芋虫学者と夫人の招き

「・・・っはあ・・・はあっ、・・・もうここまで来れば大丈夫ね・・・!」

その頃のアリスといえば、ウサギの家から逃げだし、膝に手をつき息をぜえぜえ切らしていた。

「・・・はあ・・・ほんと、ついてるのだかそうでないのか・・・。」

今度は、まるで体じゅうの息が無くなってしまうかのように大きく吐いた。顔には疲弊が出ている。白ウサギの家などもう全く見えなくなるほど、相当走ったものだから。

「調子に乗っちゃったわ。まさか、あんなに・・・。」

ついさっき、アリスはピーターの命令により家の中から手袋を取ってくるよう言われ、仕方なくアルマの「手を借り」ながらもいともたやすく手袋を見つけた。だがアリスは余計な物まで見つけてしまった。そして、己の経験と期待と好奇心から起こした事象により、体は元どおりどころか止まることを知らないぐらいの速さでどんどん巨大化していったのだ。挙げ句の果てには家がそれに耐えられず、腕で、足で、頭で、破壊してまで大きくなっていった。騒ぎに駆け付けた住人達が外で何か叫んでいるのが聞こえ、アリスは思わず「私どうなっちゃうのだろう!」と泣き出しそうになった所になにやら頭上から落ちてきた。窓からも降ってぶつかり、「痛い!何すんのよ!」と叫んで投げられた物を見てみたら、それは石ころだった。外からは怒号にも聞こえる声。アリスはもうこれ以上どうにもできなかった。恐怖に怯え、しかしまだ諦めないで「助けて!」と強く願ったその時、開いていた口に石ころが入り込んだ。

のはずだが、何故かそれは甘く、こんぺいとうを舐めているみたいだった。

「誰かが間違えたのね?」

すると今度は石ころではなく、色とりどりのこんぺいとうが降ってきたのだった。アリスも何故そうなったかわからない、落ちてきたのを一つ、また一つと口にした。


そしたらいつの間にか


また度を越したぐらい身体が縮んだ。



おかげで裏の扉から逃げることは出来た。崩壊を続ける足場の悪い階段を降りるのは中々怖かったが、家を出た後は裏の茂みに飛び込むようにくぐり、雑踏に不安感を感じながらもやがては何も聞こえなくなるほど出来るだけ遠くに走って逃走完了。そして今に至る。

「・・・今日ほど走ったことはないわ。」

白ウサギを追いかけ、コーカスレースで走り、危機から逃げ、普段からしてまずこれ程走ったことはまずない。しかも全力、楽しみもなく。そろそろ膝も痛みだし、特に痛い片足を引きずりながら歩いた。

「・・・はぁ~。にしても。」

自分の手の平を見るとひどく落ち込む。

「アレは一体なんだったのよ。」

アリスが手にした小瓶、そしてケーキ。これからは自分から食べたり飲んだりお願いしているものはうかつには食べてはいけないと学んだアリスであった。

「・・・・・・。」

見上げれば幾分と高い針葉樹が辺りを囲み、道はなく、今までで一番不気味な森をさまよっていた。ただ静かで、ただ何もないけど。恐怖心を煽るには十分だった。

「うう・・・私ってばれたかな?」

頭の中には崩れゆく家、耳からは引っ切りなしに叫ぶ家の主の声が離れない。

「もしばれてたらウサギさん、私を追いかけるのかしら!」

泣きそうな声で呟くもこだますらしない。

「今度はまさか私がウサギさんに追いかけられるなんて!おかしな話だこと!立場が逆転しちゃったわ!追いかけられる方にしちゃあ確かにたまったもんじゃないわね!でも私にはそんなに必死になって追いかける理由なんかない・・・。」

