十頁目 第三十二回グラズスヘイム闘技大会 ヨモギ編

Cブロック決勝戦後、レイヴンと響華はお互いに握手を交わし、微笑み合って舞台を後にした。

互いに背を向けて自身の待合室に戻る際、響華も陽也に倣い、腕を突き上げ地面を指差す仕草を残していった。

何回も見るその仕草ではあるが、決勝戦で勝った後に見せたその仕草はどことなく、いつもと違って見えた。

Bブロックで行われた物理干渉バリバリの激しい戦闘後とは違い、今回舞台に残された傷は、パンドラ«禁忌の箱»による弾痕のみだったので、修復に掛かった時間は無に等しかった……。つか魔法でやってたんだなこれ。

穴埋め、均し、仕上げ、という三工程を魔法であっという間に終わらせたスタッフは、そそくさと舞台を去る。その姿を見届けた司会者は、間髪入れず叫び声を上げた。


「さぁさぁ観客の皆さん! 今回はさっきみたいにクレイジーな破壊がなかったからちゃっちゃっと行くぞぉ! Dブロック決勝戦ーー!!」


その言葉を聞いた観客が一斉に歓喜の声をあげる。

それもそのハズ、だってこの試合には……


「まずは、闘技大会初参加にして、そのキュートな姿で観客の心を鷲掴みにし、加えてえげつない能力を操る期待の新星!! ヨモギだぁぁぁあ〜〜ッ!!」


この司会者の紹介の通り、観客を虜にした超人気者の蓬戯が出るんだから。

案の定、観客の皆さんからは熱烈な声援が。それを受けて「えへへ~」と、少し恥ずかしがるように笑う蓬戯。で、この反応にも熱烈なコールが……

って、流石にオーバー過ぎやしませんかね?

