五頁目 千里の道は、千歩から

フロイデ亭のマリアさんに姑息な手を使って慰謝料を迫った性悪冒険者を成敗した俺らは、マリアさんに貰った"なんでもしてあげる権"四人分を酒場のドアの修理に回して掲示板の元へ戻る。そして改めてグラズスヘイム闘技大会の詳細を確認した。


「5年に一度の一大イベント……そういえばそうだったな。 どうりで特典が豪華なワケだぜ」


「冒険者や商人から見れば、期間無制限で国々を旅出来るなんて垂涎ものだろうな」


この世界ではどこの国のルールでも、国内ならともかく他国に滞在出来るのは数ヶ月とされ、それ以上滞在した場合は冒険者のライセンス、商人ならば資格を剥奪されるなど重い罰が下される。

そういうワケで無制限に国々を旅出来る権利はとても貴重なものなのだ。


「それと後は国王様直属の近衛部隊の隊長さんと同じくらいの権限が与えられる、とかだったよね~」


「えぇ。近衛部隊の隊長と同じ権限って事は、兵役じゃ最高位の権限が与えられるって事じゃない」


国王直属の近衛部隊。国王の命令一つであらゆる任務を遂行するこの部隊は、命令遂行に支障を来さぬよう、強めの権限が与えられている。

それの隊長クラスともなると軍隊の最高司令官を差し置いて軍を動かす事が出来るようになるのだ。それを与えられると考えるとつくづく恐ろしい大会だと思う。


「そんでこの大会に出場する条件が、"B5ランク以上の冒険者であること"か。 

加えて能力の有無は関係なし、ね」


問題はそこだ。俺らはまずB5かじゃないか以前に冒険者ですらない、ただの旅人。

以前の夢では新米冒険者スタートの数週間後に、教官から更なる可能性を見出だされて推薦状を貰い、飛び級でB5ランクになったのだ。

ちなみにランクはE5スタートで、最高ランクはSS1。だがSS1ランクを持っている冒険者はこの世界で数人だそうで、俺らも会った事はない。

ランクを上げるには多くの功績を残す事でそれに応じた分だけ昇格する。また逆も然りで、何か不正を行えばそれに応じてランクも下がる。

ただこの昇格システムが非常にケチなもので、一度の功績で上がるのは大体1段階(例:E5→E4)。よくても2~3段階なので、本当にチマチマやってなければB2以上にはならない。

なので一気に昇格したいのなら推薦状を貰うのが有効的だが、おいそれと貰えるような代物じゃない。

目を見張るような功績をあげ、尚且つある程度 位の高い人に気に入られなければ、推薦状は貰えない。

推薦状は一人一枚しか使えないが、一気にランクを3ランクも上げられる(例:E5→B5)貴重品。

つまり俺らがこの闘技大会に出場するには、"四枚"の推薦状を得るしか道はないのだ。

だが功績を上げたワケじゃないし、お偉いさんと仲がよくなったワケでもない。しかも開催の日付は今日。このままじゃ大会の参加は絶望的 ―。


「えぇ~ おっほん!」


後ろからいきなり大きめの咳払い。それに驚いて振り向くと、そこにはマリアさんがいた。


「あぁマリアさん、ケガはもう大丈夫なんですか?」


「あれくらいどうって事ないよー! なのでご心配なく!」


「それはよかった」


「むーだからタメ口でいいって言ってるのに…… まぁ慣れないならいいか!それにあなた達のトコに来たのは、別に雑談の為にってワケじゃないしね」


その言葉に首を傾げる。夢でこんなセリフを言われた覚えはないが……


「マリアさん、それってどういう?」


という問いに、マリアさんは胸ポケットから四枚の書類を取り出し、それをひらひらさせながら答えた。


「あなた達、その様子だと闘技大会に出ようとしてるんでしょう? でもそんなに渋ってる雰囲気を醸し出してるって事は、十中八九ランクがどーこー以前に冒険者じゃない……合ってるよね? さっき自分で旅人って言ってたし。」


全てお見通し。そう告げるかのようにウィンクするマリアさんは改まって真剣な顔になった。


「そういうワケで。 ……私めのこの酒場の問題を解決して下さったあなた方に、感謝と敬意を示してこの推薦状をお渡しします。 ……闘技大会、頑張ってね!」


最後はいつも通りに戻ったマリアさんに、少し強めの力で推薦状を手渡された俺は、驚きを隠せずにいた。


「えっと……失礼ですがマリアさんって何者…なんですか?」


「ん~ まぁここの亭主オーナーって所かなー」



「「「「えぇぇぇええッ!!?」」」」



四人同時に叫び声をあげてしまい、数人の客が驚いたようにこっちを見やるが、いつも通りのどんちゃん騒ぎで叫び声がいい具合に混ざってくれたのが幸いし、あまり大事にはならなかった。


「そんなに驚く?」


「えっ?あ、いや意外だったもので、つい……」


「ん~そんなに意外?」


「はい、給仕さんと同じ事してる時点で違和感がなさ過ぎて、オーナーだとは思いもしませんでした」


「ほー私いい感じに給仕さんになれてる?よかった~!」


マリアさんの妙な言い回しに、自分の身分を隠したいんだという意を汲み取った俺は、マリアさんに別れを告げた。


「それでは俺たちはこれで。マリアさんも頑張って下さいね」


「うん!みんなも頑張ってね! 私も仕事終わり次第そっち行くから!」


「分かりました。マリアさんの激励も受けた事ですし、優勝して来ます」


「うんうん、その意気だよ!気持ち大事大事ぃ! それじゃあ行ってらっしゃい!!」


多少元気過ぎる送り出しをしてもらって、俺らはフロイデ亭を後にした。





「新規の冒険者ライセンスの発行ですね、畏まりました。 ではこちらにサインをお願いします。」


フロイデ亭を出た後に直行したのは冒険者ギルド"篝火の剣"。目的は勿論冒険者ライセンスの発行をしてもらう事だった。

そして今は書類に書き込み中の段階。この世界に名前に漢字を使うのは、極東にある国、“ヤマト“以外だと珍しいという事を知っていた俺らは、あまり目立たぬように(格好で十分目立っているが)自身の名前をカタカナで書いて、なんとなくそれっぽくする。