喋るのに気をとられ歩いてることを忘れ知らず知らず前へ進んでいく。

「いや!あるわ!だって私ウサギさんについていかないとこの国のこと何もわからないから迷子に・・・迷子に・・・なってるじゃない!現在進行形で!!」

自分で自分につっこむとは。

「・・・さすがに、心くじけるわ。・・・気晴らしに歌でも歌いましょう。そうでもしないと、やってられないわ。」

大きく息を吸った。そして・・・。

「にんじん・・・に~んじん・・・真~っ赤なに~んじ~んあなたは、脇役のくせをして~味がでしゃばりすぎるのよ~♪」

のびやかに溌剌な声で歌い上げたのはソッコーで考えたオリジナルの歌だった。きっと、ウサギからにんじんを連想したのだろう。ちなみに、彼女はにんじんが大の苦手であった。一人訳わからない歌を口ずさみながら歩いて背の高い草むらに突入。アリスの愉快な歌は止まらない。

「私のにんじん、あなたにあげる♪あなたはこれが、好きなんでしょ~~~・・・あいたっ!」

突然頭に強い衝撃を受けた。

「っつつつ・・・何かにぶつかった・・・ような・・・。」

おでこを抑え後ろによろめくように二歩下がる。

「・・・?」

目の前にはとても大きな白い柱のような物があった。さっきのケーキ事件を思い出したが、どうもこの柱は薄汚れていて、無機質な硬さではなかった。力を込めて押すと僅かながら弾力がある。さっきから日陰に入ったみたいに暗い。大きな影がアリスを飲み込んでいた。更に離れてみると、なんと類を見ないぐらいとても大きなキノコだった。他にも周りに同じぐらいの大きさのキノコが生えている。

「まあ、こんなに大きいキノコなんか初めて!」

アリスはぽかんと口を開けて見ている。まず驚いたのはやはりその大きさだ。いくら自分が小さくなったところでキノコの大群は圧倒的な威圧感を放っていた。加えて生えているキノコはどれもエキセントリックというか、どうも明らかに自ら「食用ではないですよ」と主張するぐらいカラフルだった。ひどいものには模様まである。

「こんなの食べたらどうなるのかしらね?」

さすがに食べようとは思わない。しかし、好奇心旺盛なアリスは興味津々だ。食べてみたいけど食べてはいけない、その葛藤に悶々としていた時だった。

「そこの娘よ。」

アリスは自分しかいないと思っていた声の聞こえた方に視線を向ける。落ち着いて余裕のありそうな声。見上げた先には、平たいキノコの上に足を組んでキセルを燻らせながらこちらを見下ろす青年の姿があった。派手なファーを巻いていて、今まで見てきた中で一番鮮やかな髪色をしていた。全体的に青で統一された服を着ている。モノクルをかけて、横にはいくつかの分厚い本から何となく学者かそんなイメージだ。

