十二頁目 復讐に燃ゆる孤独の光


「ネメシスァァアアア«復讐の刄»ッ!!!」


憎悪に満ちた絶叫を上げ、手刀を勢いよく横薙ぎに振ると同時に、会場に横一文字の亀裂が入る。そしてその亀裂上に入っていた観客達は………


— — 首、胴体、いずれかを飛ばされ、絶命していた。



「ちょ、ちょっとハスさん何やってるんですか!? こんなのルール違反ってレベルじゃ……」


「ごちゃごちゃうるせぇえッ!!」


ハスと言うらしい男の突然の暴挙に身を乗り出した司会者に汚い言葉を吐き捨てると、ハスは司会者に向かって手刀を振り抜く。

動作からコンマ数秒にも満たぬ内に生々しい音が鳴り響き、司会者の手が鮮血と共に舞った。


「いぎゃああああッ!?」


手首から大量の出血をし、近くの救護班に運ばれていく司会者。もうはちゃめちゃだ。一体何だってんだよ!?

唖然とする俺を置いて、我先にと出口へ向かう観客や出場者達。だがハスは見逃さなかった。

出口の上部分に刃を飛ばして崩壊させ、瓦礫で出口を塞ぐ。

混乱する観客達……しかし騒ぎを聞き付けた警備スタッフが人混みの奥から、武装を固めて続々と現れた。中には出場していた冒険者の姿もあり、戦力的には既に十分と言っていいだろう。

ジリジリとハスを包囲する警備スタッフや冒険者達……

しかし先制したのはハスの方だった。


「そこだよ。テメェらの気に入らない所ぉ……物量で押せばなんとでもなるとかおめでたい考えしか思い付かない猿のクセに、俺より楽な道を歩んで来たテメェらがよォ!!」


近くにいた警備員に狙いを定めたハスが駆け出し、手刀を振り上げた。

あまりのスピードに追い付けず、防御が間に合わなかった彼は手刀をもろに受けて絶命。

次に左右に控えていた警備員の首を飛ばし、飛び上がると同時に両手の手刀を乱舞。この僅か数瞬の間に、包囲陣のほぼ半数以上の命が刈り取られてしまった。

この無慈悲な斬撃に耐えられた者達はほぼ皆無。青ざめる包囲陣だったが、ハスの暴動は未だ治らなかった。


「まだだァ……テメェらを皆殺しにするまで……… いや、このクソみたいな世界で幸せそうにしてるヤツら全員皆殺しにするまでは止まんねェ!!」


それが皮切りであったかのように始まったハスの殺戮ショー。それを止められる者は現れない。

四肢を切り落とされ、痛みに泣き叫ぶ警備スタッフと冒険者達を、絶望の眼差しで見続ける観客達………

一体何に縋ればいいのか?この殺戮が終われば、次は自分たちが殺されるかもしれない。すぐに訪れるであろうその瞬間を前に、観客達は打ちひしがれていた ―。


「ハッ!!」


— — 仮面の男が現れるまでは。


「ナ、ナハト!?」


「……チッ、今日はとことんツイてないな。」


居ても立ってもいられなくなって駆け出した雪兎だったが、雪兎が包囲陣の元に辿り着く前に、ナハトがハスに飛び膝蹴りを叩き込んでいた。

顎へ蹴りを受けたハスは、「ぐっ!?」と呻き、大きく吹き飛んだ。


「まさかお前が先に手を出すなんてな」


「まぁ……ちっとワケアリなもんでね」


口では軽く言っているが、その瞳には殺意が宿っていた。よほど因縁深い相手のようだ。

ナハトがおもむろに左手を伸ばす。以前まではただ伸ばしているだけにしか見えなかったが、その能力のカラクリを見破ってからは要となるモノが見えるようになった。半透明の赤黒い蛇……あの蛇が対象に噛み付く事によって能力が制限されるらしい。神経になんらかの影響を与える毒を対象に付与する。それがスキルズジャック《能力干渉》の効果だ。


