九頁目 第三十二回グラズスヘイム闘技大会 キョウカ編

「ハルヤ選手のしょぉぉおお〜〜りぃい〜ッ!!!」


という司会者の叫び声と、とんでもない熱気を孕んだ歓声を受けた陽也は、少しだけ微笑むと、上に手を突きだし地面を指差すという仕草を残して倒れた。

そして運営の救護班らしきスタッフ達が出てきて、陽也はブラッドと共に運ばれて行く……。

その後は舞台の修復という事で、しばらく空き時間が出来た。

他の選手らは、各自の思い思いに羽根を伸ばし、次の試合に備える。

一方で、俺らは陽也の安否を確かめるべく、救護室へと足を運んだ。




屈強な選手達が静かに寝息を立てる中、そろりそろりと救護室の奥へと足を踏み入れる。すると……


「— ったく、いってぇな。 ブラッドさんよぉ」


「フ、抜かせ…… 貴様の拳も中々に強烈だったぞ。ハルヤよ」


比較的大丈夫そうで、しかも仲良くなっていた二人の姿があった。


「意外と平気そうだな、陽也」


「お、雪兎じゃん。それにお前らも…… 何?見舞い?」


「そーゆーこと。 ……ったく、心配したじゃないの…… バカ。」


少し涙ぐんでいる響華は、陽也の肩を強めに殴る。


「痛っ!? こっちは怪我人なんだぞ!もっと優しく出来ねぇのか!?」


抗議する陽也を、響華は「うっさい!」と無視して、ポカポカ叩き続ける。

そんないつも通りの風景を見て安心した俺は、少しだけ笑った。

蓬戯に関しては、喜怒哀楽が豊かなのもあり、笑い泣きしてる状態だ。


「ふむ……いい仲間を持ってるようだな、ハルヤ。」


そんな様子を見ていたブラッドも、少し表情を緩めて、そう呟く。

その呟きにハルヤは自慢気に返した。


「……そうだろ?」


と。


「先ほどはすまなかったな……。 所詮はガキだと見下していた俺を許して欲しい」


そう言って、ブラッドは深々と頭を下げる。

そうして響華と蓬戯にも同じく礼をした後、改まって俺に向き直った。


「ユキト、と言ったか。 貴殿がこの仲間達の頭と見るが、合っているだろうか?」


いやかしらって。そんな物々しいもんじゃないけど。


「まぁそんなものです」


「そうか………。 ではユキト殿。まずは見下していた事を謝罪したい……ッ」


鬼気迫る表情で謝罪を述べたブラッドは、ベットから降りると、地面に頭を擦り付ける。

……え?ちょっ、え?


「ちょ、ブラッドさん顔上げt……」


「そしてこの我が命を持って償ッッ」


「待て待て待てぇい!!?」


話が段々重い方に傾きつつあるのを察知した俺は、いつの間にか懐から取り出していた短剣で、自らの腹を切ろうとしたブラッドを慌てて止める。


「止めるなユキトよッ! こうでもせねば俺の気が収まらぬッ!!」


「待ってブラッドさん!! 一回落ち着いて!!」


「止めるなぁぁあッッ!!!」


「あーもーメンドクセぇぇえ〜ッ!!」


怪力のブラッドさんから短剣を奪い取るのに四苦八苦していた俺だったが、

横から乱入してきた陽也が、ヘラクレス«半神の英雄»を使って短剣をもぎ取る。

そのお陰で、一つの尊い命を救う事が出来た。


「早まんなバッキャロォ!」


「……すまない、取り乱してしまったようだ。 不覚………。」


「いや、いいですけど全然…… でも、もう早まらないで下さいよ?」


「あい分かった。 次からは気を付けるとしよう」


短剣を取られて頭が冷えたらしいブラッドは、軽く頭を下げるとベットへと戻る。

そして、再度口を開いた。


「だが、謝罪しただけでは我の気が収まらぬ。 故に、何か便宜を図って欲しい事があれば言ってくれ。」


「分かった、それで十分だよ。 ありがとう」


今回は気が早まらなかった事に安堵し、素直にその提案を受け入れる。


「それはそうと…… そろそろ会場の修復が終わった頃だろう。 次の試合はCブロック決勝戦。 確か……キョウカ、と言ったか?」


「あ、はい!」


自分の待合室に戻ろうと歩き出した途端、いきなり名指しで声を掛けられ、驚きつつも響華が振り返る。


「相手はレイヴンという女だ。アイツの夢そ…… 能力は強力極まりない。 気を付けろ」


「分かりました。 ありがとうございます!」


ブラッドの忠告をありがたく受け取り、勢いよく会釈をすると、時間的にマズイと思ったのか、小走りで……救護室の出口に出るなり、全力疾走で待合室まで戻っていく。

その後を、蓬戯が「ありがとーございましたー」と、ちょこんと会釈してから付いていった。

一方で俺は、特にやる事もないので、Cブロック決勝戦開始の合図が流れるまで救護室に残る事にした。

— ふと、ブラッドに問いを投げ掛ける。


「ブラッドさん。 何故Cブロックの対戦相手の能力を知っていたんですか?」


その問いを受けたブラッドは、少し苦笑いを浮かべながら返した。


「まぁ、レイヴンとは……少々長い付き合いでな………」


「えっと… それはどういう?」


「すまない、これ以上はまた今度にしてくれ。」


少し真面目なトーンで返されたので、俺は渋々、といった感じで戻るしかなかった。





「さてさて始まるぞぉ!Cブロック決勝せぇん!! あんな白熱した試合の次なんだ、こっちの決勝戦も期待していいよなぁ!!」


賛同という意を込めてか、腕を突き上げながら歓声をあげる観客が私の視界の大半を埋め尽くす中—

私…… 響華は、舞台へと上がる。

舞台へ上がった途端、歓声が…… 特に男性客から


「よっ!頑張れキョウカちゃん!」「やってしまって下さい我らのキョウカ様!」


という声援を掛けられる。

弓道の大会のように、静かな環境に慣れてしまった私は、やりにくいなぁと思いつつも、試しに微かな笑みと共に手を振ってみる。

たったそれだけで、男性客から「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」という、盛大な歓声があがった。何、私ってそんなに人気あるの?

おっと、これではいけない…… 決勝戦にあるまじき事を考えていた自分に渇を入れ、改めて前を向く。

向かいの階段から姿を現したのは、ミッドナイトブルーのゴシックドレスを身に着け、紫色に発光する首輪を付けた、小学生くらいの女の子だった。

すると男性客の視線がそっちに移り、釘付けになる。—ロリコンめ。

というかこの子がレイヴン? 名前的に、もっと逞しい体をしてると思ったのだけれど……いや、見た目で判断するのは馬鹿がする事。

ならば動かれる前に……終わらせるッ!


「それではCブロック決勝戦んんッ! レディ、ファァイツッ!!」


開戦の合図が鳴り響く。刹那、パンドラ«禁忌の箱»を展開。

四本の槍を創り出し、浮遊させると、一気にレイヴンに向けて放つ。

ブラッドさんが、レイヴンは強力極まりない能力を持っている、って言ってたけど……さすがにこれは対応しきれないでしょう。

槍は四方に別れ、上下左右からレイヴンを襲う。

この槍は殺傷能力を犠牲にして、代わりにノックバック効果を付与してあるから、当たれば問答無用で吹き飛ぶ。

ましてやレイヴンは、場外から数歩と離れていない。その距離なら、問答無用で場外に落とせる。

— そう確信した私の前で、レイヴンは……

槍が四方から迫っているというのに、微動だにしない。

それを見た私は何か良からぬモノを感じ、槍の飛翔速度を上昇させる。

— — その時だった。


「あーんっ」


と、レイヴンが口をパクっと動かす。

そして……私の前で、それは起きた。

肉眼で視認するのも困難な程の速度で飛翔していった槍が、レイヴンに触れる……

—事はなく。レイヴンの足元の"影"から突如として現れた巨大な獅子の頭部が、4本の槍、全てを弾き返した。





「なぁ、ブラッドさんよ。そのレイヴンってヤツの能力はどんなヤツなんだ?」


外から司会者の掛け声が聞こえたので、試合がもう始まったという事は分かったが、救護のスタッフから「絶対安静ですからね!」と釘を刺されている俺らは、救護室から外の音を聞くしかなかった。

ので、そのレイヴンってヤツの能力を詳しく聞くことにする。


「あぁ、レイヴンの能力はノスフェラトゥ«狂夜の魔物»。 その場から自力で一歩も動けなくなるが、代わりに自身の影を自由自在に操る能力だ」


「へぇ……自身の影を自由自在に、か」


聞くからにめっちゃ強そうな能力だな……

陽也とて、馬鹿ではあれども、自分で考えないなんて事はしない。


「— でも影なら、光に弱いってのがお決まりだろ?」


「あぁ、確かに光に弱い。が、一方向からだけじゃダメだ。 ヤツの能力は、影の濃さによって性能が変わる。一方向だけに光を集中させてしまえば、反対方面に出来る影が濃くなり、逆に強力になる」


「そりゃ厄介だな…… つかブラッドさんよ。あえて聞かなかったけどさ…… なんでそんなにレイヴンの事について詳しいんだ?」


昔からの長い付き合い…… とは言ってたが、ここまで能力を詳しく分析出来るなんて、ただの"知り合い"ってレベルじゃない。

— ブラッドがしばらくの沈黙を貫いた後、陽也に告げた。


「そこまで勘づかれてしまうとは…… 流石だな、ハルヤ。 だが丁度よく一人になっているんだ。少し話を聞いて貰おうか」


「は? 話? いきなり改まってどうしたんだよ?」


「いきなりこんな話を切り出してしまって申し訳ないが、四人集まる前に…… 先にハルヤに伝えておこう。」


その言葉が放たれた途端、ブラッドの背後から灰色の外套を纏った数人が現れる。

それと同時に、ブラッドが陽也の瞳を見据えると言った。


「"我々"は……」


その後に告げられた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。





「— はぁ……はぁ………っ」


試合開始から十数分。汗をかくどころか微動だにせず、涼しい顔で響華を眺めるレイヴンに対して、響華自身は汗だくだった。

暑さ故にロングコートのボタンは全開。下に着ているYシャツの第一、第二ボタンを外し、息を荒くしている響華は、妙に色っぽく、男性客の視線を独占していた。

が、それに構ってられる余裕が残っているハズがなく。だが、状況を整理する冷静さは残っていた。

レイヴンが時々口走っていのを見ると、レイヴンの能力はノスフェラトゥ«狂夜の魔物»。あの場から一歩も動いてないというのを鑑みると、移動を固定される代償を伴うようだ。

— だがそれを帳消しにするほどの圧倒的戦闘能力。

銃弾、斬撃、刺突、爆破、打撃。雑魚はともかく、一番有効なのは爆破だ。

だが、それは"威力"の問題ではなく、爆破時に発生する光を受けた時に、決まって能力が鈍くなったからだ。しかし、一ヶ所からの光だと反対側に出来た影から攻撃されてしまうので、全方位から光を当てなければ意味がない。

— が、それを易々と許してくれるような相手じゃないのは既に分かりきっている。

今はその作戦を練っている段階だが、どうしても思い付かない。

……何かないの?レイヴンに勝てる作戦は!

レイヴンを倒す為の策を練る事に四苦八苦していると—

— 初めてレイヴンが声を掛けてきた。


「ねぇねぇ おねえちゃん。」


鈴を転がしたような、儚く可愛らしい声。そんな声でお姉ちゃんって……

はぅぅ、可愛いぃ……って違うわよ!もう!

実は可愛いモノに目がない響華にとって、幼女の可愛いらしい声は一撃ノックダウンものなのだ。

そんな警戒する必要もない弱点がレイヴンに悟られないよう、あくまで簡潔に応答する。


「……何かしら?」


「おねえちゃん、どうしてそんなにひっしなの?」


レイヴンから投げ掛けられた質問は、あまりにも予想外なモノだった。

だが、特に黙秘する必要はないと判断し、正直に答える。


「私が必死な理由はね…… 昔からの友達と、ここで優勝したいからなの」


その返答に、レイヴンはしばらくぽけーっと思案する。

やがて自分でも納得が出来る推測に辿り着いたのだろう。

たどたどしい口調で、その推測を口にした。


「おかねがほしい?」


大人の事情がある、と判断したのだろうか?彼女にとっては、これが一番合点の行く答えなのだろう。が、実際にはかなりかけ離れている。


「ふふ、違うわレイヴンちゃん。 私たちは、別に特典とかお金が欲しいワケじゃないんだよ」


「じゃあなんで?」


「えーっと…… 言葉にするのは難しいんだけどね。 皆で同じ目標に向かって協力するのって、すっごく素敵な事だと思うの。だから"優勝"自体に深いこだわりはないのよ。 でも…… どうせなら、みんなで優勝したいんだ」


その返答に、レイヴンは再度ぽけーっとした表情を浮かべる。

— しばらくの間を置いたレイヴンは、微笑みながら言った。


「おねえちゃんは、おともだちみんなと、ゆうしょうしたいんだ」


「そうそう」


「じゃあ…… わたしとしょうぶして、かたないとだめなの?」


「うん…… 私としては、あまり戦いたくないんだけどね」


「ううん、いいよ。 わたしも、おねえちゃんがおともだちといっしょにゆうしょうするとこ、みてみたい!」


うぅ、なんていい子なの…… あぁ!なんで私はこんないい子と戦わなきゃいけないの!?

— と、表情には出さないが、心の中で死にそうなくらい苦悩する。


「でも、おねえちゃん、わたしに かてるかわからなくて、なやんでる?」


……天然?煽り?どっち?


「そ、そうね」


「じゃあ、わたしがおしえてあげるっ!」


「えぇ!?」


え!? 今この子なんて!? 自分から敵に勝つ方法を教えちゃうの!?

戸惑う私に構わず、レイヴンは言う。


「わたしのじゃくてんは、"ひかり" だよ。 かげがみえなくなるくらいつよいひかりをあてられると、よわくなっちゃうんだ」


「— — そういう事なのね」


さっきの甘々モードとは打って変わり、今頃試合中だと言う事を思い出したかのように、作戦を練り始める。


「でも、わたしもただまけるだけはいやだから、ほんきでいくよっ!」


唐突にそう宣言したレイヴンは、影を大蛇へと変形させた。

つか切り替え早っ。— って、人の事言えないか……

さっきから続いていた戦闘のお陰でレイヴンとの戦い方が確立していた私は、特に苦戦する事もなく、この大蛇の尾の薙ぎ払いを側宙で避け、一気に距離を詰める。

が、これに対しレイヴンは大蛇を解体し、代わりに三匹の狼を形作り私に放って来た。

ここで私はパンドラ«禁忌の箱»を展開。長剣を創り、手前まで迫っていた狼を上段に切りつける。影で出来ている狼はこの斬撃を受けて霧散し、私はこのまま距離を詰めていく。

真っ正面から一匹狼が飛び掛かってくるのを視認した私は、スライディングで下を潜り抜け、その狼の腹に長剣を突き立て、引き抜く。

狼が霧散するのを見届けた後に長剣を解体し、拳銃へと創り変えると、最後の一匹の眉間を撃ち抜いた。

その手捌きに観客から歓声が起こるが、一々構ってはいられない。

拳銃を解体し、ガトリングに組み換える。

声高らかに「撃てッ!」と吼えると、ガトリングが毎分3000発という速度で火を吹き始める。

照準は牽制の為、レイヴンの足下に合わせてある。流れ弾程度ならばノスフェラトゥ«狂夜の魔物»で弾けるだろう。

そのまま、ゆっくりと歩を進める。

が、段々……


『もう銃弾を当ててもいいんじゃないか?』


と、自身の理性に歪な違和感が生じ始める。

どうにかそれを必死に堪え続け、ようやくレイヴンに肉薄する所までは到達出来た。

レイヴンを組伏せようと手を伸ばす……

直後、レイヴンの影がうねり、巨大な蛸の触手のようなものになって私を吹き飛ばした。


「っあぁ!!」


そのあまりの威力に、悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。

落下した際に運悪く頭をぶつけ、脳震盪を起こした私は、意識が朦朧としていた。

体が、脳から発信される命令の一切を拒む。それでも、なんとか頭だけは動かす事が可能だった。

辛うじて動く頭を動かし、レイヴンを視界に入れる。

レイヴンはこちらに向かって、ゆっくりと歩いて来る……

つまり、今は能力を解除しているということ。私の体が動いていれば、またとない絶好のチャンスだった。

最初で最後であろうそのチャンスを目前にして、何も出来ない自分に腹が立つ。

歯を食い縛り、その無力感に耐える。

レイヴンは、私の元へ到達すると共に立ち止まり、影をうねらせる。

姿を現したのは大蛇。そしてその大蛇は、その凶悪な尾を振り上げていた。

負けを認め、グッと目を瞑る響華を前に、レイヴンは悲しげな表情を浮かべると、一言だけ告げた。


「ごめんね、おねえちゃん…… わたしのかち、だね」


惜しむような言葉とは逆に、大蛇の尾は容赦なく降り下ろされる ―。

刹那、周りが極端に遅くなるような感覚になった。

……あぁ、ラノベとか小説とかでよくある、『思考だけが加速して周りがめっちゃ遅く見える』って現象か……初めて体験しちゃった。

それに、こういうのが起きるって事は、"何か解決策を思い付く"んだよね。


「……馬鹿みたい」


そんなのあるワケないのにね…… 私の負けはもう確定してる。四人で優勝は出来なかった。

ごめんね、みんな。私のせいで目標達成出来なくて………。


—そう、割り切ってたハズなのに。


『ねぇ、本当にお終いなの?』


と、諦め切れていない往生際が悪い自分がいる。

そう。お終いよお終い。もう負けなのよ。


『本当にそう?』


だからそう言ってるじゃない。今から一体どうすればいいワケ? もう勝つ方法なんて ―。


『相手の弱点、もう一回思い出して。』


そう言われた私は、何故か言葉に詰まる。

加速された思考の中で、もう一度弱点を思い出してみる。

レイヴンの弱点は確か………


『かげがみえなくなるくらいつよいひかりをあてられると、よわくなっちゃうんだ』


そのフレーズを思い出した瞬間、私の中の何かが熱を持った。

"これなら行ける"

という感情が。


いや、確実に行けるという保証はないが、もうこれに掛けるしかなかった。

ありがとう、往生際が悪い私。そう感謝した私は、すぐさまパンドラ«禁忌の箱»を展開。創り出し、その手に握っていたのは……

—"閃光弾"だった。

世界の速度と自身の思考速度が同期したのを確認した瞬間、私はレイヴンのスカートの真下で閃光弾を炸裂させる。


「…… ビンゴ、ねっ!」


影が完全になくなったのは一瞬だったが、それでも効果は絶大だった。閃光弾で影が消えた瞬間、大蛇が消滅したのだ。

ノスフェラトゥ《狂夜の魔物》は、影が動力源。一瞬でも影が消えれば、強制的に解除される。レイヴンは、光を通さない厚手の布で出来た、丈の長いゴシックドレスを着ていた為、ちょっとやそっとの光では太刀打ち出来ない。

が、内部から光が発生したのであれば、話は別。スカート内部で閃光弾を炸裂させれば、一瞬とはいえ完璧に影を排除出来る。

元々閃光弾を使ったプランを考えてはいたが、『肉薄しなければ意味がない』という問題にぶつかった為にプランから除外していた。しかし、腕を伸ばせば届く程に肉薄していたのであれば、そのプランは現実的なモノになる。

驚きで目を見開くレイヴン。そしてその隙を見逃す響華ではない。

レイヴンの足を引っかけて転倒させると、上から馬乗りになって組伏せる。

組伏せられたレイヴンは、何が起きたのか分からないという表情をしていたが、すぐに状況を理解し、微笑むと……少し嬉しそうに、口を開いた。


「わたしのまけ、こうさんします」


その言葉を聞いた司会者は立ち上がり、喉が枯れんばかりに叫んだ。


「キョウカ選手のしょぉぉお〜〜りぃ〜ッ!!!!」


その叫び声が合図だったように、観客が一斉に湧いた。そしてこの後、私とレイヴンは、サインをたくさん求められる事になるけど、それはまだ先のお話。

それに……まずは、喜んでもいいよね? 私。

そう心の内で呟いた私は、レイヴンを立たせると、調子に乗って二人一緒にウィンクとピースを観客に送った。すると……

男性の観客の間で、鼻血を噴き出して倒れるという人が殺到したという。




-第三二回グラズスヘイム闘技大会 Cブロック優勝者 オンメイジ キョウカ-

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