「は、はい・・・私に何か用かしら?」

「・・・いや、これといって用はない。」

アリスはキョトンとしている。

「しかしここまで来たということはこの場所を抜けられると仮定した場合更に向こうへ進みたいのではないかね?」

青年には似合わない口調で尋ねてきた。相変わらずキセルを口にくわえては煙をふかしている。「見た目に似合わないなあ」と心の中で呟いてから言った。

「ええもちろん!ここに来た意味がないもの!」

アリスは若干適当に答えた。

「ならば、私に挨拶をして自らの名前を名乗るのだ。」

「はじめまして、私の名前はアリス=プレザンス=リデルよ。」

スカートの端を摘んでお辞儀をした。

「私はシグルド。芋虫だの言われておるがこの森に住んでいる学者である。お初にお目にかかる。」

一方シグルドと名乗った青年は目を合わせるだけだった。が、もうすっかり慣れていた。

するとアリスは何か大事なことを思い出したのか目を丸くしながら相手を見据えた。

「・・・芋・・・虫?」

「・・・そうだが・・・。」

シグルドはどうも納得のいってなさそうな表情ではあったが。

「アルマって人は青虫って言っていたから、人違いなのかしら?」

「そう呼ぶのはあいつだけだ。青かろうが芋だろうが虫には変わらん。名前で呼べと常々言っておるのだが、周りもあまりにしぶといもんでな。流石にもう疲れた。」

丁寧ご親切に説明してくれた。当の本人は、要するにただのあだ名に不平をたらたらこぼしていた。

「あなたが・・・そのっ、芋虫学者さんなのね!!?」

アリスは驚きと同時に嬉しくて目を眩しいほど輝かせる。相手は冷めている。

「私!あなたを探していたの!」

「・・・私をか?」

「あなた、凄く頭がいいんですって?キノコにも詳しい学者さんだって色々な人から聞いたわ!」

煽てるために色々と誇張したのは言うまでもない。シグルドはやや照れるも否定はしなかった。うまくいった。

「ま・・・まあそうだ!私ほどここら辺のキノコに詳しい者はいないからな!・・・ところで何故私に会いたかったのだ。」

「私の身体を元に戻してほしいの!えっと・・・元に戻せるキノコがあるって聞いて、でもそれがどんなものかわからないし。」

必死な割にはどうも話が曖昧だった。それはさておき。

「・・・は?別になんともなっておらんではないか。」

思わぬ返事にアリスは更に訴える。

「いいえ!身体が小さくなっちゃったのよ!一度小さくなって次はとてつもなく大きくなって・・・また小さくなったの・・・!」

確かに、にわかには信じられない話だろうが今こうして体に変化が生じているのだ。高いところから見下ろしているからわかりにくいのだろうと、苛立ちすら感じた。

「ふん、くだらん。実に馬鹿馬鹿しい。」

「な・・・なんですって!?」

今度はいきなり冷たくあしらわれアリスは内心腹を立てた。

「冗談じゃないんだから!私だってこんな・・・!」

「ではまず何故そのような身体になった。」

自分のしたことを思い出す。唐突に罪悪感に駆られた。しかもそのうちひとつは勝手に人の家にあるものを飲んでしまったのだから。

「・・・それは・・・、ケーキを食べたり、水を飲んだり、こんぺいとう食べてたら・・・。」

「全て自業自得ではないか!!」

ぴしゃりと叱りつけられアリスは黙り込んだが、そのまま黙ってもいられなかった。

「だって自分から食べて下さいって言ったんだもん!?」

「無視すればよかっただろう。優柔不断な己が撒いた種だ。」

そこまで言われては自分に負があるアリスは何も言い返せなかった。どう反論したって勝てる自信がなかった。自分で何とか出来るものならどうにかしたい。それさえもわからないアリスはもはや途方に暮れるしかないのだ。

「・・・でも・・・。」

何か言いたそうにするが、きっとまた厳しく正論で返されるのだろうと考えれば言葉よりため息しか出なかった。

「おい、娘よ。」

しばらく様子見していたシグルドもさすがに見兼ねたのか呆れ顔で声をかける。コートのポケットに手を突っ込んで何か探しているようだ。

「え?」

かすかに期待しながらふと顔を上げる。その時、上から何かが落ちてきてちょうどおでこの真ん中に当たった。コロコロと転がり落ちるがアリスは痛さと惨めさに額をおさえて下を俯き涙目になっていた。

「ひとまずそれを食え。身体に残る毒や異常を全て浄化する効果がある。」

足元のそれを拾った。一見、特になんともないそこらへんに普通に生えてる美味しそうなキノコだ。秋になったら大量にお店で見たりする。

「こ、これが・・・?」

半信半疑で呟くアリスに対してシグルドの方は堂々としていて。

「そうだ。」

とだけ言った。ふざけているようにも見えないし、しばし色々な角度からじろじろ見るがそうしても仕方ない(というか急かすような視線に耐えられない)ので思い切ってかさの方から一口かじった。

「自分がどのような姿だったかをしっかり頭の中で思い出しながら食べるんだ。」

「・・・・・・。」

アリスは強く瞳を閉じ、この国に来る前の自分を思い出した。思い出しながら、味もない乾いたそれをもう二口と食べての繰り返しだ。しかしながら、アリスの身体は全くさっきと変わっていなかった。気づけば貰ったキノコも食べ尽くしている。なのに今だに目に映る景色も変わっていないのだ。当然、アリスは怒った。さいしょやたら馬鹿にしたような態度が気に入らなかったがまさか本当に馬鹿にしていたとは、信じきっていた自分にも腹を立てたが何より騙した相手にそれ以上に憤怒した。

