四頁目 異世界転生モノのお約束。
ドタバタとクローゼットがある部屋へと消えて数分……。
近未来SFを連想させる黒のサイバー的なロングコートを纏った響華が出てきた。
「わぁ~ 響華ちゃんかっくいぃ~!」
と全くブレないゆるふわぶりで感想を述べる蓬戯。
カッコいいとカワイイの両立ってこの事を言うのか……
少し恥ずかしくなって顔を背ける俺とは対称的に陽也と蓬戯はガン見。
その視線を受けた響華は、少し恥ずかしがってモジモジしている。
「ね、ねぇそんなに見てないで早く行こうよ、ね?」
「おっとそうだったな、スマン。」
危うく忘れる所だった……響華の発言に感謝しつつ俺らは外に出る。木製のドアを押し開けると、そこに広がっていたのは ―
「……だろうなとは思ってたけど、もしかしてまだ夢かもってちょっと期待しちゃったかなぁ」
夢の中でお世話になったグラズスヘイムの町並みそのまんま。
石造りの建物が主に立ち並ぶ中、冒険者や吟遊詩人、商人やなんの変哲もないただの住人が賑やかに過ごしている。
やはり"歓喜の国"グラズスヘイムという名前は伊達ではなく、その賑やかさは現実の東京を遥かに超えていた。東京暮らしだった俺らでも少し気圧されるくらいだ。
「……最初はどうしようって思ったけど、やっぱ見慣れてると安心しちゃうわね」
「あぁ、いくら夢の中の異世界だって言っても俺らにとっちゃかけがえのねぇ国だからな。」
「えへへ~やっぱこの感じ好きだ私!」
皆もやっぱなんやかんやでこの国に愛着が湧いてるんだよな…俺もだけど。
「ほら、ゆっくりしてたい気持ちも分かるけどまずは情報収集、だろ?」
「おっと、そうだったな」「はいはーい」「そうね。」
そう言って四人で酒場を目指して歩き出した。
グラズスヘイムの酒場"フロイデ亭"
ドイツ語で"歓喜"という意味を持つこの酒場は、昼夜問わず人で賑わう。
そして今日も、どこもかしこも屈強な冒険者や裕福そうな商人、仕事に愚痴を溢す住人が酒を片手にワイワイと飲めや歌えやの大騒ぎになる中に、異様な雰囲気を醸し出す四人組が現れた。
一人は群青と銀の軍服と軍帽を身に付け、またもう一人は鎧を着崩して着用し、一人は体格に不釣り合いな大きさの白黒の外套とつば広帽を身に纏い、もう一人は見慣れぬ黒い外套を身に付けていた。
その格好の物珍しさ故に、活気に満ちていたハズの酒場は客も、そして給仕すらも足を止めてその四人に目を奪われていた。
グラズスヘイムの酒場、フロイデ亭にやってきた俺らは入店してそうそう客はおろか給仕さんにすらガン見され続けた…いや恥ずかしいんですけどやめてもらえます?
「いらっしゃい~!見慣れない顔だねー?もしかして他国からの旅人さんかい?」
その静寂を破るように一人の女性給仕さんが声を掛ける。髪は赤みがかったミディアムで、猫目が快活な印象を受ける17歳くらいの少女だった。
「あ、えーっとはい、そうです。 他の国からやってきたしがない旅人です」
別にグラズスヘイムに籍を置いてるわけじゃないから嘘ではないだろうと無理矢理自分に言い聞かせて自分を誤魔化す。
「へぇ、それにしても随分と珍しい格好だね~ひょっとして結構遠い所から?」
「えぇまぁそんな所です。」
「ふ~ん……イマイチはっきりしないね。 男ならもっとシャキッとしなよシャキッっと!」
と言ってアハハと笑い、俺の背中をバシバシと叩k―
ゴフっ、ガハッ、ブフっ ちょ、ちょっとこの人力強いって!痛い痛い痛い!
「あっとゴメンね物珍しかったもんでつい……あははは…… ごめん、許してください!」
「いえ全然気にしてないので大丈夫ですよ」
「ほ、本当!?それはよかった!じゃあちょっと謝罪って事であんた達一人一人に何か一つだけ無料で提供してあげるよ!」
「いえ、俺はそういうの大丈夫ですけど……代わりに一つだけ聞いてもいいですか?」
「うん?なんでも聞いていいよ! で、何が聞きたいんだい?」
「それではありがたく。 このグラズスヘイムの情報とかってどこで確認出来ますか?」
「なんだいそんな事か!それならそこに掲示板が張ってあるから、そこから自由に見てっていいわよ!」
「分かりました、ありがとうございます」
「というか本当にそれだけでいいのかい? なんなら店の料理の一つでも……」
「あーマリアちゃーん!ちょっとこっち来てもらっていいかー?」
「はーい! ごめんね、ちょっと呼ばれちゃったから行ってくるね! じゃあまた後でっ!」
「あ、はい。 ありがとうございました」
「固い固ーい!タメ口でいいんだよもー? 他にも色々言いたい事あるけど急がなきゃいけないから、じゃね!」
と言ってマリアさんは行ってしまった。
— — そして、今の会話で確信した事がある。
「……マリアさん、俺らの事誰一人として覚えてなかったな。」
そう、俺らはこのグラズスヘイムに前々からお世話になっている。
当然マリアさんの存在も知ってるワケなのだが……もう一個、引っ掛かる所があった。それは……
「ねぇ、今のって私がマリアちゃんと初めて会った時の会話と全く一緒なんだけど……私だけかな?」
「奇遇だな、俺もだ。」「私もよ。」「俺もだぜ。」
まぁつまりは……
「俺らは初めてこの夢を見た日にちに飛ばされたって事でいいのか?」
その問いに全員が頷く。という事は掲示板に載っている情報も―。
俺らは掲示板の前に移動する。そしてそこにデカデカと記載されていたのは――
"第三二回グラズスヘイム闘技大会"。
実の話、グラズスヘイムの冒険者達は能力を持っている人はそこそこいる。
加えてこの闘技大会は能力持ちでもそうでなくても参加出来る。四ブロックに分かれて行われるこの大会に優勝した四人は、期限無制限で国を行き来する事が許され、加えて国王直属の近衛部隊の隊長と同等の権利を与えられるのだ。
そして夢日記では俺達はこの大会に参加する事になっている。それでこの大会で俺達は―
「だから慰謝料払えってんだよッ!」
「きゃぁぁあっ!」
という大声を聞き付けた俺らは反射的に音の出所に向かう。
するととある冒険者らしき男の前でマリアさんが倒れていた。その頬は赤く腫れている。おそらくぶたれたのだろう。すると男がまた怒鳴り出した。
「だから、俺はもう少しで危うく虫入りの料理を食う事になってたんだぞ!?これがどういう意味か分かってんのか!?」
「い、いえ、この酒場は衛生面を徹底しているので、もし虫が入っていればお出しするなんて事はないです!」
「ごちゃごちゃうるせぇ! とにかく入ってたんだよ、慰謝料払えやぁ!」
「きゃゃあっ!」
なんか騒いでると思ったらくっだらなぁ〜…… という言葉を必死に押し殺して、
「ちょっとそこのアンタ」
と声を掛けた。
「あぁん!? お、なんだよ誰かと思ったら他国から来た旅人様じゃねぇか。なぁなぁこれどう思うよ?」
と、その冒険者は下卑た笑いを浮かべながら、テーブルの上のスープを指差した。
そこにあったのは、今入れましたよー感満載のハエが入ったスープだった。
「俺がこのスープを飲もうとしたらよぉ、なんとビックリ虫が入ってたんだぜ? 客を不快にさせたんだ、慰謝料貰って当然だろ?」
「いや、これどう見ても今入れましたよね?」
「……はぁ?何言ってんだテメェ」
それまで仲間意識(笑)全開だった男がいきなり殺気立つ。
「お前まで否定すんのか、そうかそうか…… 痛い目みないと分かんねぇみてぇだなぁオォイ!」
と、いきなり殴りかかってきた。いや何でぇ……と思いつつも、体を捻ってこれをかわす。パンチを外した男は不機嫌そうに俺を睨み付けた。
「ちょこまかとぉ……鬱陶しいんだよぉ!」
懲りずにもう一度大振りのパンチを繰り出す男。
見っ切り易いパンチだなぁオイ……と思った所で今度は左のフックが入る。危なッ!?と慌てて飛び退きかわすも、視線を下に向けていたせいで、横から飛んできた男のラリアットに気が付かなかった。
バシンッ!!という痛々しい音。完全に入ったと確信した男はにやける—
が。
「— んじゃま、あとは任した」
「あいよ。」
というやり取りがすぐ目の前で行われている事に男は驚き、次に恐怖した。
そこに立っていたのは雪兎ではなく、鎧を着崩した奇抜な男、陽也だった。
そして陽也が男のラリアットを片手で受け止めている事を信じられないという思いで眺めていた。実はこの男、結構の力自慢なのだ。
だから防げるハズがないと決め込んでいたのに……そこで陽也が口を開く。
「俺のダチに手ェ出しやがったな。」
軽薄そうな見た目からは想像出来ない程の剣幕で問う。
恐怖で口が開けなくなった男に業を煮やした陽也は、ラリアットを受け止めている方の手で男の手首を掴み、グググッと握る。
たったそれだけで、男の手首からバキボキという嫌な音が鳴り響いた。
「ぐあぁッ!?」
「俺のダチに手ェ出して無事でいられると思うなよ……ッ!」
と言うや、陽也の体が眩く発光すると同時に髪は逆立ち、目には強い光が宿る。
陽也の能力ヘラクレス«半神の英雄»は、自身の身体能力を遥かに上昇させるシンプルな増強型だ。
だが単純故に至高。シンプルな分デメリットは少ない。
「まずはお返しからだよ……なァッ!!」
神速で鉱石すらも容易く砕く拳を三度叩き込み、ラリアットを喰らわす。この時点で男の意識はなくなっているが、これで許す程陽也は甘くない。
ラリアットをした後に体を掴み、無理矢理立たせる。そして……
「これで終いだ。」
と呟き距離を取った。およそ2m、そして助走をとる姿勢になり—
「ウラァァァアアッッ!!!!」
瞬きすら許さぬ神速で2mを一気に詰め、男の腹に渾身のパンチをめり込ませる。それを喰らった男は尋常ではない速度で吹っ飛んで行くと酒場のドアを粉砕し、それでもなお速度を落とさず、向かいの店の壁にめり込んでようやく止まった。
その様子を唖然と眺めていた客と給仕は、開いた口が塞がらないという顔で粉砕されたドアを凝視していた。
その様子を見た陽也は頭を掻くと、全員に向き合い、謝罪した。
「……悪い、やり過ぎた。」
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