第2話 それでも時は進む
落ちていくローンは霧の中へと消えた。
崖に近づいたプロムが消えたのを確認後、皆の方を向く。
「手応えはあった。傷からの血の出方からかなり深手だろう。
聖女の力がなければ俺でも無理だ。
また、片足の腱は切ってあるし、このあたりの魔物の強さから考えると、明日まで生きているのは無理だな」
「これで攻撃魔法のキャストがしやすくなるわ。
いつも視界の端であいつとちっちゃい人形がちょろちょろしていて気が散ったのよね。
明日の対決はフルパワーの魔法が使えるわ」
「今でも強力なテルルの魔法がフルパワーということは、俺の出番がないかもなー」
「そんなわけ無いでしょ。あなたが居てくれるから、私も力を出せるのよ」
「はいはい。
プロムとテルル、そういうのは明日以降にしてくれるかな。
あたしらも我慢してるんだし」
「何より懸案事項が解消されるのは良いことだ。
奴は斥候のまねごとをしていたとほざいていたが、そもそも現在の我らに斥候など必要ないわ。
全く、力なき者が小賢しく振る舞うのは見苦しいものであった」
「ガッド、もういない奴のことをそう言ってやるな。
食後の運動も済んだことだし、明日に備えて眠ろうと思うが、大事なことがある」
三人がプロムを見る。
「テントの内訳はどうする?
いつも通りだと、俺とガッド、テルルとセレンになるが。
火の番はもう居ないが、我々には必要ないだろう」
破顔したテルルがおずおずと口を開く。
「あの、できたらあたしとセレンは別々が、いいなあ」
セレンも頬を染めて頷いている。
「そうね、これまでは男女で別々だったから不便だったわね。
あたしもガッドと今後の話をしたいし」
全員がにやつく。
「そうしますかね。
みんな、寝不足にならないようにな」
「寝不足でも問題なかろうが、用心は大事だな」
「そうね、物音を立てて魔物呼びつけないように朝までサイレンスをテントの周りにかけておくわ」
「私は防御結界の魔法を朝まで懸けておくわ」
「ふたりとも気が利くねえ。
魔力は大丈夫だよな」
「「もちろん」」
「じゃあ、おやすみ」
「「「おやすみー」」」
そして二組の男女は、それぞれ別のテントへと入っていった。
-
時間は少し遡る。
崖より不本意なジャンプをかました僕。
おお、胸からの出血が服についてやばいなー、それより破れた服どうしよう、と落ちつつ考えながら僕は権能を発動させる。
「「身代わり」, ターゲット 1cγ」
結構深かった僕の傷がす、と治っていく。
身代わりで近くの魔物、ゴブリンキングかな? が致命傷になったようだけど、まあ諦めてくれ。
次は落ちてる状況に対処しないと。
懐より紙の人形を取り出す。
「「浮遊」、落ち葉のように」
そう呟き、人形に息を吹きつける。
途端、加速していた僕の体がふわふわとした速度での落下に変わる。
崖の下へ落ちたが、当然傷は無い。
「「浮遊」解除、これは流石に話せないからね」
にんぎょうつかい、と皆に話していた僕の権能。
字面としてはそうだけど、実際は読みが違う別の権能だった。
教えてくれた上にみっちりご指導いただいたじいちゃん曰く、ヒトガタつかいが本来の読みらしい。
じいちゃんの厳命で彼らには言うことがなかったけど結構使える権能だ。
普通の人形つかいと違って実はユニークレアだそうで。
現在僕しか持っていない権能って何それ。
それがわかるじいちゃんは何者?
