七頁目 第三十二回グラズスヘイム闘技大会 中編
「ユキト選手のしょぉぉおお〜〜りッ!!!」
司会者の言葉にどっと会場が湧いた。
「ふぅ……」
少し息を吐いた俺こと雪兎は、グスタフに勝利した後快進撃を続けていた。これで三勝目、次で準決勝か……
「未だに勢いが衰えないユキト選手、このまま優勝を手にしてしまうのかぁッ!!?」
興奮気味な司会者の言葉を受け流し、俺は待合室に戻る。待っていたのは次の試合に参加する陽也だった。
「よっ、お疲れさん」
労うように声を掛ける陽也に「あぁ、お前もな」と返して拳をぶつける。なんとなく"男の友情"って感じがして気に入ってる仕草だ。
「そう、か…… そういやB、C、Dはもう準決勝だったな。」
「あぁ、腰抜けどもしかいなくて困るぜホントぉ!」
うがぁぁぁぁっと頭を掻きむしる陽也に苦笑し、なんとなくこれまでの試合を思い返してみる。
俺も含めて陽也、響華、蓬戯全員がここまで苦もなく勝ち続けられているこの状況が奇跡のように思えるけど、準決勝となれば能力持ちの手練れとやり合うことになる。
情報収集の為に他の試合も見ていた俺らだが、能力持ちの冒険者の戦闘は圧巻としか言えなかった。そりゃあんな派手なものを見せ付けられたら、推薦状頼りで即興のB5ランクになっただけのかりそめ冒険者はすぐに腰を抜かす。
案の定棄権する冒険者が続出し、B、C、Dの準決勝が早まったのだ。俺のAブロックはただ、他のブロックより腰抜けが少なかっただけだ。
「というか、そろそろじゃん?陽也の試合」
そう言って俺は、陽也に懐中時計を見せた。
「おん? おっとそうだな、んじゃ行ってくるぜ」
軽く答えた陽也は、コキコキと首を鳴らすと舞台へと上がって行った。どうか負けないでくれ……
Bブロック準決勝。陽也の相手は豊満な肢体を持つ踊り子のような女性だった。
彼女は『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という言葉を体言したような戦闘スタイルで、彼女に当たった選手は一撃も見舞うことが出来ずに敗れていった。
これまでの試合で間違いなく一番の手練れ。試合開始を告げる太鼓の音が鳴り響き、両者が同時に動く。
手に汗握る戦い……誰もがそうなると予想していた。
— — がしかし。
独特なステップで相手を撹乱しようと、踊り子が足を運ぶその瞬間、陽也は電光石火の如き勢いで踊り子の懐に入り込んだ。
踊り子が驚きを隠せずにいるコンマ数秒 — 弾丸のように突き出された拳が、彼女の顔面スレスレで寸止めされた。
へなへなと座り込む踊り子を見下ろし、陽也はただ一言だけ問う。
「まだやるかい?」
あまりの剣幕に、踊り子の顔から見る見る内に血の気が引いていく。
苦笑いを浮かべた踊り子は、掠れた喉から絞り出すように言った。
「こ、降参よ………」
「秒殺かよ……」「嘘だろアイツ!?」「魔法持ちでも関係なしってか……」
この試合を見ていた選手達は畏怖の感情と共に呟く。俺も正直こんなにすぐ終わるとは思ってなくて、かなり驚いた。すると、丁度本人が伸びをしながら戻ってくる所だった。
「んーっしょぉ…… 前のやつらよりかは歯応えあったけどよ、あんま変わらねぇな」
その言葉に周りの空気が凍り付いた。
それもそうだ。能力持ちはともかく魔法が使えるだけでかなり強いとされるのに、その魔法持ちすら"普通の冒険者と変わらない"と言うのだ。一般人からすればただのバケモノでしかない。
「さてと……今度は響華の試合だろ?」「あぁ。」
そんな空気を全く意に介さない陽也と会話していると、早速響華が舞台に出てきた。ちなみに響華と蓬戯は向かいの待合室にいる。
俺らがいる方の待合室からは双剣使いらしき女性冒険者が進み出た。
そして司会者の掛け声を合図に試合が始まった。
まずは双剣使いが軽やかな足取りで一気に距離を詰め、袈裟懸けに切りつける。が、これに対して響華はパンドラ«禁忌の箱»を展開し、大剣を取り出すと常人ではありえない程の速度で薙ぎ払ってこれを弾く。
驚いた双剣使いだったが、流石は準決勝まで残った強者。双剣をクロスさせて咄嗟に対応し、その斬撃を受け止めた。
ガィンッ!!と会場全体に響く程の音を立てて数十メートル吹き飛ぶも、ギリギリ場外を免れた双剣使いは助走体勢に入り、響華と距離を詰めるべく力強く踏み込む。
しかしその刹那、双剣使いの足下に音速を超える物体が飛翔し、舞台に穴を空けた。
「ひゃっ」とビックリして静止した双剣使いが顔を上げると、響華が機関銃(俗に言うガトリングと呼ばれる物)を両脇に従えていた。
「撃て。」
無慈悲に命令すると、2門の機関銃がバババババババババッ!と唸りを上げる。
「きゃぁぁぁっ!?」
耳を塞ぎながらしゃがみ込んだ双剣使いの周辺を蜂の巣に変えていく事 数十秒。顔を上げた双剣使いの額に拳銃を突き付けた響華が問う。
「降参、する?」
と。
その問いに女性が双剣をその場に投げ捨ててがっくりと項垂れる。そして泣きながら一言
「……私の……負けです………」
と呟いた。その瞬間 —
「キョウカ選手のしょぉぉぉお〜〜りッ!!!」
と司会者が叫んだ。
司会者の言葉に会場から歓声が響く。嗚咽を洩らす双剣使いの肩を「大丈夫?ごめんね?」と言いながら担ぐ響華はなんとも彼女らしい。
待合室に双剣使いを運んで来た響華に、俺らは一言告げた。
『お前ぇ……おっかねぇな。』
うっさいわよ!と肩を叩かれた俺と陽也はさっきの観覧席に戻り、響華も自身の待合室へと戻って行った。
お次はDブロック、蓬戯の試合。白黒のブカブカ外套とシルクハットを身に付けた蓬戯は遠くから見るとより一層幼く見える。
対する相手は如何にも狂戦士という風情の筋骨隆々な中年男性だった。
試合開始の合図と共に狂戦士が「ヒャッハァァァァア!!」と喚きながら斧を片手に走り出す。
見た目に違わず本当に狂戦士っぽい男性をちょっと引き気味に見ながらも、蓬戯はポケットから黒い紙を取り出す。
そしてそれを投げ付けると太陽に手を
「光さーん、よろしくねー!」
叫ぶやいなや、黒い紙に向かって光が一直線に伸びる。
一本に凝縮されてレーザーへと変貌した太陽光を受けて一気に発火した紙にもう一度手を翳し、叫んだ。
「炎さんと風さんやっちゃえー!!」
その瞬間、目に見えない何か(恐らく酸素)が発火した紙を包む込む。
だがそれには全くもって目もくれず、ただ一直線に走ってくる狂戦士。
だが、その発火した紙の側を通った瞬間、蓬戯が翳していた右手をぐっと握って一気に開くと同時に
「ばーんっ!」
と、元気よく叫ぶ。すると舞台全体を揺るがす程の大爆発が起きて、狂戦士を豪快に吹き飛ばした。
この爆発の火力はえげつなく、筋肉の塊で体重もかなりあったであろうおじさんを場外へ軽々と吹き飛ばされるほどだった。
これに唖然としていた全員だったが、司会者はハッと我に帰り
「ヨ、ヨモギ選手のしょぉぉおお〜〜〜りッ!!!」
と叫んだ。それに続いて会場からもワァァァア〜〜ッ!!と湧く。……というか何やっても盛り上がるなこれ。
ちょこんと会釈をしてひょこひょこと戻って行く蓬戯の愛らしい姿に、うぉーーーッとかきゃぁーーーッというさっきとは別種の歓声が上がる。
というか現実だけじゃなくてこっちでも人気者になりそうだな蓬戯……
— — ちなみに吹き飛ばされて意識を失ってた狂戦士を、極少数ではあるが心配してくれる心優しい方々がいたそうだが、瀕死になりながらも
「うっ……あぁ気持ちいい……」
と呟いていたことが原因で、完全に見放されてしまっていた。
「ふぅ、相変わらず蓬戯も強いな」
試合を観戦していた陽也が呟いた。俺もそう思う。夢の中じゃないのにしっかりと能力を使いこなせているんだもんなぁ……さっき優勝出来ないんじゃないか、なんて考えてた俺が馬鹿らしく思えてくる程だ。
「つか雪兎、それよか次の試合はちゃんと見とけよ?」
「— — へぁ?」
「ほら、この試合で勝ったヤツが準決勝でお前の相手になるんだぞ?」
あっとそうだった、見過ごすワケにはいかん……と食い入るように見いる。
俺らの方から出てきたのは、精悍な顔立ちをした大剣使いだった。剣呑な目付きからかなりの手練れと伺える。
対して反対から出てきたのは、道化師を模した白い仮面を付け、黒のパーカーのような物を来た短剣使いだった。
実はこの世界、あらゆる面においてあんまり現実と変わらないので、街じゃなくて人だけ見てたら……まぁコスプレした人がそこそこいる東京と割り切れるかもしれな……ってどうでもいいかそんな事。
俺らが少し構えた理由はその格好……ではなく、その人物が放つオーラだ。何かこう、獲物を狙う狩人……厳密に言えば暗殺者のような………
「— — バァァアサスッ!暗殺者一族の血を受け継ぐ冒険者ァ!狙った獲物は逃さない!?ナァハァトォオ〜〜!!」
その紹介を聞いた陽也が、ふんぞり返りながら喋る。
— — 視線はナハトから外さぬまま。
「ナハト、か……そういや俺も夢ん中でちょいちょい名前は聞いたことあるぜ。」
え?と疑問の声を上げると、陽也は自身が知っている範囲でナハトについて話始めた。
陽也によると、ナハトはグラズスヘイムのみならずこの世界全体に名を轟かせる暗殺集団、ソラナ一族の血を引き継いでいるらしい。
本来ならばこんな公の場に姿を見せれば即座に確保されてもおかしくないハズだが、ナハトが暗殺を行っているという証拠が押さえられていないので、守国兵(現実で言う警察のような機関)達もただ
そして陽也曰く特筆すべきはその戦闘能力と不可思議な能力だそうで……
しかしそこでいきなり陽也は口を閉じた。
最後までしっかり話せよと抗議をすると、陽也は静かに言った。
「まぁ見てれば分かる。」
と。
そう言われたからには見るしかない。
少々腑に落ちない所もあるが、言われたからにはそうするしかない。
舞台の方に向き直ると、丁度試合開始の合図が出される所だった。
俺はグラム。身体能力強化系の魔法を得意とするB2冒険者だ。
準々決勝まで勝ち抜いた俺が今回相手にするのは、ナハトとかいう短剣使いだ。小耳に挟んだ噂じゃ、暗殺一族の血を引き継いでるとかなんとか言ってるが、所詮は冒険者になった暗殺者のなり損ない。取るに足らん相手だ。
試合が始まるその瞬間まで俺はナハトを軽蔑し続ける。
直後、試合開始の太鼓の音が鳴り響いた。
俺は速攻でカタをつけるべく俊敏性を極限まで上げ、一気に距離を詰める。
一方で、ナハトは左手をこちらに向けるだけで微動だにしない……動きを見切れてないな。
そう確信した俺は、大剣の側面を横殴りに叩き付けた。
この軌道、そしてこの速さなら、行けるッ!……と思った矢先だった。
— — 大剣がナハトをすり抜けたのは。
「なっ!?」
と俺が叫ぶ。陽也も事前情報があったとはいえ実際に目にするのは初めてなのだろう。俺らの前でなにがあったかというと……
― ― 言ってしまえば…… "消えた"。
いや、実際にはそう見えただけなのだが、本当にそう形容しざるを得ない出来事が起きたのだ。
まずは大剣使いが瞬速で移動し、ナハトの懐に潜り込む。この時点でナハトは左手を伸ばしていただけで、ナハトが大剣使いの動きに付いていけてないと思っていた。
そして横殴りの斬撃が放たれた瞬間、ノーモーションからの伏せ。これを見て"消えた"と錯覚したのだ。デタラメな戦闘能力を持っているとは聞いたがまさかここまでとは……大剣使い本人も驚愕に目を見開いている。
そして伏せたナハトの頭上を刃が通り過ぎたと同時に片手バク転で距離を取るナハト。だがすぐに避けられたと理解した大剣使いが神速で距離を詰め、響華のパンドラとほぼ同じ速度で大剣を三連続振る。が、ナハトは例によってノーモーションムーブを繰り返し避け続けている。
そして気になるのはその左手だ。さっきからずっと大剣使いの方に向けているだけで何もしてこない。それに業を煮やした大剣使いが力任せの上段切りを放つ。その瞬間の事だった —
「がっ……!?」
大剣使いがいきなり転倒した。それを見て陽也が苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「……ナハトの最大の武器はあのデタラメな戦闘能力だけじゃない。大本命は —」
「— — あの能力だ。」
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