一章 転生編

一頁目 消えた夢と現実の境界線


「なぁ雪兎、お前その目どうした?」


「……は?」


おいおいなんだよ「その目どうした?」って。別になんもないだろ

と高を括っていた俺は、何の気なしに鏡に写った自分の顔を眺める。

……あら綺麗な顔、じゃねぇや。えっと左目だって?どれどれ~………


「......ふぅ、何か疲れてるっぽいな俺。まさか夢見てるってワケないよな?」


そう思って自分の頬を張る。だが感じたのは、神経を走る鋭い現実の痛み。つまりは……


「本当なのか……これ……」


改めて鏡で自分の左目を再度確認する。

やはりそこにあったのは夢で見慣れた懐中時計を模した左目だった。


「……"これ"があるって事はリヒターツァイトも使えたりするのかなぁ…… いやまさかな、ははっ」


乾いた嘲笑をしつつポケットからスマホを取り出す。

もし能力が使えなかったらスマホはそのまま落下して、ただ画面にヒビが入って終わり。だがそれはそれでいい目覚ましだ。「何やってんだろ俺」と笑い話にする事も出来る。

が、もし"これ"が使えるとしたら……そう思考すると共にスマホを投げ捨て、それと同時に唱える


「……時よ、戻れ。」


そのたった一言で地面スレスレの所で落下していたスマホが停止、同時に落下してきた軌道を辿ってスマホが手中に収まる……

その一連の動作の後に左目に微かな違和感が伴い、左目の時計の秒針が1秒程進んで止まった。


「あーあ、使えちゃうのかぁ……」


使える事自体に関しては何もマイナスには考えてない。

が、なんだろうなぁこの言い表しがたいこのモヤモヤした気持ちは。

周りを見てみるとその場にいた男子一同が驚きに目を見開いている。陽也に関しては


「すっげぇ……これが雪兎の能力(チカラ)か! てかなんで夢の中じゃねぇのに使えんだよ!やべぇよ最高だよお前ぇ!!」


と興奮気味。あーこれあとで男子にめっちゃ聞かれるヤツだ、とか思って周りを見てみると既に誰も雪兎の方を見ていなかった。ありゃ、さっきのは結構好奇心刺激しちゃったと思ったんだけど。こーゆーのって案外男子にウケない感じ?

そう割り切ろうとしたが、何かが引っ掛かる。確かにさっき、男子は皆驚いていた。

が、その驚き方に違和感があった。そう、言うなれば……


「うっわすっげぇ何それカッケェ!」


とかのタイプじゃなくて、


「おぉ……あ、またやってんのか」


って感じの……もう見慣れたってタイプの驚き方だったような………


「なぁなぁなぁ見たかよ今の! スマホが地面に落ちる前にヒュンッて戻ったんだぜ、ヒュンッて!」


「あぁそうだな。やっぱ雪兎の能力は"何回見ても"すごいぜ」


興奮を分かち合いたかった陽也が話かけたクラスメイトの受け答えを聞いて、俺の読みが正しかった事を悟った。


「はぁ?"何回見ても"ぉ?お前、前にも見せてもらったことあんのか?」


「あ、あぁ。 入学式の時にも自分で言ってたし見せもしてたろ?」


「悪い、俺は今初めて自分が能力を使える事を知ったんだ。 何かの間違えとかじゃないのか?」


「何を今更、クラスの自己紹介で自分で言ってたじゃないか。 自身と触れてるモノに掛かってる時間を操作する能力だろ?みんな知ってるぞ」


「なんだよそれ、それじゃあまるで ―。」


俺の夢と同じ展開じゃないか。

— — という言葉を必死に抑え


「俺が記憶なくしたみたいじゃないか」


と言うと、クラスメイトが苦笑する。


「はは、お前いつから冗談言うようになったんだよw」


いや俺からしてみればそれは俺が言いたいワケなんだがな?と、喉まで出かけた言葉を飲み込み


「ん~俺ちょっと疲れてるのかもしれんから、今日はもう早退するわ」


と取り繕う。実際疲れてるんだし、いいよね?(よくはないけど)

ということで俺、後は何故か陽也と響華と蓬戯が一緒に早退することとなった。

話を聞いてみた所、どうやら響華と蓬戯までもが能力を使えてしまったようだ。陽也はただ付いてきただけ。

ちなみに二人の能力は

響華がパンドラ«禁忌の箱»