「ちょっと!!!あなた私を騙したの!?」

シグルドは黙って見下ろしている。余計に怒りを煽らせた。

「黙ってないで何とか言いなさいよ!人を馬鹿にして見下して楽しいわけ!!?」

「だから言っただろう、変わってないと。」

「・・・変わってないわよ!ほら!!」

アリスは胸に手を当てて自分の状態を主張する。だがそれさえも全て見透かしたかのようにシグルドはキセルを吹かしながらただじっとその様を見下ろしてからこう言った。

「お前は元から何も変わっておらんではないか。」

「だから・・・。」

アリスは「何を言ってるの?」と言っているような困惑した顔で黙りこむ。そして更に続けた。

「最初は縮み、次に巨大化したり突然的に身体に変化が続いたせいで普通の状態がわからなくなってしまっていたのだろう。お前が自らを過度に小さいと言うがそんなに小さければ私からお前の姿をはっきりと確認するのは難しい。悪いが、私はだ。」

「・・・。」

アリスはまたもやシグルドの正論すぎる正論に黙って理解しか出来なかった。そうだ、あまりにも極端にでかくなり小さくなりの繰り返しで感覚がわからなくなっていたのだ。つまり、度を越して巨大化した為縮んだ時も「また小さくなった」と勘違いしていたのだった。

「・・・あ、あの・・・。」

そうわかったきり、自分の勝手な思い込みで相手を責めてしまったことを大きく悔やむ。

「道も広ければ木々もこれほどに高い。勘違いしやすい環境でもあるかもしれん。」

「ごめんなさい!!その・・・言いすぎました!」

後からフォローされ余計に罪悪感を感じ、慌てて頭を下げてめいっぱいの声で謝った。

「・・・まあ良い。気にしてなどおらぬ。」

その顔はなんだかすっかり疲れ切っていたようにも見える。手に負えない子供の相手をしたからだろうか?それとも・・・?

「あーよかった!どうってことなくて。ありがとうございます!・・・じゃあ私はそろそろいくわね。」

意気込んだアリスはキノコとキノコの狭い隙間をなんとかくぐってその先の道に出た。

「聞くのもうんざりではあるが、どこへ行くというのだね?」

去り際に挨拶をしようと後ろを振り向いたら呼び止められる。

「わからないわ。はぐれちゃった白ウサギを探しているの。」

「そうか・・・。」

キセルを蒸してしばし考え事をしている間アリスの足と気持ちはまだかまだかとそわそわしていた。ようやくシグルドは口を開く

「アリスに一つ頼みたいことがあるのだが。」

シグルドには借りができたのでそれを返す機会が早速現れた。

「ええ、いいわよ!」

「そこの近くに小さなのがいくつか生えておる。全て食用で害はない。そいつをいくつか、この道のまっすぐいった先にある公爵夫人殿の家があるので届けてやってほしい。」

「え・・・ええ、わかったわ。」

アリスは巨大なキノコの根本に生えている秋の旬にはピッタリだろう小さく地味な彩りのキノコをポケットに入るだけ沢山むしりつつ尋ねた。

「その夫人どのって人に頼まれてるのー?」

「い、いちいち聞くでない!」

それに対してなぜか八つ当たりのように返された。アリスは「なんでだろう」と思いながら見事全てもぎ取った。「全部取ったわよー!」と念のために伝えると少ししてからまた返事が返ってきた。

「・・・随分採りおったな。・・・一つぐらいはお前にくれてやっても良い気はするが・・・。」

「なーんーてー??」

そりゃそうだ。向こうの方でぼそぼそと言われては聞き取れるはずがない。そうとはわかっていただろうにシグルドは「あーもー煩わしい!!」と雑に頭を掻いて(心の中で)叫んだ。

しかしまあさりげない思いやりも理解してもらえず、諦めては「ならいい!早く行け!!」とアリスに言ったきり頭を抱えて黙り込んだ。

「あんな風に言わなくてもいいのに!」

と(こちらも心の中で)ぼやくも助けてくれた分もあるので「ありがとー!さよならー!!」と遠くにまで聞こえるぐらいの声で、つい自然に手を大きく振って、アリスはまた目の前の道を行き次なる場所へ進んだ。


