第2話 新旧の境/歌う女性と青の海

「新旧の境」

 

 デジローを進んで4年。

 やっと、新インターネット空間の終着地点『聖なるトンネル』に着いた。

 やはり、旧インターネット空間との境だけあって人が多い。

 無限に広がるネットの上空と共に伸びる先の見えない壁が、新旧のインターネット空間の境目となっている。そして、その壁は何人たりとも、それもどんなに高性能なAIでもハッカーでも破ることができないという。

 そんな壁のちょうど中央に作られた唯一の出入り口であるレンガ造りのトンネル『聖なるトンネル』の入り口を覆うようにゲートが設置されていて、そのゲートの隣には旧コミュニティから古いウイルスを持ち込まさせないように検査する検査場が設置されている。そのすぐ近くには番兵や世界警察局の局員が立っていた。

 そのトンネルを抜けるには検査を受ける必要がある。

 少年はずらりと人が連なって並んでいる最後尾に立つ。

 並んでいる途中赤ずきんを被ったおばあさんが日本歌謡のデータファイルをくれたので、それを聞いて過ごした。

 体感3時間ほど待って、やっと少年の番が来た。

 白色の制服を着た検査官が少年を不思議そうに見る。

「君、1人かい?」

「駄目でしょうか?」

 少年はウルウル(目薬を使ったことは内緒)とさせた目を検査官に押し付ける。

「……まぁこの先は自己責任だから、気をつけてね」

「はい」

「それと、トンネルを出たらその自転車は新旧の違いで消えるから、また向こうで新しい自転車を作り直してな」

「わかりました」

「では、よいネットライフを」

 男はそう言って少年の審査書類に許可ハンコを勢いよく押した。

 そして、その書類を少年に渡した。

 少年は受け取ると、暗いトンネルへ向って歩き出した。




《歌う女性》

 

 暗いトンネルの先に光が見える。最初に見た小さい光から段々と大きくなっていく。もうすぐトンネルを抜けるようだ。

 トンネルを抜けると、心地よい風が少年に優しく吹き付ける。

 新インターネットの薄暗い空とは変わり、青色の澄んだ空に、どこまでも続く草原が目の前に広がっていた。

 少年は嬉しさのあまり走り出した。

 少し疲れたので休憩しようと思い、奥に見える小高い丘に向かった。

 丘を登ると目の前には、深い青色のネットの海が草原の進行方向とは逆の方向へ伸びている。カモメが上空を飛んでいて、海の上には大きな船が悠々と進んでいる。

 すると後ろから、ねぇねぇ、と美しい声が聞こえた。

 振り返ると、長く茶色いきれいな髪に、白色のワンピースを着た笑顔の美しい女性が立っていた。

「なにか、用ですか?」

「あの、私の……歌を聴いてほしいのです。あっ、でも歌って言っても歌詞をあまり覚えていなくて、曖昧で、……その、下手なんですが……。それでもよろしいでしょうか?」

「歌に下手も上手もありません。心がこもっていれば、誰でもきれいな歌は歌えるでしょう?」

「まぁ! 嬉しいですね」

 少年は美しい女性が嬉しいという感情を抱いたことに疑問を感じた。が、あまり深追いはしなかった。

「では、聞かせてください」

 少年がそう言うと女性はニコッと笑い、手を胸元の前で組み、歌いだす。

 ラララ……ときれいな歌声がこのネット上では嘘のような美しい楽園を流れていく。

 4年間進んだデジローはビル群が立ち並んでいて、変な鳥や笑顔の無い人などモノクロの疲れる世界だったのに対して、この世界は緑や黄色や紫、ピンクなど様々な色にあふれていて少年を癒してくれる。

 女性の歌はネット上の穏やかな風と共に空を、地上を、海上を流れる。

 その歌は僕の心に明かりを、やさしさを、温かさを与えてくれる。

 少年は女性に指摘されるまで数字で形成された涙を流していることに気付かなかった。

「なぜ泣いているのです!? 私の歌で機嫌が悪くなってしまったのでしょうか!?」

 女性は慌てふためいていたが、少年は落ち着いて、

「――いいえ、違いますよ。とても感動したので」

 と、言った。

「……この歌、あなたが作ったのですか?」

 少年が訊く。

「いいえ。よく姉が聞かせてくれたんです」

「お姉さんが。どんなお姉さんなんですか?」

「いつも優しくて、美人で、かっこよくて、何でもできて、私を1番に思ってくれた、そんな人です」

 風が2人の間を吹き抜ける。2人は海を眺めていた。

「その歌の名前、なんですか」

「『彗星のエフェメール』という歌です」

「ありがとうございます。――あっ、僕そろそろ行かなければ」

「小さな旅人さん、乗り物は持っていますか?」

「いえ、今から作ろうかと」

「では、これをお使いになってください。私の姉がこの世界で作ってくれた最後のモノです」

 女性は水色が基調となった美しい自転車を、黄色のファイルから取り出し、草原の上に置く。

 少年は「ありがとうございます」と言って自転車をに跨り、「いつかまたお会いしましょう」と女性に別れの挨拶をして、少し小高い丘を後にした。


 少年は少し離れた場所まで来て、ふと止まった。

 先ほどの場所からもう一度、あの歌が聞こえてきたのだった。 

 


  













 

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