二頁目 歓喜の国グラズスヘイム

「……コノ……セカイ……ヲ……スクッテ………」


「……ワタシヲ……コロシテ………」


その懇願を聞いた俺は、動揺を隠せなかった。世界を救って?私を殺して?


「何、言ってんだよ」


ただただ困惑。世界を敵に回した冥界の女神が何を言っているのか?


「なぁ答えろよオイ!なんなんだよッ!!」

「........」


問い詰めてもヘルは何も答えない。その態度に俺の中の何かに歯止めが効かなくなった。


「何とか言えよヘルッ!!」


ヘルの胸ぐらを掴み揺さぶる。何か答えろ、それじゃ分からねぇよという意を込めて。


「ワタシヲ コロセバ ゼンブ オワル。」


それがヘルの答えだった。

端的な物言いに対してその言葉の意味との温度差が激しすぎて力が抜けるのを感じた。


「だからどうしてお前がそんな事を……」


「ハナシハ オシマイ。マタツギニ アウトキマデ。」


「チッ、勝手なこと言ってんじゃn……」


俺の言葉を最後まで聞かずにヘルが俺の腕を振り払う。


「おわっ!?」


俺は力一杯胸ぐらを掴んでいたというのに、そのか細い腕のどこにそんな力があるんだよと言いたくなるほどの怪力だった。

なんとか体勢を立て直しもう一度ヘルの方を向くが、既にヘルは興味を失くしたかのように、俺に背を向けて歩き出していた。


「ッ、おい待てよヘルッ!」


「バイバイ。」


追いかけようとした俺をヘルは使役していた死霊で吹き飛ばす。

と、同時に俺の意識は途切れた。




ガバッ!っと勢いよく起きた俺は息も荒く、全身汗だくだった。

……あれが最後に倒すべき敵……さっきは勢いで胸ぐらを掴んだり荒々しい口調で話したりしていたが、改めて思い出すとよくあんなこと出来たなと思う。

血のように深紅に染まった瞳。

少し青みがかったボサボサの銀髪。

ほぼ布切れと言っていい程のボロボロの装束を纏った少女の容姿。

端から見ればただの見窄らしい少女かと思うが、近くに行けば分かるだろう。

どんなに強靭な精神を持っていようとも、ヘルの"気"はあらゆる人間を恐怖させる。あれを目の当たりにして正気を保てる人間はほんの一握りだろう。

それを相手に俺はあんな事をしたのか……今でも信じられん。

しかし夢日記が日課になっている俺は、嫌でも夢を鮮明に覚える癖が付いてしまっているんだ。今日ほどいらない癖だと感じた事はない。

ちょっと気持ちを落ち着かせようとベットから起き上がった時になってようやく"異変"に気付いた。


「……あれ、俺の家ってこんなに木使ってたか?」


俺の家は確かに木造建築のアパートだが、こんなに木材は使ってなかったハズだ。それにこの置物……見覚えはあるけど違和感が………

そこまで思惑して俺は最悪の結末に行き着いた。いや、もっと前から気付いてたハズなのに俺は見て見ぬフリをしていたようだ。

そして最悪の結末に行き着いた要因となるモノを見る。


「俺の家に"ベット"はない。いつも俺は"布団"で寝てるんだよ畜生。」


と、誰に言うでもない悪態をついてカーテンを勢いよく開ける。そしてそこに広がっていたのは— —


「歓喜の国グラズスヘイム、か……。」


歓喜の国グラズスヘイム。まぁ要は"夢の中でお世話になっていた国"。

んでもって今いるこの家は"夢の中の異世界でお世話になっている俺の家"だ。

とどのつまり、これが示す事実は……


「異世界転生、ねぇ…… まんまラノベみたいな話だな。」


あ、詰んだ。っていう諦めの感情と、どうしようもない絶望感が胸の内でまぜこぜになる。だけどまぁまずは連絡、だよな。

という事で何故か枕元に置いてあったスマホを手に取り起動してみる。が、やっぱりネットが繋がってるハズもなく……いや、そもそも俺の家にwi-fi繋がってなかったんだわという事を思い出し、ポケットにスマホをしまう— — 。

と同時にスマホが震えた。いや何故!?

急いで取り出して着信履歴を見ると、"ハルヤ"と表示されていて、その本文には……


--『お前の後ろ』と書かれていた。


驚いて素早く振り替えると同時にバックステップで距離を取る。するとそこには……


「おいおい、そんな構えんなよ」


少し苦笑気味の龍宮 陽也がいた。


「なんだビビらせんなって…… てかなんでここに居るんだ?」


「そりゃ俺のセリフだぜ雪兎。起きたら夢ん中の俺の家に居る……と思ったらお前がいてよ」


「まぁ俺も同じようなモンだ」


「ん〜 てーっと、響華と蓬戯もいんのか?」


「さぁ?でも多分いないと思うけd-」


そこでチョンチョンと肩をつつかれた。驚いて後ろを向いても誰もいない。


「誰だッ!」


と叫ぶと、廊下の角からひょこっと蓬戯が顔を覗かせた。


「えへへ~ ビックリしたでしょ~」


と、相変わらずのゆるふわぶりで笑う。

その笑顔で、少し張り詰めていた空気が一気に弛緩するのを感じた。


「あぁ驚いた。これが蓬戯の能力なのか?」


「うんっ!私の能力、トリック・オア・トリート«ぼーれーのいたずら»はね、

空気とか水とか実体がないモノに質量を与える能力なんだー」


エッヘン!とこれでもかってドヤ顔をする蓬戯。子供かよ。


「でもねーこれ使うと、風とか水とかのみんなの声が聞こえるようになるんだけど、みんなの機嫌が良くないと言うこと聞いてくれないんだよねー……」


「なるほど……これまた繊細な能力だな。」


「でもでもっ!機嫌が良いときのみんなすっごい強いからどんどん頼ってよ!」


と言ってウィンク&ピース……昔から頼られるの好きなんだよなぁコイツ。


「そういえば蓬戯、響華を知らないか?」


「あー響華ちゃんねー 今はまだ寝てるよー」


「そうか、ありがとな蓬戯」


「えへ~どういたしまして♪」


--てなワケで大方の事情は分かった。つまり俺ら四人は夢の中の異世界に飛ばされたという認識でいいのだろう。

そしてここから現実に戻る方法……なんとなく目星は付いていたので、それまでのプランを高速で練り上げる。


「んじゃま、どうするよ?」


「ん~どうしよっかぁ……」


丁度いいタイミングで陽也と蓬戯がプランを考え始めたので、ここで俺の考えを伝える事にした。


「じゃあ、響華が起き次第酒場に行こう。ここが本当にグラズスヘイムなら、情報は全部そっちに集まってるハズだ」


その提案に、陽也と蓬戯が頷いた。

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