対して反対側から出てきたのは、美しい銀色の長髪をビシっと決めた男騎士。

モテ狙いで仕上げているタイプとは違うさりげないクールさが、見事、女性客の心を掴んだ。

—って、今気付いたけどマリアさん来てるやん。めっちゃガン見やん。

そんなマリアさんを呆れ顔で見ていると、やっと雪兎の存在に気付き、顔を紅潮させながら、


「違うよ!? 違うからね!?」


と言わんばかりに、手をブンブンと振り回す。

付近の観客から向けられる冷たい視線が可哀想だ。


「それではDブロック決勝戦ッ!! ルーサーかヨモギ、果たしてどちらが勝つのか!!?」


苦笑の表情を浮かべていた俺は、その司会者の言葉で現実に引き戻され、視線を舞台へと戻す。

こんなくだらない事を考えている俺だが、実は結構ピンチな境遇にある。

対ナハト戦法。自分でも策を練ってはいるのだが、結局は何も思い付かず終いなので、他の人の試合を見て何か思い付かないかなという魂胆だ。

とりあえず蓬戯、頑張れ。




— — んーっと…… 黒紙はあと4枚か〜……無駄使いは出来ないね〜

と、自身の装備を確認した蓬戯は、視線を前に向ける。

前にいるのは、いかにもモテてるって感じの、銀色の長い髪を簡単に纏めてる、ルーサーっていう男の人だった。

実際、女の人はガン見してるワケだし、そういう宿命を生まれながらに持ってたのかな〜。

— と、物思いに耽っていたのは一秒足らず。すぐさま相手の装備に視線を移す。

ルーサーの武器は、到底一人で扱うような数じゃない"剣"だ。

腰、背中、腿、足、腕。そこに所狭しと剣が張り付いているのが見て取れる。

それは十中八九"能力"に起因するものだと思うけど、それだけでは全く分からない…… つまりはぶっつけ本番!って事だよね〜

気合いを入れ直した私は、ルーサーに淑女よろしくお辞儀をすると、軽く足の間隔を開いて構えた。


「レディ、ファイトッ!!」


という掛け声が響くや否や、黒紙一枚を躊躇なく上に放り投げ、手を翳すと


「光よ!」


と叫ぶ。

すると、日光が軌道を変えて黒紙に直射。瞬く間に燃え上がった黒紙を円筒状の酸素で包んで手に取り、すぐさまルーサーの足下に放り投げる。

つまる所、私が作ったのは手榴弾だ。質量を持った酸素はカランカランという音を立てながら転がり、機を見て爆破させる。

最後まで一歩も動かずその場に立っていたルーサーは、何事かを呟いて爆風に包まれた。

どんな能力かは知らないけど、あの爆破を受けて微動だにしないというのはないはず。なにせ、筋肉の塊のような大男を軽々と吹き飛ばす程の火力なのだ。

場外まで、そこまでいかずとも、場外のすぐ近くまで吹き飛ばしただろう……

— — そんな考えを、爆煙を切り裂いて飛翔してきた剣が打ち砕いた。

「きゃっ」と驚きつつも、咄嗟に真空の刃を形成し、紙一重という所でこれを弾く。

恐る恐るという感じに、煙が晴れた先へと視線を向けてみると……

—いました。一歩…… どころか、微動だにせずそこに悠然と立つルーサーが。

先ほどとほとんど変わらないけれど、強いて違う所を言うとすれば……

ルーサーを取り巻くように浮遊する無数の"剣"だ。

驚きで立ちすくんでいる私を一瞥すると、ルーサーがこの試合初めてとなる声を発する。


「切り裂けッ、リッターオルデン«刃従えし騎士団»ッ!」


狼のように凛々しい咆哮を上がったのを合図に、大小合わせて数十本の剣が蓬戯へと飛翔して行った。

恐怖が顔に表されているのを自覚しながらも、無我夢中で真空の壁を形成する。

その瞬間、カカカカカカカカカカカカンッ!!と、断続的な音が鳴り響いた。

言うまでもなく、壁と剣が激突した音だ。

剣がぶつかる度に、まるで巨漢に殴られたかのような衝撃が伝わり、少しでも気を緩めれば吹き飛びそうになるが、両足を踏ん張ってこれに耐える。

その姿をただ無感情に見ていたルーサーは、浮遊していた剣の内、損傷が激しい物を選ぶと、「破ッ!!」という掛け声と共に、落雷の如き斬撃を壁に叩き付けた。

あまりの衝撃と轟音によろけるが、めげずに、キッと前を見据える。

その瞬間、蓬戯は鳥肌が立つのを確かに感じていた。

夢の中では、よほどの事がない限り傷つきすらしなかった真空の壁に、はっきりと斬傷が残っていたのだ。


「まずは一。」


あれほどの斬撃を見舞っておきながら、彼にはなんの疲れも感じられない。

凄まじい斬撃に耐えられず、見る姿もない程に破壊された剣を、ルーサーは後方へと投げると、蓬戯に声を掛けた。


「お前……ヨモギと言ったな。悪い事は言わない。 降参しろ。」


「えぇっ!?」


「何。その様子では防ぐのがやっと、といった所だろう? その様では、俺に勝とうなど無理な話だ。」


—事実だった。

防御に専念し過ぎてしまい、攻めに転じる事が出来ない。その内この壁も破られてしまうだろう…… そうなれば勝つ事は絶望的となる。

それまでに何か……何かいい手は!?

雨のように降り注ぐ剣戟の中で、蓬戯は必死に考えた。

—しかし、そんな猶予を与えてくれるほど、ルーサーは甘くなかった。


「もう諦めろヨモギ。降参した方が楽だ。 それに……」


その宣告と共に、ピシッという嫌な音が響き渡った。


「お前のその防壁も直に破れる。」


「くっ…うぅ!?」


壁が無数の剣撃を受け続けて限界を迎えつつある。

それに防御がまんをさせ過ぎたせいで、風の"機嫌"も悪くなってきているから、もう一度壁を再構築する事は出来ない。このままでは、壁が破られて終わりだ。

お世辞にも運動神経がいいとは言えない蓬戯が壁を失くせば、それで私の負けが確定する。

打開策として複数の元素を一斉に操作する、という方法もあるが、そんな芸当が出来るほどの技術は、蓬戯にはない。力の同時制御が出来るだけのは、一種類の元素が限界だからだ。

一気に複数やろうとすれば、力が暴走する……ならどうすればいいの!?


