三頁目 夢を現実として受け入れる猶予

「響華が起き次第、酒場に行こう。ここが本当にグラズスヘイムなら情報はそっちに集まるハズだ。」


という提案に陽也と蓬戯が頷く。よし、二人の了承が得られたからあとは響華が起きるのを待つだけだな。あぁ、あと状況整理か。

と考えて、ベットの枕元に置いてあった財布の中身を見る。

中からこんにちは三人の諭吉先生。後は英世先生も数人……じゃねぇよ。

ここじゃ金貨とか銀貨とか"THE・異世界"って感じの通貨じゃないと使えないんだよなぁ~


「んー 全部こっちの通貨に換金されてたら嬉しかったんだけど…そんな上手くはいかんかぁ」


「あん?雪兎どうした?」


そこに俺の嘆息に気付いた陽也が近付いて来た。


「あぁ、金が全部こっちの通貨になってたら楽だったんだけどなぁって思ってたんだけど、そう上手くはいかないみたいだ。」


「ほー…… って、うぇ!?万札三枚もあんのかよ! いいなぁ雪兎、俺にも一枚分けてくれって!」


「誰がやるかバカ!つかこっちじゃ意味ないんだぞ!?」


「るっせぇ!現実戻った時に使うんだよオラァ!」


「だから現実に戻るまでに絶対長い時間かかるんだよ!」


「なんでお前知ってんだよ!」


「それはぁ…… 知らねぇ!なんとなくだッ!」


一瞬ヘルとのやり取りが脳裏を走るが、今はまだ話すべきじゃないと判断して勢いで誤魔化す。


「じゃあいいじゃねぇかよ!」


「うるせぇ!ダメなモンはダメだ!」


「こんっっの守銭奴ォ!」


「黙れ単細胞!」


と、いつしか罵り合いと揉み合いの財布争奪戦と化したこの喧嘩(?)を制したのは、雪兎でもなく陽也でもなく………


「ほらほらー喧嘩はダメだよー! というワケで私が預かりますっ!」


モノクロの外套と同じく、モノクロでブカブカなつば広帽に身を包んだ蓬戯だった。

財布はフワフワと蓬戯の元へ漂っていき、蓬戯の手元に収まる。


「あーッ!俺の諭吉ぃ!」


「だからお前のじゃねぇっての! で、蓬戯。その服はどうしたんだよ?」


ジタバタする陽也の頭を押さえ込み、蓬戯に問う。

さっきまでは女の子らしい水色のパジャマだったハズだが……


「あーこれー?夢の中の私の家ならあるのかなーって思って、クローゼットの中覗いたらあったんだー!夢の中での私の衣装!」


ジャーン!とか言って一回転。普段からも十分幼く見えるが、服も帽子もブカブカなもので揃えた蓬戯はいつも以上に幼く見えた。

で、蓬戯の衣装があったってことは多分……


「なぁ蓬戯、もしかして他にも服とかあったか?」


「あ、うん。誰のかは分からないけど他にもあったよー」


ビンゴだ。んでもって俺ら四人の夢の中の家は全員同じ、そして所有物は全部統合されてるってワケか。


「じゃあ陽也、俺らも着替えに行くか」


「んぁ? あぁ、そうするか。 言っとくが、お前の諭吉はまだ諦めねぇかんな。」


どんだけ執念深いんだよという言葉を苦笑で誤魔化し、クローゼットがある部屋へと向かう。

驚いた事にその部屋にはクローゼットが四つ。それぞれのクローゼットのサイドには"Yukito"とか"Haruya"等、各自のネームプレートが付いていた。

そして自分のネームプレートが付いたクローゼットを開けると、そこには何故か現実の世界での私服が掛けてあった。そしてそれに紛れて一着、他の服とは圧倒的な異彩を放つ服を見つける。

それはドイツ軍を彷彿とさせる軍服だった。ただし色は群青と銀。そして長めの裾に、胸ポケットには懐中時計。そしてそれを着る。

……なんだか落ち着くなぁコレ。


「うぉ! カッケェなそれ!」


と、丁度同時に着替え終わった陽也がそんな感想。

陽也は西洋の鎧を彷彿とさせる衣装だった。足の部分はしっかりと着用しているのだが、上半身は黒色のパンクにチェストプレートと右肩を覆うだけの鎧を付けているだけなので、とても活動的な印象を受けた。


