?気のせいね。」
チリン
「・・・なに?」
鈴の音が、まるでアリスの後を追うように鳴る。
「あいつらは君じゃなくて、アリスを迎えただけなのにね。」
「!!?」
不気味に思いしずかに足を止め勢いよく後ろを振り向いた。だがそこには誰もいない。自分の歩いてきた道が伸びているのみだ。
「・・・なんだったの・・・?」
不安そうに前を向くと、少年・・・いや、チェシャ猫がいた。どこからどうやって現れたのだろう。
「一体どこから・・・?」
「猫はどこからでも現れるよ。」
驚きと混乱を隠しきれないアリスに対し、チェシャ猫は出会った時と変わらない、薄い笑みを浮かべている。
「君はこれからどこへ行くんだい?」
アリスは「うーん」と頭を押さえ難しい表情になった。どう返していいかわからないのだ。
「それが・・・わからないの。この先に何があるか・・・。」
このとき、白ウサギのことは忘れていた。
「わからない。ならば。」
チェシャ猫は背を向け、振り向いた。
「とりあえず前へ進んでみない?猫も連れてさ、暇だったし、君には特に興味がある。」
「・・・・・・。」
果たしてこんな何を考えてるかわからない人についていっていいのだろうか。今のアリスはもう、前に進むしかないのだ。
「ええ、行きましょう。」
そう言ってひとりでに歩くチェシャ猫の後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます