八頁目 第三十二回グラズスヘイム闘技大会 ナハト ハルヤ編
「ぐっ……がぁっ……」
何故だ…… 四肢に力が入らない……。俊敏性と筋力を最大まで上げていると言うのに、一体何故!?
そんな疑問を抱く俺を意に介せず、ナハトがスタスタと近付いて来る。
「俺の勝ち、ね」
ナハトがこの試合中で初めて口を開く。だが、その口から出てきた言葉は、まるでガキの決め台詞のようなものだった。その物言いに、無性に腹が立つ。
「ふざっ……けるな………ッ!」
そう言って立ち上がろうとするも、やはり立てない。いつもは軽々と扱えるハズの大剣も、まるで地面に縫い付けられているかのように、ピクリとも動かせなかった。
その様子を見て軽く鼻で笑うと、ナハトがしゃがみこみ、俺と視線を合わせ短剣を俺の首筋に当てがった。
「なぁなぁ、もう諦めろよ。 お前はもう、この試合中は体の一つも動かせねぇから。そんでもってその効果は、俺が能力解除するまで続くんだぜ? どう? 降参する気になった?」
「ほざけッ」
生憎だが、俺は諦めが悪い。ナハトに抗い、何度も立ち上がろうと足に力を込める。
が、結局はプルプルと少し痙攣するのが限界だった。
未だに立とうとするグラムに面倒くさくなってきたナハトは、首筋に当てていた短剣を少しだけ押し込むと、グラムに言い放った。
「悪い、俺そんな待てねぇからさ。 つか、実戦だったらアンタ死んでるから。もう諦めろって」
首筋に微かな、それでいて鋭く、確かな痛みが走り、小さく呻く。
ナハトの口から出てきた正論らしい正論に、返す言葉がなくなってしまった。
もしこれが実戦だとしたら、俺は確実に死んでいただろう。
故にやむを得ず、そして吐き捨てるように言う。
「降参だ…… クソっ」
「はい、よく言えましたー。」
と、ナハトが俺を小馬鹿にしたように褒め、パチンっと指を鳴らす。
すると、さっきまで立ち上がれなかったのが嘘のように、何事もなく体が動いた。
「ナハト選手のしょぉぉぉお〜〜りッ!!」
と司会者が叫ぶ。その言葉に歓声が沸き起こった。
その様子を眺めながら、陽也が俺に言う。
「ナハトの能力はスキルズジャック«能力干渉»。 要は、相手の能力をいじくれる能力だ。」
「…… つまり、ナハトがお相手さんの能力だか魔法だかをいじくったから、あの大剣使いは動けなくなった……のか?」
「いや、見た感じあの大剣使いは能力使いじゃねぇだろ。 最初の突進はなんか使ったっぽいが、身体強化系の魔法はいくつか知ってっから、多分そっちだ。それに……」
少し間を置いてから、陽也は俺を見据えて言った。
「アイツがいじくったのは、"身体能力"だと思うぜ。」
「— は?」
身体能力?そんなのもいじくれんの?
「あの大剣使い、途中で すっ転んで立てなくなってたろ? あの様子じゃ、"立ち上がる"って能力を、一時的に消されんだと思うぜ」
「はぁ⁉︎なんでもありかよ⁉︎」
「ただ、この能力にも欠点があるらしくてな。 発動まで時間が掛かるらしい。」
「— あぁ、なるほどな……。」
発動まで時間が掛かる…… さっきまで左手を伸ばしっぱにしてたのは、そういう理由なのか。
「立ち回りとしては、あの大剣使いみたいにソッコーでカタを付ければいいんだが…… お前もさっき見たろ?あのデタラメな戦闘能力。 まぁつまりは、アイツに—。」
"死角なんてない"。
あえて言葉にしなかったのは、そんなこともう分かりきってるからだ。
「それよか陽也、次だろ? 決勝戦。」
「おっとそうだったな…… んじゃ、行ってくるぜ。」
そう言って陽也は待合室から出る。腕を上に突き出し、地面を指差すという仕草を残して。
「さぁ迎えましたBブロック決勝戦ん〜!! さてさて優勝の栄光を手にするのは誰だぁぁぁあ〜ッ!!?」
ワァァァア〜〜〜ッ!!!!! と、これまでとは比べ物にならん歓声が響く。
あぁ、いいねぇこの感じ!
と、胸の内の興奮を抑え切れてない俺……こと陽也は、指の骨をパキポキと鳴らし、舞台に上がった。
その瞬間、より一層歓声が大きくなる。なんやかんやで有名になってきてるのか、俺。
そして反対から出てきたのは、角刈りの偉丈夫だ。右目から縦一文字に走る傷痕は、なんつぅかこう……カッケェ!
—けど、夢の中で俺はこいつとやり合った事がある。
確か、コイツの名前はブラッド。傷付けば傷付く程 力が強化されるドM能力、
ベルセルク«肉斬骨断»という能力を持っていたハズだ。
だから俺も対策は出来てる。まぁ要は……。
「レディ、ファイツッ!!」
という掛け声を合図に、俺はヘラクレス«半神の英雄»を発動させ、神速で突進。
そしてブラッドの腰をガッチリと掴むとそのまま場外に向けて走り出す。
「先手必勝ォォォオオオッ!!」
つまり、そういう事だ。
なるべくダメージを与えずに、そして一刻も早くカタを付ける!
面白味には欠けてしまうかもしれないが、優勝するにはこれしかない。悪いな、ブラッドのおっさん!
—と、思った矢先だった。
「小僧が…… こんなもので勝てると思うなッ!!」
背中に肘が突き刺さった。その威力に、思わず「がッ!?」と唾を撒き散らす。
この肘打ちで体勢を崩した俺は転倒。場外まであと1mという所で、俺の目論見は阻止されてしまった。
そこへツカツカとやって来たブラッドが、俺の首を絞め、持ち上げる。
「うっ、 ぐぁあ……ッ」
「……フン、決勝まで勝ち抜いてきたヤツがどんなヤツかと思えば、この程度で音をあげる小僧だったとは。最近の冒険者共は、地がなってないな。」
数秒ほど侮蔑の目で俺を見ていたブラッドだが、もう十分だとばかりに、
「憤ッ‼︎」という掛け声をあげ、鳩尾に拳をめり込ませる。
「ッッ!?!?」
さっきの肘打ちとは比にならない程の苦痛が襲い、危うく嘔吐しそうになるが、なんとか踏ん張る。
「俺は"場外"なんぞ生温い手は使わん。 完膚なきまでに叩きのめし、完全な勝利を手に入れる」
と言うがはやいか、俺の鳩尾へと徹底的に打撃を与える。
段々と意識が遠退いていくのを感じ、同時にバチッという力の奔流が弾け、体の発光が弱まっていく。
単純、故に至高であるヘラクレス«半神の英雄»の唯一の弱点。それは強化する部分だ。
ヘラクレス«半神の英雄»は、あくまで "身体能力" が上昇するだけであって、直接的な"身体強化"がされているワケではない。
要は、身体がその能力に付いていけていないのだ。
何度目かも分からない打撃に、意識がブツンっと切れ、視界が暗転する。
—後に残るのは、微かに聞こえる声。
「フン、もう意識を失ったか。 まぁ、所詮ガキだ。仕方のない事か」
—そうだ…… 俺はガキだ。
ヘラクレス«半神の英雄»なんて大層なモン持っちまったけど、ガキが持ってたって何の意味もねぇよ。もっとこれは優秀なヤツが持つべき能力(ちから)だ……
……みんな、すまん。四人で優勝ってのは出来そうにねぇや……
「ハルヤ選手、戦闘不能により—」
「まぁ、その様子じゃ、お前のお仲間さんも優勝出来なさそうだな。 これはお前らみたいなガキが来ていいモンじゃねぇ。さっさと帰って、親にでも泣きつくんだな」
— — ブチンッ。
と、俺の中の何かが音を立てて切れる。と同時に、意識が覚醒し始めた。
無意識に身体がビクッと痙攣すると共に発光し始め、力の奔流同士がぶつかり合い、火花を立てて弾ける。
髪が逆立つ……だけでは留まらず、金髪に染めていた髪が銀色に染まっていく。
カッと見開いた目に最初に映り込んだのは—
「む?」
と眉を上げ、驚きの表情を浮かべるブラッドの顔だった。
そして次の瞬間—。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ッ"!!!!」
俺の咆哮が会場全体に轟いた。
— 昔から陽也は、友達や仲間を馬鹿にされるのが人一倍嫌いだった。
今思えば、陽也が問題児になったのも、自然といじめの矛先が全部自分に向くよう、意図してやってたのかもしれない。
対戦相手であるブラッドが
「お前のお仲間さんも優勝出来なさそうだな。」
というような言葉を呟いたのは聞き取れた。恐らく、陽也はそれに反応したんだろう。
そしてその怒りは、陽也の能力を覚醒させるまでに至った……
そう考えた途端、目頭が熱くなるのを感じ、歯を食いしばる。
けど、堪えられなかった。
目から熱い液体が流れるのを感じると共に、俺は本能のままに叫んでいた。
「やれッ!!陽也ぁぁぁぁあッ!!!」
その意を汲み取った陽也が、ブラッドを盛大に弾き飛ばす。
しばらく肩を大きく上下させていたが、急に陽也は俺の方を向き、にっと笑うと、
グーサインを返した。
「へ、負けねぇよ!」
と。
「やれッ!!陽也ぁぁぁぁあッ!!!」
という雪兎の声援を受けた俺は、これまでとは明らかに性能が違うヘラクレス«半神の英雄»を試すかのようにブラッドを蹴り飛ばすと、「ぬぉッ!?」と言って吹き飛ぶ。
へへっ、コイツはスゲーや……これなら勝てる。
そう確信した俺は振り向いて、雪兎に笑顔で言葉を返した。
「へ、負けねぇよ!」
と。
それだけ言うと、すぐに前を向いてブラッドの方を見る。
ブラッドは場外ギリギリの所で踏みとどまり、自身の得物である、手甲を嵌め直している所だった。
そして嵌め終えた後に俺を見据えたブラッドは、にかっと笑って言葉を投げ掛けた。
「小僧、やれば出来るじゃねぇか! 何故最初から本気で来なかった?」
「テメェが俺の仲間を貶したから覚醒したんだ。 まだテメェの事は許してねぇけどよ、これだけは感謝しとくぜ」
「そいつは結構……。 小僧、いい面になったな。名前はなんだ?」
「俺の名はタツミヤ ハルヤ!英雄の体を受け継ぐ冒険者だ! 俺の拳と一緒に刻んどけやぁッ!!」
「承った!喜べハルヤ、まずは貴様のその拳、全て受け止めてやろう!」
「上等ォ!!」
舞台の真ん中まで移動したブラッドは、両手を広げて構える。
その瞬間、俺は一秒にも満たぬ速度で距離を詰め、ありったけの拳を叩き込む。
拳を受ける度に吐血しつつも、杭で打たれたかのように一歩も動かぬブラッドに驚愕し、同時に嬉しさが込み上げてきた。
"拳を通して通じる男の情"。そんな感じがしたのだ。
「これで、終わりだッ!」
と、一歩下がり、渾身の拳を突き刺す。
その拳を受けたブラッドは、「ゴハッ」と盛大に吐血しながら数歩下がる。
そしてそれを手で拭うと、ブラッドの周囲に、肉眼で視認出来る、赤いオーラが生まれ始めた。
「いい拳だハルヤ…… では、今度はこちらからも行かせてもらうぞッ」
「せいッ」という掛け声と共に、ブラッドがアッパーを繰り出す。
これを食らった俺は脳震盪を起こした。そして体勢を立て直す暇もなく、腹にストレート。そして拳を振り抜いたその姿勢から、右足を軸に一回転し、右手の裏拳が側頭部へと直撃させる。その一連の流れは、まさに洗練された戦士のものだった。
朦朧としてきた頭を無理矢理立て直し、ステップで距離を置く。
俺とブラッドは、傷だらけで痛々しい姿になっていたが、苦痛とは思わない。これが本当の"タイマン"ってヤツなのかもな……。
そう考えていると、突然ブラッドが声を掛けてきた。
「ハルヤよ、これで最後にするぞ。拳に全てを乗せ、お互いの顔面に叩き込め。 防御は許さん、己の信念のぶつけ合いだと思え。」
「あいよ。 やってやる、掛かってこいやぁぁぁあッ!!」
「あぁ、その勢いで来いッ!!」
俺ら二人…漢二人の試合を見た観客は、全員が固唾を飲んで見守っていた。
そしてその中で —
「ウラァァァァァァァアアアッッ!!!」
「セァァァァァァアアアッッ!!!」
お互いの拳を、顔面に叩き付けた。
踏み込むと同時に、大理石の舞台が一部半壊。拳がぶつかる風圧で、会場の至るところから悲鳴が上がり、会場の遥か上空を飛んでいた鳥が、勢いよく吹き飛ばされる。
そして俺の顔からも、ブラッドの顔からも、バキッと骨が折れるような音が鳴り響いた。
「………」「………」
と、拳を振り抜いた体勢の二人を包む静寂。
そして……。
「—見事…だ……」
と呟き、倒れたのは……ブラッドだった。
— — その途端。
「ハルヤ選手のしょぉぉぉおお〜〜〜〜りぃぃいッ!!!!」
と司会者が叫ぶ。その途端……
— これまでの試合で、一番の熱気を孕んだ歓声が、会場を包み込んだ。
-第三二回グラズスヘイム闘技大会 Bブロック優勝者 タツミヤ ハルヤ-
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