蛇が勢いよくハスに向かって飛び出す。

シィィィィィィィィィッ!と威嚇の声を上げながら、ハスに噛みつかんと獰猛な口を開いた。


― ― しかし。


蛇の牙がハスの首筋に食い込むその前に、蛇は胴体半ばから音もなく両断された。


「なっ!?」 「チッ、やっぱネタは割れてるかッ!」


ほぼ同時に驚愕と苛立ちの声が二つの口から迸る。

だが感情を顕にする暇もなく、ハスが振り抜いた手とは逆の手で構えを取った。

刹那、ナハトが雪兎の肩を掴みながら飛び退く。肩へ急な力が加わりよろめくが、なんとか体勢を整え……次に絶句した。

今その瞬間まで立っていた地面に、深い亀裂が入っていたのだ。途端に電流のような衝撃が脳内で弾けた。


『殺される』


普段から平和な環境で過ごしてきた人間が、一生の内で一度も体験するはずのない感情を目の当たりにし、雪兎はへたりと座り込む。


恐怖に青ざめ黙り込む雪兎とは裏腹に、ナハトとハスは互いに火花を散らしていた。


「けっ、ナハトじゃねぇか。のらりくらりとしやがってよぉ……」


「うるせぇよクソ。アンタにゃ関係ねぇよ」


「相変わらずその生意気な口だけは達者みたいだな」


「おかげさまでね。」


……ハスがナハトの兄貴分?驚きに次ぐ驚きで、雪兎の頭は混乱していた。


「悪いね、ユキトくん。聞いての通りコイツは俺の兄貴だ。 ま、俺はそうだと思ってもねぇけどな」


「おっと、奇遇だなぁナハト。俺もお前みたいななんぞ弟だとは思ってねぇよ」


「黙れゴミ。俺の名前を気安く呼ぶな。 大体、出来損ないはどっちだ?こんな堂々と人を殺して。 それでも暗殺者名乗ってるクチかよ」


「はんッ、すぐに情が入って殺しが出来なくなっちまうようなヤツよりゃマシさ」


まさに一触即発。すぐにでも爆発しかねない二人が対峙する中 ―。


「……ソラナ一族の決まり 其の一、殺しを見られてはいけない。 其の二、決まりを破った者は自ら命を絶つか、親族の手によって制裁される。」


能力はもう使い物にならないと判断したナハトは、短剣を抜いてだらりと構えた。


「まぁ、そーゆーこった。 ハス・ソラナ、お前に制裁を与える……。 大人しくくたばっとけ、クソ兄貴。」


先に仕掛けたのはナハトだった―。


― ― が、攻撃を仕掛ける事はなかった。代わりに………


「来いよ。出来損ないを処分出来るチャンスだぜ?」


雪兎にやって見せたように、両手を広げてハスを待つ。その目は殺意と挑発、そして……

― ― 覚悟で満ちていた。

頻繁的にこの手法を取る辺り、これが最も得意な戦法のようだ。


「ナハトぉ…… お前、煽るの上手いんだな。いいぜ、やってやるよ、殺してやる……出来損ない処分する良い機会だしなぁッ!!」


手刀に構えて駆け出すハス。さっきのように遠距離からの斬撃ではなく、あえて白兵戦へ持ち込もうとしたのは、それだけ感情的になっているという事だ。

実際ハスは分かりやすいとしか言いようがない程に振りかぶっている。そんな様子じゃナハトにとって避けるのは容易いだろう。


「死ねやナハトぉおおッ!!」


脳筋らしいハスの大上段。その手刀を、ナハトは避けるでもなく……ましてや防ぐでもなく……


― ― 棒立ちのまま


「……は?」


脳天から綺麗に直線を描き、手刀がナハトの体を両断する。「しめた」とばかりに、ハスの顔が歪んだ。

そのままナハトの体は半分に分かれていき、今度はした。


「なっ!? ど、どこ行きやがった!?」


咄嗟に周囲を見渡す雪兎とハス。まさかスキルズジャック«能力干渉»以外に能力を持っていたとは!?


