二章 闘技大会編

六頁目 第三十二回グラズスヘイム闘技大会 前編

「ユキト様、ハルヤ様、キョウカ様、ヨモギ様の闘技大会参加を確認致しました。 闘技大会開催時刻になるまでもうしばらく掛かりますのでそれまでご自由にお過ごし下さい。」


と、受付のお姉さんに笑顔で言われた俺らは闘技大会に備え、近場の料理屋で腹拵えをしていた。





「にしても闘技大会か……。 やっぱこーゆー大会前って緊張するよな」


陽也がステーキを頬張りながら言った。

陽也はこう見えてサッカー部のキャプテンなので、こういう大会前の感覚に馴染みがあるようだ。


「ね~。 私はこーゆー経験ないからよく分かんないけど、すっごく緊張してるよ~ ……それ以上に楽しみだけどねっ!」


と答えたのは蓬戯。

美術部所属の蓬戯はコンクールにポスターを応募する事はよくあるそうだが、こういう自分自身が参加する手のものは初めてらしい。

ちなみに蓬戯はパフェを堪能中だが、既に4杯目。入店してまだ数分だってのに…やっぱ大食いの異名は伊達じゃないな……


「でも、マリアさんに推薦状は貰ったからには優勝しなきゃ。初戦敗退なんて、面が立たないわよ?」


って響華本人は真面目に言ってるつもりだろうけど、幸せそうな顔でパンケーキを頬張りながら言われても説得力がない。

ちなみに響華は弓道部の副部長。ウチの高校は弓道部が結構強豪だから、こういう大会は慣れっこなんだろう。陽也と同じく、俺と蓬戯 二人にはない余裕が窺える。


だが……


「けどここは夢の中じゃないんだ。"最強"っていうアドバンテージはもうない。」


俺の気掛かりはそこだ。その言葉に全員が押し黙る。

夢の中では"異世界最強"っていうシナリオがあったからこそ、別に努力するでもなく戦いに勝ってこれた。だが今はそのアドバンテージがない。

夢の中の体はただ考えるだけで体が動くから、超人じみた動きを容易くやってのける事が出来る。が、現実の体は考えるだけじゃ動かず、ましてや一飛びで雲を越えたり、一殴りで石の壁を粉砕するなんて芸当は出来ない。

なにもかもが妄想ゆめではなく本物げんじつ。そんなんで俺らは優勝出来るのか?ひょっとして優勝なんか出来ないんじゃないか?


—って、カレーとにらめっこしながら考えても意味ないよな。後は実践あるのみ……


というかこの世界の料理って現実世界の物にあるやつと酷似し過ぎて異世界って感じがしないな。

—ふと気になって、胸ポケットにある懐中時計で時間を確認する。


「さて……そろそろ時間だ。 行くぞみんな。」


俺は残ってた少しのカレーをかき込んで立ち上がる。

「うっし、やってやるか」って感じで気合いを入れる陽也。

パフェ9杯を平らげたのにまだ食べたりないという様子でムスッとしている蓬戯。

ピン留めで髪を留め、さっきの幸せそうな表情はどこいったと聞きたくなる程の真剣な表情を浮かべる響華。

俺の危惧を聞いても尚やる気が衰えない三人を見ていると、自然と勇気が湧いてくる。その瞬間、さっきの懸念が嘘のように胸の内から消えるのを感じた。

最強かどうかなんて関係ない。俺らはただやるべき事をやるだけだ。


「やるからには狙うぞ、四人優勝!」


「「「おぉーっ!!」」」


なんかの部活みたく円陣を組んだ俺達は、テーブルに代金を置くと、その店を後にした。





「やぁやぁ集まってくれたみんなぁ!!盛り上がってるかぁい?」


『わーーーーーーーッ!!!』


時間ピッタリに闘技大会の会場へやってきた俺らは、その熱気の凄まじさに驚いた。


「「うるさーーい!」」


と耳を塞ぐ蓬戯や響華も無理はない……正直俺も耳塞ぎたい。


「おーおー盛り上がるねぇ、闘技大会ってヤツはぁ!」


蓬戯と同じく顰めっ面で耳を塞いでる響華の隣で、陽也は楽しげに言う。

そこでスタッフらしき人がひょこひょこと近付いて来た。


「ユキト様、ハルヤ様、キョウカ様、ヨモギ様。出番が近いので待合室で待機してもらって……」


「あぁ、すいません。今行きます」


「分かりました。 ではこちらがあなた様方の出場ブロックになります」


と俺らにカードが配られる。

俺が"A"、陽也が"B"、響華が"C"で、蓬戯が"D"だった。

四人優勝の条件の内一つを突破出来た俺は、そっと胸を撫で下ろす。


「んじゃま、あとで表彰式でな。」


「あぁ、必ず来いよ!」「私も行くから!」「みんなで会いましょ?」


というやり取りをした後に俺ら四人は、上に腕を突き出してすぐに地面を指差すという仕草をする。俺ら四人が幼少期に考えたオリジナルの仕草で、『会う』といった意味合いを示す仕草だ。

この場合は、"またあとで会おう"という意味だ。

その仕草をし合った後、少しだけ笑い合い、それぞれの待合室に向かって俺らは歩き出した。





「さてさてお次はAブロックぅ!奇抜な服装の四人組のリーダー格、ユキトぉぉぉおおおおおッ!」


何試合か終わった後、とうとう雪兎にも出番が。司会者の言葉にワァァァアアアアッと観客さん達が沸く。というか司会の人、もうちょっと俺の紹介どうにかなりません?


「そしてそのお相手は! 貴族であり冒険者のお坊ちゃん! 莫大な賞金が目当てかなのかっ!?グスタァァァフッ!」


いやこっちもこっちで紹介酷いな!?きっとグスタフさん怒ってるよ!?

と、これまた盛大な歓声を浴びながら舞台に上がってきたお相手グスタフさんは宝石をふんだんに散りばめた服を着ていて、言っちゃえば"THE・成金"って感じだった。

……なんとなく司会者さんに納得してしまう。


「制限時間なし!どっちかが戦闘不能になるか場外に落ちるかまで続くコロシアム方式ぃ! レディ、ファイトォッ!!」


と、考える時間もくれずに、いきなり戦闘開始の合図である太鼓の音が響く。

するといきなりグスタフさんが距離を詰め、レイピアで切りつけてきた。


「うわっとと!?」


一撃目をかわすと同時に、腰から貸し出して貰った片手剣を抜き、二撃目の斬撃を受け止める。

そういや参加資格はB5以上の冒険者であること、だったな! 畜生、見た目で決めてたけどやっぱ手練れだッ!リアルな体の重さが雪兎を焦らせる。

しかしグスタフは涼しい顔を崩さない。遂には切り結んだ剣を隔てた向こうで、俺に自身の野望を打ち明けてきた。


「……僕はサ、期限無制限で国外を旅できる特典が欲しいのサ。だから、君には負けてもらうヨっ!」


と言うがはやいか、俺を吹き飛ばし三撃目を繰り出してくる。

それを受け止めて三号、四号と切り結び続ける度に、グスタフが


「僕ハっ! 家出ガっ! したいのサっ!!」


と、思ったより純粋な動機(?)を口走り、レイピアを力任せに叩き込んで来る。

やっべコイツ力強っ!?クソっこのままじゃ保たない!


「ぐっ……ここで負けるワケには……いかねぇんだよォオッ!!」


不利な体勢から根性で押し戻し、どうにか距離を取る。

息を荒くする俺を、グスタフは惨めそうに見る。すると突然、グスタフが雪兎に問い掛けた。


「君はサ、なんでそんなに必死なんだイ?」


現実に戻る為……なんて言うワケにもいかず口籠もる。が、それ以前にもっと強い動機があることを、俺は思い出した。


「昔からの親友達と、ここで優勝するって約束したからだッ!」


「はんっ!なんだそんなくだらない理由なのカ! なら、この勝負の勝ちは頂くヨっ!」


そう言って、グスタフはレイピアを持って突進する。

確かに、特典目当ての人達から見ればちゃちな動機かも知れない。


— — けど。


「仲間との約束に、下らないも何もあるかッ!!」


俺の大事な仲間たちと交わした約束を"くだらない"と言った事には、やはり怒りが隠せなかった。

迎え撃つ為に剣をダラっと下げたのを見て勝利を確信したグスタフは、速度を上げる。


「勝利は僕のものダぁぁぁあっ!」


と、高く腕を振り上げる。

— — それが命取りだった。


「反復、開始。」


前に二歩進んだ後に俺がそう呟くと、次の瞬間グスタフの懐に俺が現れた。

驚くグスタフを力強く突き飛ばすと、グスタフが盛大に吹き飛ぶ。


「ッ、おい何するのサ平民っ!」


と、怒りを露にして怒鳴り付けてくるグスタフを意に介さず呟く。


「反復、開始。」


「は? 何をぶつぶつ言っ……」




いきなりどんっと背中に衝撃を感じたグスタフは、思わず「うっ」と言って体を持ち上げる。


「おい何したんだ平民! 僕に勝てないからって悪あがきは……っ!?」


そこまで口にした所で、グスタフは絶句した。

ユキトが数十メートル先に居たからである。

どんな馬鹿力だよと思って地面に手を付いた所で違和感に気付いた。


「………なんで僕は"芝生"の上ニ…?」


何故だ。さっきまで大理石の舞台の上にいたハズなのに………


— — はっ!?ま、まさか!?


最悪の考えに行き着いたグスタフは、慌てて舞台上に上ろうとする。

……が。


「グ、グスタフ選手、場外により敗退ぃぃいいいッ!!?」


司会者の一言で全てが終わった。頭の中が真っ白になったグスタフは、思わず膝をついた。


僕が、負けた……?


顔を持ち上げると、丁度ユキトが優雅に紳士的な会釈をし、大喝采を背に受け、待合室に戻ろうとする所だった。


「おい待て平民ッ!お前、僕に不正したダロ! 場外からはあんなに離れてたんだ、僕がそこから落ちるなんてありえナイ!」


と、グスタフは必死に叫ぶ。

そうだ、不正だとバレれば僕にも希望が……


「あのな、グスタフさん。」


そこでユキトが振り向く。なんだ、口止めか?ほら見ろやっぱ不正してるんじゃないか。結局それでしか僕に勝つ事は出来ないんだろ?


……とは言えなかった。


それはユキトが不敵な笑みを浮かべ、左目を隠していた髪をかき上げるという動作をしたからだ。

そして、しばらくの余韻を置いてユキトが言い放った。


「誰が能力使っちゃいけないって言った?」


その言葉と、懐中時計を模した左目を突き付けられて、僕は呆然と見つめることしか出来なかった。


"見下していた相手が、自身より優れた能力持ち"。


『目に映った物体の数を瞬時に把握する』という戦いでは何の役にも立たないような能力でどう戦えばよかったというのだ。

無力感に打ちひしがれる僕を置いて、ユキトは背を向けて歩き出す。

腕を上に突き上げてその次に地面を指差すという不可思議な仕草を残して。





「誰が能力使っちゃいけないって言った?」


と、少し気取って左目を見せ付けながらタネ明かしをすると、グスタフはあんぐりと口を開いて硬直した。

ちなみにさっきの能力はウィデァフロング«反復»。言葉そのまんまの意味で、過去の動作を反復する能力だ。

さっきの瞬間移動は、『二歩進む』という動作を瞬間的に反復するだけ。グスタフが吹っ飛んで行ったのも、さっき強めの力で押した際に吹っ飛んで行ったのを、彼が場外に到達するまで繰り返しただけだ。

しかしこの能力を使うのに必要な時間は通常の二倍。さっき使ったのは30.5秒だから約1分の時間を消費した事になる。

そう考えると24時間分のキャパって結構多いな……ってそんな事はどうでもいいか。

まずは一戦、勝利した俺は安堵する。

優勝、いけそうかもな。と、淡い希望を持ち始めた俺は待合室の方を振り向く。そして、この戦いを見てくれた陽也と響華、蓬戯に、腕を上に突き上げて地面を指差すという、さっきの仕草を贈る。

そして俺は、舞台を後にした。





その次に始まったBブロック(どうやらA,B,C,D交互に行われているようだ)、陽也の試合。

ハルヤはヘラクレス«半神の英雄»を駆使し、男気溢れる力強い勝利を手に入れた。


Cブロック、響華の試合。

キョウカはパンドラ«禁忌の箱»を駆使し、圧倒的な戦力差で勝利をモノにした。


Dブロック、蓬戯の試合。

ヨモギはトリック・オア・トリート«ぼーれーのいたずら»を駆使し、不可思議な能力で勝利を掴み取った。



そして四人共例外なく例の仕草をする。


"表彰式で会おう"という意を込めて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る