「きーのこー、きーのこー・・・おーいしーいきーのこー♪」

森の中、楽しそうに高らかな少女の歌声だけが聞こえる。

「きーのこー、きーのこー・・・はーごたーえもよしー・・・きー・・・のこー・・・焼いたらうまい・・・。」

楽しそうなのは続かず。

「・・・ナンセンスだわ!!!」

の一言で終わった。きっとこれ以上の続きが思い浮かばなかった・・・いや、それでもいつもなら全く関係ない単語を引っ張り出し違うものになっても無理矢理繋げるというのに。酷く退屈のようだ。こんなものでアリスの退屈は紛れたりはしない。

「はあー、腰が重いわ・・・。」

大量に摘み取ったのキノコのせいでポケットはいびつにでこぼこして重みで下に下がっている。




「調子に乗っちゃった。虫さんの食べる分なくなったかも・・・て、虫ってキノコじゃなくてどちらかといえば葉っぱが主食なんじゃ?」

葉っぱなら嫌ほど周りに生えている。多分、一生は大丈夫なほど生えている。心配するには至らない。

「・・・そうだ、私が縮んでなかったとしたら・・・なんて大きなキノコだこと!あんなの食べれたとしても調理の仕様がないわ!」

シグルドはランプまで建て付けて立派な住家にまでしていた。

「この国では大きければ家にさえなるのね・・・。家にしたら色々足りないけど。例えば雨が降った時とかどうするのかしらね。」

しばらく佇まいについてうーんと考えながら歩いていたが「かさの下に雨宿りできるわ!かさだけに傘みたいに!」とちょっとした駄洒落まで思いついてしまった。なかなか自信作なのか得意げな顔になっている。誰も聞いちゃあいないのに。


「あら、あれは何かしら!」

アリスは目の前に何か見つけ立ち止まった。

「あーやんなっちゃうなー。」

そう呟きながらぼーっと空を眺めている頭部が蛙の執事が木の株の上に座っていた。正確には蛙の着ぐるみを頭だけかぶっており、身体そのものは人間で、襟からちらちらと肌色が覗いている。

アリスは、「なんだ、人か」と落胆する人間ではない。「なんて面白い格好をしているの!」と食いつくのがアリスだった。人の気配に気づいたのかこちらを向くなり慌てて立ち上がりびしっと背中を伸ばした。アリスは躊躇いもせずにっこり微笑み話しかける。

「こんにちは、蛙執事さん。こんなところで何をしているの?」

あえて見た目には触れなかった。しかし、蛙執事と名付けられた時点で既に指摘されいると思いあたふたと身振り手振りしだした。

「あわ、あわわわこれ、これはですね!その決して私が好きでやっている訳ではございませんん!」

アリスはうっかり聞いてしまったことをつい申し訳ないとさえ感じた。

「・・・あ、そうなんですか・・・。」

「わ、わかっていただいたあああ!しかもあっさりと!よかったあぁ・・・。」

大きく安堵の息を漏らした。わかってもらってもいないしお互い食い違ったまま話は流れた。

「・・・あなたは・・・?」

「はい?」

今度は向こうから聞かれ少し驚いた。

「あなたは・・・もしかして・・・アリス様でいらっしゃいますでしょうか・・・?」

「は、はい!私はアリスですけど。」

お互いお初にお目にかかるのに何を根拠にアリスと呼ぶのだろうと疑問が生まれて間もなく彼は。

「・・・なんと!貴方様が!!」

蛙だけに一歩バックステップで後ろに下がらしばし挙動不審に首をせわしなく振ったり時々「えええー!」や「おそろしやー!」などと言いながら今度はぐるぐると駆け回りはじめた。

「もしもーし・・・。」

話しかけづらい様子だったので戸惑いつつそーっと声をかけた。その度「はっ!」と肩を上げてぴたりと立ち止まり、(わかる限り声だけは)嬉しそうに速歩きでこちらに近寄ってきた。