「俺はここだ。」


突如として響いたナハトの声。その出所はハスの後ろだった。


「ナハト……テメぇ、隠し玉持ってやがったのかよ!!」


「まぁ、そんな感じ?」


半分に両断されたハズのナハトの体は、黒い粒子状の霧を放ちながら再生していた。


「スキルズジャック«能力干渉»は、言っちゃえば"人工的に植え付けられた能力"だ。 ほら、暗殺者として必要な能力を与える違法手術だよ。兄貴のそのネメシス«復讐の刄»も、その手術で手に入れた力だろ?」


霧散した体の修復が終わり、蒸気が段々晴れてきた所で一呼吸開ける。


「ジョーカーシルエット«形無キ道化師»。これは俺が生まれた時から持っていた能力だ。」


「どういう事だ……ソラナ一族に迎え入れられるのは、能力が開花していない孤児だけだったハズじゃ………!?」


「俺を引き入れちまったのも仕方ねぇ事だ。なんせ、俺も引き入れてもらってから気付いたんだからよ」


ハスの元へ歩みを進めるナハト。対してハスは、得体の知れないモノを見るかのように後退りする。


「このジョーカーシルエット«形無キ道化師»は自分を霧散させる能力だ。霧散した時は、どんな攻撃も意味を為さない。」


「がぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!!」


ハスは悪夢を振り払うかのように、滅茶苦茶に手を振り回す。だが、そのどれもがナハトを通り抜けてしまう………。


— —まるで"霧"を切っているかのように。


「例えば兄貴のネメシス«復讐の刄»。不可視の刃を飛ばす能力で、対象に抱く憎しみが大きければ大きい程、切れ味が増す特典付きだ。 が、アンタはその能力を授かった時に、元々抱いていた世界の不条理に対する憎しみに目を付けられ、感受性を増幅させる手術も受けてる。ま、一種の洗脳みたいなモンだな。 だから、アンタはこの世界に生きる人類に対して理不尽な程の憎しみを向けられるんだ。 そのくらい憎んでくれてた方が、ソラナ一族アイツらにとっても都合がいいしな。」