「うぅ……ッ!」


そうこうしている内に、ルーサーは「二、三ッ!!」と、斬撃を叩き付ける。

壁への損傷は目に見えて酷くなっていき、今にも割れそうだ。

これを機と見たルーサーは、それまで一本ずつだった剣を二本へと増やし、一気に畳み掛ける。


「さぁ、諦めろヨモギ! これ以上続けるのなら、それ相応の痛みを知る事になるぞ!」


先ほどとは比べ物にならない速度で剣が降り下ろされていく。なんとか堪えていた壁だったが、とうとう決定打となるヒビが入ってしまった。

これでもう私は負けたも同然だ。無力な自分に悔い、同時に謝る。

みんな、ごめんね。私はここで負けかなぁ~……と。

だが、そう決め付けていた私の耳に、誰かの声が響いた。


―おいおい、ここで諦めるのか?―


聞き間違えるハズもない。これは元素いつもの声だ。


「う~んだってもう壁壊れちゃうし、私もう何も出来ないよー」


―……なぁ、なんでいつも俺らを抑えつけんだ?―


「だって、そうしないと暴走しちゃうじゃん」


―ハッ! なんだよ、俺らのことそんなに信頼してないのかぁ?―


「い、いや別にそんなことないけど……」


―いんや、信頼してねぇから抑えつけてんだろ?―


「ち、違っ!」


―じゃあさっさと俺らに任せやがれッ!!―


「……もう、どうなっても知らないからね?」


―上等だぜ! ま、少しくらいなら言うこと聞いてやんよ―


「う~ん……じゃあ—」


そこで私はパッと思い付いた作戦を伝え、その手筈も教えた。


「— — こんなのでどうかな?」


―なるほどな…… そんくらいなら任せとけ―


「じゃあよろしくね〜 あとは、任せたよ〜」


―あぁ、いつも一緒に戦ってくれてる礼だ!とびっきりのヤツ、届けてやんよ!―


突然 突っ掛かってきた元素は、そんな頼もしい言葉を残して消えた。

………つまり、さっきの話を実践するとしたら—


「こーゆーことだよね」


と、前に伸ばしていた腕をだらんと下げ、壁を解除する。

私の制御下を離れた風は一気に霧散し、宙へと消えていった。


「ふむ…… つまり"降参"、ということでいいのか?」


壁を解除した私を見たルーサーが、警戒を解かずに剣を背後に待機させ、そう問い掛けてくる。

が、その問いに微かな笑みで答えた私は何も答えない。


「おい、どうした?」


沈黙に業を煮やしたルーサーが私との距離を詰めて来る―。その時だった。

突如として風が吹き始める。それは観客の服や髪を微かに揺らす程度の微弱なモノだったが、一つだけ異様な空間があった。

それは、蓬戯の周り空間だ。その箇所だけ嵐のような突風が吹き荒れているのだ。

そしてその突風を浴びながら、蓬戯は微笑を浮かべながら呟く。


「……ハッピー・ハロウィン«おたのしみはこれから»」と。


その言葉を聞き取ったルーサーは、半ば本能的に剣を飛翔させる

が、蓬戯が纏う突風に当たった瞬間、キンッ!と弾かれた。


「なっ!?」


と驚愕に目を見開くルーサー。

仕方がない、それまで防御がまんしていた風のストレスを一気に解放したのだ。この様子なら、時速120kmで突っ込んできた2tトラックすらも弾き飛ばせる……

そして蓬戯は、両手を勢いよく広げる。

その瞬間、なんと日光が舞台上に集中し始めたのだ。その凄まじいまでの光量は、会場以外の場所が一時的に夕焼け並の暗さに包まれる程。

収縮された日光は即興のグラインドカッターとなり、大理石の舞台をいとも容易く切り裂く。

すると同時に、瓦礫と化した大理石が浮遊し始めた。そう、蓬戯の作戦通りに動いている空気が、不可視の手となって持ち上げているからだ。

その様子を唖然と見ていたルーサーに向け、勝利の微笑みを浮かべた蓬戯が言った。


「ポルターガイスト«うごきだすおもちゃばこ»」


その言葉を合図に、大理石が一斉にルーサーへと殺到した。

いち早く反応したルーサーは、咄嗟に剣を周囲に浮遊させて防御態勢を取るが、その圧倒的物量の前には、無防備耐と言っても大差ない。

質量に負けた剣が次々に折れ、最後にルーサーに直撃する。

尋常ではない量の土埃が立ち上がり、一瞬にして視界が閉じられるが、蓬戯の能力を持ってして、土埃を振り払う。

そこに現れたのは……

― 大理石の下敷きになり、気を失っているルーサーの姿だった。

これを見て、まだ勝負はついていないと言う人はいないだろう。

その場にいた全員はしばらく唖然としていたけど、司会者はすぐに叫び声を上げた。


「ヨモギ選手のしょぉぉお〜〜〜りぃ〜ッ!!!」


この言葉を境に、あちこちから大歓声が巻き起こる。

その歓声に包まれた私は感極まって少しだけ涙が溢れるが、はにかむように笑うと、腕を突き上げて地面に指を指した。


-第三二回グラズスヘイム闘技大会 Dブロック優勝者 ヒビヤ ヨモギ-




―これであとは俺だけ、か…… と、持ち前の"想像力"で勝利した蓬戯の仕草を見ながら考えていた雪兎は、次の試合に対して焦りを見せていた。

結局ナハトへの対策を練れずに迎える事になるAブロック準決勝戦。ぶっつけ本番でやるしかないと腹を括っていた俺は、もう一度陽也の所へ行こうと席を立つ ―

という所で、誰かに肩を叩かれた。


「はい、なんですか?」


と、外面用の口調を作りながら後ろを振り返る。

その瞬間、俺は鳥肌が立つのを感じ、同時に自分の目を疑った。そこにいたのは……


「やぁやぁユキトくん。 次の試合じゃ、よろしくね」


どうも~と言わんばかりに手をヒラヒラさせる黒パーカーの仮面の男。

そして雪兎との準決勝戦の相手であり、Aブロック最強と謳われている、ナハトだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る