「これでお願いします。」


「承知しました、それでは拝見致しますね。 ユキト様、ハルヤ様、キョウカ様、ヨモギ様でよろしいでしょうか?」


「はい、それでお願いします」


「わかりました。ご本人様の了解が得られたので、ライセンスを発行しますね。 それではまず皆様は、ランクE5からで —」


受付嬢さんがライセンスに"E5"とタイピング(おそらく魔術)で記し始めているのを見て、推薦状を出していなかった事に気が付いた。


「あっすいません!推薦状出すの忘れてました!」


「え? ……忘れんなよオイ無能かよマジ○ねめんどくさいなぁもぉー。 ……すいません、先走って記入してしまいました。もう一度ライセンスを発行致しますね。」


「……あ、はい。」


さっきの受付嬢さんの怨嗟の独り言は聞かなかった事にしておいた方がいいだろう。

最善な行動はそれだと本能的に理解した俺は、ライセンスがもう一度発行するまでビクビクしながら待っていた。

新しいライセンスを棚から取り出した時の受付嬢さんは笑顔だったのでホッと安堵する—

刹那、誤記入したライセンスを目の前でクシャァッ!っと潰すと同時に、こちらへと目を合わせると……


「オイ、さっきのは忘れろよ?」


— — と、受付嬢さんが"目"で伝えて来た。


「こちらがユキト様、ハルヤ様、キョウカ様、ヨモギ様のライセンスになります。 誤記入がないか再度お確かめ下さい。」


多少恐怖しながらもライセンスを受け取り、内容を確認する。

幸い今回は誤記入がなかったので、受付嬢さんの恐ろしい怨嗟の独り言を聞かずに済んだ。

そして次に受付嬢さんから、冒険者ギルドについてザックリとした説明を受ける。


「まずはここ、冒険者ギルド"篝火の剣"ですが、主にグラズスヘイムの冒険者宛の依頼を沢山受け付けています。届いた依頼はそちらの掲示板に貼ってあるので、自身の技量に見合った依頼を見付けてこなして下さいね。 報酬は、依頼を完了した後にここで直接受け取るか、ご自宅に配送するかのどちらかにになるので、どちらを希望するかは予め私に申し付けて下さい。 説明は以上です。何か質問などはございますか?」


「い、いえ、特にはありません。ありがとうございました」


「畏まりました。それでは充実した冒険者ライフを!」


そう言う受付嬢さんの「あーやっと終わったぁ……」という顔は、多分しばらく忘れないと思う。うん。





"篝火の剣"を後にした俺らは、ギルドから出るやいなや思いっきりため息をついた。


「やっべぇ……あの受付嬢さん怖ぇ………」


「美人さんなのに勿体ないぜ……」


「なんか嫌な感じのお姉さんだったねー」


「正直あんまり関わりたいタイプではないわね……」


各自が思い思いに愚痴るが、何はともあれライセンスは発行してもらったんだ。これでやっと闘技大会に参加出来る。


「それじゃみんな、なんか色んな意味で疲れたとは思うけど、本番はこれからだぞ」


「おっと!そうだったそうだった」


「闘技大会の会場は……確かあっちね」


「あぁ、とりあえずエントリーだけは済ませておこう。この時間帯なら、少しだけ休めるだろうし」


その提案に、蓬戯はまるで子供のようにはしゃき出した。


「やったー! 遊ぶ遊ぶー!」


「だから遊ぶんじゃなくて、大会に備えてコンディションを整えるのよ!?」


「まっ、遊んでストレス発散する方がいい休憩になるんじゃねーの?」


「それはまぁ……そうだけど………」


そんなやり取りを眺めて苦笑気味だった俺は、ふと思い付いた。


「よし、エントリー済ませたらなんか食べに行くか! 丁度冒険者ギルドの支給で結構金は多めに持ってるワケだし」


「おぉ、さんせー!」

「そういや何も食ってなかったな……」


「言われてみれば……お腹空いたかも………」


「よし、じゃあ決まりだな! あとは闘技大会で優勝すれば、豪華特典の他に莫大な賞金が貰えるし、優勝したら推薦状くれたお礼って事で、フロイデ亭でパーティーでもしよう!」


「やるやるぅ~!」


「よっしゃ、やったらぁ!」


「それじゃあ、頑張るしかないじゃない!」


元々めちゃ元気な陽也と蓬戯は子供みたいにおおはしゃぎで、響華は微笑。俺もそんな光景を眺めてて、つくづくこの三人と出会えてよかったと思っている。

いつ現実に帰れるかは分からないが、それまでは……


「異世界ではしゃぐのも、いいかもな……」


なんてちょっとカッコつけて呟いてみる。


「おーい雪兎くーん行くよ~!」


「早くしねぇと置いてくぞー!」


いつのまにかちょっと遠くにいた陽也と蓬戯が、ブンブンと手を振っていた。


「じゃあ、行きましょうか。」


と俺の服の裾を引っ張る響華に促されて俺も歩き出した。





「ふむ、中々固い絆で結ばれているようだな……。 少し興味が湧いて来た。もう暫く観察を続けるとしよう」


灰色の外套に身を包む、謎の集団に尾行されているとは知らずに。

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