蓬戯がトリック・オア・トリート«ぼーれーのいたずら»

と言うそうだ。


「あーッ! 俺もヘラクレス«半神の英雄»使えねぇかなぁ!」


と陽也が喚く。

そしてヤケクソになって蹴った空き缶は光の速度となって直進し、ビルの壁を凹ませた。


「……使えたわ」




そして各自別れて家に着いた時には色々とありすぎて尋常ではない疲労感が雪兎を襲う……ぐぅ、その気になればいつでも眠れそうだぜ…あぁでも晩飯抜くのはよくないよなぁとりあえずカップ麺でも食うか………

そう思ってケトルに入っていた熱湯をカップ麺の中へ注ぎ込む。その時ふと自分が書いた夢日記が目に留まった。

そういえばしっかりと読んだ事なかったよな……と思い、パラパラとページを捲る。

夢の中では異世界の魔法学院に通っていた俺ら四人は、やはり入学式に自身の能力をクラスで公開していたようだ。学校で起きたシチュエーションに類似している文も幾つかあった……

まさかとは思うけど、夢日記に書いた出来事が現実で起こってるなんて事はないよな?

普段なら「たまたまだろ」と笑い飛ばす事が出来ただろうが、夢での能力が現実で使える事を知ってしまった今では、そんなことは到底出来ない……

一応確認としてそこらに置いていったペンをダーツの要領で投げると同時に


「時よ、戻れ。」


と唱える。

するとやはりシャーペンが投げた軌道を逆走する形で手元に戻ってきた。やっぱ本当に使えるのか。

— — そして大事な事に気付いた。


「あ、やばい3分以上経ってるだろ絶対ぃ!」


慌ててカップ麺の蓋を取ってみると、ふにゃんと伸びきってしまった麺の姿があった……伸びた麺ってなんか嫌なんだよね。ってどうでもいいか。

仕方なくこのまま食べようとしたとき、ふとちょっとした妙案を思い付く。

そしてそれを実践すべくカップ麺を包むように持ち上げると


「時よ、戻れ。」


と唱える。

すると麺が幾分か縮小したのが見えた。なんだこの能力汎用性高いなオイ。そんなくだらないことを考えながらもカップ麺を完食する。

そして歯磨きをして軽く汗をシャワーで流してから布団を敷く。

ん~随分と眠くなってきたなぁ……

心地よい微睡みを感じながらも、いつしか俺は眠りに就いていたのだった。




さってとお楽しみの異世界転生タイムだぁぁぁッ!

— — とワクワクしていたのに。

今日の夢は普段と違った。

いつもならもう異世界を気ままに過ごしているハズなのに、今日は随分と違う……

暗闇の空間が広がる中、遥か先に灯火のようなものがあった。行く宛もなくなった俺はその灯火を目指す。

その間走馬灯のように夢の中での出来事が脳内を走り抜けた。

魔法学院での生活からしがない冒険者スタート。

そこから自分の能力に気付いた俺はそれを駆使して国の危機を何度も救い、英雄となる。

その後は、気ままに生活する自分の姿が脳内に写し出された。

が、そこから先は何かが変だった。この服装は……ウチの学校の制服?

疑問を持ったまま、いつしか灯火の元に辿り着いた俺はそこに誰かがいる事に気が付いた。

そしてその正体に気付いた時、俺の背筋が凍るのを感じた。

そこにいたのは冥界の女神にして国王から命じられた、最強にして最後の討伐対象、ヘルだった。

咄嗟に離れようと思考は追い付いたものの、体が一切言うことを聞かない。その俺にヘルは段々近付いて来る。


「クソっ来るなッ」


力の限り叫ぶが、その声は衰弱も相まって弱々しい。

そしてとうとうヘルの間合いに入られてしまう。


「……スゥーッ」


ヘルは呪文を唱えることで対象を殺し、その魂を自分のモノとする凶悪な力を持っている。唱えられたら俺も死 ―ッ。


だからこそ俺は。 


「オネガイ……コノ……セカイ……ヲ………」


ヘルの言葉に


「スクッテ。」


動揺を隠せなかった。

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