ネットを旅する少年。

黒野ソソ

第1話 途中休憩

 ビル群が両脇に立ち並んでいる閑散としたデジタルロード、通称デジローを1台の自転車が悠々と進んでいる。

 自転車には黒色のコートを羽織り、デニムズボンを履いている10代半ばの少年が1人乗っている。

 ネット上の空間なので自分の好きな乗り物を作り、乗ることができるのだが、少年は現実世界でよく乗っていた自転車を作った。

 少年がネットの最先端『ヴァナズ・デ・リチェ』を発ってからもう2年経つ。

 ネットの最果てに何があるのか、いったい何が起きるのか、心をわくわくさせて毎日進む。進んだ距離はもう分からない。最初の1か月は計測していたが、とうとう計測器の容量を超えるほど進んできた。

 少年は休憩するために、デジローの右脇にある『ぽっぴんを吹く店』へ入った。

 中には客が誰1人としておらず、店の真ん中にある大きな丸テーブルに女性の店員が寝ていた。

「……あの、ここってやってらっしゃいますか?」

 少年が尋ねる。

「……フガッ! ……ハッ! す、すみません。私ったら眠ってしまっていましたね。せっかくお客様が来たのに」

 店員さんは赤色の眼鏡を掛け直す。店員さんは緑色のチェック柄のシャツに、茶色のデニムズボンを履いていた。

「ここってサイバージュースありますか?」

 少年が訊く。

「えぇ、ありますよ。……随分とお若いですね。どうしてこんなところまで?」

「僕、ネットの最果てに興味があって。――旅してるんです」

「へぇ~、大変そうですね。……最果てと言えば『サルテン・ハチュラン』?」

「はい」

「ここまで来るのに時間、かかったのでは?」

「まぁ、2年ぐらい……」

「えぇ! 凄いですね! どうしてサルテン・ハチュランまで行こうと?」

「サルテン・ハチュランの町が美しいと聞いて」

「たしかサルテン・ハチュランって、ここから5年はかかる所にあるのでは?」

「えぇ。でも、永遠に生きられるこの世界では『ウイルス』さえ防げれば、怖いものなしですからね」

「そうですね。……でも、この先には危険なサイトとか怪しい箱とかがあるから油断は禁物なのですよ。どこからウイルスが入るか分からないですからね」

「えぇ、そのつもりで」

「はい、サイバージュースです。あと、これを」

 店員さんは青色のサイバージュースといっしょに黒色のデジタル拳銃を差し出した。現在、製造また使用を禁じられているものだ。

「これは夫の形見なのです。現実世界でずっといっしょにいましてね。いつも楽しかったのです。あの方、ほんと面白くて。笑顔が素敵な人で、私の自慢の夫でした」

「それは良い旦那さんですね」

「でしょう?」

「……形見、と言うことは」 

「まぁ、死んだしまったのかはわかりません。ただ、この世界で目を覚ましたとき、彼は居ませんでした。ネット役所の人に訊いたら、『たぶん、データ移植で亡くなられたんだと思います。ご冥福をお祈りいたします』って、あっさりと言われちゃって。私はまだ夫が生きていると信じています! ……でも、戸籍上無くなっていることになってて」

 震える声でそう言った店員さんの目から、数字で形成された涙が溢れてくる。眼鏡をはずし、涙を拭く。

「……ごめんなさい」

「……」

 少年は何も言えなかった。

 どうすればいいのか分からなかった。彼女にとって、どんな言葉をかけても慰める効力は持たないと考えた。ネットで検索しても〝慰め〟の意味しか出てこない。

 少年は机に置かれたサイバージュースを飲み干してから机に置かれた拳銃を手に持ち、「ではまた」と小さく声をかけ店を出た。


 店を出ると、ネット上では珍しい青色の小鳥が薄暗い上空を飛んでいる。

 少年は自転車に乗り、最果てを目指して自転車をこぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

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