通常の人形つかいが所謂人形を行使して何かをさせる。
レベルが高くなるといわゆるゴーレムとかを使役できるらしい。
一方僕のヒトガタつかいは、ヒトガタ、別の名を符と呼ばれるものを行使する。
大きな人形は数動かすのが面倒だからしなかったけど、小さな人形にヒトガタをつけて使役するのは僕にもできる。
小さな人形に攻撃力や敏捷力低下のヒトガタを持たせて、こちらに向かってくる魔物に貼り付けさせる。
そうして弱くなった魔物を彼らが退治する、というのがいつもの戦闘パターンであった。
彼らはヒトガタが着いていない状態の魔物を知らないだろうなー。
基本は紙など薄いもので人っぽい形をしていればいいらしい。
最近は権能が強化したためか、形の融通がかなり効くようになってきた。
そのヒトガタ/符に何か意図を込め、対象にヒトガタ/符を付けて発動させると結果をもたらす。
旅に出て以来いつもしていることだが、あらかじめこの周りにいた魔物を殲滅せず、残した魔物に「速度低下の符」「身代わりの符」を貼り付けておいた。
落下中に周囲探知すると貼り付け済の手頃な魔物が居たので、それに僕の傷を肩代わりしてもらった次第。
「あ、そうだ。彼らに付けてある増強のヒトガタを解除しないと」
「「権能増強符」、結縁解除」
彼らとの旅、もう道は分かたれたけど、それがうまく行くように僕なりに協力してきた。
先程述べた魔物と戦う際に貼り付けていたヒトガタに加えて、プロムらに貼り付けていたのが「権能増強」のヒトガタだ。
旅の始まりより小さく作ったこれを彼らの鎧やローブに貼り付けておいた。
その結果、彼らの権能は素の力よりも強化されている。
魔物を倒せば倒すほど強くなる権能。
彼ら自身の努力もあり、権能は強化されてきたが、それを上回る力が出せていた。
僕にもパーティーとして魔物退治の経験が入っていたし、斥候や周囲の警戒の際に大分魔物を片付けていたので、
ヒトガタによる効果も初期に比べて格段に上がっている。
結果、現在の彼らの素の力の三倍くらいはあったはず。
袂を分かったのだから、これは切らないと。
瞬間効果がゼロになるわけではなく、半日くらいかけてゼロになる方式だったから、まあ問題ないか。
足手まといの僕が抜けて本来の力が出る、はず。頑張れー。
「さて、これからどうしよう」
周りに人がいないにも関わらず、声が出て独り言になってしまう。
そもそも僕自体は魔王を倒したいわけじゃない。どんな存在かは興味があるけれど。
彼らの目的がそれだから、じいちゃんの命令で合わせてきただけの話。
あの修行から逃げるためなら何でもやります。その目的は先程消滅しましたが。
具体的に考えるのは明日に回してまずはは今の対応だね。
手ぶらで出て来る羽目になったため、野営道具その他は持ち合わせていない。
重いのと割れやすいので一手に持たされていた魔力回復薬のストックがあるだけだ。
僕自身はそれを別段必要としていない。
幸い食後故に、食事についてはまあ大丈夫だ。
森の中なので水もなんとかなるだろう。
回復薬を水代わりに飲んでもいいし。
「体一つで森の中はじいちゃんとの修行以来だなあ。
じいちゃんの言伝もあるし、とりあえず魔王城でも行くか」
つい忘れていた言伝を思い出したので目標が決まる。
彼らより先についてしまうと厄介なので、明日昼過ぎから出発かな。
僕はもう少し魔王城方面へ向かった後、手頃な木に登り睡眠を取ることにした。
周辺を警戒するヒトガタと僕の気配を遮断するヒトガタを複数放ち、周りの木々に貼り付ける。
彼らはーー こちらへ来る様子はないな。
明日魔王城へ行くというのには嘘は無いらしい。
夜間に嬌声を上げる連中も周りにいないため、いつもより深く眠れそうだ。
いつもの習慣で夜明け前に目が覚める。
じいちゃんと暮らしだしてからずっと続いている習慣は抜けないね。
近くを流れる川で顔を洗い、口をすすいだ後、日課の訓練を行う。
これは権能とは別の話。
訓練後、早いのは分かってはいるが魔王城へ向かう。
暇だし。
周りに張っていたヒトガタを回収し出発。
「ええ……」
マイペースで進んだ結果、昼前に魔王城に着いてしまった。
いつもは周囲を警戒しつつ、邪魔そうな魔物は処分したりしていたが、今回は寝る時に使った僕の気配を遮断するヒトガタを継続して使いながら来たため、殊の外早くなってしまった。
てへ。
城下町への城門は開けっ放しだったので普通に入れた。
これが強者の余裕というものか。
腹も減ったので今のヒトガタを解除し、僕に対する認識をぼやかせるヒトガタを発動させる。
食堂を見つけたのでそこへ入る。
おう、人間とはバレていないな。外が見えるカウンターに座る。
定食一丁。
皿に盛り付けられた甘辛さと柔らかさが絶品な謎の肉を頬張りながら外を眺めていると、兵士たちが城門の方へ駆け出していた。
店の人に聞いてみる。
「彼ら、忙しそうっすね」
「ああ、何でも勇者パーティーが攻めて来るんだってよ」
もう来たのか。
思ったより早いな。
早く帰りたいからか。
「大丈夫なんすか?」
「なんだお前さん、そこら辺知らんと言うことは旅の者なのか。
あまりに軽装だからこの街の別の区画に済んでいる奴かと思ったよ」
「ええ……
旅してたんすが、仲間と思っていた連中に切り捨てられましてね……
昨晩より一人旅なんですよ」
「そうか……
よし、これをサービスでつけてやる。
確り食って元気出せ!」
「おっちゃん、ありがとう!
食いきれない気がする量だけど」
「おれは女だ!」
「すいません。
で周りはのんびりしてますが大丈夫、なんですよね。
勇者パーティー? が来てるけど」
「当たり前よ!
四人組の勇者も最近強くなったとは噂で聞くが、魔王直属の四天王はそれぞれが今の勇者達以上の強さだからな。」
「あー、それなら四天王さんが楽勝っぽいっすね」
「そうだろう。 あと勇者パーティーの五人目?
が居るとか居ないとか聞くが、空気だろうから問題ないよな」
「そ、そうっすね」
「何だ?