「・・・な、なんっ・・・。」

「貴方に是非会いたいというお方がいまして!もしよかったら・・・その会っていただけませんか!!」

突然のお誘いにやや戸惑うも、悪い気はしなかった。蛙の頭を除けば今まで出会ってきた中で服装も態度も真面目で誠実で、彼に対する好感度はそれなりにあった。

「よろこんで!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!では早速参りましょう!!ご主人もお待ちです!」

すると蛙執事はアリスの手をぐっと掴み走り出したのだ。

「きゃああ!ちょっ、ちょっと・・・!」

腕を勢いよく引っ張られよろめき、足は自然に大股で目の前の人物に必死に追いつこうと駆ける。「どんな人なのかしら」とそこから後の想像にも気が回らずアリスと蛙執事は森の中の道を颯爽と抜けていった。



「アリス様、こちらです!」

二人が着いたのは一軒のお屋敷の門の前だった。レンガに挟まれた門はアリスの身丈からして少し高く、がっちりとして隙間から入ろうとするのは難しい。門の向こうにはそれなりにしっかりとした造りの屋敷があり、二階建てで屋根は赤茶のレンガ、壁は白く塗られている。プランターまでかかってそこから色々な植物が生えていてアリスも「オシャレな家」だと思った。

「・・・もう、ひ、膝が・・・。」

残念ながらアリスは落ち着いて外観を嗜む余裕すらなかった。

「・・・ひ、ひざ・・・。」

息を切らして苦しそうに呼吸をするアリスの傍らで蛙執事は全く息が上がっていない。

「・・・蛙だけにケロッとしているわね・・・。」

「実に上手い!!アリス様はやはり我々とは掛け離れたボキャブラリーをお持ちでいらっしゃる!」

駄洒落を拍手をして褒めちぎられて喜べる気分でもない。蛙執事はさすがにアリスの疲弊しているのがわかっている様で、門の前に一歩踏み出しこっちを振り向き微笑んだ(はず)。

「お疲れでしょう!しばしお待ちを・・・。」

そう言うと、蛙執事は門の横に何もないはずの所を押した。すると、目の前の門が重い音とともに前に開く。その様子をアリスは眺めていた。やはり、レンガ造りの門のどこにもボタンらしきものはない。

「すごい!どうやって開いたのかしら・・・。」

「ふふふ・・・それはアリス様であってもお教えする事は出来ません。さあ、ついてきて下さい。」

それはもう丁寧に優しく返されたので深く追求するのが失礼だとさえ考え黙って後に続いた。入ってすぐ傍に花壇があり、色鮮やかな花がささやかに揺れながらも背筋をピンと伸ばして咲いていた。庭の手入れもしっかりされている。二人は石畳の上を歩いた。

「このお庭も貴方がお手入れしているの?」

「私はお屋敷の中の方のお掃除をさせてもらっていただいております故・・・精々花に水やりぐらいはしますが・・・。」

聞くところによると、他にも数人の従者がいるみたいだ。もしかしたらまた同じように変わった格好でもしているのだろうか。アリスの頭の中は奇妙な群れがいっぱいだ。

「アリス様、こちらです。」

ゆっくり立ち止まり手を広げた方には大きなドアが二人を待ち構えていた。急かすような視線に蛙執事はドアを二、三回ノックした。ドアの向こうからパタパタという足音が聞こえてくる。

「どなたかしら?」

穏やかな少女の声に蛙執事は

「私めでございます!アリス様をお連れしました!」

と声を張った。

「・・・まあ!アリスがおいでになったわよ!」

それを合図にそしたら急にどたどたとせわしなく走り回る足音が複数になり少女の声も途端に張り詰めた。

「・・・・・・準備はよろしくてよ。中にお招きなさい。」

「畏まりました!」

蛙執事はドアノブを回し、ゆっくりと開ける。

「さあさあ、どうぞ中へ!」

「・・・お邪魔します。」

アリスは蛙執事に小さく頭を下げ、開かれたドアの奥へ足を踏み入れた。

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