散っては戻りの繰り返し。ハスの能力とは最高に相性が悪い。


「けどまぁ……」


流石に何度も続いて飽きが来たらしく、ナハトは鼻で笑うと、体を完全に霧散させた。

ナハトの位置を把握出来ず、ハスは犬歯を剥き出しにして周りに威嚇する事しか出来ずにいた次の瞬間、ナハトがハスの背後に現れ、ガッチリと羽交い締めにしたのだ。


「どんなに憎まれようが、当たらなきゃ豆鉄砲以下だ」


「ぐっ……!?」


「あばよ、クソ兄貴」


おもむろにハスの首へ左手を伸ばすナハト。ゼロ距離からのスキルズジャック«能力干渉»だ、いくら能力が分かっていても防ぐ事は出来ないだろう。

徐々に姿を表す赤黒い蛇。それが完全に具現化し、牙を見せる………


「ハッ!ナメんなよ出来損ないッ!!」


突如として蛇に対抗するように歯を見せたハスは、勢いよく噛み付いた。すると、蛇の胴体が中央から両断されてしまったのだ。

大きな舌打ちをして霧散したナハトは、今度は俺の隣に姿を現す。そして走り出そうとした瞬間 ―。


「うぐっ...!?」


と、心臓部を押さえ付けて苦しみ出した。


「お、おいナハトどうしたんだ!?」


「——へへっ、ちょっと無理し過ぎたみたいだわ」


そう言って俺に向けたナハトの微笑みは、酷く弱々しかった。


「俺の能力 ジョーカーシルエット«形無キ道化師»は、強力ではあるけど、その分の代償は必要なんだ」


よろよろと立ち上がったナハトは心臓部を押さえつつも、キッと前方を睨み付けている。


「金とかそーゆーのも代償に使えたらしいんだけど、いかんせん俺は貧乏だったからさ……捧げられるモノが何もなかった。だから………」



「俺は"命"を捧げた」



「……は?」


「まぁ要は"これ"を使う度に命が削れるんだよ」


優しい目で俺を見ていたナハトだったが、すぐにハスへと視線を戻した。


「己の命を削って初めて完成する技だ。 ま、ゆーて心臓に痛みが走るだけだけどな」


—— 強がりだ。


ワナワナと震える指先と、定まらない瞳孔。限界が近いのは傍目でも分かった。


だが、それでも尚、ナハトは歩みを進める。


「そろそろ………決着カタ付けねぇとな、クソ兄貴」


歩きながら短剣を抜き、剣先をハスへと向ける。能力の連続使用による弱体化も相まって、ふるふると微かに短剣を持つ手が震えている姿は、本当に頼りなくて………


「はんっ!そんな満身創痍な状態で俺に勝てるとでもぉ? やっぱ気に入らねぇな。下に見られてる気がしてならねぇや」


「ご明察。俺にとってお前はその程度でしかねぇんだよ」


「テメェ………そろそろ死ねや」


それでも尚、自分より上の存在に挑む姿は………


「やれるもんならやってみろよゴラァァアッ!!」


「しゃぁぁあらぁぁああ!!」



何よりも頼もしく見えた。







「はぁ……ッ はぁッ………!」


ナハトとハスの激闘が始まって数分。あまりにもハイレベル過ぎる戦闘を、俺はただ傍観する事だけしか出来なかった。

戦況は圧倒的にナハトが不利で、拮抗していたのは僅かに数十秒。今は避けるのが精一杯という所だ。

試合中に見せた"消える"ように避ける技能はジョーカーシルエット«形無キ道化師»がタネ………かと思いきや、実際にナハト自身の身体能力で身に付けた技術でもあるらしく、ハスとの戦いの最中でも多用していた。

だがしかしナハトも人間。満身創痍の状態での戦闘など、長く続くハズがない。


「オラオラどうしたナハトぉ!」


「うぐっ!?」


その様子を見て、いても立ってもいられなくなった俺は、先の試合からまだ回復し切っていない左目を起動させ、とうとうリヒターツァイト《裁判の時間》を発動させた。

そして剣を抜き放つと同時にべシュロイニグング《加速》を使用し、2人の元へ高速で近付いた。


「ああ!?」「馬鹿、ユキト来んなッ!?」


驚愕に目を見開くナハト達を無視し、2人の間に剣をねじ込ませると、無理矢理に振り上げる。そして止むを得ず退く事になったナハトの隣に立つと、すかさず罵声が飛んできた。


「おいユキト!アイツは俺が片付けるって言っただろ!!」


「強がるなナハトッ! お前もう限界だろ?フラフラじゃねぇか!」


「………」


実際、ナハトの足取りは覚束ない。そんな状態であのバケモノと渡り合えているだけで既に奇跡みたいなモノだ。


「——抜かせ。」


それでもナハトは虚勢を張る。が、息も絶え絶えに突き放す姿は、もう先程の頼もしかった姿には見えなかった。


「だから無理すんなってナハト!」


「うるさい!お前には関係ないだろッ!!」


「っ!!」



お前には関係ない。



その言葉が、何故だかやけに心に刺さった。

確かにそうだ……なんで俺は見ず知らずのヤツに手を貸しているんだ?それがただ単にお節介だったとしても、それは本人が望んだモノなのか?


俺はいらないことに手を出しているんじゃないのか?


そんな疑問が頭の中で渦を巻き、ナハトの顔を直視できなくなってしまった雪兎は、気付けば顔を逸らしていた。


「もういいだろユキト。俺はお前が傷付くところを見たくないだけなんだよ……」


「………」


その言葉が決め手となり、俺の体は完全に動かなくなってしまった。

仮面の下の奥底で、悲しげな表情かおを作るが、吹っ切れたように前へ向き直り、ナハトは仮面の位置を微調整した。


「お仲間サンとの喧嘩はもう終わりかい?」


そしてヘラヘラと笑うハスを睨め付けると、短剣を逆手に持ち直して歩を進めた。


「あぁ、終わった。んじゃま、早速………」



「さっきの続きと行こうぜ、クソ兄貴。」



その宣言を皮切りに、さらに口角を上げたハスは、両手を手刀の形にすると同時に一気に駆け出す。対してナハトはゆっくりと歩を進める。

瞬きすら許さぬ間に距離が縮まり、早速ハスが仕掛けた。

ナハトの首を刎ねるべく、ハサミのように両手で挟み込むように手刀を振るが、ナハトが上体を大きく反らし、大振りの一撃は空を切る。

そのままナハトは後ろへ倒れ込むと、跳ね起きの要領でハスの顎へと蹴りを叩き込んだ。呻き声を上げながらよろよろと後ずさるハスの体を踏み台に飛び上がったナハトは、その無防備な喉に突き刺すべく短剣を振り上げた。