目から汗かきやがって。ウチのスパイスがそんなに効いたか!」
色々とお腹いっぱいになったので店を出て兵士が走っていった方へ向かう。
城外に陣を作り、待ち構えるようだ。
住民を守る姿勢と用心深さに好感が持てる。
まあ僕ならこんな陣に正面から飛び込んだりしませんが。
力量差があればそれも可能ではあるけれども、彼らはやるだろうな。
お、後ろにいかつい装備をつけた四人が居るな。あれが四天王だろう。
強さは…… 嗚呼、昨日の時点の勇者程度ときたか。昨日の時点では互角だったね。
おっちゃ、いやおばちゃんが言ってたよりは低いけど、もはや正面衝突では勝てっこないなあ。
四天王の強さを把握して全力で逃げるのが生き残る道だが、まあ。
にしても、やはり魔族も強さを盛るんだなあ。今なら兎も角、圧倒するほどの差は無かったよ。
じっくり見ててもつまらない結果になりそうなので、じいちゃんからのミッションを達成させよう。
僕は城門に背中を向け、魔王城の中心部へと向かった。
魔王城の中心部っぽいところへ潜り込んでうろちょろしていると、広い部屋があったのでそっと入った瞬間、豪華な机に向かって書物をしている眼鏡少女と目が合った。
なんか独特の気配がするので、ヤマを張ってみる。
「ということでご挨拶に参りました、魔王様」
玉座に座ったままの少女が眼鏡を直してこちらを睨みつける。
つえーなこの方。正解か。
「その方は何者じゃ?
出陣中で四天王不在とはいえ、ここまで入ってこられたのが不思議ではあるが」
「えー、ローン・パイルール。
クオーク・フェルミオンの弟子、とされてます。
と言え、とのことでした?」
ヒトガタに書いたカンペを読みながら答える。
使うことないからフルネームを名乗るのは慣れないね。
じいちゃんの名前も覚えてないからなー。
じいちゃんとは結構長いけど、フェルミオンなんて初めて言ったよ。噛まずに言えた僕を誰か褒めて。
「じいさまの? 今どこに居るんじゃ?」
あー、そういうこと。
じいちゃんも人が悪いなー、人じゃないのか。
「僕の出身地であるキャドミア村に住んでいる、はずです。
近々追放されるとの噂がありますが」
「キャドミア村? 今四天王が相手している勇者パーティーがそこ出身じゃなかったかのう?」
「ええ。
僕も勇者パーティーのメンバーだったんですよ、昨日まで」
「おお、噂の五人目か。
空気で居るか居ないかわからないと噂の」
また目から汗が出た。
誰か切り札とかジョーカーとか言ってくれる方はいませんか? いませんね。
「まあそれは良い。
単身乗り込んで妾の首を狙いに来た…… 訳でも無さそうだし、じいさまの弟子とのことじゃな。
お主から話も聞きたいので、お茶にでもするか」
魔王様はお茶を始めるのにも一手間二手間かかるらしいので、その間の時間つぶしとしてお付きの方に連れられ城の外が見える高い場所へ来た。
先程の陣が展開していたところも見えるな。お、花火、じゃなくて魔法か。来たんだな、勇者パーティー。
ええ、テルルの大魔法、あの程度の威力しか出せないの。
はじめに最大火力でぶっ放さないとだめじゃん。
ほら防がれた。
ああ四天王の一人の結界魔法か。
緻密な魔法陣組んでるね。
味方の兵を動かせない代わりに堅牢にするタイプね。
あれは三属性以上同時に打たないと壊せないやつだ。
着弾時間を合わせて三連発でも行けるはずだからほら。
ああずれた。
もう一回、って魔力切れ? 寝不足なのか?
初手のミスで魔王軍がいきなり優勢になっているんですが。
もうちょっと頑張らないと残りの四天王さんの出番が来ないよ!
おおガッド、兵卒の槍は余裕でかわせるな。
あ、赤くて速い四天王っぽい方がそこへ突っ込んでいった。
これを耐えてこそパラディンだ!
あの太い剣の一撃を耐えて、もう一撃も耐える! 赤い四天王さん、槍に持ち替えて、突く。
槍の一撃を正面から受ける! ってアホですか。
そりゃ砕けるわ。盾は受け流してなんぼでしょうに。
唖然としてる間があったら次の手を打たないと。
もたもたしてると、ほら手首飛んだ。赤い人は速いんだから。
聖女よ、ダーリンの飛んだ手を再生してやれ!
そうそう、でもまだ甚振られそうだから余力を残しておいた方が、
って君も寝不足なのか?
お前達決戦前にどれだけハッスルしてやがんだよ!
残るは勇者か。
寝不足でもそれなりの力は出せるだろう。
おお兵卒がゴミのように散っていく。
魔王軍には何だが、勇者たるものこの程度はしてくれないとね。
お、兵卒の包囲が緩んだ。
黒い騎士が突っ込んでいく。でっかい斧持ってるのに動きいいね。練度高いわ。
包囲の最前面に出てきた青いローブの奴、騎士にバフ、勇者にデバフを同時にかけてる。器用だなー。
眺めていると声がかかったので、お茶場所へ向かう。
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