「陽也も結構 様になってんじゃん。」


「へへっ、まぁな。あんがとよ」


と少し照れ隠しをする陽也と共に広間へと戻る。


「おー!お二人さんよく似合ってますねー! いーねいーねぇ!」


俺らが戻ってきたのを見るなり、めちゃ囃し立てる蓬戯。

やめろ、なんかこっぱずかしいから。


「なぁ蓬戯、響華はまだ寝てるのか?」

「あーそういえば遅いねー これじゃ酒場に行けないよぅ……」

「ホントそれな! てことで誰か起こしに行こうぜ!」

「おー!それじゃージャンケーン!」


と息巻く二人……これ俺も強制参加だよな畜生。


「そんじゃま、やるか……ジャンケン。」

「おぅ!」「負けないよー!」

「「「最初はグー!じゃーんけーんッ……」」」


「もーなにー……?うるさいよ、もー……」


後ろから聞こえたその声に、俺達は意味もなく凍り付く。


「……ふぇ?」


むにゃむにゃ言って寝惚け眼だった響華も、寝起きでいきなり俺らが居ることに驚いていた。

サッと俺らは視線を反らし、ジャンケンし終わった自らの手を凝視。

陽也と蓬戯がグー、俺だけチョキで一人負け。視線を上げると二人が


(いけ、いけッ)


と顎で俺を指図する。つまり、言えと。

なんか重苦しい雰囲気が漂ってんなぁ……でもこれ誰かが終わらせなきゃダメなんだよなぁあー

もー!言えばいいんだろ言えばぁ!


「えっと…… おはよう、響華。」


「ふ、ふ、不審者ぁぁぁぁぁあああ!!?」


「「「ちっげぇよバぁカぁ!!」」」


と、絶叫が迸る-


だけでは終わらず。


「パンドラ«禁忌の箱»ぁ!!!」


という命令を合図に、頭上を浮遊していた四角形のキューブが突如銃に変形するや、すぐさま銃口を俺らに向け……へ?


「や、やめろーッ!」


その朝、とある屋敷からババババババッという銃声とギィィヤァァァァァアアッという悲鳴が響き渡ったそうだ。





「ぜぇ、ぜぇ……」


「ば、ばかやろーが……」


「きょ、響華ちゃん怖かった……」


響華の誤解発砲事件(?)が起きた後、響華を除く三人が盛大に息を切らしていた。


「ご、ごめんね本当に!だって夢の中の異世界に転生してるなんて思わなくてビックリしちゃって……」


「にしても対応がキツ過ぎんだろうが!?」


「だからごめんって!」


本当に怖かった……あまりの出来事に語彙力がおさらばし、そんな言葉しか脳裏に浮かばない。だっていきなり銃が出てきて-


「……そういえば響華、お前の能力ってなんだっけ?」


「あ、えっとね、私の能力パンドラ«禁忌の箱»は、ありとあらゆる凶器に変形するの。あとは凶器を操ったり……それが禁忌って言われてる由縁」


響華らしからぬ、物騒な能力だった。

なるほど、さっきの銃はそういう原理なのか。


「ただね、この能力を使ってる間、理性がどんどん蝕まれていくの。だから長時間の使用は絶対ダメ。でも、能力を解除すれば多少のクールダウンが必要だけど理性は戻るのよ」


「へぇ……なるほど、響華のその自制心があってこそ使える能力か。」


「褒めても何も出ないわよ?」


と、少しだけ自慢気な響華。


「響華と一悶着あったけどよ、一応これで全員集合か」


「陽也、あんたちょっと一言多いよ? って、偉そうな事言える状況じゃないのよねー私……」


「はいはい、二人ともそこまで。 とりあえず響華が起きたから酒場に行くぞ。」

「あいよ。」「はーいっ」「えぇ、分かったわ。」


全員の了承が取れた所で、響華に一言。


「なぁ響華。お前まさか裸Yシャツで行くつもりなのか?」


「なっ!? こ、これから着替えるわよ、もう!」


と少し顔を紅潮させつつ、クローゼットがある部屋までドタバタと走って行く響華であった。

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