しかし寸前でネメシス《復讐の刄》を発動され、空中で逃げ場がなくなったナハトは「くそッ!」と悪態を吐くと共に体を霧散させ、ハスのすぐ後ろに四肢を作り出すと、まだ体勢を立て直せていないハスの後頭部へ渾身の蹴りをかました。


「うがっ!?」


たまらず前のめりに吹き飛んだハス。一方ナハトはと言うと——


「ぐッ、はぁ………!?」


ジョーカーシルエット《形無キ道化師》の反動で、動けなくなっていた。

互いに行動不能となるナハト達。しかし先に動いたのは、怒りに顔を歪めるハスだった。


「テメェ……よくもやりやがったなァ!!」


首や肩を回し、身体中をポキポキと鳴らすと、一度地面に向かってヤケクソに手刀を振った。

その斬撃で、かなりの硬度を持っている筈の大理石に大きな亀裂が出来たのだ。

なんと言う破壊力だろうか。再度見せ付けられた圧倒的な力を目の当たりにして青ざめるナハト。

今すぐ逃げなければ確実な死が待っている。しかし、一向に動き出す気配はない。

どうやら体への負担が限界にまで達しつつあるようだ。指先がピクピクと動く程度で、膝は上がらない。


「これで終いだナハトぉ!!」


勝利を確信したハスは、手刀を上段に構えて一気に振り下ろした。


——万事休す、か………



死を覚悟したナハトは、ゆっくりと目を瞑った。

クソ兄貴にケリをつけることは叶わなかったが、それでもいいかもしれない。だって最後に友が……ユキトが。


俺の事を心配してくれたんだから。


元々貧困街で育ったナハトは、“優しさ“とは無縁に育ってきた。ソラナ一族に引き取られてからは尚更だ。

いつ死ぬか分からない捨て駒。そんな扱いの中で、今日ここまで生きてきた。

殺しをしていく内に忘れていった人としての感情。だけど、やっぱり心のどこかで求めていたのかもしれない。


“人“に注がれる“人並みの愛情“と言うものを。


だから嬉しかった。


——無理すんなってナハト!!——


初めて出来た“友“が俺にしてくれた“心配“と言うものが。

こんな気持ちなんだな。心配してくれる人がいるって。

なんだかとても心地いい。もしわがままが許されるのであれば、俺はこう答えるだろう。


“まだ、この心地よさを感じていたい。”

と。


だから俺は。


まだ死ぬわけにはいかない。



カッと目を見開くと、手刀を振り上げたハスがいた。それも、勝利を確信した歪んだ笑顔で。

欲望に塗れたこんなヤツに殺されるなんて、屈辱以外のなんでもない。

俺は言うことを聞かない体に鞭を打つ。


本当に間に合うのか?


尻込みする度、脳裏にユキトの言葉がリピートされる。


——強がるなナハトッ!……お前もう限界だろ?フラフラじゃねぇか——


…そうだ。確かに強がってた。あそこで潔く“限界だった“って言ってれば、こんな事にはならなかったハズだ。

けれど、これは自分の撒いた種。責任は最後まで持つ。

自分テメェの吐いたこの強がりくらいは、押し通させてもらうぜ、ユキト。


「おおおおォあああああああァッ!!!」


動かぬ体に短剣は無用の長物。死力を振り絞って投げつけた短剣が呆気なく弾かれるのを尻目に、投げ終わって伸び切った腕を維持し、代わりに赤黒い蛇《スキルズジャック》を形作る。死にゆく自分の運命に、抗う為に。


ハスの振り下ろした手刀と、既の所で放たれたナハトの蛇は、そのまま一直線へ進み……


「シっ!!」


——しかしナハトに直撃することはなかった。


「なっ!?」


驚愕で目を見開くナハトの目の前には—


「ったく、無茶してんじゃねぇよ。ナハト」



呆れ顔で俺を見下ろすユキトの姿があった。

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